前回のミカとガリィの話を書いて我ながら胸が痛くなり在りし日の二人の話を読みたくなって書いたものです。
前回投稿後に知れた絶唱しないフォギア等の情報で関係性観が少し変わったのでそのリベンジも兼ねて。
時間軸はGX4話後~5話前。
前回作『アンノウンバーニングハート』https://syosetu.org/novel/160574/ より前の話です。
(初出:2016/6/17)(他サイトと同時投稿です)
(2016/07/28:ガリィの思索の続きを書きました(R18注意)『アントラクト ⅢS』https://syosetu.org/novel/161722/





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前回のミカとガリィの話を書いて我ながら胸が痛くなり在りし日の二人の話を読みたくなって書いたものです。
前回投稿後に知れた絶唱しないフォギア等の情報で関係性観が少し変わったのでそのリベンジも兼ねて。
時間軸はGX4話後~5話前。
前回作『アンノウンバーニングハート』https://syosetu.org/novel/160574/ より前の話です。
(初出:2016/6/17)(他サイトと同時投稿です)
(2016/07/28:ガリィの思索の続きを書きました(R18注意)『アントラクト ⅢS』https://syosetu.org/novel/161722/








アーティフィシャル・アイ

 

 最近、よくわからないことがある。

 高所のここから見渡す限り地平線にまで広がる、夜の帳を地表まで降ろさせない光の海を造った生物、ヒトが抱く感情の一部について。

 光点を散りばめた建造物の無秩序な光を眼下にしながら、目を閉じて想い出の中の記憶を覗く。これまで採集してきた想い出も、先ほど採取したばかりの想い出も同じだった。

 ヒトは、これと定めた者を一意に求めることがある。

 その相手のために自分にとって明らかに不利な選択をしたり、理不尽な行動をとったりする。相対すると平静でいられなくなったり、逆に思わせぶりな態度で気を引こうとする個体もある。耳障りの良い言葉を語る者があれば、激情に駆られて言葉をぶつける者もあり。時として相手を傷つけ、自分を害しもする。

 好きだの愛しているだのといった言葉を囁き合う、意味がわからないその行動原理は、恋と呼ばれている。

 建造物郡にいくつかある高層ビルの屋上の庇部分に腰掛け、開けた目に映る地上から夜空を照らす光の海に足をぶらつかせながら、は、とガリィは息をつく。

「……まるでビョーキね」

 恋患いという言葉があるように実際に恋は病、あるいは異常状態として、平常ではないと見る向きもあるようだった。

 この街はこの国の中枢都市なだけあってか学識の水準がほどほどに高い人間が多く、得る知識には事欠かない。それらから奪った想い出より見知った情報によると、脳内の神経伝達物質に正常時と異なる分泌が見られるのだという。

 精神とは肉体の道具に他ならない。

 恋愛はただ性欲の詩的表現をうけたものである。

 などといった先人の遺した言が示すように、恋とは有性生殖を促すためのメカニズムなのだろうか。

 いや。記憶を見るに、生殖がかなわない者同士であってもその感情を抱き合うことがあるようだった。

 どういった感情なのか理解はできる。けれど、共感ができない。真の意味での理解が。

 一体どのような質感の感情だというのか――理解のし得なさに、天の闇に抗う光で茫漠と輝く地上を見る目が細まる。

 そのとき。

「ガリィー!」

 遠くから聞こえた声だった。

 後ろを振り向くと、それは遠くなんかではなくすぐ近くに迫っていて、夏の夜空に彗星の尾のように赤い軌跡を二本引きながら勢い良く、ガリィのそばに着地する。

 身体が浮くような衝撃と暗灰色のショートヘアを激しく散らし乱す突風のような風圧に、身体が宙空の方向へ揺らされるのを庇の縁を掴んで耐えた。

「っ、落っこちたらどうしてくれる!」

 衝撃をやりすごした後、アフターバーナーで突っ込んできたそれを睨みつける。

 ポニーテールから二股に分けた濃赤の髪のロールヘアに、ショートパンツ姿のような小柄な少女の外見。放射状に入った床のヒビの中心に立っているのは案の定、同じオートスコアラーのミカ・ジャウカーンだった。

