戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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第19話 反論戦Ⅱ

「どうするというのだ。この状況を。」

 

べーレントのこの一言は、内心鬱屈する微妙な感情を抱いていた証拠であり、一種の耐え難い現実と妥協の言葉だった。

 

彼からすれば、自ら唱える砲撃戦術をぶつければ、一蹴できる存在だと思っていた。

そして、正しいと思っていた。まぎれもくなく。

 

だが、現実は目の前に立つ子供が自分の想定を超える存在だったことを彼自身の弁舌により皮肉にも証明してしまったのだ。

 

敵情観測から見た的確な彼我の兵力分析、砲兵戦力から見た火力投射の差を瞬時に把握する明晰な頭脳。

 

そして各野砲の性能を明確に理解し、その長短所に対する着眼点、両者の砲兵隊の練度にすら理解が深いと見える言動。

 

 

兵科が全く異なる立場であるにも関わらずだ。

 

普通は、あり得ない。

 

しかも共和国砲兵隊の対砲兵戦術にも精通し、アルサス紛争の帝国砲兵隊戦闘戦史にすら目を向けてきたかのような口ぶりには、逆にベーレントは理解が追い付いていなかった。

 

彼からすれば、「なぜ、そこまで知っているのだ」という不可解な心境が支配していた。

 

全て見てきたのかと疑うほどにだ。

 

その心中を抱くのは、ベーレント少佐だけではなく、ターニャの周りに立つ師団幕領、司令部要員も皆、同じ胸中にあった。

 

 

―何故だ。齢10歳未満でしかない女の子なのに、この見識の広さはなんだ。-

 

 

―信じられなないが、彼女の発言は理に適っている。恐ろしくもだ。-

 

 

―まるで同じ野戦幕領課程を経た同期にしか見えない。もしくは、その上か。-

 

 

―これが帝国士官学校、史上最高の成績を誇る「知の巨人」と言わしめる理由か。-

 

 

―だが、ここまで御し得るというのか。軍歴で言えば、2年しか積んでいないのだぞ。-

 

 

―まさしく軍事の偉才か。そんな奴が極東にもいたな確か。だが、それでもだ。-

 

 

―奴は、まだ子供なんだぞ。-

 

 

将校達の脳裏には様々な思い、憶測、過去が展開され、そして一種の戦慄が生まれる。一瞬の静寂とともに周りの空気に妙な感覚が漂い始める。

 

師団本部にいる将校達は皆、隠せない驚嘆と動揺の感を滲み出させる。

あるものは困惑さを表情と仕草で表し、気を逸らすように目線をさけ、中には戦術指導教範をこの場で開く者までいる。

 

反ターニャ的姿勢を堅持していたベーレントすら、ポーカーフェイスを貫けないでいる。

 

その中で平静さを保ち事態を冷静に見ているのは、師団長のゲプハルト中将の他にもう一人、師団砲兵参謀のゲオルグ・ブルフミュラー中佐だ。

 

 

ブルフミュラーは、帝政ロマーニャ時代(現ルーシー連邦の前身)の軍人を体現したような厳つい風貌を持つ叩き上げの老中佐。

特に吊り上がったカイゼル髭が逆に貴族的な印象を引き立たせている。

 

 

元々は、帝国配下のべネルスク連合王国(現実で言うベルギー方面)に派遣されたリエージュ・ライン要塞砲兵で、同地の徒歩砲兵連隊の士官と徒歩砲兵射撃学校を歴任した老練な指揮官だったが、病気療養を理由に予備役に準じた。

 

だが共和国の不穏な動きを感じ取った帝国陸軍から再招集を受け、現第169歩兵師団の砲兵参謀として配属されている。

 

 

彼は、付箋だらけの古ぼけた手帳にベーレントとターニャが交わした論議を私的解釈しながら克明に記録していた。

 

特にターニャが論じた最大射程射撃について注目していた。

過去に敵有効射程距離からの砲撃はあれど、自軍榴弾砲の最大射程による砲撃は、帝国では前例がなかったからだ。

 

