戦闘開始からしばらくすると、空き地には所々に切り傷を負いながらも悠然と立ついのいちと、ボロボロになり地べたに這いつくばる俺がいた。
「どうした君麻呂、お前の力はそんなものか?俺個人の純粋な強さは良いとこ中忍に毛が生えた程度だぞ。ほら、早く勝ってみせろ」
くっそ、おかしいだろ。
上忍とは言ってもサポートタイプのいのいちだぞ。それがここまで通用しないなんてあり得ねぇ。勝てるか、敵わないまでもせめて一発は良い攻撃を入れられると思ってたのに。
技はことごとく見切られ、体術も先読みされて避けられる。戦場で俺の命を繋いできた自慢のスピードも殆ど通用せず、与えた被害はかすり傷を幾つか与えられた程度。たまに決まったと思えば変わり身の術や分身の術でのらりくらりとかわされる。
その上厄介なのは心乱心の術だ。
勝手に身体を操られ、自分で自分に攻撃をしてしまう。今までではあり得ない状況の連続に自分のペースが乱れに乱れている事がありありと分かる。
度重なる自傷と反撃のせいで身体のダメージは酷く、傷は屍骨脈のお陰ですぐ治るのだが、痛みまでは消えてくれない。さっきから立ち上がろうとしては崩れる事を何度も繰り返している。
想像の自分との落差に心が折れかかっていた俺に、いのいちは低く厳しい声音で言う。
「立て君麻呂。立って俺に向かってこい。それとも敵の前で芋虫のように這いつくばるのがお前の考える忍者か?」
あぁっ?言ってくれんじゃねぇかモブがっ!!
怒りで痛みを吹き飛ばした俺は、必死に立ち上がり、いのいちに向かって再び駆け出す。
「ぅぉぉぉおおおっっ!!!!」
また通用せず倒される恐怖を振り払うように、大きく叫び声を上げ、自分が今誇れる最高の技とコンビネーションを繰り出す。
最も自信のある椿の舞を最大限に生かす為の、瞬身と分身のコンビネーション。タネはシンプルだが何度も戦場で使用し、その度に相手を葬って来た俺の得意技。
だが、
「良い技だが、これは混戦で使う技だ」
完璧に見切られた上クナイで振り払われ、体勢が崩れた所を前蹴りで、数秒前に倒れていた地点まで吹っ飛ばされる。
くそっ、くそくそくそっ!
どうしてこれほど通用しないんだ!戦場で心を殺しながらあれほど敵を倒してきたってのに!
「ぁぁああああっっ!!唐松の舞ぃ!!!」
全身を覆う無力感に耐え切れなくなった俺は、なりふり構わず破れかぶれの攻撃を仕掛ける。
「ヤケクソになっても敵は容赦してくれないと戦場で学んだだろう、もう忘れたのか?」
「かはっ」
今度は強く鳩尾を殴られ、身体がくの字に曲がる。一瞬呼吸が止まり、意識が飛びそうになるのを必死で堪えると背中に肘鉄を貰い、いのいちの目の前でうつ伏せに倒れ込む。
数秒後、大きな息を一つ吐いたいのいちがそのままの状態の俺に話し始める。
「君麻呂、たしかにお前は強い。お前の言う通り中忍を倒すだけの力はある。だがそれだけだ。今の時点でのお前に忍者を名乗る資格はない」
身も心もズタボロにされた俺は何も言い返せず、浅く呼吸を繰り返す事しか出来ない。
「なぁ君麻呂。お前はこの半年間何をしていた?忍者になるために、真剣に誰かに教えを乞いに行ったか?忍とはどうあるべきか学ぼうとしたか?違うだろう?」
「自分の好きな修行だけをして、遊んで、ただ毎日を楽しく過ごしてただけじゃないのか?別にそれが悪いとは言わない。あんな過去があったんだ、今のお前にはそれが一番必要な事だと思うからな」
「だけどな君麻呂、忍になればそんな事は許されないんだ。例え親が死のうが親友が死のうが、次の日には任務に就かなきゃならない事もある。辛いから、悲しいからと言っても逃げられないんだ。」
