犬兄弟の真ん中に転生しました   作:ぷしけ

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第三章
第二十三話


退治屋の里の襲撃を防いでから十日あまり後。

 

その夜は、化けネズミを駆除したお礼として、宿屋に無料で泊めてもらえることになった。

人間の若い娘であるかごめや珊瑚には喜ばしいことである……はずなのだが。

 

「気のせいでしょうか。犬夜叉……さっきからおなごたちの視線が妙に冷たいのだが」

 

二人の少女は、吹雪の音色が聞こえてきそうな絶対零度の眼差しを法師に向けている。

 

「おめー女ひっかけてきたんだろ。だから思いっきり汚いものを見るような目で見られてんじゃねーかな?」

 

こういう時、同じ男とはいえお子ちゃま……もとい硬派な弟に、助け舟を出す気は無いようだ。

 

「とんだ誤解ですな。信じてもらえないかも知れませんが……」

結果、昼間若い女と共に謎の失踪を遂げていた不良法師は、たった一人で彼女らに挑み――

「信じらんない」

「ウソだね」

「まだなにも言ってません」

瞬殺された。

 

「……」

私としては、相手と合意の上なら、独り身の男がどこで何をしようが知ったこっちゃないし、その結果まわりの女の好感度を下げたとしても自業自得だと思う。

しかし、事実とまったく異なる理由で旅の道連れが他のメンバーから軽蔑されているという状況は看過できない。

「――弥勒。あなたがついて行った女、妖怪だったんでしょう」

「えっ、そうなの? 月華さん」

「そうなのか? 姉貴」

「犬夜叉は臭いで気づきなさいよ……ああ、煙で鼻がバカになってたんだっけ」

「てめーがおれを置いてとっとと逃げたせいでな!」

「そっちがボーッとしてるのが悪い。ま、ともかく女遊びしてたわけじゃ無いってこと」

私がそう説明すると、周囲の冷たい空気が和らいだ。

「なんじゃ、弥勒。子供を産んでくれるよう頼みに行ったんじゃなかったのか」

「法師様、妖怪退治ならそう言ってくれれば良かったのに……いや、勘違いしたあたしたちも悪かったけど」

「そうね、ごめんなさい弥勒様」

「はっはっは、わかってくれれば良いのです。ありがとうございます、月華様」

弥勒が先程までの肩身の狭そうな様子からうって変わって、満面の笑みで私の手を握ってくる。

……こうやってすぐ調子こくから、彼の評価は助平法師のままなのだ。

「でも、下心はあったんじゃない? こんなに移り香が残るってことは、女が正体を現すまでに抱擁くらいはしたでしょう」

「……へえー、そうなんだ、ふーん」

「謝ってソンしたわー……」

「月華様、なぜ上げて落としますか!?」

もちろん、面白いからである。

 

……それに、不純異性交遊の疑惑は晴れても、私は彼にまだ注意しなければならないことがあった。

握りこまれた手を引き抜いて、逆に男の右手を掴む。

紫の手甲に包まれて目視できずとも、私の嗅覚はそこに血の臭いを感知した。

「それほど大きい傷ではないようだけど、場所が悪いんじゃない?」

「……かないませんな。ええ、大蟷螂に風穴を切られました」

その言葉に、助平法師の公開処刑を眺めていた弟がぴくりと片眉を吊り上げる。

「おい弥勒、それヤバいんじゃねえか?」

「ご安心ください、治療のアテはあります。私の育ての親の和尚に頼むつもりです」

「ふうん。……で、あなたはどうしてそのことを黙ってたの?」

「――」

軽く目を眇めて睨むと、法師は気まずそうに視線をさまよわせた。

行きずりの女にちょっかいをかけるのは、弥勒の自由だ。雑魚妖怪に手傷を負わされたのも、不注意ではあるが、まあそんな時もあるだろう。

 

だが、彼は風穴に傷を負うという、ともすれば命に関わる問題を、誰にも告げないまま一人で処理するつもりであったらしい。

 

「弥勒様、まさか黙って離れるつもりだったの? そんなの水くさいじゃない!」

そのことに気づいたかごめが、泣きだしそうな表情で非難する。

「おれたちを頼る気は無いってか? カッコつけてんじゃねーよ」

「バカ! おらもみんなも心配するではないか!」

「……はい、皆様の言うとおりです」

七宝も、ひねくれた物言いの弟も、弥勒のことを案じて怒っているのは伝わったようだ。

申し訳なさそうな、けれどどこか嬉しげな表情で法師は頭を下げる。

「すみません、私が悪かっ……痛たたた!、月華様、お、おやめください!」

「悪い子にはお仕置きが必要でしょ」

私は笑って、傷のある手のひらに自分の拳をグリグリと押し付けた。

あんまりSEKKYOUとかしたくないし、言うべきことはだいたいかごめたちが言ってくれたので、別に怒ってはいないのだが……面白いから。

 

「ああ、いけません! このままでは新たな悟りの扉が~~っ!」

 

