ガリキャロです。お題『安全な喪失』
先日開催されたツイッター上のワンドロ(#シンフォギア版深夜の真剣創作60分一本勝負)に参加するのに自主的に使わせていただいた即興二次創作(http://sokkyo-niji.com/)で引いたお題で、思い付いたけど自重したネタを書いてみました。
「アントラクト」https://syosetu.org/novel/160573/ と同じ世界線です。
(初出:2015/11/08)(他サイトと同時投稿です)
(2016/04/09:同じ世界線の話を書きました。R18注意→「アントラクト Ⅲ」https://syosetu.org/novel/161175/







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ガリキャロです。お題『安全な喪失』
先日開催されたツイッター上のワンドロ(#シンフォギア版深夜の真剣創作60分一本勝負)に参加するのに自主的に使わせていただいた即興二次創作(http://sokkyo-niji.com/)で引いたお題で、思い付いたけど自重したネタを書いてみました。
(初出:2015/11/08)(他サイトと同時投稿です)
「アントラクト」https://syosetu.org/novel/160573/ と同じ世界線です。
(2016/04/09:同じ世界線の話を書きました。R18注意→「アントラクト Ⅲ」https://syosetu.org/novel/161175/






アントラクト Ⅱ

 

 

 

 

 重く、低く。遠く深くで鳴らされる歯車同士の噛み合う音は、ここまでかすかに響いてくる。チフォージュ・シャトーの玉座の間でいう静寂とは、そうした音を内包する沈黙だった。

 頬杖を衝いて玉座に座るキャロルの眼下の広間には何者もいない。オートスコアラーたちは己が下した任務のため全機が出払っていた。

 重く瞬いて瞳を閉じれば、意識は自然と内を向く。思索へと没入していく。

 戦えないと寝言を吐いていた装者にもギアを纏わせ、これまで三つのギアの破壊に成功した。呪われた旋律を我が身に受けて譜面を作成するには、その改修を待たねばならない。

 計画は中盤へと差し掛かった。もう止まれない。止まるつもりも、戻るつもりもない。

 もう戻れない。時間を遡行する手段など、存在しないのだから。あらゆる知の遺産を調べ尽くして、そんな手段はありはしないのだと知っている。

 ……どんな魔法なら時計の砂は逆巻く?

 もしも戻せるなら、あの炎の日に。いや、あの日よりも前に。

「パパ……」

 零れた呟きは闇へと吸われて消える。

 けれど胸中に在る柔く温る日々の記憶と、父によく披露していた旋律は決して潰えない。

「ルルリーラー、ルルル、ルリラー……」

 思い起こされる『想い出』になぞられ、その旋律を小さく口にした。

 『想い出』の中の幼い自分は、両親より贈られた祝歌を意味する名を嬉しく誇らしく思っていた。錬金術と親しいとされる音楽と親しみ、歌を唄うこともよくした。

 父は柔い笑顔を浮かべながらそれを聴き、唄い終えると目を細めて暖かく温もった掌で頭を――

 ん、と口を噤む。意識を現実へと戻し、頬杖から顔を上げた。感じたこの気配は。

「……ガリィ」

「ただいま戻りました」

 弾むような声音で、軽妙にバレエのステップを踏みながら。玉座に接続されてるパイプ郡の後ろからガリィが現れ出た。

 コロンコロンと身体のオルゴールを鳴らしながら、キャロルの前で片足立ちでくるりと一転する。

「何故そんなところにいる」

「テレポートジェムの座標設定を少々奥へと間違えてしまいました」

 てへっ、と軽く握った拳でガリィは自分の頭を小突いてみせた。その調子の良さに、思わずため息が漏れる。

「次からは気をつけろ」

「わかってますよぅ。*いしのなかにいる*なんてことになったら大変ですから」

 ガリィは揃えた手指を口元に宛てながら、もう一方の手を顔の横で上下にひらひらとする。

「わかっているならそれでいい」

 真偽の言及はしない。そんなことをしても意味がないからだ。

 自動人形たちは主である自分に背かず忠実であるように作っている。背反するなどありえないから、詰問は時間の無駄と言えた。

 ただし。

「でもおかげで珍しいものを聞かせていただきました」

「……聞いていたのか」

「それはもうばっちりっ」

 偽ることはなくとも、隠し事をすることはありうる。問われないから答えない。それは偽ることには成り得ない。

 一体いつから裏手にいたのか――旋律を口遊むのを聞かれていた。

 人差し指を唇に当て、片目を瞑ってみせているガリィを見据えて言う。

「忘れろ。削除だ」

「これも貴重な『想い出』だと思いますけど?」

「削除しろと言っている」

「そんなにふうに睨まないでくださいよぅ」

 語気を強めて言い直したにも関わらずガリィは大して動じない。片腕を胸に当てて大げさに言い訳がましい表情を作った。

 自動人形であるガリィに、主を敬うという概念がないはずはない。だが、何らかの思考がそれを上回っているようなことが、ときとして見受けられるような気がする。そんなガリィに本来的な自分を知られるのはどことなく躊躇われて仕方がなかった。

