やっちまったぜ。
続きません。
桜の並木道を、自転車をこいで通り過ぎる。
いつもどおりの通学路。代わり映えしないその道が横目に流れていくのを見ていると、不意にあの日のことを思い出す。
あの日も今と同じ季節で、そのとき俺は高校の、それも入学初日だったんだ。
入学前の下見で覚えた道を記憶を頼りに進んでいくなかで、信号にさしかかり、そして、あの瞬間がやってきた。
横断歩道を挟んだ向かいの道から、飛び出してくる小さい影。
それは茶色い毛並みの犬で、駆けてきた場所には唖然とした表情の飼い主の姿。
極めつけは、車道の犬めがけて黒いハイヤーが突っ込んできているときた。
それで。
なんでかはわからないけれど、俺はそのとき、咄嗟に動いてしまったんだ。
自転車を投げおいて、駆け出す。日頃運動などしてこなかったから、急な動きに体の制動がきかなくなって、前方、犬のほうへと体勢が崩れた。
しめたと思って、そのままの勢いで犬を突き飛ばして、ハイヤーのコースから逃がす。
そして、つんのめった体勢から前足を大きく出して立位を保持して、いざ自分も逃げようとしたときには、もう遅かったんだ。
やばい、と思ってハイヤーのほうを見た瞬間、俺は宙を舞った。
経験にない出来事と、痛みに、死にたくないだなんて思ってしまって。
けれど、その事故は衝突事故のケースのなかでもごくごく軽い部類だったのだろう。
結果として俺は、全治二週間ほどの軽い怪我を負い、高校デビューを逃した。そら、入学当初から包帯巻いてるやつとか敬遠されるよね。
けども、まあ、問題はそこじゃない。
重要かそうでないかでいえば、人によってはかなり重要な話題なんだろうけれど、今現在、俺を悩ませているのはそれどころの話におさまらないのだ。
「ねえ、旦那はん。うち、桜餅が食べたいわぁ」
桜の花が舞う風に乗せて、耳元で声がした。
艶やかで、酔いそうにさえなるそれに、慌てて自転車を止める。
「おまえな、昼間は出んなって言ってんだろ」
肩越しに後ろを見やると、いつのまにやら、自転車の荷台に少女が座り込んでこちらへ微笑んでいた。
濡れ羽色のぱっつんショートが揺れて、その隙間から見える額に天をつく角がある。弧を描く目は、紫水晶の瞳を浮かべていて、それは俺のほうをまっすぐに見つめていた。
ため息をつく。
こいつは気まぐれすぎる。肝心なところの言いつけ以外、まるでいうことを聞きゃあしない。
傍にいるのはいいから、姿を隠してろ、昼間は出るな。夜には相手をしてやる。そんなふうに何回言って聞かせたかわかったものじゃない。
「いけず。ええやない、こないな春色見てたら、なんか口にしとうなってしゃあないんよ」
「うっ……」
瞑目する。問題は、この少女のセリフであった。
なんか口にしとうなって、とそんなふうに彼女はいったのだ。その、なんか、ってのは問題になりえる。
今回は桜餅が食べたいといったが、それもいつ気が変わるともしれない。そうなってしまって、もしもだけれど、
もう一度ため息をついてから顔をあげて、ペダルに足をかけた。
「……桜餅、買ってやっから。人に見られる前に額のそれしまっとけ」
「わ、ほんま? ふふ、だから、旦那はんのこと、好きやわぁ」
「さいですか……」
腰に華奢な腕が回されるの待ってから、ペダルをこぎはじめる。
肩越しにもう一度少女のほうを見やると、額の角はもとからそこにはなかったかのように、消えていた。
「……うふふっ。旦那はんが生きてるうちは、人は食ろたりせえへんよ」
再び、耳元で声がした。
俺の懸念事項をピタリと言い当てたその言葉に、一瞬かたまったけれど、背後から聞こえる鈴の転がるような笑い声に、からかわれていると知った。
俺の葛藤を弄びやがって。
「性悪」
「あら、なにそれ。ほめ言葉?」
「最大級のな」
「嬉しいわぁ」
「ちっ……」
「ふふふっ」