「どうもしないゾ? ここから落ちたくらいで壊れるアタシたちじゃないゾ」

「ふん、わかってるっつーの」

 こちらの睨み据える視線を受けてもけろりとしているのは、半分くらいはとぼけているからだろう。

 庇から立ち上がってスカートを払う。ここが地上何メートルか知らないけれど、二十階前後程度のこの高さから落ちても壊れない強度で造られている自覚はあった。もっとも、無様に身体を打ち付けるようなことにならずに無傷で着地してみせるけど。

「で、任務完了だゾ」

 ミカに歩み寄ると、ミカは胸元で爪指の一本で横の方向を指し示し、そちらの方角に目をやると。

「あー……」

 ここから視認できる距離の、夜景の街中の一箇所が赤々とした光を放っていた。

 建造物が倒壊して瓦礫の山と化しているのが小さく見える。火の手が上がっているのは、ミカに備わっている火元素の能力のせいだろう。なるべく目立たずにと命じられているはずなのに思いっきり目立っていた。

 それは不夜城と化してる大都市のただ中に所在していたのだから仕方ない。遅かれ早かれ人間にはバレるし、けれどそこから計画の全貌が掴めるとは思えないから問題ないだろう。

 隠密裡に進められている計画の全貌を、もはや止められないという最終段階になってようやく知った時の装者たち、人間たちの驚く姿を思うと、自然口端が横になる。

「あれはもう修復不可ね、重要文化遺産らしいのにお気の毒様。ま、どのみち全てはマスターによっていずれ分解されるのだから、早いか遅いかの違いでしかないけれどね」

 ミカが破壊したのは、史跡。それは世界の各所にあるレイラインの制御を担う要所の一つだった。

 この街は大半が科学の先端技術を凝らした建造物に占められているにも関わらず、古えの時代に開かれた古都だけあって史跡をいくつも街中に抱えている。そのうちの一つがレイラインに関係していた。

 この地でミカと一緒になったのはたまたまだった。

 装者のギアを全て破壊し終え、その改修を待つ今はマスターの命に従ってレイラインの解放を進めている。

 都度に担当区域が割り振られ、その境界近くだったこの史跡へはお互い偶然に同時に訪れた。

 二人で破壊に取りかかれば目立ちすぎる。火力のあるミカだけに破壊させれば、こちらは幻影で周囲の人間の目から破壊行為を隠す分担になるだろうが手伝う形になるのが癪で、そもそもこの要所の破壊に二人もいらない。

 ミカにまるきり任せて自分は別の要所を破壊しに行くにしても、テレポートジェムはシャトーへの帰還専用で別の地点への移動には使えない。他の要所へはシャトーの転移装置を使わなければ距離がありすぎて移動がかなわず、けれど要所の破壊が終わってないままシャトーに戻れば、そこをマスターに見留められてあらぬ誤解を招きかねない。単独でのギアの破壊に失敗して落ちただろうマスターの心証をこれ以上悪くしたくなかった。

 そういう都合はもちろん口にせずに、ミカと協議してその結果、ミカは史跡の破壊、ガリィは想い出の採集と二手に別れることにした。

 採集を終えて待ち合わせ場所としたこのビルの屋上で、ミカの史跡の破壊が終わるのを待っていたのだった。

「ここへ来る途中、渡ってきた川の真ん中にでっかいボウルみたいな建物があったんだゾ」

 こんなのだったゾ、とミカが両手指を揃えて器の形にしてみせる。それを見ずともすぐに思い当たる。この街で川面上にあるそんな建造物と言ったら一つしかない。

「ああ、コンサートホールね。この前そこでハズレ装者と剣の装者がライブやったのよねー、マスターが計画の幕開けと定めていたライブをね」

「んん?」

 ミカが小首を傾げる。知らなくても無理はない。そのときミカはまだ起動していなかった。

「アタシたちはファラちゃんからの中継で見てたっけ。レイアちゃんはエルフナインを追い立て中だったからあんまり見てなかったかもしれないけど。アタシは想い出採集の合間に、マスターはファラちゃんの襲撃開始を見届けるのに、見てたんじゃないかしら」

