『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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生きています。


二つのニュース

俺と音無さんの寝取られビデオレターは、『最高に人をイラつかせる呪物』ということで多くの組員さんの脳血管をブチ切れさせつつも編集され、イルマ女王の元へ配送させられる事になった。

イルマ女王は、俺をテロに巻き込んだ罪で世界中から命を狙われている。特に自らが治めるブレチェ国の人々は国家転覆を図るほどの絶許具合らしく、帰るに帰れない状況らしい。そういうわけで一時期は由良様の監視の元、中御門邸で匿われていた彼女だったが。

 

「ビデオレターの鑑賞後、イルマ様がどのようにお(たけ)きになられるか想像もつきません。念のため島流(しまなが)……こほん、ワタクシが所有する孤島の別荘でお休みいただく事にしました」

 

と、由良様のご配慮によって更に隔離されてしまった。イルマ女王はクレータークリエイターの由良様に匹敵する傑物、島一つが犠牲になってしまうが、妥当な措置なのかもしれない。

 

 

ビデオレターをイルマ女王が手にするであろう、その日。

結果は気になるものの、俺はいつものようにアイドル活動に邁進していた。その日が俺にとっての、いや世界にとってのターニングポイントになるとも知らずに。

 

 

 

「「「お疲れさまでしたー!!」」」

 

中御門邸の一角。青々と広がる庭園の空に、スタッフ一同の歓声が昇る。

終わったのだ、長きに渡った『深愛なるあなたへ』が撮影終了(クランクアップ)したのだ。

思い出すだけでも苦労の……いや、脳が拒否して思い出すのに苦労するが、とりあえず感慨も一入(ひとしお)。スタッフの方々の喜びの涙には、一仕事終えた達成感以上に生き残れた生命賛歌の味が濃いだろう。

 

「撮影用の館がリアル炎上したり、監督さんが意識不明の重体になった時はどうなるかと思いましたけど、なんだかんだ終わりましたね。それもこれも尽力いただいた寸田川先生のおかげですよ、本当にありがとうございます!」

 

「は、ははは、僕が生み出した怪作(モノ)だからね、創作者として責任を取ったまでだよ」

 

当初は『深愛なるあなたへ』の脚本家として、途中からヤンデレ(男)がたたって還らぬ人(病院在住)になった監督さんに代わって現場指揮を取った寸田川先生。寸田川というより三途の川のような死相が出ているが大丈夫だろうか。

 

「しっかり休んでくださいね、寸田川先生はこの業界の宝なんですから」

 

絶頂用にオムツを常時装着する彼女にドン引きしていたのが、遠い昔のように感じる。

オムツ良いじゃないか。今となっては些細なことだ、周りに迷惑を掛けないならどんな変態だって大歓迎だ。

自分が世界レベルのご迷惑をポンポンお掛けするようになって以降、多少の変態行為には「ええんやで」の精神が根付いてきた。だから、世の皆さんも俺に「ええんやで」してくれたら嬉しい。

 

「残念だけど寸田川先生の本番はここから、修羅場は継続よ」

「編集作業もやるんだよね、寸田川先生。私の出番は多めにお願いしまーす」

 

「紅華に、咲奈さん……」

 

天道家の三女。アスリート体型でボーイッシュ、強気勝気な見た目とは裏腹に、俺を父親に仕立て上げて隙あらば甘えようと画策する女、天道紅華さん。

天道家の四女。見る者の目尻を下げる幼く天使的な見た目とは裏腹に、俺を弟に仕立て上げて隙あらば甘えさせようと策謀する女、天道咲奈さん。

ブラックリスト入りを果たす二人がヌルっと会話に入ってくるものだから、俺は警戒レベルを上げつつ。

 

「編集って……編集作業も寸田川先生の領分なんですか?」

 

「本来なら編集チームに任せるんだけどね、今回はそうもいかない」こめかみに手をやって唸る寸田川先生。

「全編センシティブで致命的だから、どのシーンをどの角度で魅せるのか、逐一チェックしなくちゃ。これは世界文化大祭の出展作品。世界の要人が大画面で観る事になる。つまり世界の命運がこの編集作業に掛かっているのさ」

 

「そ、そんな」大袈裟な――という言葉を呑み込む。

『タクマといっしょう』や『タクマとのラブラブ家族プラン』で世界の出生数が激しく上下している昨今、寸田川先生の懸念はもっともである。

 

