戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 作:リースリット・ノエル
中世の趣きを残し、おとぎの国のような美しい街並みと景色で有名な街コルマール。
アルサスワイン街道の中心地としても知られ、「アルサス・ワインの首都」とも呼ばれた。
戦乱が吹き荒れる時代の狭間で観光客が賑わい、平穏で活気に満ち溢れたコルマール。
この町は幸いにしてか度重なる国境紛争に巻き込まれずに済んだ。
だが…今回は遺憾ながら戦火から逃れられなかったようだ。
今となってはコルマールもアルサス戦線における最前衛拠点の一つとなっていた。
町の至るところには土嚢で積み上げられた砲兵陣地、高射砲陣地が構築される。
丁寧に作られた綺麗な石畳の街道は装甲車両がひっきりなし走り回り、完全武装の歩兵中隊が闊歩する。
木の骨組みで作られたカラフルな家々、彫刻・教会などは、幾度かの爆撃で独自の文化の結晶が痛みつけられ、瓦礫に変えられた。
街からは平和の時は止み、優雅さも消え、かつていた市民の賑やかな声は鳴りを潜める。
ただあるのは、戦火の響き。
そう遠くない距離から聞こえる砲火の音が轟き、街道では帝国式の号令と命令通達がこだまし、行き交う装甲車両の排煙が立ち込める。
戦時の流れで帝国の戦争機械に組み込まれた悲しき街の姿がコルマールにも見受けられた。
アルサス・ラレーヌにある数々の街と村も否応なく戦火に包まれているだろう。
それもまた共和国の大攻勢で後手に回った影響が、市民社会に直ちに受ける事の証明だった。
奇襲的攻勢により堅牢なはずだった防御線を破られ、日々圧迫が強まる中、帝国軍は苦境を耐える。
各線線で展開する現地部隊は独自に判断しながら、細切れの防衛線を必死に持ちこたえようと努力をし続け、なんとか現状を維持している。
それは部隊の犠牲と引き換えにしたものであったのは、考えるまでもない。
コルマール管区の守備についている第169歩兵師団も同様だった。
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コルマール管区 D83戦域指揮所
リクヴィヒエ通りに面するフレデクレ小学校は現在、臨時設営された前線指揮所となり第169歩兵師団が持つ頭脳の1つとして機能していた。
幼き子供達が勉学に務める広い教室は、防衛作戦を熟慮する作戦室に変貌している。
無線機に張り付く通信士達は、更新され続ける情報の波を処理し続ける。
知謀に優れた上級将校がひしめき合い、作業に追われる。
彼らは机を並べて置かれた5m四方の作戦図に新しく入った情報を元に敵の部隊位置と未来移動地点、そこから戦線を引き直し、部隊の配置転換など様々な策定に没頭する。
積み重なる消耗は師団の継戦能力を徐々に奪われていく現状を等しく全員が認識している。
激しい口上のやり取りは、なんとしてでも共和国軍の攻勢を押し留めようとする決意の表れである。
彼等が積み見上げた知識、経験、技術の結集で持って、事態の挽回を努めようとする。
だが、その状況を打開する術を師団の司令部要員、幕僚を含めた上級将校達は見出せていなかった。
募る焦燥感とは余所に、ただ時間だけが過ぎる。
そんな張り詰めた空気の中、教室の扉を開き一人の少女が入る。
ターニャ・デグレチャフ少尉だ。
彼女は巨大な作戦図を中心にいる最上級指揮官に対し正対し、幼女に似つかわしくないキビキビとした動作で敬礼をして申告する。
「クルスコス陸軍航空教導隊 第606試験評価任務中隊 ターニャ・デグレチャフ少尉!只今、出頭しました!」
正統な帝国軍人らしい申告要領。
整然とした姿、その活発さは模範的と見える。
少々甲高いが、落ち着きと冷静さを持ち合わせたターニャの声が作戦室に響く。