「……姉貴はアレさえなけりゃなあ……」

 

 

 

第二十三話 脅威が迫ってきました

 

 

 

翌朝。

みんなで訪れた寺の夢心和尚は、弥勒の育ての親だけあって、昼間から飲んだくれて寝ている生臭坊主であったが、手当の心得はしっかりしていた。

 

「……遅いのう」

回廊の雑巾がけに疲れたらしい七宝が、ぺたりと座り込んで呟く。

「傷を縫うって言ってたから、時間かかるのよ」

弥勒の治療が終わるまでの間、何か手伝いをしようと言いだしたのはかごめだった。

その結果、犬夜叉と七宝は雑巾がけ競争に、かごめと珊瑚は洗濯物に精を出している。

私が割った薪を台所に運び終えて(その時に妙な壺を持った小妖怪を発見したので蹴り出しておいた)戻ると、ちょうど彼らも小休止をとっていた。

「法師様……心が強い人なんだね」

かごめに洗濯板の使い方を教えていた少女が、ぽつりと言った。

「なんでいつも……あんなに明るくしてられるんだろう」

「うん。でも、本当はきっと……毎日、不安でたまらないんだわ」

今回の出来事は、一行に加わって日の浅い珊瑚はもとより、かごめにとっても改めて弥勒の過酷な境遇に思いを馳せるきっかけになったらしい。

夏の陽気に反して、しんみりした空気になったのだが。

 

「けっ、なーに暗くなってやがるんでい!」

 

良くも悪くも空気を読まないのが、犬夜叉という少年である。

「おれたちが四魂のかけらを集めてりゃ、いずれ奈落のほうからそれを狙ってやってくるんだ。そん時にぶっ倒せばいいだけの話だろーが!」

仁王立ちしてふんぞり返る弟を、子狐妖怪は呆れたように見上げていた。

「犬夜叉は簡単な性格じゃのう……」

「バカにしてんのか? 七宝」

「まあまあ。私は犬夜叉の、余計なこと考えず突っ走れる強気なところ羨ましいよ。そういうところだけは」

「“だけ”ってどういう意味――うん?」

頬を膨らませた少年が、ふと言葉を途切れさせると、首にかけた念珠に手をやった。

「どうしたの? 犬夜叉」

「遠話の珠が反応してやがる。誰かからの連絡だ」

 

念珠を起動させて浮かび上がったのは、協力者のうちの一人、紅邪鬼だった。

『月華様、犬夜叉様。急ぎお知らせしたき儀がございます』

「……もしかして、奈落の城の手がかりが?」

退治屋の里の手練たちが招かれ、珊瑚を除く全員が死ぬことになった城。

珊瑚が暗示によって、城の場所も、奈落を相談役としていた若殿の顔も思い出せなくなっていたことから、其処こそが現在の奈落の本拠地に違いないと判断して、探索を命じていたのだが。

紅邪鬼は「いいえ」と首を振り、わずかな逡巡を振り切るように顔を上げた。

 

『配下の者より報告がありました。……殺生丸様が、お戻りになられたようでございます』

 

「……」

 

「殺生丸って……犬夜叉たちのお兄さんが!?」

「鉄砕牙を狙っておる大妖怪じゃな!?」

 

以前に事情を聞き知っていたかごめと七宝が、顔を引き攣らせる。

 

「――それはいつ? 場所は?」

『豊前国の配下が昨夜、上空を飛ぶ御姿を見たとのことですが、後を追うことは叶わず……。仔細をお伝えできぬこと、汗顔の至りであります』

「……別に。あいつが戻ってきたことだけわかりゃあ充分だぜ」

 

殺生丸の帰還。

その意味するところを理解しながら、弟の声は平然として揺るぎない。

かくいう私も、驚きは最小限のものだった。

要するに――私も犬夜叉も、「どこぞで封印されてるんじゃないか」「いや食あたりで死んだに違いない」などと折に触れて腐しながら、そのじつ彼が再び私たちの前に現れることを少しも疑っていなかったのだ。

 

殺生丸はいつか必ず戻ってくる。

そしてその時は、戦うのみ。

紅邪鬼の報告は“その時”が“いつか”という曖昧なものでは無くなったという、それだけの話だ。

 

(……にしても、この忙しい時にねえ)

何ヶ月か前までは私と弟ののんびり二人旅だったのに、道連れも増えて四魂の玉だの奈落だの問題山積みの今になって帰ってくるとは。空気を読まないというべきか、読みすぎているというべきか。

とはいえ、文句を言っても仕方がない。

天災とはこちらの都合に関係なくやってくるものなのだ、うん。

「ありがとう紅邪鬼。引き続き、四魂の欠片と奈落についての探索を」

『はっ、承知致しました。……あの、月華様、犬夜叉様』

かすかに揺らぐ映像の中、父の遺臣は私たちをまっすぐに見つめて言った。

『我らは、おふた方に命を救われました。――武運長久を、心よりお祈り申し上げまする』

「……ええ、もちろん」

「心配すんな。殺生丸になんざ、ぜってえ負けねえよ」

 