「何より長時間ヤンデレと向き合える編集者が少なくてね……撮影データは100時間オーバー、これを上映2時間にギュギュっと凝縮しなくては。ははは、まあ僕に任せてくれよ……ははは」

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

由良様のご厚意で、打ち上げパーティーは中御門邸の迎賓館を借りて行われる事になった。

クランクアップした当日で休む暇もないが、俺が参加しようとすると最良な場所は中御門邸となるので強行軍も致し方ない。

 

本日の撮影は物語の最終盤、主人公の早乙女たんまが狂気(ヤンデレ)から解放されて、日常に還るところだった。数々の凶行の記憶を喪失し、元のあどけない姿に戻った早乙女たんま。彼を幽霊となって見守る早乙女姉妹と母親のシーンで物語の幕は閉じる。

終わり方の是非はともかく、そういう撮影だったので本日は天道家の面々も全員撮影現場に揃っているのだ。主要人物の中でクランクアップの場に居合わせなかったのは、早乙女姉妹の婚約者兼第一の被害者役のジュンヌさんくらいだろう。先日の撮影後に病院送りになられたが、数時間後に息を吹き返したそうで何よりである。

 

スタッフさんたちと歓談できるよう、ダンゴの二人や南無瀬組の方々には少し距離を取って護衛してもらう。

ヤンデレ男の演技に揉まれてきた百戦百逝のスタッフさんたちだ、今更俺を襲う愚行はしないだろう。

 

「もぐもぐ……」

 

せっかくのパーティなのに、俺の口に入る料理はオードブルではなく南無瀬組が用意した特製弁当。

悪意ある第三者が俺の口に異物を混入させる可能性があるし、逆に偶然俺の異物(唾液や髪の毛とか)が料理に混入してしまうかもしれない。特に後者の場合は飯テロ(ガチ)で死人や超人を生みかねないので、特製弁当は甘んじて受け入れる他なし。

 

「……それにしても、大丈夫かな? 寸田川先生」

 

空腹を満たし人心地ついたところで、隣に居た紅華に話を振る。寸田川先生はパーティーに出ず、命の炎が燃えているうちにと早々編集作業へ入ってしまった。

 

「大丈夫よ、タクマと関わるなら『死ななきゃ安い』が基本。先生は呼吸していたし、あまつさえ自力歩行していた。ねっ、大丈夫でしょ?」

 

「大丈夫のハードルが低過ぎる」

 

肉食世界の女性は、同性に対する扱いが雑の一言。地球の女性とは似て非なるタフさを持つ超生物だから、この扱いが普通なのか?

 

「それよりタッくん、お腹がいっぱいで眠くなっていないかな? 良かったら別室でゆっくりしようよ、お姉ちゃん(わたし)が膝枕してあげる」

 

「堂々とシケ込もうとしないの。ったく、なにが膝枕よ。咲奈の細ももを枕にするなんて寝心地最悪でしょ。仕方ないからあたしが頭を貸してあげる、タクマ(お父さん)は膝を出してね」

 

「前後の文脈が滅茶苦茶だよ、紅華お姉さま。きっと疲れているんだよ、その辺で一人寝ころんだらどうかな」

 

「はぁぁ? 父娘のプラトニックが理解できないとか、頭がシモに汚染されているんじゃないの」

 

「お姉さまこそお姉さまのくせに、私から迸る姉なる心が分からないの? 悲しい人、可哀そう」

 

「意味不明な理論で、人を憐れむな! 自分の歳を考えなさいよ、この変態!」

 

「勝手にタッくんを加齢して趣味に耽るお姉さまこそ変態だよ!」

 

おおう、二人の変態がバチバチにやり合い始めた。

「まあまあ二人とも」と仲裁に入るのは生存戦略的に愚策。二人の間に鏡を置くのも一興だが、ここは無難に逃げるとしよう。

そそくさと距離を取り、会場の壁際に避難したところで。

 

 

「まったく紅華も咲奈も落ち着きがないわね。次の天道家を担うには、まだまだ未熟の一言に尽きるわ。祈里、あなたの監督不行き届きではなくて?」

 

「申し訳ありません。二人とも芸の力は高まっているのですが、どうにも精神力に難がありまして、特にタクマさんスイッチが入ると……」

 

「タクマ君が何だと言うの。いい加減慣れなさい。いずれはあたくしの息子、もとい天道家の婿に――ってあらタクマ君?」

 