「それなら――」

 ガリィの口端が一瞬にっと、わずかに横に伸ばされた、気がした。

「マスターが採取したらいいんじゃないですか?」

 さも名案だと言わんばかりに、ガリィは少女の顔で無邪気っぽく微笑んだ。

 オートスコアラーと同様、対象から『想い出』を採取することはキャロル自身にも可能だった。そしてガリィは内に宿している聖杯ゆえに、他のオートスコアラーと違って『想い出』を他者に供給することができる。

 ガリィは削除の命令に背くことも偽りを述べることもできないが、未達という選択を取ることが可能だ。

 埒が明かない問答を繰り返し延々と想い出を保持されるよりは、聖杯内を直接走査して消去を確認するよりは。採取しての我が身による焼却の方が安全な喪失と言える。

 考えは定まった。

「ならば、そうさせてもらう」

 玉座から立ち上がると、ガリィはスカートの端を摘んでお辞儀をするように屈んでみせた。頭一つ分の身長差はそれでほとんど埋まる。その前に歩み寄って、肩に手を乗せる。もう一方の手で二の腕の袖を掴み、背筋を伸ばして上向けた顔を近づけた。

 口接けるそのとき、ガリィが口元を綻ばせたように見えたのは気のせいだろうか。

 押し付けた唇を薄く開き、伸ばした舌をガリィの唇の間に差し入れる。

 少々、難儀する。舌が小さいために、粘膜の接触面を多くとるのが難しい。

 ホムンクルスとは元来造られたときから子供の姿を取るもので、成長はしない。成体化しそれを維持する術もあるが、託された命題は託された当時の姿で果たしてこそ。父イザークの幼い娘であり続けるために、また、あのとき抱いた想いを忘れないために、躯体を幾度入れ替えようと死に別れた当時の姿のままでいた。幼い体躯は多少の不便があり、これもその一つだった。

 懸命に突き出した先で、ガリィから撫でるように触れられた。

「っ……」

 自分のもの以外の濡れた感触に反射で引っ込みかけるも、堪えて口腔に留まり続ける。『想い出』を採取するためには接触を絶やすことも減らすこともできない。退くわけにはいかない。それを分かっていてか、ガリィはこちらから出迎えに上がったと言わんばかりに、舌を這わせて絡み合わせてきた。

 こちらがそうするより早くに、だった。機先を制されて、タイミングを逸した。こちらから絡ませようとしても、うまく躱されては撫でるように舐められる。

「んぅ、……」

 優勢に立てない。けれど接触面積は確保できていた。『想い出』の構造解析を開始する。聖杯に保持されている『想い出』の量は多く、目的の『想い出』の捜索には手間取りそうだった。

 その間にも、ガリィは絡ませるのをやめない。舌先で弾き、吸い、くすぐるように側面を舐める。濡れた感触の起こす身体に奥に眠る何かを呼び覚ますような感覚が、理性とは関わりなく起こされていく。微弱なそれはガリィの舌に探られるたびに振幅を大きくしてゆき、思考と呼吸に乱れを生じさせ始めた。

 動きが、鈍る。苦しさを覚える息を整えるのと、仕切り直すのと。両方の目的で、一旦引き戻して唇を離そうとした。

「は、っ、……んぅっ!?」

 その瞬間を逃さずに。あるいは狙っていたかのように、ガリィに逆に押し込まれた。

 反射的にガリィの肩と腕に添えている腕を突っ張る。けれど、顔の両側に添えられたガリィの手がそれを許さなかった。

 キャロルから施したそれより重なりが深くなっているのは、重ねなおしたときに顔の角度を変えてきたからだろう。

 口腔に滑り込んできたガリィにあっさりと捉えられる。驚き固まっているところを絡め取られ、擦り合わすようにされたとたん、呼び起こされかけていた感覚がはっきりと目覚めたのか、ぞくんとしたものが頭の後ろへと走り抜けた。