「えぇー? みんなばっかりずるいんだゾー」

「ミカちゃんが大食らいなせいでしょーが。目ぇ覚まさせるのにアタシがどんだけ想い出の採集に走り回されたか……」

 眉を八の字にして不平を口にするミカに細めた目でじろりと見返し、不満なのはこっちなんだけどと胸中で零す。

 ミカの起動に想い出が足りていないせいで、初めての装者襲撃のとき自分だけ想い出の採集に奔走させられていたのだった。おかげで自分の活躍をマスターの目にかけるチャンスが潰された。

 マスターの命によりよく応えるのが自分の喜び。マスターに造られた人形はおしなべてそうだけれど、その表現の仕方にはマスターの精神構造のそれぞれ異なる一部分を元にした人工知能によっての個性がある。

 自分の手で華々しい手柄を上げ、それをマスターに見留めてもらいたい。他のオートスコアラーを出し抜いてでも、とまでは思わない。だが想い出の採集という裏方に回される要因の一つがミカなので、ミカ本人に嫌悪するところはないけれどその点だけは恨めしく思っても仕方がなかった。

「アタシも見たかったゾー……」

 口を尖らせてぶつぶつ言うミカから、ふんと顔を逸らす。

 ライブの想い出はまだ保持している。それを知ったらミカは欲しがるだろうけれど、あげない。人間の巷で言われてるところの自分のゴーストがそうしろと囁いているのだから仕方ない。悲しいけれどこれって人工知能の傾向なのよね、などと胸の内で笑ってるさなかに思いつく。想い出の供給をここで済ませてしまおう。二人しかいない今が丁度良かった。人前でところかまわずせがまれると俄然してやる気にならない。

「それはそうとミカちゃんー」

 両頬に手を添えて、顔をこちらに向けさせる。

「お? もしかしてライブの想い出くれるのカ?」

 こちらより頭半分低い位置で、拗ねて沈み気味だったミカの顔がぱっと期待の顔に切り替わった。ライブの想い出の所持を悟られないよう、しれっと澄ました顔で否定する。

「そういうわけじゃないけど、ゴハンよ」

「まだおなか空いてないゾ?」

「うっさい。貰えるときにありがたくとっときなさいよ」

 問答無用で顔を寄せていく。そのときふと、先ほど考えていたことが頭を過ぎった。触れ合うまで数センチだった距離から顔を引き戻す。両手は頬に添えたまま、ミカに問うてみることにした。

「ねぇミカちゃん。恋ってどういうものだと思う?」

「恋ってなんダ?」

 小首を傾げるミカ。そこからかよと内心で嘆息する。これは期待できそうもないと思いつつも表現を噛み砕いてやる。

「誰かを好きになるということなんだけど」

「誰かをカ? 何かをじゃないのカ?」

「そういう好きじゃないっての。はぁ、もういいわ……同じ想い出を分け合ってる人形同士、何かわかってるかもと思ったけどそんなことあるわけなかったわねー。ほら、さっさと想い出を分けるわよ」

「ガリィから想い出を貰うのは好きだゾ」

 予想通りの落胆の後の予想外の一言に、一瞬思考が固まる。”好きな何か”ですぐに思いついたのがそれ、ということなのだろうか。

「はいはいそれはどーも、ってまさかそのために燃費を少しも考えてないなんて言わないでしょうね――」

 裏方を余儀なくされがちなこっちの感情はさておき、悪い気はしない。けれどなんとなく気が済まなかったので、一言刺しておいた。

 ともかく、淡い期待は脆くも崩れ去ったので。今度こそ顔を寄せる。

 唇を重ね合わせて、ごく浅くに触れる。唇の内側を薄く舐める程度に。大量に与える気はないからバス幅は狭くていい。

 ミカは、マスターに与えられた使命をもちろん最優先するが、ときとして手応えある相手との戦闘など、自分の楽しみに無邪気に走って火力をぶっぱするふしがある気がしてならず、いち時の大量供給は躊躇われるのだった。