くっ、逃げた先にも母子共に変態が。

天道家の長女。ブラウンの潤いヘアーにこれまた潤い溢れる唇、水も滴る絶世の美女、と見せかけてチキンな心臓におパンツな脳を搭載した変態、天道祈里さん。

天道家の先代。娘と並び立っても一分も劣らない若々しさと圧倒的な美、芸の頂点に君臨する天道家を体現する女傑、ではあるけれどそれはそれとしてドMとムスコンのハイブリット変態、天道美里さん。

 

すでに捕捉されている、下手にスルーしては余計に執着させるか。

 

「ど、どうも美里さんに祈里さん……お疲れ様です」

 

「お疲れさま、楽しんでる? こういう打ち上げ、タクマ君はあまり経験がないかしら」

 

「はい、新鮮です。数少ないレギュラー番組を除けば、一期一会の仕事が多いもので。長期間苦楽を共にした皆さんと祝杯を上げる……改めて大きな仕事だったんだなぁって感慨深いです」

 

「ふふふ、一仕事終えて一段と輝きを増したようね。あなたの(きら)めきが世界を照らし焼く日も近いわ」

 

「は、はは、まるで終末兵器みたいですね。さすがにそこまで致命的なことには」

 

「ならないと思っているの? 本気で? 心から?」

 

「な、なるべく持続可能な社会を目指します……ところで、祈里さんは大丈夫ですか?」

 

世界よりも早く持続不可能そうな祈里さんへ話を向ける、いつものように心臓を抑えて死相を露わにしているぞ。

 

「ヒッ、ッ、ッ、きょ、今日はタクマ、さんの滞留、じかんが多いのでキャパがオヴェーバーで……し、少々失礼しますわ」

 

祈里さんが黒いビニール袋を取り出し、その口に自分の鼻口を突っ込んで「す~は~」を始めた。

うーん、これはアウト。撮影の合間に幾度となく目にした光景だが、何度見ても通報欲をそそられえる。

ビニール袋の中身は決して覚せい的なモノではなく――男物のパンツだった。

 

「タクマさんから頂いたおパンツ様を下界に降ろすわけにはいきません。既製品をイマジナリーおパンツして我が身を保っています」

 

言葉の意味はよくわからないが、とにかくすごい変態だ。

 

「……そういえばタクマ君」

我が娘の奇行から目と話を逸らして、美里さんが言った。「イルマ女王には気を付けてね」

 

「えっ?」

 

「ロックオンされているのでしょ、彼女に。かなりの(モノ)をお持ちだから細心の注意が必要だわ」

 

たしか、美里さんはブレチェ国での仕事でイルマ女王と面識があったっけ……直に会ったからこその見解だろうか。

 

「ご忠告ありがとうございます……でも、大丈夫です。対策はしっかり立てていますから」

 

俺たちには勝利の決め手、寝取られビデオレターがある。他人からは呪物だろうと、イルマ女王にとっては絶好のオカズ。盛大に逝き散らして、冷静沈着な淑女へと導いてくれるに違いない。

 

「まあ、当然対策はしているわよね。南無瀬組や由良様主導で熟考した末の有効策を……けれど、甘いわ」

Mスコンにあるまじき真っすぐな目で美里さんは告げた。

「海千山千ひしめく芸能界で観察眼を鍛えてきたあたくしが見るに、イルマ女王は変態性はレベルが違う。まるでブレチェ国の行き場の無い怨念の執着先にして終着先のようだわ」

 

「怨念、ですか?」

 

「双姫の乱から始まった不知火群島国とブレチェ国の諍い。原因となった初代国主・由乃様と、その伴侶であるマサオ様があんな事(・・・・)になってしまったから、ブレチェ国が抱える怒りや憎しみは完全に晴れず、代々脈々と受け継がれているのかもしれないわ。それが歪な形で発露したのがイルマ女王、あたくしにはそう思えるの」

 

グサリと胸を刺された気分になる。由乃様と、マサオ様ことヒロシに話が及んだからだ。

あんな事、とは二人の最期を指す。

ヒロシがどんな人生を歩んだのか……後輩の終わりを知るのは気が滅入るどころではなかったが、あいつが築き上げた土台のおかげで俺のアイドル活動は成り立っている。責任感に背中を蹴られ、俺は歴史の本を開いた。

 

