戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 作:リースリット・ノエル
「地帯射撃による急襲攻撃を軸と考えるならば、速射性に秀でる中口径砲を集中的に使用すべきだ。両砲兵大隊は、共に敵砲兵を狙える有効射程内にあるのだからな。」
ベーレントは、綺麗な白手を付けた手で指揮棒を鞭のように振るい、作戦図にある2つの砲兵大隊を指し示す。
「地理的に見てもローゲルバッハの砲兵大隊は市外郭北西部に前面展開し、ホウッセンの部隊はロザンクランス北部に陣地変換済みだ。
この2拠点に展開する部隊は、共に敵師団砲兵を指向(射撃する方向)でき、明瞭な射線も確保できる……挟撃しての集中射撃が可能だ。」
彼は、両砲兵隊の地理上の交点となる敵師団砲兵(キンツハイム・ジゴルスハイム間の葡萄畑・平原)の位置を指揮棒でトントンと叩き示す。
ベーレント少佐からすれば、敵を確実な有効射程内に捉える砲撃が正道であり、常識だ。
それは1つ原則と言ってもいい。
それを違える最大射程の砲撃は、弾着が散らばりやすい上、効果の程は未知数である。
寧ろ、貴重な大口径榴弾砲の砲弾を擦り減らす無駄でしかないと彼は考えていた。
「その方が敵師団砲兵の壊乱を狙えるだろう。敵の砲列を乱し、統制を妨害するる上でも効果的だ。」
明らかにターニャと反目する姿勢を取り続ける。
彼は、自らが持つ砲兵の知見と技術は、野戦における常識と乖離しない事を指針としている。
あくまで戦いには変わらぬ原則があり、それを元に追求した策を弄する事が重要であると。
「確かに敵有効射程外からの極長射程によるコルマール砲兵連隊の一斉射撃は敵砲兵に混乱を呼び起こす。15㎝級の重砲もその威力を発揮できるだろう。だが……」
しかし砲兵連隊は、コルマール管区中心地から見て北東部にあるドルニッグ通り沿いで布陣している。
長射程かつ重火力を持つ第230砲兵連隊であっても、どう見ても敵砲兵から距離的に遠過ぎる。
「その効果は一時的なものに過ぎない。 榴弾砲による最大射程射撃は、散布界が大きすぎる。修正射撃による調整も榴弾砲の装填時間を加味すれば、労力と時間がかかる。
その間に彼らは部隊統制を回復するだろうな。なにより急襲の利を継続して活かしにくい。」
例え、砲兵連隊の火力が強力だとしてもだ。
一定精度の砲撃を一気に集中させなければ、砲撃自体が無意味になりかねない。
中途半端な砲撃は、弾薬の浪費でしかない。
それをコイツが、子供が理解出来ているとは、思えなかった。
秀才と呼ばれる程の見識をこのデグレチャフという奴が持っているとしてもだ。
所詮は付け焼き刃のモノに過ぎない。
言えばディレッタントだ。
宣伝局のプロパガンダと軍上層部の過大評価には、困ったものだ。
兵科が全く異なる外野が、提示する戦術など現実を無視した荒唐無稽の策にしからならない。
ベーレントは、少々息巻きつつも最後にこう付け加える。
「貴官の専門外だから、やむをえないだろうが…あらゆる点から俯瞰すれば、無理にコルマール砲兵連隊を使わずとも良い。使うならば、アンマーシュヴィア南東で進撃体制を整える敵歩兵師団に対して運用すべきだ。」
「敵師団砲兵は、ローゲルバッハとホウッセンで叩き、コルマールの砲兵連隊で南下するであろう歩兵師団を叩く!…これが現状に即した最適解であると私は自負する。」
そう言い終えると、ベーレントは指揮棒を置き、胸を張り直す。
あたかも勝利を制したが如く。
実際に彼は、この時点で戦術の論理で勝利を得たと確信し、自らの正当性をターニャと比較して再確認する。
それは、他とは格が違うエリート砲兵将校の一員であり、専門家たる強い自負心から来る高慢の片鱗でもあった。