 燃費が悪いと揶揄では言うが、高火力ゆえにそれを発揮する分だけ想い出の消費量が跳ね上がるというのが実際。消費が激しければ必要な供給量も増える。唯一の供給者としては想い出採集の仕事が増える、自分の手柄を上げる暇がなくなる、という悪循環しかないから、空腹を喚かない程度に少し加えたくらいのほどほどの量だけを与えることにしていた。

 渡すと決めた量の供給が終わる。弛く閉じた瞼の眼下に供給の際に発するほのかな光が消えたのを感じ取って、ふいと唇を離す。

「はいおしまーい」

「なーガリィ」

 ミカからするりと離れゆくはずだった身体がかくんと止まる。下ろした腕の両肘が側面から爪指の手に掴まれていた。

「あぁ? なによ」

 華麗にターンするつもりだったのを阻まれて声が低まる。じろりと向けた目を、ミカは全く気にした風もなく。

「誰かを好きになるってやつ、そーゆー想い出をもっと貰えたら分かるかもしれないゾ」

 いい考えを閃いたというような顔で言ってきたのを、は、と一笑に付す。

「そう言って、余分に想い出を貰おうって魂胆なんでしょ。やらねーよ」

「ちゅーしてくれよー」

「やだね。離しな」

 食い下がってくるのを連れない返事で返してやる。

「だって、気になるんだゾ」

「つーん」

 応じるつもりなど毛頭なく、目を瞑ってそっぽを向いてみせる。すると。

「むー……してくれないなら……」

 掴まれた腕が引っ張られて、はっと目を開ける。

「こっちからするまでだゾ!」

「なっ、」

 まず、と思った時には遅かった。

 後頭に回ってきた大きなつくりの爪指の片手に顔を正面に向けさせられる。

 少し低い位置から背伸びしてきたミカの顔が、反射的に引こうとして下がれなかったこちらの顔に追いついてきて。

「んーっ!?」

 唇を重ねられた。というより押し付けられた。と同時に虚を突いて舌を差し入れられた。こちらの尖った歯をものともせず、ミカは歯列を割って押し入ってくる。

 脇腹に腕を突っ張って身体を押し返そうとするも、既に密着されてる体勢からでは分が悪い。その上、内燃機関の出力の違いのせいか、単純な腕力でミカに勝るオートスコアラーはいないから敵うはずもなかった。

 侵入を果たした先で、ミカは確かめるようにそこらを探り始める。

 口腔に触覚は、ある。そんなところもきっとマスターはヒトに似せたヒトガタとして造ったのだろう。普段誰に触られることもないそこを他者に濡れた感触のもので探られるというのは、何とも言えない慣れない感覚が齎されるものだった。

 忘れさせたい想い出をこちらから取り去るために以前マスターからされたことはあるけれど、ミカの無遠慮で大胆な探り方はそれが全く可愛く思えるほど。実際マスターは慣れてないせいと舌が小さいせいで探りきれてなく、実に可愛らしいものだったけど。

 口腔の落ち着きないやつを舌を押し戻そうとすると、逆に捉えられてしまう。逃げたり、押し退けるこちらをミカはいなして、側面を舐めたり、全体を絡めたり、擦りつけ合うようにされて。

「んふ、んんっ……!」

 文句の声は、舌の動きに妨げられる。

 喜々としてまとわりついてくる様相はまるではしゃぎまわる子犬だった。じゃれついて遊ぼうとせがんでくるような。ただし力が強い子犬で、こちらは抵抗しきれず押し負けてしまうような。

 気のせいか舌がこちらより長い感じがする。それでいて力もある。戦闘能力と腕力以外にこんなところまで最強に作らなくてもいいのに、とマスターを恨む。

 供給の時、たしかに舌で触れることはある。それを真似ているのだろうが供給のときはもっと浅くのところで済ませていて、こんなに深く探るようなことはしたことがないというのにどこで覚えたのだろうこの無邪気元気マイペースは。

