柱なんてさっさとやめたい。   作:いろはにぼうし

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伍.嫌いなものを教えてください。

十二支 兎 :筍。あと強い鬼とそれと無理やり戦わせようとする鴉。

十二支 桜花:椎茸でしょうか。あとは昔の・・・。いえ、なんでもありません。 ふふ、大丈夫ですよ兎さん。桜花はもう、あなたに救われています。


十二支 兎は 放っておけない。

大正○○年 ●月※日 

 

 

ヤバい。やってしまった。

 鬼の情報を得るために花街まで来て。

 成り行きとはいえ、町一番の花魁と接触できたのに。

 

 

 

 思い切り怒鳴ってしまった。我が嫁可愛さに。

 この街で花魁を敵に回すとどうなるのだろうか?

 生き埋め?

 投獄?

 溺死?

 

 やばい。すごく逃げたい。

 

 

 

 

 

 鯉夏花魁はしばらく固まっていたが、ややあって口を開いた。

 

「貴方は、その桜花と言う女性を本当に愛しているのですね?」

 

 

 

 味が変わった。

 

 なんだろうか。

 さっきまでと『違う』。そう感じた。

 今までオレの前に居たのは、鯉夏花魁。

 今、オレと話しているのは、鯉夏さん。

 そんな感じだった。

 そして、上手いなぁ、と思った。

 

 

 

 

 オレが絶対に嘘を付けない質問じゃないか。

 

 

 そんな当たり前のことを、聞かないでください。

 

 

 宇随君、ごめん。

 でもこの人は鬼じゃない。空気の味でわかるんだ。

 

 「そうですか。・・・その桜花と言う方は幸せね」

 

 鯉夏花魁は微笑んだ。

 言葉に偽りなく、この人はオレと桜花の関係に対してそう言ってくれているのが伝わった。

 でも、なんだろうか。

 遊女だから当たり前と思っていたけど。

 

 「羨ましいわ。私は誰かを愛したことがないから。愛する事なんて許されないから」

 

 味がどんどん濃くなる。

 嘘の味だ。

 

 「今日はなにか訳ありでいらしたのね。でも、あなたみたいな人はここにきてはいけないわ。その桜花さんという女性を大切にしてあげてください。私の事は、今日だけの幻と思って、ね」

 

 思わずオレは口をだしてしまった。

 今日はなんだか、口が軽い。

 

 

 もし。あなたはもしかして、誰かを・・・。

 

「それ以上は、言わないで」

 

 鯉夏花魁はそういって、オレの口に指を当てて黙らせた。

 包帯越しに、彼女の指の温かみが伝わってきた。

 

「ここでは嘘しか形を持たない。あなたがそれを言葉に出せば、私の想いは嘘になってしまうから」

 

 

 

 ああ、なんだか納得できてしまった。

 この人はやはりこの花街の王なのだろう。

 何もかもを捨ててここにきて。

 何もかもを取り上げられて、飾り物の椅子に座らされた。

 嘘の幸福。

 嘘の恋。

 嘘の微笑。

 嘘の真実。

 

 

 

 きっと、この人もオレには救えない。

 救う資格なんてない。

 オレはもうすでに桜花を愛してしまっているから。

  

 

 

 でも、一言言葉を掛けたかった。

 背を向けた鯉夏花魁に、オレは言葉を掛けたかった。

 

 

 すこし、昔のことを思い出してしまったから。

 可愛いけど、すぐに嘘をついていた、ある女の事を。

 

 

『鬼を斬ること? 別に辛くありません。私たちは鬼殺隊ですよ?鬼を斬れなければ、この命に意味はありません』

 

 

 

 

 

 

 自分の幸福を、あきらめちゃだめだ。

 

 

 

 

 

 鯉夏花魁が驚いたようにこちらを振り返る。

 オレは言葉を重ねた。

 

 

 あなたの人生は、あなただけのものだ。今が真っ暗でも、なにも見えなくても、明日。明日死ぬことを怖いと思えるんなら、あきらめちゃだめだ。

 あなたの想いは、決して嘘なんかじゃない。

 その人の事を夢に見るなら、その恋はきっと本物だ。

 

 あなたはまだ、日の元に出られるんだから。

 そんな、鬼のような、日に当たれない哀しい怪物のような。

 日陰にこもるようなことをしないで欲しい。

 あなたは、光の似合う、『人』なんだから。

 

 

 鯉夏花魁は、しばらく呆けたようにオレを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、オレは宇随君と合流し、情報を交換した。

 ついでにオレの心の痛みも交換してやりたかった。

 

 

 

 

 宇随君、何してくれてんの?