 

剣と剣のぶつかり合う衝撃が、野分となって、西日に照らさせた草原を吹き荒れる。

「くそっ……おい姉貴、殺す気か!?」

「うん、そのくらいのつもりでやってるよ」

顎を伝う汗を拭いながら弟が文句をつけるが、反省する気はさらさらない。

普段の手合わせで私がこれほど殺気を全開にすることはないので、犬夜叉が戸惑うのも当然だが、兄と戦うとなれば、受ける威圧はこの程度では済まないのだから。

犬夜叉はすでに風の傷はおろか爆流破まで会得し、剣技も達人の域にある。

おかげで、たいがいの敵には危なげなく勝利できる……それは良い。

しかし“たいがいの敵”の範疇に収まらないのが殺生丸だ。

間違いなく、肉体的にも精神的にもギリギリの戦いになる。

二百年間研鑽を怠ったつもりはないが、それゆえに強敵との戦いが目睫に迫った時にできるのは、普段よりもプレッシャーをかけた状態での仕合くらいなのだ。

「――まあ、今日はこのくらいにしましょうか。そろそろ弥勒の治療も終わってるだろうし」

兄の襲来に備えて気を引き締める必要があるとはいえ、気張りすぎてへばったのでは本末転倒だ。

私が刀を納めると、犬夜叉も大きく息を吐いた。

「今更だがよ、弥勒に付き合って寺までぞろぞろついて行くことなかったんじゃねえか? あの生臭坊主、布団干しだ掃除だとこき使いやがって」

やってるときはけっこうノリノリだったくせに、思い出したら腹が立ったらしい。

鉄砕牙を布団叩きの代わりにするなんて、殺生丸が見たらブチ切れ必至の所業までしていたようだが。

「私はこういう、戦い以外で一緒に何かするって大切なことだと思うけど」

「そうか?」

犬夜叉はピンと来ない様子で首を傾げる。

「そうだよ。だって、弥勒も珊瑚もまだ“仲間”になってない」

 

弥勒はこれまで、死の呪いを背負って誰にも頼らず旅を続けていた。

彼が風穴の傷を隠そうとしたのは、何事もひとりで解決するのが習い性になっていたせいだろう。

珊瑚は、目の前で父と弟を含む仲間を殺されたという。

その仇を討つために私たち一行に加わったばかりの彼女の心の傷は、まだ生々しい。

 

「二人とも腕は立つから、今のところ戦いに支障は出てないけど、これから先もそうとは限らない……というか、破綻する確率の方が高いでしょう」

奈落という妖怪については、未だ直接対峙していないので断片的な情報から推察するしかないが、搦手を得意とする狡猾な輩のように思える。

そんな敵に対して、こちらがきちんとした連携を取れないのは命取りだ。

今回の件にしても、もし弥勒が治療のために私たちと離れたところを狙う妖怪でもいたら、相当危険な展開になっていただろう。

四魂の欠片を集め、奈落を倒すという共通目的だけで繋がった間柄では、いつか足を掬われる。

「だから今日みたいな時間は、信頼を築くのに必要ってこと。犬夜叉も、ケンカが強いだけじゃ、女の子から頼りがいのある男と思ってもらえないんだからね」

「そ、そうなのか……」

暗にかごめのことを仄めかすと、犬夜叉は眉間に皺を寄せて俯いてしまったので、少しフォローする。

「あー……、でも犬夜叉の場合、難しく考えずあなたらしくしてるのが、信頼される近道かな」

「なんだそりゃ」

「前にも言ったけど、強気で我武者羅なのが犬夜叉の良いところだもの。あなたのどんな敵が相手でも勝ちに行く気概は、周りの者も前向きにする力がある。それってすごく頼もしいし、羨ましいよ」

 

犬夜叉は決して殺生丸を見くびってはいない。

それでも臆することなく戦いに臨めるのが、弟の心の強さなのだ。

それゆえに私は、殺生丸帰還の報に緊張しながらも、犬夜叉なら負けない――と心のどこかで信じている。

 

「だから犬夜叉は、その気骨で皆を引っ張っていけば良い。細かいことを考えるのはお姉さまに任せて」

「……おう! さすが姉貴、いいこと言うぜ。やっぱ無駄にトシくってね――」

「え? なあに? もっと本気で手合わせがしたいって? 良し良しいい度胸ね覚悟なさい!」

 

調子に乗って余計なこと口走ると痛い目を見るのだぞ、弟よ。

 

 

「あ、お帰り二人とも……ってどうしたの犬夜叉!? こんなにボロボロになって」

「ちょーっと手合わせに熱が入りすぎてね。弥勒はもう大丈夫?」

「はい。おかげさまで……って本当にボロボロだな犬夜叉! まるで恐ろしい妖怪に襲われたかのような……」

「……弥勒。ひとつだけ忠告しといてやる。姉貴にトシの話はするんじゃねえ」

 

 

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