それに対しターニャは、一通りの説明を聞きながら「確かに……」と一言発したのみで、それ以外には、無反応に等しいものだった。
彼女はベーレント少佐の個人的な感情や恣意的姿勢には、一切見向きもしない。
恐らく、気づいてもいないだろう。
仮に気づいても全く意識を向けはしないだろう。
その点は鈍感とも言えるが、彼女の非人間的な思考の一面がそうさせているとも言えた。
可能な限り、私的感情を廃し、利己的に活動をするのが彼女のモットーであり、そうやってずっと生きて来たのだから。
その為、人間が持つ他者に対する個人的感情を察するという行為は、無用な優しさであり、不必要な労力と位置付けた。
もちろん彼女は、そう完璧に律せれる程ではない。
ある程度の人間味が滲み出るが、人には見せず、なるべく一瞬思うだけに留め、出来るだけ忌避しようとしている。
やるにしても必要最小限でしかやらない。
それも業務遂行の為、コミュニケーション上の一環の為という形であり、しかも彼女の利益基準の振り子が「配分的に己に利する」と判断した場合という条件付きだ。
彼女はそういった人間である。
自身が歪んだ性格と言っている一つの側面だ。
だから彼女からすれば、正規教育を受けた砲兵幕僚が導き出す戦術論としては、「まぁ、一理あり」とした程度にしか受け取っていない。
「(砲兵師団幕僚として真っ当で無難な意見であるが、前線砲兵を犠牲にする前提だ……帝国式の遅滞防御戦は、一定数の部隊損耗を必ず引き換えにするものだ……好みではないな。)」
「(しかも二つの砲兵隊は、陣地を変えた…敵砲兵との彼我は約5〜6キロ範囲…より危険度が増している。敵砲兵どころか最悪、戦車・歩兵部隊に捕捉され兼ねない。数で圧倒すれば、可能だろう。)」
そうだろう?諸君と言うようにターニャは、思う。
あくまで利他的理性を尊ぶターニャがこの世界で嫌うものは何百もあるが、最も嫌悪するのは戦争だ。
戦争は、非建設的な破壊しか持たらさない。
無作為に莫大な資源を浪費する無益な経済活動は、効率や生産性を度外視し、国家に多くの負債を背負わされる。
特に将来の経済活動で有用となる人的資源を根こそぎ消耗させる行為を最も嫌った。
だからこそ彼女は、ベーレント少佐の描く帝国式遅滞戦術論に冷ややかな印象を抱く。
砲兵部隊の運用は、砲の操作員から射撃班長、現場射撃指揮官、観測員、測量員などなど多種多様な特技を持つ人材の集合体だ。
これらを一から教育育成し、部隊として戦力化するには帝国基準では通常3〜5年かかる。
速成教育で無理矢理完了させるにしても6ヶ月〜9ヶ月かかると言われる。
これは、砲兵に限った話ではないが、何事も一から作り上げるのは時間が掛かるのだ。
特に今後の防衛戦で要となる砲兵部隊をいたずらに消耗させるのは、戦局から見ても非合理的。
特に正規教育を完了し、部隊経験を積んだ部隊なら尚更である。
貴重な人的資源の消耗は出来るだけ抑制しなければならない。
根っこからの個人主義かつ自由市場主義者であり、人の合理性を徹底的に信奉するシカゴ学派の徒。
強固な理性者とする彼女からすれば、当然の反応と見解を持たせる。
だから彼女は、意見する。
「この二つの砲兵部隊が共同して挟撃射撃を行えば、有効な効果を得られます。砲兵運用上、妥当かつ適切です。」
ターニャはまず、ベーレント少佐の意見に素直に受け入れる。
「(交渉などの話し合いに際し、他者の意見を最初から否定するのは、暴虐もいいところ…まずは、一定の理解がある事を素直に示しながら、自身も共通した認識を持っている事を相手に伝える事から始めなければならないな…)」
「(特にベーレント少佐は、見るからに典型的な帝国製エリート砲兵将校……下手な強硬論を唱えれば、こちらが大火傷しかねない。)」
それに加えて、彼が説明した通り、二つの砲兵隊が展開する地理的条件から考えれば、妥当かつ適切と言えたからだ。