一瞬、教室内が静寂に包まれ、そしてざわつき始める。
机上に置かれた作戦図で討論を交えていた作戦参謀、師団幕僚達は彼女に注目し、驚きを見せる。
それも無理はない。
帝国陸軍に入隊して10、20年経ち、長く軍務で研鑽を磨いてきた将校達からすれば、特にだ。
目の前にある現実が、最初は驚愕と否定を引き起こし、そしてやむなき肯定に至る思考が混じり交錯する。
「何?幼女だと…そんな馬鹿な…」
「…ありえん…こんな事があるとはな…」
誰もが感じる違和感と現実の否定。
「確かに我が国は、兵士の年齢制限は規定していなかったが…本当に幼児まで兵士にするとは…」
帝国軍法内にある「三軍入隊要綱」では、確かに「年齢制限はない」と原則としてある。
実際に年端も行かない子供を軍人にする事はない。本当にやっていたら悪い冗談にしか聞こえない筈だ。そう思っていた。
「同じ年ぐらいの娘は、まだ小学校だぞ…」
「それが普通だろう…」
事実、目の前にある現実は受け止めざるを得ないが、妻子持ちの将校からすれば複雑な心境にさせる。
「良心的兵役拒否をせずに志願したのは本当だったんだな…」
「ただの軍宣伝局が担いだプロパガンダ要員じゃなかったのか…」
大々的に喧伝された「小さな魔導師」に関しては宣伝局の出来の悪いプロパガンダという認識が多くあった。第169師団においても同様である。
「となると…北方戦役の件は事実になるのか?…」
「俺は半信半疑だな…普通はありえんだろう。」
「ありえん事が起こるのが我が帝国のお家芸だろうて…なら事実かもしれんだろ。」
北方戦役で生起した魔導士の不意遭遇戦の数々。
その中で注目を集めたのが、単騎での敵魔導士中隊との交戦記録。
1対18という勝利不可、生存は絶望的なのは確実と言える状況。
有るのは死のみ。
その中でありながら、敢えて近接格闘戦による猛撃を加え、最終的に捨て身の自爆行為で敵中隊を半壊せしめた恐るべき撃墜劇。
通称「天使の12人狩り」と称された空中戦は、もれなく宣伝局の格好の材料となった。
これについても意図的に作られた戦意高揚の紙芝居と思っていた。
ノルデンの現地部隊ならいざ知らず、北方戦役に介入していない部隊からした「またまた、大袈裟な話を」と苦笑いを浮かべて一蹴した。
なんせ、現実には有り得ない内容。
あり得る事と思えなかったのだ。
しかし否定していた事象が実際の現実として現れた時、甚だ疑いを持ちながらも受け入れてしまう心境は少々解せぬものがある。
「なら奴が噂のエースか…帝国軍史上最短最年少でエースになったという…」
「…空想が現実になったぞ。まるで合衆国のヒーロー漫画の世界だな…」
うら若き少女どころか、小学校に通う低学年くらいの幼女が新進気鋭の魔導師であり、エースである事の衝撃と動揺を表す者。
そして、生きて授与する者はないと言われる最上位勲章"柏付銀翼突撃章"保持者に対する驚嘆と畏敬の念を抱く者。
ここまで来ても払拭出来ない疑念を持つ者。
「所詮は子供、何が出来るだろうか?」という嘲りと侮蔑的な感情を視線で送る者。
ターニャとの対面に対して様々な心情を持つ将校達のざわめき。
ターニャからしたら、数え切れない程に遭遇した反応であり、テンプレ化したシチュエーションで慣れっこだった。
「(これだから幼女の体は不便だ…生理学的にも社会学的にも軍務に不適格だ。心理的には、この幼さは戦場で敵の意表を突けるが、それは味方にも同様に作用するのは厄介極まりない…)」
もし私が20代か30代の男性士官であったなら、このような事になるまいと思う。
一々驚かれ、ざわめかれ、一言二言何か言われる事もない。容姿で舐められる事もない。
何より一連の反応による時間のロスがなくなる。
直ぐに「任務ご苦労。では、本題に入る。」と上官が促してくれるだろう。