二人の死因は――溺死と言われている。

国主たる権限を娘の由紀様に譲渡した後、身軽になった由乃様は、マサオ教を軌道に乗せ精力的に活動していたヒロシを連れ、性春を取り戻すかのように情熱的な熟婚旅行を敢行したらしい。

不知火群島国を巡る優雅な船の旅――しかし、その道中、大嵐に遭って二人の乗る船は海の藻屑に……と記録されている。

もっとも歴史的大事件にはお馴染みの陰謀論や諸説によって本当のところは分からない。実は何者かの手で謀殺されたのかもしれないし、実はボートセックスが激しすぎて船底に穴が空き沈没したのかもしれない、とか現在でも歴史学者の中で議論が交わされている。

事実なのは、二人が失踪し、記録上二度と現れなかったということだ。

 

個人的には、ヒロシたちは無人島に流れ着き、なんだかんだ夫婦仲睦まじく楽しく暮らした、という説を推したい。ヒロシは幸せに人生を終えた、希望的妄想だけどそういう事にしてくれないか。

 

 

「いいこと、タクマ君」

 

――っといけない、美里さんの話の途中だった。

 

「イルマ女王はブレチェ国の怨念が熟成されて生み出された変態。そして、変態というのはこちらの想像を超えるから変態なのよ。彼女相手に絶対安全の対策なんて無いわ」

 

変態一家の重鎮であり、自身も二つの性癖をお持て余す変態からの忠告。

イルマ女王の件は半ば終わったもの――と都合良く思い込んで守りに入っていた俺は「……ううっ」と呻くのだった。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

打ち上げは終わり、天道家を始めとする撮影スタッフは帰って行った。

俺たち南無瀬組は中御門邸の離れに泊まり、明日南無瀬領に戻る。中御門領で仕事をした時は、由良様のご厚意に甘えて一泊――というのは、いつもの事だ。

だから、この夜もいつもの夜になるはずだった。

 

しかし、一仕事終えた心地良い疲れに身を任せ、微睡んでいると。

 

「拓馬はん! すまへんけど、今夜は母屋で寝ることになった。移動の準備をしてな」

 

血相を変えた真矢さんが訪ねてきた。後ろにはシリアス面の音無さんと椿さんも居る。

 

「どうしたんですか? なぜに母屋に?」

 

「ダンゴ的判断で、私と凛子ちゃんが進言した。離れは周囲に遮蔽物は無いため索敵には向くが、シンプルな構造と薄壁で防衛に向かない」

 

「安心してください! あたしたちがバッチリお護りしますから! 三池さんには指一本触れさせません!」

 

「ま、待ってください。話が見えません、いったい何があったんです?」

 

「落ち着いて聞いてな、悪いニュースと悪いニュースがあんねん」

 

「二つも……じゃあ、比較的良い方の悪いニュースから聞かせてください」

 

ちくしょう、背中がゾワゾワするし、胃がキリキリするし、嫌な予感がビンビンする。しかもこれまでにない最大級で。

 

「ブレチェ国が攻めてきました」

 

「…………ほわっ?」

 

「凛子ちゃん、その言い方を誤解を招く。正確にはブレイクチェリー女王国の哨戒(しょうかい)艇三隻が不知火群島国の領海に侵入した。現在も領海内に留まって示威行為をしている」

 

「さっき由良様が中御門邸を出て、国防省庁に向かったそうや。一気にきな臭くなってきたで」

 

「ブレチェ国と不知火群島国は仲が悪いって聞きますけど、なんで急に……って、これがマシな方のニュース!?」

 

「せや、これだけなら拓馬はんが母屋に避難する必要ないやろ」

 

「たしかに……という事はもう一つのニュースは直接俺に関係するってことですか……本日はお日柄も悪く、そろそろ寝たいのでお開きには」

 

「あかん」

「ダメです」

「諦めて、どうぞ」

 

手早くNGとは、寸劇する暇もないようだ。

 

「うう……では、もう一つの悪いニュースって、いったい?」

 

「イルマですよ」

音無さんが心底面倒臭そうに言った。

「イルマが姿を消しました。隔離していた島の別荘は全壊、監視していた由良さんの部下は全滅。お馬鹿にも三池さんを狙う可能性がありますので念のため母屋に行きましょ。困りますよねぇ、あたしと三池さんのラブラブビデオレターで幸せをお裾分けしてあげたのに何が不満なんですかね?」

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