そこだけ見ればだ。
「投入できる77ミリ砲は、合計45門以上とし、全ての砲が稼働出来る状態ならば、条件の最低基準をクリアした戦力です。77ミリ砲の速射性を考えれば、不意急襲攻撃に最適です。」
単純に計算すれば、77ミリ砲45門による1分間の全力砲撃は、約450発程に達する。
火力投射性から見ても充分と言えなくはない。
そう思える…だが、しかし問題は幾つかある。
「ですが、両砲兵隊が装備する77ミリ砲は旧式野砲の改造品。性能上、敵の75ミリ砲に対して苦戦を強いられる事は明白です。」
帝国の主力野砲の1つだった77ミリ砲。
正式名称7.7 cm FK 96 nAは、共和国の75ミリ砲に充分対抗出来る戦力とは言えなかった。
ここからターニャの反攻勢が始まる。
「まず速射性は、毎分10発と帝国が持つ野砲の中では連射速度 第1位に輝きますが…対して75ミリ砲は毎分15発と連射速度では、この点で共和国に軍配が上がります。
もとより共和国は、精度より徹底した速射による弾幕砲撃を重視していますから、この場合で見ると火力で撃ち負けます。」
実際、このFK96 nAは前世における第一次世界大戦では連射速度に勝るフランスの75ミリ砲に極めて不利な戦いを強いられている。
その状況を打破するには、大戦後半に射程距離を延長した7.7㎝ FK16の登場を待たねばならなかった。
ちなみに、この世界においては、このFK16は既に登場している。時代的基準から見れば、当然であろう。
その際、大量のFK16が旧式となったFK 96 nAと主力の代替わりとする形で各砲兵隊で装備更新が進んでいる筈だが……全ての更新を終えていないのが実情だ。
我が帝国陸軍の母体は、余りにも巨大すぎるマンモス企業だ。
新式小銃や拳銃を陸軍主力歩兵部隊に対し装備更新するのにも早くても3年かかるのだから。
製造コスト・製造期間・砲兵部隊の機種転換訓練により時間がかかる野砲なら尚更だろう。
その為、不足分のFK16の穴を埋めるため旧式のFK 96 nAがまだ第一線で使用されている。
その代わり、この世界の帝国ではFK 96 nAは約4年前に行われた「第一次三軍統合整備開発計画」により延命処置がなされている。
どこかで聞いた名前だな。
発案したのは、技術系の野戦参謀という帝国では珍しい人種と人事参謀という不思議な組み合わせ。
計画統括責任者は、対外軍事顧問団の1人 ファルケンハウゼン大佐というこれまた不思議な組み合わせだ。
謎である。
とりあえず、この計画の発動により直接照準射撃型のFK 96 nAは、砲の俯仰角が約15度と浅さを改善。
最大約35度まで調整可能になり、間接照準射撃に対応できるようになった。
あわせて対戦車戦闘に対応できるように砲身長を延長し、長射程・高初速化を狙い、新式照準器を装備している。
逆に言えば、これを対砲兵戦より対戦車戦闘に使ったほうが有用だろう。
まぁそれは、また後の話だ…
速射力・投射火力の差が不安材料とするターニャの考えにベーレントは問題ないとする姿勢で、意見する。
「確かに敵の速射性の優位があるのは認めるが、5発程度の差ならば、重大な性能差とは思えん。常に最大連射で撃つわけではないだろう。」
ベーレントの意見には一理あったが、ターニャからすれば性能差の軽視は、聞き捨てならないものだった。
「少佐が仰られるとおり、射撃状況により常に最大連射を発揮しうるものではありません。ですが、敵砲兵の組織的抵抗力を加味すれば、連射能力の差は致命的になり兼ねません。」
毅然とした姿勢で反論するターニャにベーレントは、顔を僅かに顰めながら次の意見を出す。
「こちらが先手を打ち、急襲すれば敵砲兵の行動を妨害し、混乱を誘う事が出来る。さすれば、自慢の速射による弾幕は完全には発揮出来ないどころか、反撃にも統制が聞かぬと思うが?」
