戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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第16話 ターニャと砲兵

「…了解です。その前に確認ですが、砲兵連隊の現有戦力について確認を求めます。」

 

さぁ、諸君!

内容を話す前にやるべき事はご存知だろうか?

 

まず把握しなければならないのは、現師団隷下の砲兵残戦力だ。

 

第169歩兵師団は正規の完全編成部隊である事は間違いない。

 

だが、敵地上軍の執拗な攻勢と空爆による損耗がある事も間違いようのない事実としてある。

 

戦術的な遅滞防御を繰り返しての後退は、かかる師団に兵員・装備の消耗を強いられているからだ。

賢明な諸君らには、これくらい愚問であろうがな?

 

特に砲兵部隊については第一線に立ちながら味方部隊を支援しながら時機を見て陣地変換(別陣地の移動)を行い、後退しなければならない。

 

そして砲兵部隊は、敵味方共通してある重要攻撃目標だ。

 

しかるに砲兵の重要性に歴史的に痛いほど理解している共和国軍がみすみす「はい、どうぞ」と手を振って見逃すはずがない。

 

それに砲兵部隊が移動している最中が最も無防備で碌な反撃も出来ない弱小動物に成り下がる。

攻撃を掛けるなら素晴らしい状態だ。

 

何故か?

 

野砲を馬なり車両で牽引している状態からの組織的な抵抗など不可能に近い。

砲を牽引している状態を解除し、人力で砲架を地面に据え、計算機や弾薬を用意して射撃準備完了までにかかる所用時間は約20〜30分だ。

 

神業の練度を持つ熟練砲兵でも最短10〜15分はかかる。

かつての我が祖国、陸自特科教導隊所属の小隊陸曹から聞いた話だ。

現代装備の兵器を装備し、世界水準の練度を持つ彼等でさえそうなのだ。

 

昼寝するぐらいの時間を敵は待つだろうか?

戦隊モノで登場する悪の幹部や怪人でさえ、痺れをきたして攻撃するに違いない。

 

では仮に自走砲ならば、即反撃可能かと言えばそうではない。

 

小銃のようにサイトで敵を照準して引き金を引けばいいような簡単な代物ではないからだ。

 

野砲による射撃には、砲の操作員、目標の情報を送る観測班(FO)と目標座標・標高・敵の規模などを「射撃要求」として計算する射撃指揮所(FDC)との三者連携があって初めて射撃が可能になる。

 

では直接照準なら可能か?

可能かもしれないが、攻撃されている最中に目標地域の測量計算と目標そのものを捉える弾道計算などをほぼカンで対応できる人材がどれだけいようかという根本的な問題が表面化する。

 

だからだ。ただ射撃をするには、砲兵は他の陸軍兵科に比べて多くの時間と労力がかかるのが難点だ。

 

この点を踏まえて考えれば、自ずと結論が出る。

敵の強襲若しくは不意遭遇戦に移動中の砲兵が巻き込まれれば、それは大体積みである。

 

例外は、戦史を紐解けばあるにはあるが参考にならない。

あまりにイレギュラーすぎるからだ。

 

だから、ほぼ無抵抗の状態な砲兵を空爆なり砲撃なり加えれば充分な損害を与えられる。

 

加えて移動を繰り返し後退する事は、常に砲兵用の堅牢な耐爆陣地が準備されているわけではない。

予備の砲兵陣地を後方に幾つも上手く用意出来る程、南部戦線の帝国軍には人的資源の余力は現状ない。

なにより築城する時間がない。

 

あるんだったらジークフリート線やマジノ線が出来てしまうだろう。

まぁ、これはジョークだかな。真に受け止めないでくれよ諸君。

 

実際、土嚢が積まれている急造陣地が大半と見るべきであり、それすら作る余裕が無く裸の状態も多くあるはずだ。

 

そのため塹壕地帯にある砲兵に比べ損耗度は高くなるだろう。

 

