戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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第15話 浮かび上がる危機

「かなり危険度が高い任務だったろう…逃げ足が速い戦術偵察機ならまだしも魔導師単体ではな。あまり、やるべきではないな。」

 

ゲプハルトは魔導師単独での偵察、観測斥候任務はどれだけの危険が伴うかを理解していた。

 

確かに魔導師は攻撃・防御・機動性がバランス良く多目的な任務に扱える。

 

だが逆に言えば、全体的に中途半端で器用貧乏なのが魔導兵科の欠点とも言える。

 

そのため魔導師を使うなら支援兵力として大隊ないしは中隊規模で部隊運用してこそ力を発揮する。

地上部隊との連携関係にあってこそ兵科の効果的な運用が可能なのだ。

 

「あくまで数が揃ってこその部隊運用が魔導師だ。その前提を覆す小部隊の分散投入、捕捉されやすい支援任務に従事させるのは、いたずらに魔導師を消耗させるだろう。」

 

単独行動になりがちな偵察・観測斥候を行わせるのは、まさしく「死んでこい」と言っているのと同じと認識していた。

 

兵器の喪失なら、まだ予備の替えはある。

重工業生産能力が高い我が国ならば、まだまだ替えは大量に作れるだろう。

 

だが、魔導師ならそうはいかない。

魔導師は、その運用方法から基準に見合う魔力を持たなければならない。

さらに航空魔導師として必要な航空制御と術式展開可能な能力を持つ適性人材を振るいにかけて捻出しなければならない。

そして約2年間かけて魔導師専門の教育を受け、危険な訓練を重ねて、モノになる。

あくまで新人の最低基準としてだ。

戦力化するには部隊勤務に於ける経験が必須で、これも人によるが最低は2年は必要だ。

合計4年の過程を経て、ようやく第一線で立てる兵力になるのである。

 

それを鑑みれば、魔導師は元の希少性が高く、替えは少ない。

だから、なるべく人材価値の高い魔導師の消耗は極力抑えなければ、ならないのだが…

 

現実は、魔導師達をいるだけ最前線に無作為かつ乱暴なやり方で投入しているように見える。

 

国家存亡の一大事とういう状況が状況だけに、やむを得ない面があるのは理解している。

 

だが、予備戦力のない貴重な魔導師をダース単位で摩耗させるならば、これは愚かな手段である。

 

だからデグレチャフ少尉のような幼い魔導師がツケを払わされている。

 

それに本来、教導隊所属の技術支援要員は戦線に投入してはならない。

帝国の軍事技術の発展に寄与する研究任務を停滞させてしまうからだ。

扱うべき場所と環境を間違えているのだ。

 

「(だがそんな幼い彼女の力にも頼らなければならないのか…我が国は意外と脆い存在かもしれん。奴の警鐘は間違いではなかったか…)」

 

ゲプハルトは、過去に帝国軍の脆弱性を強く指摘した外国人将校がいた事を思い出す。

 

大体4年前ぐらいだったか

参謀本部が主催する戦略計画会議でこの点について発言した人間がいたことを…

 

内容は「多方面で展開する内線戦略はいずれ破綻し、帝国に敵の侵入を招く恐れあり」と

 

そう彼は警鐘を促し加えて「早急に緊急展開可能な独立混成旅団の編成と陸軍の全体的な機械化が必要である」と発言した。

 

これについては当時の参謀本部からは、「極端な悲観論」として一蹴されてしまった。

彼等からすれば、そう結論できる材料は確かにあった。

 

一国の軍事力に匹敵する各方面軍の精強さ、精緻に組み上げられた戦略と人体の神経の様に張り巡らせた鉄道輸送網が破綻するとは思わなかった。

 

私もその1人だった。

 

一部の参謀将官からは一考に値すると評価し、彼の機械化理論に基づき試験部隊の編成と内線戦略の見直しを現本部参謀総長ルートヴィヒ中将に求めた。

 

だがルートヴィヒ中将は「修正の必要はあるが、全般計画を変えるまでも無い。」とし彼の唱えた全陸軍の機械化理論は戦略研究所の軍事的な課題として採用はするという扱いになり、声を上げた警鐘は隅に追いやられてしまった。

 

今思えば、あの時、全面的にとは言えずとも真剣に論議していれば状況は変わっていたかもしれない。

 

ゲプハルトは1人悔いる感情が湧き起こる。

だが過ぎてしまった事は、どうしようもない。

 

その一方でターニャはゲプハルトの言葉を聞き、「(まさしくその通り。今の言葉をそっくり、そのまま上層部に叩きつけてやりたい。)」と思うのだった。

 

上層部の指示で、どれだけ痛い目を見てきたか。彼女からしたら様々な理由があるにしろ、今のやり方でいけば身が持たない。

 

魔導師全体に言える事ではあるが、エリート兵科の1つであるのに扱いはボロ雑巾に等しい。

「この戦いが終わったら」というフラグめいた台詞を言うつもりはないが、本国に帰還したら魔導師の労働環境改善を要求し、合わせて魔導師の運用条件、戦術についても一考すべきだ。