「…それについても理解をしますが、あくまで最低基準の戦力による効果は、限定的と見るべきです。仮に速攻による地帯射撃を採用すれば、2〜3割は行動不能に追い込めるでしょうが、初期の段階で指揮中枢を完全に麻痺、破壊が出来なければ、敵砲兵の組織的反撃は可能と見るべきです。」
「それに敵は増強された師団砲兵です。私が敵情をざっと見た砲の数は約90門以上。その点から考えれば敵の投射火力は圧倒的で、その有効射程内にある味方砲兵は力ですり潰されてしまいます。」
敵増強師団砲兵の投射火力…これも単純計算すると、1分間での全力射撃は約1350発に達する。
砲の摩耗度や操作する砲員自身の戦場疲労もあるから、必ずしも正確ではないが。
それでも彼等からすれば、ただ撃つだけなら1門につき1分間で10発ぐらいは余裕で、少々射撃調整しながら撃つ形でも7〜8発はいけるかもしれん。
どちらにしろ膨大な火力になる事は避けれない。
「そして敵砲兵師団の展開地域周辺に観測梯を確認出来るだけで6箇所、設営されています。これによりローゲルバッハとホウッセンの部隊が砲撃時、敵砲兵観測情報班に視認される可能が高いと思われます。」
観測梯とは、砲兵が使用する観測機材の1つで、高さ約8〜9メートルに達する鉄塔のような臨時設営可能な観測所。
観測機がなく、観測気球が使えない場合、この観測梯を使用した。
「仮に地上で直接見えなくても、ある程度の高さからの目があるならば、視認は可能です。
例え、偽装・隠蔽を施していても砲撃時の硝煙、閃光、音響で位置が特定される可能性が高いでしょう。」
特に敵砲兵に対し、5〜6キロ範囲内で展開する二つの砲兵隊は、一度特定されれば危なかった。
「こちらが初弾を放ち、試射・修正射撃を行い、効力射を行っている間に敵師団砲兵に総力反撃を受けるのは確実です。
彼等の対砲兵戦における対応能力は迅速かつ俊敏です。間違いなく大きな損害が出ます。
実際に過去の国境紛争では、我が帝国砲兵隊は出血を強要されました。」
共和国の対砲兵戦における対応は、極めてシンプル。
ー 見敵必殺、徹底集中砲撃戦。倍にして返せ。犠牲の先に勝利が待っている。ー
共和国陸軍の権威的存在 フェルディナール・ブッシュが1914年に出した著作「戦術的概論 攻撃戦」で記された対砲兵戦における考え方だ。
元々は、極めて難解な概要を要するものだが、意訳するとこうなる。
とりあえず敵砲兵がいると思ったら、その場所を丸ごと耕そうという方針である。
ある程度の犠牲は構わず、速攻で反撃する事を旨とし、最終的に数と量にものを言わせた火力と兵士が持つエランの精神力で優位に立つというものだった。
筋はいいが荒削りで強引、精神性に縋る非合理な論理だが、当時の軍部の方針と伝統的に命知らずの共和国砲兵隊には合致する論理だったため、「攻撃戦」で記された戦術を採用して砲兵戦で運用している。
実際、アルサス・ラレーヌ国境紛争で行った共和国軍の対砲兵戦で精度は高いが速射に劣る帝国軍砲兵隊は、その血を流し苦しめられている。
「実際に私が見た過去の実戦資料では、『共和国の二個砲兵連隊相当 推定70問以上が対砲兵戦において偽装を施した我が砲兵隊に対して、全火力で持って反撃射撃を開始に要した時間は10分を切っていた』と言われています。」
中には、5分で反撃された例も確認されている。
無論、共和国砲兵隊に多くの損害が出たのは確実だが、犠牲を無視して敵砲兵を潰すという方針なら目的は達している。
全ての部隊がこの水準にあるわけではないし、どんな時でも火力を集中出来るわけではない。
だが、対応できる基盤はあるのだ。
これは無視できない事実。
受け止めねばならない。