暴れ、人を食らい、世に仇なす魔の者だ。
名を、酒呑童子。大江山の彼の大鬼である。
またの名を、サーヴァント・アサシン。
この俺、比企谷八幡の使い魔である。
*
――――おおきに。
コンビニで買った桜餅を片手に霊体化し、姿を消した酒呑童子。
近くにその存在を感じながらも、自転車を走らせて、学び舎へこぎつける。
駐輪場に自転車を置いて、下駄箱のある正面玄関へ向かう。その途中で、またも、背後から声がかかった。
「ヒッキー、おはよ!」
溌剌としたそれは、聞き覚えのあるものだ。
振り返ると、見知った顔がいた。
「おう」
短く、返事を返す。
「もう、ヒッキー。いつも言ってるけどそれ、挨拶でもなんでもないかんね。はい、ていくつー。おはよ!」
「……おはよーござます」
「ん、よろしい! えへへっ」
まあ、この総武高で、俺のことをヒッキーだなんて渾名で呼ぶやつは一人しかいないんだけどな。
「……今日も元気だな、由比ヶ浜」
「まあね! だって、新学期だよ? なんかいいことありそうじゃん!」
由比ヶ浜結衣。
明るい髪色で、たいそう明るく笑うものだから、朝という時間帯もあってかやけに彼女が眩しい。
「そんなもんかね……」
ぼっちにはわからん。
なぜって、こちとら変わらぬ日常をこそ愛するのだからして。
変化などいらぬ。平穏をよこせ。具体的には帰りたい。
「あ、ほら、アストルフォも挨拶!」
バカまじめにバカなことを考えていると、隣を歩く由比ヶ浜が、思い出したかのようにそういった。
「おはよ! ハチマン! いい朝だね!」
瞬間、どこともしれぬ場所から発された中性的な声。
下駄箱から続く廊下にそれは響いてしまって、驚いた他の生徒たちがこちらを見ている。
「バカっ。声大きいってのっ」
「あははっ。ごめんごめん!」
反省の色が見えないんだが……。
驚きから怪訝な表情になったまわりに、由比ヶ浜の手を引いて、慌ててこの場をはなれる。
廊下の端、柱の陰に駆け込んで、一息ついた。
「アストルフォ。バカ、声でけえよ」
姿は見えない。けれど、気配を感じるほうへ声を投げる。
すると、マスターと同じような溌剌とした笑顔で、そいつは姿を見せた。
「あ、そっか。僕ら、見つかっちゃまずいんだっけ?」
「そうだよ……。ったく、酒呑童子といい、お前といい」
「反省、反省! でもまあ、とりあえず。おはよ! ハチマン!」
「……ああ、おはよう」
額に手をあてて、ため息混じりに応える。
『相変わらず、おもろい子やねぇ。それと、旦那はん、桜餅、ごちそうさん。おいしかったわぁ』
『おう』
じゃあ、あとでねー。
弾む声音でそういい残して霊体化していったアストルフォを尻目に、酒呑童子からの念話に適当に相槌をうつ。
「あ、あははー。びっくりしたねー。よし、教室いこ! あたしたち、おんなじクラスだったんだよ! すごいよね!」
俺の手をひっぱりながらも、目を泳がせる由比ヶ浜に、俺は一言いいはなった。
「しつけとけ。お前んとこの犬と一緒にな」
「うっ」
うちのもいうことは聞かないが、弁えることはできるのだから、自分のことは棚にあげておく。
それから、肩を落とす由比ヶ浜と並んで教室へ足を向けた。
新学期早々、なんでこうもつかれなきゃいけないのだか。
*
始業式にホームルームを終えて、放課後である。
さて、とスカスカのカバンを肩にかけて、席を立つ。
クラス分け直後だからだろう。新しい縁を求めて騒ぐクラスを尻目に教室を出て、足を向けた先は、普段授業が行われている教室棟とはべつの、実習教室などがある特別棟だ。その一室で、今日もまた、俺が一応籍をおいている部の活動が行われるのだとか。
一応、そこに顔を出すつもりだ。
『旦那はん、今日も部活?』
「ああ」
特別棟の近くはあまり人気がない。
それを見越した酒呑童子が声をかけてくる。
