異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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久々に話を進められます。
主にツアレの視点です。


#90 物凄い嘘吐き

「ん……」

 

 何か夢を見ていたような気がする。だが目を閉じたまま思い出そうとしても、靄が掛かったようで何も思い出せない。まだ微睡みに身を委ねていたい気持ちもあるが、それを振り払いゆっくりと目を開く。

 

「ひ…ッ!?」

 

 ツアレは小さく悲鳴を上げた。誰かがベッドの横に座り、じっとツアレを見ていたのだ。逆光のため顔ははっきりとは見えないが、その彫りは深く体は熊のように大きい。ツアレは跳ねるように飛び起き、後退りした。

 

「ふぐッ、あわわわ……」

 

 勢い余ってベッドから落ち、臀部を強く打ち付けるも、慌ててベッドの下へと潜り込む。

 

 しかし当然相手にもそれは筒抜けで──

 

「おぅい」

 

「ひぃいいいッ!?」

 

 潜り込んだ先、ベッドと床の隙間から顔を覗かせた相手と目が合う。ツアレは自分でも驚くような声量の悲鳴を上げた。

 

「まぁ落ち着けって、取って食ったりしねぇから」

 

「…………あっ?」

 

 固く閉ざした目蓋を開け、ハスキーな声の主を戦々恐々と見れば、一瞬男と見紛うようなその厳めしい顔には見覚えがあった。

 

「……ガ、ガーラン…さん?」

 

「おう、ガガーランさんだ」

 

 ニカッと歯を見せた大女は、冒険者チーム〝蒼の薔薇〟の戦士ガガーランだった。

 

 正気に戻ったツアレは無言のままモソモソとベッドの下から這い出る。

 

「~~っ」

 

 恥ずかしくて声も出ない。寝ぼけていたにしても、余りに失礼でみっともない姿を見せてしまった。ツアレは目尻に滲んだ涙を拭い、熱くなった顔を隠すように俯いた。

 

 元々ツアレは、貧しい農村に生まれた何の力も持たない村娘だ。八本指直営の違法な裏娼館に送り込まれなければ、悪徳で下衆な領主に目を付けられなければ、今でも生まれた村の外の世界など知ることなく、細々と作物を育てる代わり映えのしない日々を過ごしていただろう。

 

 そんなツアレにとって、アダマンタイト級冒険者との邂逅は、現実離れしすぎて白昼夢でも見ているような心地であった。

 

 リーダーのラキュースは凛とした美しさの中に意思の強さを備え、同性でも見惚れてしまいそうな魅力を感じる。

 

 ガガーランは黙ってそこに佇んでいるだけでも迸るような圧倒的な生命の躍動を感じる。

 

 瓜二つの姉妹は目の前にいるのに、そこには何もないかのような錯覚を覚えるほど、気配がない。

 

 そして──

 

「ガガーラン、少しは自分の顔面の破壊力を自覚しろ。寝覚めに視界に入れるには刺激が強すぎる」

 

「オイオイ!? 俺みてぇな()()()()()を捕まえて言ってくれるじゃねぇの。なぁ?」

 

「え、と……は、はぃ……」

 

 横から聞こえてきた辛辣な言葉に、ガガーランは少し大袈裟におどけて見せた。肩に手を置き同意を求められても困るが。『麗しい』よりも、『逞しい』という形容詞のほうが余程相応しいと思うが、それを口に出す勇気はないので、ぎこちなく苦笑しながらも同意する。

 

「ふむ、肉体美という意味ではあながち否定も出来ないかも知れんな。ラキュースや黄金の姫さんなんかよりも、お前のように屈強な女を好ましく思う亜人は少なくないとか」

 

「マジか…っ?」

 

 その言葉にガガーランは俄に色めき立つ。

 

「さぁな、聞いた話だ。本当かどうかは知らん……」

 

 ボソリと付け足された言葉はガガーランの耳には届いていなかったようで、ニヤニヤしながら「亜人か……存外悪くねぇかもな」などと呟き始める。

 

