戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 作:リースリット・ノエル
共和国軍の梯団が徐々に崩壊していく様子を高倍率の双眼鏡で見ている女性魔導師アデルナ・ジングフォーゲル中尉は、背筋が凍っていく感覚を覚えていた。
突撃先鋒を担っていた敵戦車大隊と歩兵旅団の第1陣が先程まで見せていた整然たる威容は、無かった。
上空から降り注ぐ火の雨から逃げ惑う共和国軍兵士達の様は、烏合の衆といって差し支えない。
幾つもの白リン弾が空中炸裂し、散弾銃のように火の粉がばら撒かれ、傘下にいた敵兵に襲いかかる。
ケピ帽を被り、紺色と赤を基調としたシックなデザインの軍服を着る共和国軍の兵士達を
否応なく等しく燃やしていく。
難燃性素材ではない軍服に対し、激しく燃焼する白リンは防げようもない。
降りかかる火の雨を浴びれば、最後。
瞬時にオレンジ色の炎に体が巻かれる。
まるで、着火剤だ。
白リン弾の前では生身の兵士達は、ただ可燃性が高い素材に変わる。
アデルナはふとそう思った。
たが、その無機質な表現は間違いであると知る。
地上でのたうち回り、手足をバタバタさせ、もがき苦しむ自分と同じ人間だ。
双眼鏡の中で映し出されるは、苦痛に歪む顔を浮かばせ抵抗も出来ず燃やされる兵士達。
その絶叫と助けを求める叫び声が高度5000フィートにいる自分の耳にも聞こえてきそうだ。
「タオべ1、こちらドーンハンマー10。まもなく第8回中隊斉射。中隊斉射は第1中隊が行う、目標は前進中の敵歩兵中隊、観測せよ。」
砲兵大隊射撃指揮所の射撃通信手から前進観測班のアデルナに次の射撃指令が通達される。
「こちらタオべ1、了解。観測する。」
アデルナが業務的に答えた30秒後。
後方から複数の砲撃音が寸分のブレもなく1つとなった中隊斉射の雷鳴が響く。
「5…4…3…2…1…弾着、今!」
射撃通信手から着弾の知らせを聞き、目標となった敵歩兵中隊の末路を双眼鏡で覗く。
緻密に計算され、照準された第1中隊の一斉射は敵中隊を丸ごと効果範囲内に捉えられる。
空中で花開いた白リンの傘に入り、歩兵は生ける火種に変える。
「ドーンハンマー10、こちらタオべ1。命中、効果あり。効力射の必要なし、新たな目標を伝える。」
「ドーンハンマー10、了解。」
淡々とした声で通信をしながらも、アデルナは冷や汗を背中に流し、眼下で新たに作り出された地獄を見つめる。
自身を守る防御手段がなく、砲撃を妨害する障害もない平原地帯で半ば一方的な形で白リン弾の餌食になっていく共和国軍兵士達の心情はいかばかりか。
焼け出される兵士がダース単位で増え続け、パニックが次々に波及していく有様は、焼け出された町から悲鳴を上げて逃げ惑う市民のように見える。
その光景はSF小説やラジオドラマで戦慄の反響を起こした「宇宙戦争」のとある場面を想起させる。
侵略してきた火星人のトライポッドが放つ破壊光線で攻撃。
市民が燃やされ、大パニックに陥るシーンと重なる。
だが侵略してきたのは、宿縁のフランソワ共和国。
相手は紛れも無い強力な武力をもった正規軍
目標は無辜の市民ではなく、帝国を犯さんとする戦う意思を明確に持った兵士達である。
その筈だが、まるでこっちが侵略しているような心境に陥る。
そんな錯覚を覚えるほど、眼下で繰り広げられる光景は悲惨で残虐なものだった。
だが、それでもやるべき仕事はキッチリやらなければならない。
雑念を振り払い、アデルナは大隊射撃指揮所に新たな目標を伝えるべく、観測を行う。
私は連隊で数少ない航空兵力であり、砲兵の目である。
連隊は数倍の陣容を呈する共和国の梯団と戦い続けなければならない。
1時間後、いや30分後。
連隊が生き残れるかは、私の観測に掛かっている。
先に手を出したのは、彼ら共和国だ。
手を出さなければ、こんな目に遭わずに済んだものを…
彼らは知っているはずだ。
帝国に手を出したならば、帝国は完膚無きまでに叩き潰し、何人たりとも生きて返さないと。
戦闘国家たる帝国は、合理的かつ冷徹な戦争機械だ…容赦の限りは1つもない。
私もその1人だ。
敵に一瞬の同情を覚えた自身に喝を入れるように自己暗示を行い、大隊射撃指揮所に目をつけた目標に対し射撃要求を伝える。
「ドーンハンマー10、こちらタオべ1!」
「タオべ1、まて…送話。」
「ドーンハンマー10、こちらタオべ1。修正射、送れ。」
「タオべ1、こちらドーンハンマー10、送れ。」
「座標1485,3496、標高30、観目方位角3400、送れ。」
「続いて送れ。」
「目標は装甲車10両に随伴する敵歩兵大隊、正面20、縦深200、効力射にはWP、送れ」
「こちらドーンハンマー10、了解まて。」
流れるような射撃要求通達を終え、アデルナは空を舞いながら眼下の敵情を観測し続ける。
己が使命、任務を成し遂げるため。