 すっごい気まずかったぞ。

 あの後鯉夏花魁は一切口をきいてくれず(いやしきたり的にはそれでいいんだけど)、食事を終えたオレはそそくさと店を出た。それはもう大急ぎで。

 店の皆さまの不思議そうな顔が目に浮かぶ。

 え? もう帰るの? 鯉夏花魁とお話しできたのに? みたいな。

 阿呆を見る目で見られたよ。

 アイツ等みんな桜花の美しさに当てられて火傷すればいいのに。

 

 「そうか、地味に収穫なしか。・・・こっちもだ、鬼の手がかりどころか、噂話1つ聞き出せねぇ」

 

 オレの文句を地味に、地味に無視した宇随君はそう言って、また策を考える、悪かった、と言いながらオレを連れ立って花街を出た。

 その最中、オレはずっと拗ねつづけていた。

 

 

 宇随君曰く、遊女たちは外に対して口が堅いが、内に対しては口が軽いらしい。なんとか内側に入り込む方法を探すと言っていた。

 

 宇随君、まさかこんどは女装しろ、なんて言わないだろうね。

 

 それを聞いて宇随君は、はっ、と鼻で笑いながら

 

「俺がそんな馬鹿な作戦を実行するとしたら、相当追いつめられてるか焦ってるときだろうよ」

と言った。

 

 確かに、身なりは派手だが冷静な判断力と機転をもつ宇随君がそんな馬鹿丸出しの作戦を決行するとも思えない。宇随君がそんな作戦を言い出したら、横っ面を日輪刀で斬りつけてやることにしよう。

 

 

 東の空が白み始めている。

 夜が、徐々に明けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで宇随君。君、妙に花街に詳しいね。

 あと思ったんだけど、君、散々オレの事脅してくれたけど。

 今回の件、須磨さんあたりにばれたらまずいんじゃないの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りに寄ったうどん屋さんで、宇随君はオレに自分の分の沢庵をくれた。

 

 ありがとう宇随君。

 さぁ、油揚げと天ぷらもよこしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が、徐々に明けていく。

 朱色の格子から外を見ながら、鯉夏は今日の客について思いを馳せていた。

 急遽店に重鎮として現れた青年。

 聞けば、もともと大層な役人を父に持つ青年だったが、顔にひどいやけどを負ってしまった。

 多くの部下がそれによって彼の元から離れてしまい、手元に残ったのは莫大な財のみ。恵まれない人生の中で意気消沈した彼を励ますため、ここに通い詰めていた常連が彼の事を店に紹介し

 

 「なんて。 それも嘘ね」

 

 あの人はやけどなどしていない。あの人は大層な生まれではない。

 あの人は、自分の人生に対して消沈などしていない。

 

 鯉夏花魁は、二人の人間を思い返す。

 一人は、今日であった奇妙な青年。

 顔に包帯を巻きつけていたから、顔は解らない。

 だが、彼に愛されている、『おうか』という女性は幸福だと思った。

 それこそ、羨ましいほどに。

 

 もう1人は最近足しげくここに通ってくれている人。

 決して身分が高いわけではない。

 決して裕福な訳ではない。

 けれど、毎日毎日、外から鯉夏花魁を見つめ続けた人。

 やっと目通り叶えば、こんどは緊張したのかたどたどしい言葉しか出てこなかった。

 

 

 けれども彼は、しきたりが完璧な男などより、よほど誠実だった。

 