 それでいいのかと言いたげな、半ば呆れた様子で佇むのは小柄な魔法詠唱者(マジックキャスター)のイビルアイだ。腕を組み壁に背中を預けて立っている。外見から想像できる年齢はかなり若く、童女にさえ見える。しかしそれでいて態度は人一倍大きい。

 

「あ…あ、の……私……?」

 

 二人の気の置けないやり取りに半ば圧倒されていたツアレが、ようやく言葉を発した。屋敷へと足を運んでくれた彼女達を持て成すため、お茶を出した所までは覚えている。だが、それがいつの間に自分はベッドで寝ていたのだろうか。

 

「あぁ…まずアズス・アインドラが先に居て、ウチのリーダーと挨拶をしただろう。そこまでは覚えているか?」

 

 彼女の説明にツアレがコクンと頷く。アズスとは半月ほど前に初めて顔を会わせたが、丁寧な物腰で紳士的に接してくれたにも関わらず、初めは同じ空間に居るだけで身体が震えて声も出せなかった。

 

 本人に害意はなくとも、身体と心に深く刻み込まれた恐怖は拭い難く、アズスが何日も根気よく接し続けてくれたことで、現在ではなんとか二人で言葉を交わせるまでになった。まだ真っ直ぐ目を合わせる事は出来ないが。

 

 他人との接触に慣れる必要があるのは、ツアレ自身も理解している。遠くないうちにこの屋敷は引き払われる予定で、いつまでも安全なこの地に引き込もっていられるわけではない。

 

「その後、ゼロという男と、レエブン…貴族の男がやって来たのだが……その辺りでお前は気を失い、今に至る。こんなところだ」

 

「……ご、ごめい…わく…を…」

 

 〝蒼の薔薇〟に屋敷へと足を運ばせたのは、レエブン侯や八本指との関係を周囲に知られない為だが、アズスの計らいでもうひとつ、ツアレが人に慣れるために練習する機会を設けるという目的もあった。

 

 極度の緊張で気を失ってしまったようだ。ツアレは自分の弱さに落胆する。相手は悪い人間ではないと、頭では分かっているのに。善意を向け親切にしてくれる相手にさえ怯え、迷惑をかけてしまう。

 

「いや、謝るのは俺っちの方だぜ。いきなりあのハゲが悪人顔提げて出てくるもんだから、つい殺気立っちまってよぉ……」

 

「仮にもアダマンタイト級の戦士が放った殺気だ。戦う力も心構えもない人間は、その場に居合わせただけで卒倒するのも当然だろうな」

 

「いや、だから悪かったって…。完全に俺の失態だぜ。巻き込んじまってすまねぇ」

 

 ツアレがベッドに横たえられていた理由は、ガガーランが放った殺気にあてられたせいらしい。緊張のあまり失神してしまったのではと不安に思っていたが、そうではないと知り、ツアレは少しだけ安堵した。

 

「あ、いえ……も…だい…じょぶ、ですから……」

 

「へへっ、そう言ってもらえると助かるぜ」

 

 ガガーランは顔を上げ、ニカッと歯を出して破顔する。その顔には迫力もあるが、どこかホッとしたようにも見える。恐がられるのは彼女としても望むところではないだろう。

 

「あー、さっきも思ったけどよ、無理して愛想良くしようとか考えなくていいぜ? 肩の力抜いてラクにしてな」

 

「あ……は、はい……」

 

 ツアレは微笑み返したつもりだったが、自分の思いとは裏腹に、顔は思い切りひきつっていたらしい。既に一杯一杯になっているツアレとは違い、ガガーランには余裕があった。

 

 一見すると粗野で乱暴な、そして直情的な人物像をイメージしてしまいそうだが、見た目通りではないようだ。

 

 ツアレは強張った肩の力を抜いて息を吐き出す。彼女達は自分を甚振り嘲ったあの連中とは違うんだ。そう何度も自分自身に言い聞かせながら。

 

「…慣れたものだな」

 