『今日のお茶菓子はなんやろねぇ』
「太るぞ」
『いややわぁ。うちら、サーヴァントはそんなん気にせんでええんよ』
「言ってみただけだ。にしても、すっかり現代の菓子が気にいったんだな」
『おいしいいうのは、ええことや。甘いのは茨木の領分やってんけど、うちもべつに嫌いなことあらへんしねぇ』
「茨木……。茨木童子か?」
『そうや。あの子、甘いのが好きで、まるきり子どもみたいな子でなぁ。ほんに、かわいいんよ』
「人の世じゃあ、鬼ってのは恐怖の代名詞なんだよ。お前も含めてな。お前の話はギャップがすさまじすぎる」
『うちらは、したいことして、それだけで生きてたから、それが結果的に人間の目に恐ろしいもんに見えてただけのことやのに』
「ま、根本的に違うからな。人と鬼は」
『そうやねぇ。そんで、違うからこそ、綺麗に見えたりもするんやけど。それがわからん鬼が多いこと、多いこと』
「ほーん」
そうして話しているうちに、部室として使用している部屋の前にたどりついた。
今さら臆することもないので、躊躇なく戸を開け、中に踏み入る。
「おう」
鍵が開いていたからには中に人がいて、そして、それはやはり知った顔だ。
黒髪を長く伸ばしたどこか冷たさを感じさせる少女、雪ノ下雪乃。
俺の登場に彼女は眉をひそめ、お決まりの毒を発した。
「あら、比企谷くん。こんにちは。ところで、ノックという言葉を知っているかしら?」
刺々しい。
まあ、これは俺が悪いか。
雪ノ下が中にいるのを確信したうえでノックをしないという選択をしたのだから、この非難は当然だろう。
が、まあ、向こうも向こうで俺が来るのを知っていたであろうことは、わかっている。
というのは、雪ノ下の傍らにひかえる金髪翠眼のあの少女の存在ゆえだ。
彼女は雪ノ下のサーヴァントで、名をアルトリア・ペンドラゴン。彼の有名な聖剣伝説の騎士王その人である。
キング・アーサーが女の子だったなんて、驚きだよな。まあ、それをいうならうちの鬼も美少女なんだけど。
「ハチマン。今のはあなたが悪いですよ」
穏やかな表情で、たしなめるように言うアルトリアに、すまんと一言告げる。
アルトリアの能力を以てすれば、俺の存在に気づくことなんて容易いことだろうに。
「わかればいいんです。ところで、シュテン。今日は、バタークッキーです。あなたもどうですか?」
部室のなかでは、サーヴァントたちは気兼ねなく実体化する。
人目にふれることがあまりないであろうことが、最たる理由だ。
「うふふ、一緒させてもらおかなぁ」
アルトリアの言葉を受けて、酒呑童子も実体化した。
「はい、どうぞ。ユキノがたくさん作ってくださったので、ハチマン、あなたのぶんもありますよ」
「おう、サンキュな」
アルトリアがすすめるクッキーを一枚とって、頬張る。
鼻に抜けるバターの香ばしさとくどくない甘さが絶妙な後味を残すそれは、控えめにいって絶品だった。
「うまい」
思わず雪ノ下のほうを見て、バカ正直に感想をいってしまった。
「……そう」
数瞬目があったのをどちらからともなく視線を外して、そっぽを向く。
「これ、らぶこめ、いうやつやない?」
「どうでしょう。私はわかりませんが、このクッキーがおいしいのはたしかです」
「昔っから、料理は愛情や、いうけどねぇ」
「愛情……。たしかにそうかもしれません。戦いにおいても、愛する人を思えば逆境をも越えることができようというものです」
「……二人とも、少し黙っていてもらえるかしら」
か細い抗議の声が、やや熱を持った俺の耳にも届いた。
*
「ごめーん、遅くなったー!」
「おっかしー!」
元気っ子コンビ登場である。
俺が教室を出るときには、友人であろう生徒らと話をしていたので、来るにしてもやや遅れるだろうなと思ってはいたが、ずばり、あたっていたな。
「アストルフォ、挨拶はきちんとしないといけません」
