第一話 クジュウリの少年
突然だが、僕―――レキは家族が大好きだ。
僕を生んでくれた母さんは皇である父さんのお傍付を勤めたエヴェンクルガ族の武士だった。
病で亡くなってしまったけども、母さんは最後まで僕のことを愛してくれた。
家族の中で唯一母の違う僕だけども、父さんももうひとりの母さんも兄弟たちだって変わらず接してくれる。
力強く豪快な父さん。
のんびり屋だけど優しく頭のいいもう一人の母さん。
皆から過保護でお転婆だといわれるが活発で綺麗なシス姉さん。
クジュウリ一の武芸者として時期皇と期待されているヤシュマ兄さん。
武芸に秀でてはないが各地の開墾や政(まつりごと)に関わる多くの兄さんたち。
そして唯一の妹である内気だが健気で優しく可憐なルルティエ。
大家族で兄弟同士の喧嘩だって頻繁に起こる。
だが民に寄り添って国を治めるその気質に僕だけじゃなく、国民全員が惹かれている。
誰かが苦しんでるなら、その力となれ。
それが母の遺言であり、父が体現している言葉であり僕の道しるべ。
僕は本当に、クジュウリの皇族に生まれてよかったと思ってる。
だから僕は、目の前で高熱で苦しんでいる妹をなんとしても助けたかった。
「なんで薬草がないんじゃあ」
「申し訳ありません皇・・・。城下の方でも病が蔓延しておりまして民たちの治療分も足りないもので・・・」
民の分を回収してまいります、という老薬師・ムラジさまを父オーゼンは手で制する。
「それはならん。民の治療分が足りぬのならそちらを優先せえ。
すまんのう、ルルティエ」
父はルルティエの手を握る。ルルティエは苦しそうにハァハァと息をしている。
母は帝都へ、兄さん達は他国への援助の嘆願、また各州に出ている。
残ってルルティエを看病しているのは父とシス姉さんと僕だけだ。
姉さんは厨房に立っているため今は席をはずしているが。
「ムラジよ、ぬしは城下の治療に当たってくれんか」
「わかりました、では失礼します」
薬師ムラジさまは退室する。
「父さん、自分も城下の手伝いに行ってくるよ」
「そうか、レキよ、ムラジを補佐してやれ」
退室したムラジさまを追いかける。
「ムラジさま!」
「おお、レキ皇子。どうしましたかな」
「自分もお手伝いします」
「力強いですな。では参りましょうか」
ムラジさまはクジュウリ城下で一番の薬師だ。
かつ父にも重用されており、今回のように皇族の病気の治療にも当たってくれるし父の相談役でもある。
また僕の学問の指南役も行ってくれていて、いわゆる爺やに当たる人だ。
家族以外で一番気を許せる人だ。
「皇子は今年で幾つになりますかな?」
「今年で10になります」
「おおきくなりましたなあ。ますます母君様に似てきましたな」
「そう・・・でしょうか」
そう言われて頬が熱くなるのを自覚する。
自分も母同様エヴェンクルガの血を引いているので立派な武士になるのが目標なのだから。
だからこそ、妹を助けてやりたい。
城を出て雪積もるクジュウリ城下を歩く。
自分の姿を見た住民は礼をしてくれるが皆、どこか元気がない。
クジュウリ国内を襲うはやり病が、ここ城下でも蔓延しているためか。
歩きなれた道をすすみ、ムラジが営む診療所にたどり着く。
「戻ったぞ。アヤメ。処置の方はどうか」
「おかえりなさいお爺さま。・・・と皇子さま?」
「こんにちはアヤメ姉。手伝いにきたよ」
ありがとうと微笑んでくれるのは僕より2つ年上のアヤメという女性。
ムラジさまの孫であり、僕やルルティエと一緒に学問を習っているため姉のような存在。
血筋だけあって見習い薬師としてムラジさまの診療所を手伝っている。
僕の幼なじみで憧れの女性だ。
「ルルティエさまの様子は?」
「とりあえず体力促進の処方は行ってきた。だがやはり特効薬となるコゥハ草がないのが手痛い・・・」
ムラジさまは腕を組んで唸る。
そう・・・。とアヤメ姉も明らかに気落ちしている。
「成人した男ならばまだ体力で乗り切れるが齢8のルルティエさまでは厳しい。
とにかく他の患者同様、体力促進の薬で頑張ってもらうしか現状手は無い」
動物からの感染のみで、ヒトからヒトに感染しないのが唯一の救いなんだが・・・。