 二人のやり取りを見ていたイビルアイが、少し感心したような声を出す。

 

 過去に受けてきた仕打ちのために、対人恐怖症とも言うべき症状を患っているツアレだが、イビルアイに対してはガガーランとは違い威圧感も恐怖も抱かずにいられた。

 

 その理由は実に単純なものである。常に仮面を被っているため素顔こそ分からないが、イビルアイの背格好から推測される年齢は子供といってよい。記憶にあるまだあどけない妹の姿とも重なり、少しだけ懐かしさを感じる。

 

 妹とはもう5年以上も会っていないので、当然ながら現在では成長し大人びた姿になっているはずだが。

 

「……何だ? さっきから人の顔をジロジロと……私の顔に何か付いているか?」

 

「いっ、いえ……」

 

 顔になら仮面が付いているが、当然ながらそういうことが言いたいのではない。

 

「あ、の……えっと、ち、小さいのに凄いなって……」

 

 彼女はツアレより若いどころかまだ幼い。にもかかわらず、超一流の冒険者として身を立てた言わば持つべきものを持って生まれた存在だ。

 

 その態度は実に堂々としており、歴戦の戦士ガガーランにも物怖じしない。周囲の顔色ばかりを窺って生きてきたツアレにとって、小さな身体ながら堂々と振る舞う彼女の胆力は少し羨ましかった。それがたとえ子供ゆえの無遠慮さからくるものだとしても、だ。

 

「「……」」

 

 イビルアイとガガーランが無言で顔を見合わせる。何か怒らせるような事を言ってしまっただろうかという不安が胸を占め始める。

 

「んんっ……勘違いしているようだが、私は子供ではない。むしろこの場の誰より年長だ」

 

「……えっ?」

 

 ツアレは一瞬理解が遅れ、目が点になった。だってそうだろう。どう見たって完全に────一瞬目を白黒させたあと、ツアレは少しひきつった表情で恐る恐る訊ねる。

 

「えっと……な、にかの……じょ、冗談……ですか……?」

 

「ぶふーっ!」

 

 恐る恐る尋ねたツアレの言葉に、遂にガガーランが堪えきれないといった様子で吹き出した。肩を震わせる大女の脛を、少女の小さな足が小突く。

 

「わ、わり……ひはw……そりゃ、み、見えねぇわな……ふw」

 

「ちっ……」

 

 イビルアイにもう一度強めに蹴りを入れられ、脛を押さえて蹲ったガガーランは、俯いたまま肩を小刻みに震わせている。ツアレの位置からでは笑っているのか痛みに悶えているのかは分からないが。

 

 彼女は外見がそう見えるだけで実際はかなり高齢なのだそうだ。はっきりと言葉にはしないが、本人も実年齢にそぐわない外見を少なからず気にしているらしかった。

 

「あ……ご…ごめ、なさ……」

 

 ツアレの緊張を解す為に冗談でも言っているのかと思ったら、冗談でもなんでもなかった。知らなかったとはいえ、とんでもない失言をしてしまったと気付いたツアレは顔を蒼くする。

 

「ふん…。そう怯えるな。この手の誤解は今に始まった事じゃないしな。イチイチ憤慨するほど若くもない」

 

「あ……はい」

 

 少し投げやりな態度で肩を竦める少女。態度は冷淡で素っ気ないものだが、怒っているわけではなさそうだ。

 

「ふん……依頼は受ける事になったぞ。正直な所、あまり気乗りするものではないが……」

 

「で……です…よね……」

 

 ツアレも一応簡単に依頼内容を事前に聞かされており、彼女達に依頼するのはどうしてだろうとその時も疑問に思った。

 

 彼女たちは村で一番などといった────ツアレにしてみればそれも十分凄いと思うのだが────次元ではなく、後世に伝説として語り継がれると言われる存在、周辺の国家にさえその名を轟かせるアダマンタイト級冒険者なのだ。

 