再び、来訪者の不躾な部分をたしなめるアルトリア。
「はーい、おーさま!」
「ええ。アストルフォは素直でいいですね」
なんでそこで俺を見るんですかね、騎士王様。
「わかってるくせに」
「心読むのやめてもらっていいですかね、酒呑童子さんや」
「うふふ」
「わ、このクッキー、ゆきのんが作ったの!? すごい! 食べていい?」
「ええ、そのために作ってきたのだから」
「わー!」
にしても、ここまで人数が集まると、騒がしいものである。
おバカキャラ二人と、そのストッパー二人。そして、異色のぼっちアンド鬼っ娘コンビ。俺たちの浮きようがはんぱない。
けれど、こういう雰囲気もここ最近で慣れたもので、今ではわりとこのなかで落ち着いてしまえるのだから、人間の適応能力はすさまじいものがある。
なんてことを考えていると、唐突にスマホが着信を告げた。
普段は暇つぶし機能付き目覚まし時計としての性能しか期待していないこの端末に、いったい誰が連絡をよこしたというのだろう。
カバンからスマホをとりだして、画面を見る。はたしてそこに表示されている名前を見て、俺は激しく家に帰りたくなった。
「旦那はん、出ぇへんの?」
気づけば、部屋中の視線が画面を見たまま固まっている俺に集まっていた。
すぐそばの酒呑童子が、首を傾げてたずねてくる。
「いや、まあ。はーあ……」
返事ともつかぬ返事をして、仕方なしに受信ボタンを押して、スマホを耳にあてた。
「……ただいまこちらの番号は使われておりません。ぴーっという発信音のあとに、メッセージを、」
『ひゃっはろー。比企谷くん。みんなを連れて、いつものとこ集合ね』
お決まりのネタをぶち込もうとしたら、それすら言わせてもらえずに用件だけいわれて通話を切られたどうも俺です。
帰っていいですかね。ダメですかね。
スマホをカバンにしまうと、視線はまだ俺に集められていて、暗に今の通話の内容を催促していた。
「雪ノ下姉からだ。集合だと」
その場の全員から、ため息がもれ出た。
アストルフォでさえ、そうなのだから、残る俺たちの気持ちもわかってもらえるというものだろう。
*
いつもの場所、というのは、この集まりを主催するときに雪ノ下姉こと雪ノ下陽乃が予約する近場のパーティルームのことだ。収容人数は五十人。上限ぎりぎりにはならないが、結構な人数が集まることになる。
そして、それの幹事のようなものを毎回やらされているのが、俺である。
事の始まりはいつも同じ。先のような、陽乃さんからの電話が発端になる。
集まりなさい。それだけいって切るのだから、こちらとしてはたまったものじゃない。人には予定というものがあるのだ。
「というわけで、お前ら、今日暇あるか?」
首を横に振るやつはいない。
ならば、残りのメンツに連絡である。
スマホに登録されている連絡先をフルに使って、いつもどおりに事の次第を全員に伝えていく。
渋るやつもいれば、快諾するやつもいて、ため息をついて愚痴るやつもいる。ハイテンションに誰かからの連絡を喜ぶぼっちもいれば、あんた誰みたいな俺の心に無駄にダメージを与えてくるやつもいる。
けれど、そうしているうちに全員の都合がとれた。幸運にも、今日という日に予定が入っているやつはいなかったようだ。
「じゃあ、移動するか」
帰り支度をすませた部員の面々をつれて、学校を出る。
嬉しいことに、件の場所は総武高から目と鼻の先だ。すぐについてしまう。
受付で陽乃さんの名前を出すと、すぐに俺たちは予約していた部屋へ通された。
広々とした、豪邸の一室を思わせるその部屋にはすでに先客がいた。
「こんにちは、八幡さん」
人懐こい笑みをした、明るい髪色の少女だ。
最近なにかと美女、美少女を目にする機会が多いのだが、彼女、藤丸立香はそのなかでも持ち前の純朴さが目について、人の気を引いてやまない。天性の人たらしというのか。この俺でさえ、不覚にも名前呼びを許している始末だ。