 

戦線の地上軍支援という大きなカテゴリーで味方部隊の航空支援、敵地上部隊の遊撃、敵魔導師の掃討、砲兵部隊と連携した観測任務、航空管制を兼ねる偵察任務などなど…余りにもやるべき仕事が今の魔導師には多すぎる。

 

戦場の多能工とも言える便利屋扱いでは、オーバーワークは必至である。

戦死せずとも過労死は確実だ。

全てがすべて魔導師で業務をこなす必要はない。

やるべきは、魔導師の運用ベースを規定し、ガイドラインを作る事だ。

更に区分けされた分業化を進める。

魔導師じゃなくとも出来る業務は代替させ、負担を減らすようにしなければならない。

 

魔導師の労働改革を行う事を固く誓おう。

 

とはいえ現状が如何に理不尽な扱いだったとしても任務は任務だ。

ただ不平不満を喚きちらすのは、無能の証なのだ。

 

「それでも任務ですから…しかし私の不手際で、円滑な敵情報告が出来ておりませんでした。申し訳ありません。」

 

本心で言えば、不安定な敵勢力下で高まる危険なリスクの中で肝を冷やしながら単独偵察したのだから「そうそう、もっと私を褒めて!」と言いたいが…そこまで私は子供ではない。

 

ここは敢えて、謙遜な態度を取りつつ、自分の不徳な部分を補足しよう。

 

事実、有限な時間を無為に消費してしまったところもある。言い訳は出来まい。

 

「混信する無線状況と敵の電波妨害による弊害だ…やむを得まい。その状況下では、充分な働きをしたと言える。」

 

「恐縮です。」

成る程、ゲプハルト中将は置かれている現状から正しく評価出来る人物のようだ。

上司としては、申し分ない。

 

「それにだ…」

ゲプハルトは、額に眉間にシワを寄せ話を続ける。

 

「アルサス・ラレーヌ戦線の後方地域で、敵の非正規部隊による撹乱作戦が展開されてるとの報告が入っている。」

 

「それは本当でしょうか?」

ターニャは険しい表情になる。

既に敵は、我が帝国の後方を突いているという事実。

内心信じられない気持ちに一杯になる。

「そんな、馬鹿な」と口に出そうになったのを抑え、平静さを保つ。

 

「ああ、不確定な部分が多いが間違いないだろう。規模は不明だが、恐らく小部隊による工作員部隊と推定する。主に野戦管制所、通信交換所、兵站地域、輸送網の破壊と妨害を多岐に渡って受けている。」

 

それを聞いたターニャは、自然と納得する。起きている事態が現実のモノと理解し、疑念を払拭するには時間はいらなかった。

 

信じるにたる明確な証拠があったからだ。

 

「(連続した野戦管制所の音信途絶…不審だと思ったが、原因はこれか!)」

 

比較的安全地帯にある筈の野戦官制所が繋がるどころか、突然と途絶した状況は訝しげに思っていた。

 

その原因は、共和国の重砲による間接射撃若しくは帝国領空を強行突破した敵爆撃機による強襲によるものと考えていたが…

 

実際は、敵工作員部隊による破壊工作。

この事実は密かに共和国奇襲攻撃と同時に仕掛けるために、長らく準備していたと言う証明だ。

 

恐らく長期に潜伏していたスリーパー(一般人や工作対象組織構成員などになりすます者)が多数いたのだろう。

帝国は共和国にとって仮想敵ではなく、実質的かつ明確な敵国だ。

それくらいやっていてもおかしくはない。

 

確かにアルサス・ロレーヌ地域は、反帝国派親共和国派の勢力が潜在的に多くいる環境だ。

 

彼等の協力が得られる形なら潜伏するには、格好と言えよう。

もっと早く気付くべきだった。

転生者が持つ強力な特権、前世の知識継承者からすれば、この事態を予測出来ないのは不覚である。

 

自らの思考能力が錆びついている事を恥じるあまりである。

 

しかしながらスリーパー供が多数おり、活動しているなら更に起こるべき事態は予測できる。簡単な話ではあるが…

 

「では反帝国派の地下組織も共同連携し、後方地域の壊乱に迫る可能性が高いでしょう。鉄道線の寸断、橋梁の爆破、補給部隊への襲撃も企図されるでしょう。」

 

スリーパー供が土地勘がある現地民兵の源を使わないわけがないのだ。

 

反対勢力はスリーパー供の軍事教練により半ばパルチザン化していると予測される。

よく言われるレジスタンス運動の一部に適用される。

 

一般に言えば、第二次大戦のナチス・ドイツ占領下における各国の抵抗運動が有名だろう。その認識で正しい。

 

非正規戦の遊撃隊となる彼等は、輸送路の破壊、敵戦線の背後で通信を妨害することや、前線基地として使われた拠点や村を襲撃、輸送部隊を奇襲することを目的とする。

 

それにより敵側は、兵力を分散して軍事行動の拠点を守らざるを得なくさせる事が可能になる。

 