 ならば、たとえばドラゴンのようなお伽噺でも有名なモンスターの討伐だとか、人類未踏の領域を踏破といったような、英雄譚に吟われるような内容こそが依頼として相応しいのでは。

 

 あまり世間を知らずに生きてきたツアレは、生きる伝説と聞いてそんな想像をしていた。しかしそんな彼女達への依頼はツアレの護送という、何とも地味で申し訳なくなるような内容だった。

 

 ツアレにとって街の外は勿論王都の街中でさえも、変わらず危険地帯だ。それは言うまでもなく、ツアレを未だつけ狙う犯罪組織の手の者が何処に潜んでいるか分からない為だ。街の外は云わずもがなモンスターの脅威がある。

 

 屋敷に籠っている時と違って危険が付きまとう以上、護衛が付いてくれるというのはツアレにとっても心強い。しかしながら、何もこんな超一流どころに頼まなくてもいいのでは、とも思う。

 

(うぅ、気まずいよぉ……)

 

 正直、既に胃が痛い。ツアレにとっては女性の方が男性より幾分接しやすいのは確かだ。しかし、まさか彼はそれだけの理由で、アダマンタイト級である彼女達を呼びつけたのだろうか。

 

 いや、本当にそれだけかもしれない。

 

 そんな気がしてしまう程度には、短期間で()が如何に破天荒で豪胆なのかは幾度も目の当たりにしてきた。それを思えばこの程度のことは驚くべきことでも何でもない。

 

「それなら何でおチビさんは反対しなかったんだ?」

 

 いつの間にか身体を起こし真顔に戻ったガガーランが、乗り気でないというイビルアイに疑問を呈していた。

 

「アイツには……借りがある」

 

「借りがある……?」

 

 ボソリと不服そうに溢したイビルアイの態度に、珍しいものを見たという表情でガガーランがおうむ返しした。ツアレは沸き上がる好奇心を抑えきれず、質問を投げ掛ける。

 

「カ……ズマ…さまと、お、お知り合い…な、んですか?」

 

「あぁ、まあ……知り合いというか……なんだ、その……天敵…いや、敵というわけではないんだが……うむむ……」

 

「……」

 

 イビルアイは言葉を選びあぐねたのか、歯切れ悪くそう答えた。そこにはどんな複雑な感情があるのかツアレには窺い知れないが、ガガーランもまたそんな彼女を見て難しい表情を浮かべている。

 

 関係性を的確に説明できないというのは、ツアレにも分かる気がする。彼との関係を聞かれたら、頭を抱えて悩んでしまう。しっくりとくる言葉が見付からないのだ。そんなことを思っていると、部屋のドアがノックされた。

 

「あ、気が付いたのね。良かった」

 

 ドアの向こうから顔を見せたのはチームのリーダーを務める女性だった。生命の輝きを宿したような美貌の持ち主が、ツアレの姿を認めて安堵の表情を浮かべる。

 

 恐らく彼女はツアレと同じくらいの年頃だろう。しかしそれまでに歩んだ人生は、余りにも異なる。

 

 片や貴族の家に生まれ、冒険者として栄光の道を堂々と歩んできたであろうラキュース。一方ツアレは貧しい農村の生まれで、華やかさとは縁遠い窮々とした日陰を過ごし、身も心も擦りきれてしまいそうな、暗く辛い人生の谷を這いずるように生きてきた。

 

 あまりにも住む世界が違うと感じ、直視できないような眩しさから逃げるように目を逸らす。そんな女性から「仲間が御免なさい」と丁寧に頭を下げられ、ツアレは逆に申し訳ない気持ちになってしまった。

 

 こんな綺麗な、しかも雲の上のような女性に自分が頭を下げられるなんて、ツアレは想像だにしたこともなかった。家柄も良く、冒険者として高い地位に居るにも拘らず、惜し気もなくその頭頂をツアレに向けている。こんな人間がこの世に居るということさえ、信じられないという思いだ。

 

 だが、ラキュースがツアレの身の上や体験してきたことを知れば、やはり態度を変えてしまうかも知れない。

 