「よう」
「む、ちゃんと名前呼んでくださいよ」
「……立香」
「はい、八幡さん、合格!」
そう、俺が彼女を名前で呼んでいるのだ。
釈迦もびっくりである。
「ハチマンさん」
「八幡殿」
次いで、立香のサーヴァントである二人が顔を出した。
一人目は菫色の髪に浅黒い肌をした美少女、静謐のハサン。二人目は動きやすそうに略された和装の、こちらもまた美少女、望月千代女。
二人は左右から俺を挟みこんで、片方ずつ、俺の手をとった。二人して両手を握りこんで、その感触をたしかめるようににぎにぎしている。
「なあ、これ、毎回必要?」
真剣な顔の二人に、言葉をかける。
「……私に触れても死なない人は、マスターとあなただけですから」
静謐に悲しげに顔を伏せられると、俺は言葉がでなくなる。
「すみません、八幡殿。酒呑童子のマスターであるあなたの気は、どことなく落ち着くのです」
千代女のほうはわりと無邪気に気に入ってくれているのが伝わってきて、こちらも言葉がでなくなる。
結果、この二人と顔を合わせると、俺は一定時間にぎにぎタイムに突入するのだ。
『もてもて、やねぇ、旦那はん』
そして、その間中、どこか恨めしげな酒呑童子の声が背筋を撫でてくるので、天国と地獄の背中合わせとはこのことだろう。
ていうか、お前、普段家にいるときはもっとベタベタしてくるだろうに。
『それはそれ、これはこれや』
さいですか。
そんなこんなで俺が身動きできないうちに、雪ノ下や由比ヶ浜、アルトリア、アストルフォも立香と歓談しながらくつろぎはじめ、そうしているうちに、残りの面々がこの部屋に集まりだしていた。
「お兄ちゃーん、来たよー」
「沖田さん、推参です!」
俺の妹である比企谷小町とそのサーヴァント、沖田総司。
彼の壬生浪が病弱美少女だったとか教科書にものってない。
「こんちわー」
「お邪魔します」
近くの海浜高校に通う俺の中学の同窓生、折本かおりとそのサーヴァント、巴御前。
容姿こそ似てはいないが、二人は仲がよく、たまに本当の姉妹のようにも見えることがある。
「なんだ、もういたんだ」
「マスター、もうちょい愛想ふりまいたらどうです?」
「こんくらいでちょうどいいんだ、こいつらは」
「やれやれ」
「はっちゃんだ!」
「ケイカ、まずは挨拶だろう?」
「うん! こんにちは!」
こちらは姉妹で登場である。同級生の川崎沙希とその妹、川崎京華。そしてそのサーヴァント、ロビン・フッドとアタランテだ。
あたかも実の家族のように四人は仲がいい。サーヴァント同士の馬が合うのって、なかなか珍しいんじゃないかと思うが。
「はぽーん! 我、参上!」
「うぅー、姫まだ原稿終わってないんですけどぉ……」
春先にも関わらずコートと指貫グローブを着装したデブメガネ、材木座義輝とそのサーヴァント、刑部姫。
見事なまでのオタク主従だ。刑部姫とは馬が合うんじゃないかと思っている俺だが、未だにあまり話したことがない。話すのすら面倒とかよくあるよね。わかるわかる。
「あれ、もう結構集まってる」
「焦燥。遅れた?」
これまた同級生の相模南とそのサーヴァント、哪吒。
時間にはまだ余裕がある。よしんば遅れたとしても、それを咎めたてるようなやつは一部を除いていない。
「到着っと」
「では、ごゆるりと」
「あ、こた君。ダメだよ。こた君も一緒」
「あ、主殿、僕は忍の身ですから……」
「ダーメー、行ーくーのー」
総武高の生徒会長である城廻めぐり先輩とそのサーヴァントである風魔小太郎。
リアル忍者である。忍者の代名詞、風魔である。その頭領だ。ちょっとテンションあがるよね。
「ごめん、部活終わるの遅くなっちゃって」
「こんばんは、みなさん」
同級生である戸塚彩加とそのサーヴァント、メドゥーサ。