例え、それが首尾よく奇跡的に小さな被害だったとしても度重なる小さな被害が募れば、統計すれば大きな被害を被っている現実を浮かび上がらせる。

塵も積もれば、何とやらだ。

 

だから野砲の損耗は確実で、最悪大隊規模の損害が出ていても不思議ではない。

足の遅い重砲がなりより心配だ。

 

この現状を確認せずには、作戦など成り立たないのだ。

これを無視して立案された作戦は作戦ではない。

机上の空論であり、余りに愚かしい。

これも例外として辻ーんあたりが、やりそうだが。

 

「よかろう。敵の砲撃、空爆で破損した10.5㎝榴弾砲7門、15㎝重榴弾砲5門以外なら全力砲撃可能だ。」

ゲプハルト中将は意図を察してか、端的に戦力説明を行う。

 

それを聞いたターニャは、微妙な感情を胸に抱く。表情に出しはしなかったが。

 

現砲兵戦力は10.5㎝榴弾砲17門、15㎝重榴弾砲7門で合計24門は使える。

 

確かに使えるが、やはり少ない。

組織的な砲撃は可能な範囲と言えども、砲門数は大きく制限される。

逆に考えれば、まだ全力砲撃を行え効果をもたらす最低限数はあると見るべきか。

 

私が考えるプランで対応できるだろうか?

だが戦争とは、100%の準備で行えるような都合のいいものではない。

戦争とは、完璧かつ万全を帰せない。

必ず何がしか欠けてしまうものだ。

それが出来るのはチート設定可能な架空戦記モノだけだ。

 

状況が守勢なだけに妥協せざるを得ないだろう。

 

「了解です。それならば、まだ充分な火力戦闘は可能と見るべきでしょう。」

 

そう一言を置くとターニャは自らが短期速成したプランを提示する。

 

「では説明します。ある程度は把握されていると思いますが…砲兵連隊による急襲攻撃を実施。キンツハイムとジゴルスハイム間の平原で展開する敵師団砲兵を叩き潰します。射法は地帯射撃(目標エリア丸ごと射撃する方法)を採用。偵察で得られた情報から砲兵連隊の位置から充分対応です。」

 

「この地域で展開している敵砲兵は平面的に広範囲に展開している事から精密射撃を廃した射方を選択すべきと思います。」

 

共和国の砲兵布陣は、綺麗な三段砲列だった事をしかと目にしている。

ナポレオン以来の砲列体系は伝統的に染み付いたかような陣形だ。

 

だがナポレオン時代のような密集砲列ではなく、平面的に広正面で展開しており一点集中砲撃では溢れが生じ、余り効果はなさそうだった。

 

ならば定点射撃によらず、敵砲兵が布陣するエリア丸ごと叩くのが一番効果があると判断したわけだ。

 

「これにより精密性が低い重砲の威力を発揮するでしょう。加えて高い仰角で射撃可能な榴弾砲が主体なので、敵砲の破壊並びに砲操作員の殺傷も可能かつ容易と見ます。」

 

「そしてコルマール管区の砲兵連隊は、敵砲兵からは榴弾でも有効射程外であり、それ以前に敵砲兵は間接射撃が不可能です。」

 

「ほう、それは何故かな?」

ゲプハルトは首を傾げながら、興味深くターニャに質問する。

 

「敵師団砲兵の主力装備は、優秀な75ミリ砲ですが、その野砲には欠点があります。」

 

世界で始めて革新的な駐退複座機を装備したこの野砲は高い速射力と精度を兼ね備える傑作品。

 

いわば、大砲の一大革命児で今に繋がる様々な砲の数々はこれから派生している。

伝統化した大砲、重砲、火力主義に傾倒する帝国も例外ではない。

 

その影響は、戦艦で言えばドレッドノート級、戦車ならT-34ショック並みと言えよう。

 

だが天は二つ与えたとも言うべきだろう75ミリ砲には、やはり欠点がある。

こちらに利する形の弱点が。


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