 思い出したくもないが、少し前までは八本指の奴隷部門が経営する娼館で、不特定多数の人間────あれを人間と呼ぶべきか、人の皮を被った悪魔と呼ぶべきか分からないが────の慰み物にされていたのだ。

 

「……まだ少し、顔色が優れないわね」

 

「え、と……いえ、大丈夫…です」

 

 心配そうに見つめてくるラキュースに、ツアレは曖昧に答える。同性でも見惚れてしまいそうな美女にそんなに顔を近付けられては、心臓に悪い。

 

 慌てて顔を背けるツアレを見て、彼女は悲しげに目を細めた。

 

「その…聞きました。あなたがこれまで受けてきた仕打ちを……」

 

「……っ!」

 

 鼓動が大きく一つ鳴り、全身の血の気が引いていくのを感じる。呼吸が浅く、速くなっていく。あの忌まわしい過去を知った他人がどんな目を向けてくるか。それ知るのは、自分が如何に惨めな存在かを確かめるようで恐ろしい。

 

 もしも彼女が抱いた感情が、蔑みや嫌悪に類する否定的なものであったとたら。再会するかも知れない妹に、もし拒絶されたら……。自分の居場所なんてこの世界の何処にもないと突き付けられるような恐怖を感じる。

 

「あっごめんなさい! 嫌な事を思い出させてしまって……っ。ち、違うの、ええっと……」

 

 身を固くして震えるツアレに、ラキュースは慌てた様子で言葉を続けた。その様子は何処にでもいる、年頃の女性のそれだった。

 

「あなたが受けてきた苦しみは、同じ女性として察するに余りあるわ。決して想像で語って良いようなものではないけれど……」

 

 同情や慰めの言葉。幾つか予想していた中ではそれほど悪くないものだった。少し惨めな気持ちにはなるが、汚いものを見るような蔑みの目を向けられるより、ずっとマシだった。

 

「私は……この国の貴族家に生まれながら、その責務を果たす事より、冒険者として自らの探究心を優先してきたの。それ自体を後悔しているとは言わないけれど、結果的にこの国に巣食う暗部を野放しにしたわけで……」

 

 まるで懺悔のようだ。ツアレからすれば、彼女はツアレの受けた仕打ちとは何の関係もないし、責任などあるはずもないと思うのだが、本人はそう思っていないようで、まるで自分に責があるような態度と口振りだ。

 

 しかし、高貴な人物に何度も頭を下げらるというのはどうにも落ち着かない。

 

 ツアレが居たたまれなくてどうしようかと思案し始めたその時、ドアノブが回り、一人の男が姿を見せた。

 

(あっ)

 

 それはツアレの知っている人物で、帰りを心待ちにしていた相手でもあった。

 

「なんだ、まだ居たのか」

 

「ようやく戻ってきたか。……久し振りだな」

 

 入室して男の前に腕組みして立ちはだかる少女────いや、仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)

 

「久々の再会だというのに随分トゲのある態度だな?」

 

 不穏な雰囲気を漂わせるイビルアイに、彼はあっけらかんとした態度と口調で切り返す。

 

「自分の胸に手を当てて考えてみろ……。元々、再会を喜び合うような間柄でもなかったはずだ。それに、お前がリグリット達にいらん事を吹き込んでくれたせいで私は……私はなぁ……!」

 

「あぁ、アレかぁ……いや何も嘘八百吹き込んだわけじゃないだろう? ちょっと過去の事実を語っただけで。お前が近寄りがたい雰囲気(オーラ)を出していたから、このままでは一人馴染めずに浮いてしまうなと思ってな。少しは親しみを持たれるようにと配慮した結果であって……」

「だからっ、それがいらんことだと言ってるんだ!」

 

 過去二人の間に何があったかは分からないが、旧知の仲であるのは間違いないだろう。互いに軽口を叩き合っている。

 

 ────と言うよりは、どうやらイビルアイが一方的に揶揄われているだけにしか見えない。あの堂々とした理知的な態度はどこへやら。「ああ言えばこう言う」といった態度の彼に、イビルアイは子供のように地団駄を踏み、憤慨して見せている。