「その点から考えるに共和国の砲兵部隊は、精度は別として敵の奇襲や攻撃に対して俊敏に対応出来る統制力と組織力がある部隊と見るべきです。」
ターニャはそう話しつつ、ふとよぎる疑問があったがそれを考えるいとまは無く、話を続けねばならない。
「確かに少佐が仰られる通り、機先を制して戦いを挑めば、敵師団砲兵は混乱し、行動を妨害出来ます。
敵が応射、反撃する時間も多少は遅れるでしょう。
上手くいけば半数は、やれるかもしれません。これは結果的にです。
それでも最終的には数や火力の上でも優勢な敵砲兵に確実に撃ち負けるでしょう。」
半壊した砲兵部隊であっても、脅威だ。
なぜなら例え、単独であっても射撃は出来るのだから。
あらゆる幸運が舞い込めば、また別だろうが、そんな希望的観測に身を委ねさせるわけにはいかない。
それこそ無能の証だ。
「仮に上手く凌いで、運良く師団砲兵を撃滅出来たとしてもです。展開する2つの砲兵隊は、半壊するか一方が壊滅します。これでは、今後の防衛戦に支障をきたします。」
「加えてホウッセンの砲兵部隊は、ジゴルスハイム北東に展開してる戦車部隊に捕捉される可能性が高いため、一度戦端を開けばホウッセンの砲兵隊は対砲兵戦と対戦車戦闘の二つをこなさなければならず、非常に不利な立場になります。」
「そのため、ローゲルバッハとホウッセンの砲兵隊を対砲兵戦で運用するのは、避けるべきです……従来の対砲兵戦から切り換えるべきかと愚考致します。」
一通りの反論に対する処置を終え、作戦図の間を挟み、面と向かい合うベーレントの反応を伺う。
「(少々語りが過ぎただろうか?…だが必要な説明過程だ。過去の事例から紐解き、同じ愚を侵さず、別の打開策を提示するためには必要だった…少なくとも少佐には、こちらの意図が伝わってほしいものだ……)」
そう彼女は、理性からくる合理的な相互理解に望みを持つ。
だが、内心別の思いを抱く。
自身がそうであったようにエリート街道を歩む人間は、自己の見識と経験を重視し、自身の能力に依存してしまう。
それが一種の視野狭窄に陥り、他者の意見を跳ね除ける。
自分の論理を絶対視し、自分の有利な理屈で論議を展開し、本来得られた利益を逃す。
代わりに大きな損失を被ってしまう。
「(…理性を尊ぶ私も若き頃には、自己慢心的な思考に陥り、大なり小なり失敗を犯してきた…それを少佐がやる可能性もある…その時は、別の手段を講じなければならないな…)」
金属のような無機質な碧眼を持つターニャが腕を組み、顎に手を当てベーレントを見つめる。
彼が作戦図に目を落とし、再びターニャに目を合わせた時に彼は一言、発する。
「では、少尉。どうするのかね。」
〜用語説明〜
・「第一次三軍統合整備開発計画」
最大の目的は、既存兵器を主体的に規格化と共有運用を目指した軍事改革で、組織の垣根を超えた共同兵器開発と運用研究・戦術開発、さらには各業界の技術提携強化を推進した。
細部の内容は、陸海空軍の兵器の共有運用・各軍、産業界、研究機関による技術提携の強化、弾薬の規格化・統一、在庫過多の旧式兵器の準近代化・延命処置、兵器開発ラインの再調整など多岐に渡る。
並行して冗長性ある新兵器開発を推進。
それらの新兵器を元に兵器のファミリー化を狙い、生産性・配備性の向上を狙うものだった。
1919年に発動したため、通称プラン1919とも呼ばれている。
本来は、第三次まで計画され1919年から1927年の8年間かけて段階的に行う予定だったが、協商連合・共和国の開戦により計画は縮小されている。
1922年には第二次計画が始動し、1923年前半に目標の53%を達した矢先だった。
統括責任者は、ファルケンハウゼン大佐
休日潰してのようやくの投稿だが、やはり進みが悪い。
先のストーリーが出来ているだけにもどかしいです。