 自分の仕事の話をしてくれた。

 鯉夏花魁の話を聞いてくれた。

 身体に触ろうともしなかった。

 今日もご飯が美味しいですね、なんて話をした。

 

 それらすべてに沸き起こる気持ちを、鯉夏は嘘なのだろうと切って捨てた。

 ここは遊郭。

 真実を見つけることの出来ない花街。

 何かを信じ、掴もうとした女が何人も足抜けしようとしたのを、鯉夏は知っている。

 彼女たちが無体に捨てられて戻ってくる様を、鯉夏は知っている。

 ここでは、恋をしてはいけないのだ。

 ましてや自分は花魁。誰かの物になってはならない。

 

 

 『あきらめちゃだめだ』

 

 なぜか、重症患者(仮)の言葉が、鯉夏の耳に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が徐々に明けていく。

 場所は変わり、花街でも大手の店、『京極屋』にて。

 

 当たり前の話だが、遊女が仕事をするのは夜。休むのは朝だ。

 だからこそ、彼女たちに与えられる部屋は夜間、無人であることが多い。

 

 だがしかし、その日だけ。

 一晩中部屋から出ようとしなかった花魁がいた。

 

 店の北側、まったく『日の当たらない』部屋に住むその花魁、名を『蕨姫花魁(わらびひめ おいらん)』と言った。

 美しいが、他者に対して非常に攻撃的。

 兎は鯉夏花魁を花街の女王と称したが、女王と言うなら彼女の方が近いだろう。

 絶対の恐怖。

 人ならざる瞳の圧力。

 店の者は皆彼女に怯えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その彼女が今、部屋の片隅で童子のように震えているなど、誰が思うだろうか。

 

 「なによこれ!? なんなのよこれ!?」

 

 鬼の感覚は人間のそれよりも非常に優れている。

 それはこの蕨姫花魁の正体、上弦の陸、『堕姫』についても同様であった。

 人間を越えた超感覚は、鬼殺の隊士と戦うとき、彼女たちの優位性を確固たるものにすることがほとんどだ。

 

 だが、今回に限ってはそれが完全に裏目に出た。

 

 身体の震えが止まらない。

 その気配を感じたのはたった一瞬だったのに。

 

 堕姫は知る由もない事だが、その『一瞬』。すこし離れた店で業柱、十二支 兎が鯉夏花魁に凄んで見せた瞬間である。

 あの一瞬、ほんの数刻彼から発せられた気配の刃が、堕姫の喉元を貫いていた。

 

 堕姫は、恐怖していたのだ。

 まるで複数の獣に取り囲まれるようなあの気配に。

 

 震えが止まらない。

 自分の実力を思い返す。

 震えは止まらない。

 自らの主に認められていることを思い出す。

 震えは止まらない。

 今まで柱を喰ってきたことを思い出す。

 震えは止まらない。

 強い兄の事を思い出す。

 震えは止まらない。

 両腕で体を抱く。

 震えは止まらない。

 

 震えは止まらない。

 震えは止まらない。

 震えは止まらない。

 

 

 

 震えは、止まらない。

 

 

 

 

 

 「・・・・怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!? お兄ちゃああああああああああああああんんんん!!」

 

 鬼の悲鳴が、京極屋に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大正○○年 ●月☆日

 正しく、それは地獄だった。

 こんなことは今までなかった。

 身体の震えが止まらない。

 

 あっていいはずがないんだ。

 こんな事、あっていいはずない。

 

 なぁ、これは夢か。ならさっさと覚めてくれ。

 

 鯉夏花魁に、カッコつけてあんなことを言ったばかりだと言うのに。

 オレは今、日輪刀で自分の首を斬りたいです。

 

 なんでかって。あははははは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜花が、家に入れてくれません。

 




 大正コソコソ噂話(偽)
 宇随君は兎君がごね続けるからしぶしぶおかずをあげたらしいよ。
 素うどんだと地味すぎるから、唐辛子をたくさん入れて食べて、
 帰った時には須磨さんに唇お化けって言われたんだって。
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