 歯を立ててもびくともしない。当たり前だった。自分たちには触覚や圧覚はあっても痛覚がない。そして強度があるせいか傷つきもしないし動きは止まりもしない。

 引き離そうと腕を突っ張る抵抗を、まるでないかのようにやすやすとミカはこちらの身体を更に引き寄せ、ぐいぐいと唇を押し付けてきて口接けが深くなる。

 口腔では引っ込めようとするこちらを引き出し、付け根を探り、深くから絡ませるようにまでなる。

 どんなことをしても、こちらが流すように動かないと想い出は供給されることはないというのに。

 とはいえこの口接けはきっと、想い出を渡すまで止むことはない。これから逃れるには、不承不承だが仕方ない。

 足掻いていた身体から、力を抜いた。

 ブラウスの脇腹にある手と肘を掴み返した手で、ミカを逆に引き寄せて。

「ん、……」

 自分から、舌を絡めた。

 ミカは一瞬動きを止めて、その後すぐにこちらから触れてきたのを喜ぶように絡み返してきた。

 楽しそうなのが癪に触る。目的が変わってきているのじゃないかと訝しむ。

 気に入りでもしたのかもしれない。供給の度にこれをされたらたまったものではない。さっさと終わらせようと心に決めて、想い出の供給を始めることにした。

 ミカのを唇で歯で軽く喰んで固定して、撫でるように触れ合わせる。バス幅は十分。

 聖杯に納めていた想い出の一部が、粘膜を介してミカへと流れ出していく――

「ふはっ……」

 供給を終えて顎を引くと、追いすがられることなく唇を離すことができた。緩んだミカの腕から抜け出る。

 ミカは片手を胸に当てて、目は開いているが何も見ていない感じにぼんやりしていた。頭中で供給された想い出の中の記憶を覗いているのだろう。

「これが問題の想い出カ?」

「そーだよ」

 取り出したハンカチで唇を拭いながら忌々しく応える。

「んん? んんん?」

 そんな声を出しながらミカは左右に小首を傾げ始める。そんなことをしても理解するのにはもちろん何の効果もない。けれど顔に浮かんでいる表情は神妙そのもの。眺める眼差しについ期待を混じえてその様子を窺っていると、ふと首を正位置で止めてこちらに目を合わせてきた。そして、明るく元気よく。

「よくわかんないゾ!」

「はぁ……」

 期待の分だけ溜息となって口から出た。

「そりゃそうでしょうよ。これまでたくさんの想い出を分析してるアタシに分からないのに、中の記憶に興味なくて貰った端から想い出を燃やしちゃうミカちゃんに分かるはずないのよね」

 皮肉混じりに言ってやると、ミカはなぜか誇らしげに爪指で鼻の下を擦る。

「そう言われると照れるゾ」

「褒めてねーよ!」

 荒げた声と共に怒らせた肩は、聖杯内の想い出の残量を感知するや否やすとんと落ちた。

「はー、減った分また採集しなきゃいけないじゃない。ったく仕事増やしやがって……!」

「お、ライブの想い出もくれたのカ」

「っ、ついでよついで」

 想い出の走査していたミカの耳に文句は入らなかったようだった。

 ライブの想い出は、結局渡してしまった。こちらの記憶には残ってるから想い出は渡しても構わなかったし、第一、後でせがんで絡まれるのは面倒くさいからであって、情に絆されたわけでは、決してない。

 スカートを翻し、ビルの庇までステップを踏んだ。後ろを振り返り、きょとんとした顔でこちらを見ているミカに言う。

「アタシは想い出の採集していくからミカちゃんは先に戻って。あげた想い出、無駄に使うんじゃねーぞ!」

 ミカを残して、庇から跳躍する。隣のビルに飛び移り、また隣のビルへ。

 点々と屋上を飛び移り、人けが少ない市街の方角を目指す。

 

 

 