「お前も知ってるだろうが、第三次忍界大戦と九尾の襲来で多くの悲劇が産まれた。それでも木の葉の忍は泣きたい気持ちを抑えて、楽になりたい自分を奮い立たせて任務に、戦場に立ったんだ。それを言うこと欠いて、自分はそこいらの下忍や中忍より強いから今すぐ忍になれるだと?お前にその覚悟はあるのか?」
無様に倒れ、無言のまま何の反応も示さない俺にいのいちは、無理やり頭を掴み目線を合わせる。そして凄みのある声で吐き捨てた。
「忍を舐めるなよ小僧」
項垂れるばかりで、荒く呼吸をする俺の頭をもう一度地面に投げ捨てると、いのいちはこちらに背を向ける。
「…………アカデミーの手続きはやっておく。しっかりと忍のなんたるかを学んで来い。分かったならそこで少し頭を冷やせ」
俺にそう言うと瞬身の術で去って行くいのいち。下を向いて呼吸に喘いでる俺は瞬身の際に出る音をどこか遠くに感じながら、ただただ今の言葉を反芻していた。
もうどれくらいそうしていただろう。
辺りが暗くなり始めた時に、俺はようやく今までの事を考える気力を取り戻した。
地面に仰向けになり、自分の無力さを痛感する。
修羅場を潜ってきたと自認してきた。多くの戦場に出て、殺し殺されの日常を送り、強くなったと勘違いしていた。
だが実際はどうだ。木の葉に着いた途端、自分の辛い過去に酔い、暖かい日常に甘え、一族の元に居た時より確実に腑抜けていた。修行と言いながらも他人に教えて貰いに行く事もなく、ただ自分のやりたいようにやっていただけ。
そんな現状なのに、俺は以前よりも強くなったと。成長していると勘違いしていた。なんて無様な、なんて情けない今なんだ。
涙が、止まらない。
あれほど戦場で強さの必要性を痛感したと言うのに、ひとたび安全になればぬるま湯に浸かり満足してしまっていた。今の自分に満足し、過去を言い訳に日々を浪費していただけ。挙げ句の果てに然したる覚悟もなく忍になれるものだと勘違い。
俺は、弱い。
悔しさで周りの景色など全く見えなかった。自分の嗚咽の声で周りの音など全く聞こえなかった。
だからだろう。そいつがいつの間にか隣に座っている事も、声を掛けられるまで気付きもしなかった。
「やぁ、少年。どうやらコテンパンにやられたみたいだな」
俺は驚き、声の方向に顔を向ける。
「…………、見てたんですか?」
「はっはっは、噂になっていたぞ、山中家初親子ゲンカだと」
気まずさから顔を伏せる俺に、ガイは構わず話しかける。
「青春に過ちはつきものだ。しかし、その過ちを認めない事は、自分の弱さを認めないという事。自分の弱さを認めない者に、真の強さは得られない」
その声は優しく、諭すよう。しかし真剣な表情で次の言葉を繋いだ。
「少年は自分の弱さを認められるか?」
迷うべくもない。葛藤なら既にさっき終わらせた。ならば俺が言うことは決まっている。
「認めます。俺は今、身も心も弱い。でも大事なものを守るためには強くならなきゃいけない。強くなりたい。強くなって。正真正銘の木の葉の忍になりたい。ガイさん、俺を強くして下さい。俺を、弟子にして下さい。」
頭を地に付け、真剣に想いを伝える。
数秒間の無言の後、俺の想いが伝わったのか、ガイが俺を立たせる。そして俺の顔を見てニッコリと、柔らかく微笑む。そして大きく息を吸い込み、
「バッカモーンッッ!!!!」
次の瞬間、ガイの右ストレートが俺の頬にぶっ刺さった。
そしてすぐさま俺に抱き付き、オイオイと声を出しながら泣き始める。
「お前ってやつぁ、お前ってやつぁ」
右頬の痛みと抱き締められている事に疑問を感じつつも、少年からお前呼びに変わった事に了承の意を感じた俺は、暑苦しい師匠に辟易しながら、どこかスッキリとした気持ちでこの状況を受け入れていた。
その時の山中家
「ふぅ、記憶を見ておいて良かった。ありゃ初見なら危なかったな。だが、君麻呂には良い薬になっただろう。イテテっ」
「あなた、傷薬ここに置いとくわよ」