「ねえムラジさま。コゥハ草ってどこに生えてるんですか?」
「ここから南の霊山ですが、この時期積雪がひどく登山は危険です。
更には群生地の近くはオルケの棲家ですから、いつもは暖かい時期にヤシュマ様の近衛隊の方々に採取をお願いしとります」
兄さんか・・・。
ヤシュマ兄さんとその兵達は今エンナカムイという北の友好国に援助を依頼しにいっており留守だ。
「レキさま、動ける兵の人たちはいないの?」
アヤメ姉の言葉に僕は首を横に振るしかない。
「唯一姉さんの親衛隊が残ってるけども、姉さんの隊は馬・・・ウォプタルの管理担当なんだ。
ウォプタル経由で大半が病で倒れてる。残った人たちでなんとか城の運営を回してるから人手が足りない・・・」
「そう・・・手詰まりね」
「そもそもさっき言ったように、霊山の積雪から登山は無理じゃな・・・。
今は近隣の国や遠方になるが帝都からの援助を待つのが良いのだろう」
ムラジさまの言うことが正しい。
でも幼いルルティエにもしものことがあったら、と思うと素直に頷けない。
ここからエンナカムイは馬でも4日はかかる距離だと兄さんは出立前に言っていた。
兄上が出立したのは2日前。
最短でもあと6日。しかもこの雪だ。遅くなることは十分すぎるくらい考えられる。
だったら・・・。
「レキさま、変な気は起こさないようにね」
「な、何のこと?」
アヤメ姉が突然自分に忠告してくる。心を見透かされてるようでドキッとした。
「シスさまもだけど、レキさまは特にルルティエさまのことを大切に思ってるの分かるから」
やっぱり見透かされてる。
「・・・だからそのシス姉さんに相談しにいくよ。
姉さんだったら力になってくれるかもしれないし。
来たばかりだけどごめんムラジさま。ひとっ走りしてくるよ」
心配げな表情を見せるアヤメ姉とムラジさまを残し、城の横の訓練施設に立ち寄る。
そこには僕がヤシュマ兄さんとの武術の鍛錬で使用している愛用の槍が立てかけられている。
まずは防寒着を着込み、その槍を背にしばる。
また訓練所に置かれている非常食を腰の布袋に入れる。
「さて手伝ってくれるか?カント」
カントと名づけてる僕専用の青い毛並みのウォプタルの背に手を乗せると、自分の意思に気づいてくれたのか力強く鳴いてくれる。
ウォプタルに接するとはやり病に感染の恐れがある。
だが、カントは感染を免れてる。そしてどういうわけか自分は生まれた時から一切の病気にかかったことが無い。
だからそれを信じ、カントに普通に接している。
準備を終えて、カントにまたがる。
きっと・・・みんな怒るだろう。
でも、僕はルルティエを救うためならば少しでも可能性があるならそれに賭けたい。
「はっ!」
掛け声とともにカントを走らせる。
城下の南口を抜けて、霊山へ一直線へと向かう。
クジュウリは雪が降りしきる最も冷え込む時期のため、特に積雪のあるこの地域にはヒトの通りが一切無い。
聞こえるのは僕とカントの息遣いと、ビュウッと吹き付ける風だけ。
遠くにはうっすら霊山が見える。
霊山と呼ばれるその場所は、クジュウリの祭事でよく使われる場所だ。
ただし祭事で使われるのは麓のみ。
険しい山道とオルケの棲家となっている中腹以降はあまりヒトが入らない。
でも・・・自分の足で行ける範囲では行ってみよう。
霊山と呼ばれる理由にはクジュウリに伝わる神さまが大きく関わっている。
特にこの霊山では神さまの逸話が多く残る。
昔からオルケに教われたときに守り神さまが助けてくれたり、道に迷ったときには神さまが導いてくれるという。
『マシロさま』と呼ばれるその守り神さまに願う。
「どうか、コゥハ草を見つけだして、ルルティエを助けられるように見守っていてください」
「見つけた。あれが・・・レキってやつか」
上空からウォプタルを駆る少年を見守る瞳があった。
マシロさまと呼ばれているハク、その人だった。
「さて神の力を使っても実体化して干渉できる時間は限られてる。
『もしもの歴史にする』にはあいつに大怪我させないように干渉しないとな」
本編でルルティエが幼少時高熱を出したというエピソード。
クジュウリ全域で広まった流行病という設定に変えてます。