「(だがこの体である限りは、難しいかもしれんな…全く存在Xめ…元はと言えば奴の悪魔的所業の所為で!)」
先程まで抑えていた憤怒の炎が再び燃え上がる。
彼女が脳内で激情に駆られた罵詈雑言を放つ中、ざわめく幕僚達を制するかのように1人の将官が声を上げる。
「諸君、見苦しいぞ。静粛にせよ。」
作戦図の中心にいる最上級指揮官たる師団長の一声で周りは静まり返る。
この場の統制に成功した師団長は黒光るブーツをコツコツと音を立てながらターニャの目の前に立つ。
ゲプハルト中将は、身長180㎝くらいと帝国においては平均的な身長だが、対して140㎝程しかないターニャとは40㎝以上の差がある。
傍目から見たら祖父と孫のように見えるが、互いに帝国軍人であり、お互いに数は違えど戦線を潜り抜けた戦士である。
「貴官が銀翼持ちか…私がこの師団を統括するフィリップ・ミュラー=ゲプハルト中将だ。まずは、敵勢力下における単独での戦域航空偵察任務、御苦労だった…貴官の献身に感謝する。」
彼女の敬礼に対し、見下ろすように答礼を行い、威厳ある低い声で答える。
「はっ!ありがとうございます。師団長閣下。」
労いの言葉にターニャは溌剌と答えつつ、ゲプハルトを注視しながら師団の最高指揮官をどのような人間か分析をする。
恐らく年齢は50代半ばで、白髪混じりの初老。
痩せ型の顔だが、彫りの深い端正な風貌と鋭利な目元が相まって理性的な雰囲気を醸し出す。
ターニャと同じ青い瞳はリンのように青く光り、深い知性を宿すように見える。
細身で長身な体は洗練されたスマートさを持ち、身のこなしも気品を感じられた。
何より注目すべきは、胸元の略綬の数々。
これが意味する所は、軍務経験の豊富さと部隊指揮官としての有能さを示している。
そしてターニャは結論を下す。
「(師団長に相応しい、正統派の高級将校だ。50代半ばで中将なら概ね着実な昇進コースを貫いている。軍務経験は胸元の略綬を見れば一目瞭然。充分だ。)」
「(見ればアルサス従軍功労記章を2つ携えている。ならばこの地で実戦経験を積んでいる事の証。信用に値する上、話も進めやすいだろう。)」
かつて共和国と帝国間で生起したアルサス国境紛争。過去5年間で3回に及んだ大規模な局地戦で2回も参加しているなら、認識は違えども戦い方を心得ている筈だ。
側から見たら静謐な威厳が佇む上級将官の姿は、ユンカー(ドイツ東部の地主貴族)出身のプロイセン王国軍人を髣髴とさせる。
そのため保守的な将官の印象が強いが、身なりや振る舞いを見る限りは、軍人にありがちな高慢さや強情な態度は見られない。
それに私の容姿で、驚いたり侮蔑するような態度・言動は見られない事から、私を軍人として公平に扱ってくれる…
司令部の各将校達がざわめく中、声を荒げる事もなく一声だけで制した事から師団将校のコントロールは確実で上下の信用も構築されているだろう。
これから話をする上では、問題はなさそうだ。
だが、これはあくまで一瞥した限りの見た目の話であり、実際口を開いてみなければわからない。
見た目や振る舞いはよくとも、中身は暗愚というパターンはありがちである。
だから相手の気質を見分け、人を正しく判断する。そして状況に適切かつ簡潔明瞭に話を進める。それに尽きるだろう。
うん、結構面倒だな。わかっているさ、だがここまできたらやるしかあるまい?
皆さま、お久しぶりです。
一応、ようやくの更新です。
本当はあと1万字ぐらいあるのですが、文章の修正とか 区切りよくきれる部分がなかったので、ちょっと中途半端な形で投稿しました。
後はまた編集してから、投稿します。
そろそろ、あらすじ詐欺とか言われそうだから 早く上げたいけど、結局 話がながくなるんですよね。
色々ときっかけとか必要でしてね。余計に付け加えるのもあるのかもしれませんが。
とりあえず、暫しお待ちください。