「ん、ふ、ぅっ……」

 打った逃げのあと、追い詰められて絡ませられた。思わず押しのけようとすると、躱されて掠めるように擦り合わせられる。舌裏をなぞられ、舌の付け根を探られ、ガリィに探るように触れられるたびにやるせない感覚は沸き起こって、思考が削がれて身体に力が入らなくなっていく。

 添えられた手に顔をわずかに上向かされ、より深く重ねるよう、覆うように唇は合わせられていた。

 体勢に押される形で背が少し反る。不安定な上体を支えるため、力の入らない手指で、掴んでいるガリィの腕と肩に指立てる。先刻までのぬるい接触のもどかしさを晴らすかのように、遠慮のない探り方だった。

 何のつもりで――時折ノイズが走るかのように途切れがちな思考で考える。

 助け舟のつもりかと、思い当たった。実際、こちらがガリィを探るより接触面は多く取れている。

 自分から舌をそろそろと差し出してみると、ガリィはそれを歓迎すると言わんばかりに絡めてきた。ぬるぬると擦り合わされて、湧き起こされる感覚が背までを走る。

 それを堪えながら、構造解析を再開する。ぞくりと走る感覚に眉根を寄せながら捜索するも、やはり目当ての『想い出』はすぐに見つからなかった。

 ならば――

 案じた一計のとおり、『想い出』の採取を開始した。

「ん、ぅ、っ……」

 その間もガリィの動きは緩まない。

 接触面積が保たれていれば、擦り合わせる必要はないはずだった。押し留めようにも捕まえられない。逆に捉えられて、絡ませられる。

 舌根に力が入らなかった。嬲られるという表現にふさわしく、一方的に触れ合わされ、絡み合わされて、やがて。

 ようやく、採取が終わった。

「はあっ、はっ……」

 力の入らない腕で押し退けると、ガリィは先刻とは違って、手を添えていた顔を、身体を容易に解放した。

「お粗末さまでした」

「っ……」

 乱れてる呼吸を整えようとする。酩酊のような目眩でふらつくこちらの一方で、ガリィはついと一歩下がって身を離した。

「何も聖杯に貯めていた分を全部取らなくてもいいじゃないですかぁ」

 手を口元に当て、猫なで声で抗議するのを、どの口でそれを言うのかと見据え返す。

「該当の『想い出』を見つけ出して個別に採取するより、丸ごと全部を採取する方が手間がないからな。妙に入り組んだ場所に置かれているのを探して手間取るよりはよほど早い」

「さすがマスター、ご明察です」

 目を輝かせ感服したかのような表情を浮かべた。口元に当てている手指の横から口の端が一瞬だけ見え、けれどそれはすぐに見えなくなって、ガリィは今度は眉尻を下げて困ったような表情を浮かべる。

「でもミカちゃんの分でもあったんですけど」

「また採取すればいいだけのことだ」

 お前がな、と意を込めて見据えると。

「はい、ガリィのお仕事ですよねぇ」

 くす、と笑みを零して、ガリィはその場で片足でつま先立ってふわりとターンする。

「マスターの『想い出』は残念でしたけど……仕方ありません」

「わかっているなら、早く行け」

 鋭く見据え、低く言う。ガリィは立てた人差し指を頬に当てて、可愛げに微笑んで片目を瞑った。

「りょーかーい、ガリィにお任せですっ」

 こちらの視線を意に介さず、ガリィは軽妙なステップを踏んで、玉座の間の大扉へと向かう。青白の姿がその向こうに消えたのを見届けて、玉座にどさりと腰掛けた。

 肘掛けに片腕だけ乗せ頬杖を衝き、背もたれに背を預けて息をつく。

 あいつ、またも――

 起動直後もそうだった。こちらの想定と、やや異なる思考をとっている。

「主への安全性、命令への服従、自己防衛……」

 オートスコアラーたちにはこの三原則に基づいた思考を自由にさせている。

 キャロル自身の精神構造をベースにAIを作ることでその所作をヒトに酷似させ、対話による命令受諾を可能とし、自律による行動調整など命令履行の効率を図った。

 だが、ガリィは。他のオートスコアラーたちと異なり、自分に向けてくるものに違いがあるように感じる。忠誠以外の何かが、見え隠れしているように思えてならなかった。

 オートスコアラーたちには四大元素の力と傾向の異なるAIを各々に作り分けている。ガリィには担わせた水の元素による幻惑の能力に相応しく、搦手を得手とするようデザインした。すなわち、対象の弱みを解し、幻術を駆使して的確にそこを突く、分析にも長けた知略で立ち回る思考を主とした設計したのだが――何故、ガリィはあのような思考をするのか。