敵からしたら急所に針を刺されるもので、致命傷になり兼ねない。

 

「貴官が指摘した通りだ。実際に帝国領内の鉄道路線が8箇所、爆破され寸断されている。恐らくもっと多いかもしれない。一部の橋も破壊されたとの報告もある。」

 

特に帝国の対戦相手は、フランスによく似た国柄のフランソワ共和国だ。

 

世界線は違えど、国もやる事も似通うものなのだろうか、面白くないものだ。

 

「そのため敵工作員部隊とゲリラの掃討の為、南部戦線から相当数の魔導師を引き抜いた。ここコルマールも例外なくな。」

ゲプハルト中将には、悩みの種が根強くあるのを自覚してか額に手を当てる。

 

ここに来て、ターニャが抱いていた疑問も解消される。

 

コルマール管区で一向に味方魔導師を確認出来なかった異様な状況は、電波障害による弊害ではなかった。

 

共和国の後方撹乱作戦を潰すために投入されたのだ。

問題を可及的速やかに解決するには、火力が高く緊急展開能力に優れる魔導師を使うのが最適な手段だ。

 

後方の地上部隊を分散投入するには、時間がかかりすぎるからだ。

 

ならば魔導師を掻き集め掃討したほうが短時間で事態の収拾は可能。

 

利口だと思うが、反面魔導師の支援を戦線部隊は受け入れなくなる。

 

逆にそれが狙いなのかもしれない可能性もある。

 

「とすると事態はかなり深刻ですね。」

 

「ああ、我々は着実に追い詰められている。」

 

そう考えていくと1つの疑問がターニャに浮かび上がっていく。

 

過去に3度に渡る国境紛争で、何故スリーパー供は活動を表面化しなかったのか?

 

ターニャは脳を高速回転させ分析する。

 

第1次〜第3次アルサス国境紛争では、結果で言えば帝国軍が勝利を収めている。

たが中身を開けば、局面によっては帝国側が危うい立ち場に立たされた時は幾度もある。

 

帝国軍がたじろいだ隙を突いて、後方策源地を襲うなり、反対勢力を扇動し帝国の作戦遂行上、混乱を狙う撹乱作戦も展開出来たはずだ。

 

しかし、そうはせず、動かなかった。

共和国の敗退を黙認していたというのか?

 

何故だろうか?

答えられる事は1つだけターニャの頭に浮かび上がる。

 

「(全ては、この時のために、そのために準備していたというのか…共和国は!)」

 

そう見ていくとアルサス国境紛争も共和国のブラフとも思えてくる。

 

「(国境紛争すらもこの時の為の大掛かりな下準備であり、帝国の実力を図る威力偵察だったということか?)」

 

そう仮定すると、彼等共和国は第1次アルサス国境紛争の時から5年掛けて戦争計画の発動を進めていたとなる。

共和国にとって、その時から今の戦争を始まっていたのかもしれない。

 

ならば協商連合国の強硬な対帝国政策で陸軍を進駐して来た背景には、共和国の強い意向が働いたからと言えるのではないか?

 

協商連合の矮小なナショナリスト達の自己満ではなく、帝国の反応と行動を読んだ上での進駐。

あくまで帝国の動員計画を発動させ、その注意を北方に惹きつけるためだとしたら。

 

「(大袈裟な思考の飛躍か?…だが辻褄は不思議とあう…仮定が本当だとしたら、共和国め、かなり老獪な事をしてくれるではないか!)」

 

帝国は、組み上げられた対帝国包囲網を崩し憂いを断つため、協商連合に主力部隊を投入しての逆攻勢を始めた。

 

その結果、西部方面軍は戦略予備を事欠ける状態になる。

 

そして、西部戦線全体は共和国の奇襲が全国境で行われる。

 

圧迫に耐えきれず帝国軍は、後退を重ねた上、祖国存亡の危機とも言える状況に陥っている。

 

過程を見れば、共和国に利する点が多く見受けられる。

 

「では共和国の認識を改めなければ、なりませんね。」

 

私が知るフランスと違い、搦め手を使う老獪さと相手の意表を突く戦略計画を作れるらしい。

そして、実行能力にも秀でている。

 

「そうだな。まずは我々の現状を解消しなければならない。」

 

ゲプハルトがそう語るとターニャを作戦図の前に促す。

 

「では、本題に入る…貴官の提案だが、具体的に聞きたい。」

 

強敵ならば、帝国に立ちはだかるにたる実力を持つならば、相手にとって不足はない。

 

なぜなら、心理的に強い敵と認識すれば悩む事なく殺しやすいからだ。

 

強大な敵には、人間はかえって躊躇いなく銃を撃ち、銃剣を刺し、砲弾で耕す事が出来る。

 

そう強大な敵と認識すれば、生身で同種の人間という意識を薄くしてくれるからだ。

 

精神衛生上、極めてよろしいと言える。

ならば徹底的に潰してくれよう。

誠に憂いなく確実に叩き潰し、アルサス平原を血染めに染め上げて見せようではないか。

 


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