 

「クッ、これだからイヤなんだ……」

 

 一頻り騒いだ──といっても騒がしかったのは一名だけだが──イビルアイは仲間達の、特にラキュースの気遣わしげな視線を受けながら、両手を床に付いて心底草臥れたという格好で深い深いため息を吐いた。

 

 そんなイビルアイを見下ろし、彼は相変わらず美しい顔で、少し悪い表情(カオ)をしていた。

 

(……)

 

 成り行きを見守っていたツアレは、彼がわざと揶揄っていると悟り、こんな風にいつも振り回されてきたであろう彼女の過去の姿を幻視した。

 

 ちょっとだけ気の毒な気もするが、同時に羨ましくも思ってしまう。気の置けない友人のようで。

 

 

 

 

 

「……改めまして、冒険者チーム〝蒼の薔薇〟のリーダーを務めるラキュース・アルベイン・デイル・アインドラです」

 

「アイヲン・グノーシスだ。評判は聞いている」

 

「あの、貴方がこの屋敷の主人、今回の元々の依頼主なのですよね?」

 

 少し落ち着いた頃を見計らって、ラキュースが挨拶の口上を述べる。本物の貴族令嬢なだけあって背筋の伸びた美しい所作に、ツアレも思わず見惚れてしまう。

 

「いや、この邸は借り物でね。だが依頼の方は私が依頼主になるな」

 

「では、幾つか質問や確認したい事があるのですが、よろしいですか?」

 

「フム…不明瞭な点でもあったか? 極めて単純な依頼内容だったはずだが……」

 

 丁寧な物腰のラキュースに対し、対等な態度で答える彼。アダマンタイト級の冒険者が相手でも相変わらずの豪胆ぶりだった。

 

 彼は話術や交渉術に長けているようで、先日来た巡回吏の時も、口八丁で簡単にやり込めてしまった。

 

 巡回吏が、誘拐容疑がかけられていると言って、顔に傷を持つ強面の男性と共に訪ねてきたのだ。その言葉を聞いた時、ツアレは思わず青醒めたが、結局青ざめて帰っていったのは相手の方だった。

 

 彼は『評議国から派遣された外交官』という〝嘘〟を相手に信じ込ませ、「確かな証拠もなく外交官にあらぬ容疑をかけるということはどういうことか理解しているか」と言った。

 

 ツアレにはその意味が分からなかったので、後で教えて貰ったのだが、「捉えようによっては評議国に喧嘩を売っている」ということになるらしかった。そもそも評議国がどんな国か知らなかったので、それも合わせて聞いた。

 

 それで分かった事は「精強な亜人やドラゴンが治める周辺国最強の武闘派の国家に、弱小な人間の国家が喧嘩を売ろうとしているのか」という脅しだったと理解した。彼らの表情にようやく合点がいき、同時に「戦争になったらどうしよう」と戦々恐々としたものだ。

 

 しかし「評議国に外交官なんていないぞ」との発言と共に、彼等に見せた外交官だと証明する書類も、偽造したものだと説明され、全部嘘だったということを理解し、ようやく安心した。

 

 同時に彼が物凄い嘘吐きだと知って少しショックも受けたが。

 

(依頼内容も実は嘘……だったり……)

 

 ラキュースの質疑に答える彼を見ながら、ツアレはそんなことを考えていた。いきなり名前を偽っているあたり、他を疑うなという方が無理だろう。




ツアレは()の正体を知りません。
娼館に殴り込みをかけるくらい強いのは認識しているので、騎士様なのかな、と思っているくらいの認識です。

 今でこそ心を開いていますが、最初は激しく怯えていました。

 話し掛けられるだけで恐怖で失禁したり、トラウマがフラッシュバックして泣きじゃくったりを繰り返すうちに、怒るでもなく嫌な顔一つせず接してれくる彼に、徐々に心を開いていきました。
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