 やっぱり分かるわけない。自分たちヒトガタが、ヒトの心なんて。

 そもそもヒトとヒトガタでは何もかも違うのだ。

 カタチこそ似姿だけれど、片や生体、片や機体。有機と無機。身体の作りも素材も全くの別物。

 生物から生まれた者には心が生まれるという。けれど物から造られた物には、心は生まれない。

 機体に宿されているのは、限りなく近くヒトを模倣するプログラム。マスターの蓄えた数百年分の想い出と精神構造を元に構築した、ヒトの反応から思考を察する反応モデルと類推エンジンにすぎない。外身と同じく中身も、ヒトを模した人造物だった。

 けれど、自覚がある。

 自分はここに在るという、自発的な自覚が。

 コギト・エルゴ・スム――自分は考える、故に自分は存在する。ラテン語訳された一文でヒトの間に広まっている、この世の全てを疑い尽くしこれ以上疑いきれない絶対の真理として提示された命題。それの通り、紛れも無く、疑いようもなく、自分の意識はここに存在している。

 自分にあるかないか定かではないと思っていた。けれど、被造物ではあるけれど虚構ではない造られし自己は、心は、たしかに存在している。

 それが意味するところは、一体何だろう。

 自然に発生したものではないだろう。自分たちの人工知能はマスターの有機的な精神構造を元に作ったと聞いている。だからきっと、目的あって心を持つよう造られた。

 マスターは何を考えて、自分たちをこのように作ったのだろう。何故、自分たちに心を持たせたのか。

 この自覚、この意識が心だとして、けれどもヒトのそれとは異質なものなせいだろうか――ヒトの感情の全てを理解・共感しきれないのは。

 夜の闇に抗う光を放つ眼下の街並みに目を向けても、答えになるものは見つからない。

 見つかるのは、想い出を採取される不運な犠牲者だけだった。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 建造物のてっぺんは、地上から照る人工の光が届ききらずに夜の闇を残している。ガリィの黒紺の後ろ姿は光の海に点々と浮いた小島のようなその闇に紛れてあっという間に見えなくなった。

 その小島の一つに一人残されて、シャトーに戻る前にと目を瞑る。ライブの想い出は後で鑑賞するとして、それよりねだって貰った想い出の方がミカには気になるのだった。普段はろくに見ないで焼却してしまう想い出の中の記憶を、もう一度覗いてみるも。

「やっぱりわからないゾ……」

 どの記憶の中でもヒトは、特定のヒトを気にかけて特別に扱っていた。そうしていつしかなにやらただならぬ雰囲気の仲となって、自分たちがしている想い出の供給みたいなことをしたりする。そんな機構、ヒトにはないのに。

 ヒトとヒトのことだから、ヒト同士のことだから分からないのかもしれない。

 それなら、例えば自分とガリィだったら。

 互いに望んで、求め合ってそれをしているヒトの姿。それが自分たちだったとしたら――

「んん?」

 思わず片手を腹にやった。何故か、腹のあたりがきゅうとして。

「なんか、おなかが空いたような……?」

 首を傾げる。しかし、想い出はたったさっき貰ったばかり。だからきっと気のせいだろうけれど、何か少し違うような。

 その感覚も、"誰かを"好きになるということも。

 ブラウスの上から腹をいくらさすっても、その正体は一向に分かる様子がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 本編で絡みが少なすぎたガリィとミカですが、しないフォギアで絡んでくれたもののガリィが予想以上にミカに塩対応でびっくりしました…今となってはガリィらしいと思えていますが。
 他にも噂に聞きしライブのガリミカアナウンスの内容等で関係性観の軌道修正の必要に迫られ、それらを踏まえて改めた関係性観で前作の回想の会話シーンを書き起こしてみたのが今作でした。
 ミカは無邪気で、無垢じゃないけど子供のような残酷さを持つ面があり、そして妙なことはあまり思いつかないけどいざ迫られたらガリィはパワー負けしそうと思います。
 作中のガリィの思索は、あともうちょっとだけ続くんじゃよ(ガリキャロですが)

(2016/07/28:ガリィの思索の続きを書きました(R18注意)『アントラクト ⅢS』https://syosetu.org/novel/161722/






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