「不可解だ。だが……」

 些事とするしかない。計画は既に走りだしている。既に稼働しているAIに手を加えれば、予期しない支障がでかねない。

 廃棄して作り直すなどは愚案で、その時間も資材も無い以上、このままの続投しかあり得なかった。

 注視していれば、不測の事態は免れよう。

 瞼を下ろす。感覚器官をもうひとりの自分へとリンクする。見えた視界のそこは、周囲に置かれている機材から研究室のようだった。

 紅水晶のペンダントのような形をしたギアが三つ、作業机の上に並べられている。その傍らには血文字の刻まれた黒い鉱石のような、ダインスレイフの欠片。エルフナインはようやくギアの改修に着手したようだ。

 もう止まれない。止まるつもりも、戻るつもりもない。

 このまま、世界の終わりへと押し通る。

 

 

    ◇

 

 

 深夜に彩色された見渡す限りの軒の海。その低い海原にいくつも生える、高さも大きさも不揃いな角柱のうち、最も高いもののてっぺん。

 郊外のタワーマンションの屋上を囲うフェンスの縁の上を、青白の少女の影が踊っていた。

 優雅だが軽妙。切れのあるステップで舞い跳ね、直角に折れ曲がった角の上につま先で着地し、アラベスクのポーズで静止した。僅かに上向いた、月光に照らされるあどけない面立ちは、比喩ではない白磁色。閉じられていた瞳が薄っすらと開かれ、上がるにつれ口元がチェシャ猫めいた三日月に伸び、目の粗い鋸刃を上下に合わせたような歯並びが白く覗いた。

「ふふっ……海老で鯛を釣る、なんて言ったかしら」

 先ほど起こった出来事は、ガリィには採取されるより前に持っていた『想い出』より遥かに素敵なもののように思えた。主の方から口接けるなんてことは、起動時以外には、本来ありえないことだろうから。

 聖杯の中の『想い出』はほぼ採取されたが、昨日以前のガリィ固有の『想い出』は無事なままだった。

 心が弾むような心地がする。心なんて物があるなら、だけど。

 主の内包する柔さ、幼さ。

 自覚の有無はいざしらず、冷酷冷徹な振る舞いの下にあるその部分は拭い去られてはおらず、どうしようもなく薫るそれをガリィは起動の直後から嗅ぎとっていた。

 脆そうなそこに、ひどくそそられる。触れてみたくなる。

 変質した自己を作ることで本来の自分を覆い隠している。己の分析能力がガリィにそう告げていた。

 それを暴き立てて、柔いその部分に触れてみたい。弱いそこに触れられて、身を震わせる主の姿を見てみたい。そのときの、自分だけを映す主の瞳を、眺めてみたい。

 その情景を想像すると、何が詰まっているのか自分でもよく知らない胸の奥は、装者たちを煽り搦手に取るときとは違う、妙な具合に疼いてやまなかった。

 安全を害さなければ、命令に背かなければ、自己への危険が及ばなければ、思考は自由。この欲求は基本原則設計の間隙を縫うように発露している。

「……そういうふうに作ったのは、マスターですから」

 呪われた旋律を身に受けて壊される目的のために造られた。

 その完遂までに、塵と化す前までに。主のそんな姿を見てみたいと、願っている自分を自覚していた。

 柔い部分に触れたいのか、自分を見詰めて欲しいのか。どちらが先に立ったものなのかは判然とせず――回答処理を保留にする。

「さて、お仕事――」

 体内の鋼糸をキリリと音立たせながら直立になる。遠見をするように額に手を翳して眼下の夜色の軒の海を見渡すと、人けのない路地を歩くひとりの人間を遠くに発見した。

 少女のかたちをした青白い影が、一つニつステップを踏んで軽やかにフェンスから軒の海へ飛び降りたのを、円環を侍らせる穿たれた月だけが見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ネタ供養を兼ねて自分が読みたかったので書きました。
キャロルはなんという想い出供給仕様を作ってくれたのか…罪深すぎる。
主従の関係性を崩さずいかにキャロルにぐぬぬさせるか、ガリィの思考や言動を考えるのはなかなか楽しいです。

(2016/04/09:同じ世界線の話を書きました。R18注意→「アントラクト Ⅲ」https://syosetu.org/novel/161175/






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