俺の、といいたいところを一千万歩かそれ以上に譲ってみんなの大天使トツカエルとそのお付きの人である。以上。
「すまない、部活が長引いて遅れてしまった」
「待たせたか?」
「あーし、お腹減ったんだけど」
「ユミコ、あたしがなんか作ってあげようか?」
「んー、いいし。作るなら、あーしも手伝う」
「あ、結衣先に来てたんだー。やっはろー」
「ああ、サーヴァントがこんなにも集まって……下手をすると、死んでしまいます……」
またまた同級生で、こいつらは由比ヶ浜の友人だ。
サッカー部エースにして、全校の憧れの的、葉山隼人とそのサーヴァント、カルナ。
二年の女子のなかでもトップカーストに君臨する三浦優美子とそのサーヴァント、ブーディカ。
そして、腐ってる系女子こと海老名姫菜とそのサーヴァント、シェヘラザード。
こいつらと川崎、戸塚とはクラスメイトでもある。トップカーストのいるクラスに平穏はない。俺の明日はどっちだ。あ、戸塚はべつだけど。戸塚はもうむしろずっとそばにいてほしいまである。
「小学生が夕方から外出るの、大変なんだけど……」
「ふふっ。でも、お母様はシズカがいるならって、いつも許してくれるじゃない」
「アビィは夜に外出るの、好きだよね……」
「ええ。だってなんだか、ドキドキするもの」
「変な子……」
総武高の保険医の娘だという少女、鶴見留美とそのサーヴァント、アビゲイル・ウィリアムズ。
けーちゃんに続くロリ枠だ。材木座、海老名さんらへんから守らねばならぬとこの場の全員で珍しく意見が一致したことを思い出した。
「すみませーん、遅れちゃいましたかぁ?」
「いろは、はやくはやくぅ。うどんが逃げちゃうー」
「もう、武蔵ちゃん。うどんは逃げたりしないってば」
亜麻色のショートヘアを揺らして猫なで声で部屋に入ってきたのは、今年総武高に入学した一色いろはだ。
そして、そのサーヴァント、宮本武蔵。
なんだろうか。剣豪は女性化する呪いにでもかかるものなのだろうか。
「む、すまない。遅れたな。教頭の愚痴につかまってしまってね」
「やってるねぇ。おい、酒呑童子。かけつけ一杯、注いでくれや」
総武高教師、平塚静とそのサーヴァント、クー・フーリン。
「お、私たちで最後かー。感心、感心。精が出ますなー」
「はっ。相も変わらずしけた顔の雑種が集まりおって」
そして、最後に姿を見せたのは、雪ノ下雪乃の姉、雪ノ下陽乃とそのサーヴァント、ギルガメッシュだ。
現代の魔王と古の英雄王のコンビだ。どうあがいても逆らいきれる未来が見えない。ゆえにこの集まりに不参加はなく、また誰の自由意志もない。まあ、好んで来るやつもいるみたいだが。
*
そして、計三九人が集まってなにをするかといえば。
どうということはない。飯を食って、話をして、親交を深める。ただそれだけである。
古今東西の英雄が集まっているのだから、当然諍いも起こるが、そこも英雄の溜り場ゆえ、一瞬で解決する。
そんな感じで、ここ一年ほどを過ごしてきた。
サーヴァント。彼らが何者なのかは、本人たちから聞いている。
聖杯戦争という魔術儀式を行うための駒。
世界に記録された人類史の断片、残滓。
そんなものが俺たちのような普通の人間のそばに姿を見せたのだ。なにかが起ころうとしている。
同じような話は、藤丸立香からも聞いた。
彼女の正体は、人理保障機関フィニス・カルデアの職員にして、数多の英雄を従えるマスターであり、そして、異世界人だ。
彼女の世界こそが正しい世界で、俺たちの暮らすこの世界は、どうやら正しい世界にとって亜種並行世界というものに該当するらしい。
俺はいつも考えている。
酒吞童子に主と仰がれるこの自分には、いったいなにができるのだろうか、と。
ここは、亜種並行世界・英霊結集都市「千葉」。
近いうちになにかが起こる。そんな場所だ。