ブルフミュラーは、自慢の髭を弄りながら思索し、書き連ねる。

 

「(確かに、従来型の対砲兵戦で対応すれば、共和国師団砲兵に痛撃を与えることが出来たとしても先の諸条件から顧みるに我が砲兵隊の壊滅は必須である。)」

 

これについては、我が方の損害を抑制し継戦能力を堅持するという点でみれば、適切である。

 

「(踏み込んで言えば、「戦闘早期における敵砲兵の殲滅」を軸とした近接射撃行動に走る我が帝国の対砲兵戦術に暗に警鐘を鳴らしているとみるべきだろう。)」

 

その点から論ずれば、我ら帝国将校団には損害を抑えて作戦行動する観点が欠如しているとも言える。

 

規定した作戦行動を優先するが為にある程度の損害を許容する姿勢にだ。

 

デグレチャフ少尉は、それらに対して遠回りに批判しているのかもしれない。

極めて弁証的で理論性に溢れた姿勢だとブルフミュラーは感じた。

 

「(よく出来た小参謀だな。魔導士にしておくのが勿体ない。後10年早く生まれていれば、色々と変えれたかもしれないないな。私自身も。)」

 

流石に欲張りが過ぎると老中佐は自覚しているが、そう思うと時代に対するやり切れなさを感じつつ、自らの見識が錆びついている事に反省をする。

 

過去、3度に渡るアルサス国境紛争では、対歩兵戦・対戦車戦はもとより短期の間で熾烈な砲撃戦をアルサス一帯で行われていた。

 

それにより、数少なくない我が砲兵達が平原で吹き飛ばされ、巻き上がる土砂と粉塵の中に消えていった。

 

その中には、ブルフミュラーが射撃学校で教え育てた数々の若き学生達も多く含まれていた事は、忘れもしない記憶である。

 

―砲兵はその特性上、戦術上、果敢である事が求められるが故に早く戦地で死ぬには、決して避けれぬことである―

 

育てた学生の訃報が数々と届く中、虚しさと悲しさを襲いながらも彼は、「砲兵として歩む以上は、やむおえない結果」として断じ、その現実を受け入れていた。

 

だが、それは誤りだった。

 

「(今までの戦いの原則、常識に縛られ、保守的な思考に陥っていた。そして、現実を変えようとする努力を怠っていた。それを気づけただけでも充分だ。)」

 

だからこそ、彼は手帳に克明に記録続け、彼なりに分析を続ける。

その過程で、問題に気づくには時間はかからなかった。

 

「(ローゲルバッハとホウッセンの部隊は、対砲兵戦で使えない、だからコルマール重榴弾砲部隊で対応とする。)」

 

この仮定から、老中佐は考えを進めていく。

 

「(仮にローゲルバッハの隊はアンマーシュヴィアの歩兵部隊を叩き、ホウッセンの隊は周辺の味方歩兵部隊と共同し、ジゴルスハイムから東進するであろう敵機甲部隊・機械化部隊を迎撃するとする。)」

 

ローゲルバッハの隊は、近郊の森林地帯で防御線を張る第32混成歩兵旅団とインガースハイムで展開する第26歩兵連隊、第57臨編機関銃大隊と共同連携すればアンマーシュヴィアの歩兵部隊を叩きすれば、守ることは可能であろう。

 

ジゴルスハイム近郊にあるベネヴィヒルとミッテヴィヒエの町に展開していた帝国陸軍 第17歩兵師団と第38砲兵旅団がベーブレンハイム方面に撤退した以上は、この判断は正しいと受け止めらる。

 

ならば、最終の決は第230砲兵連隊で共和国増強師団砲兵を叩くか。

 

だが、これには問題がある。

 

ブルフミュラーが問題の核心を案じた時、ターニャが口を再び、開く。

 

「先程、申し上げた通りコルマールの砲兵連隊で敵師団砲兵を射程外から叩きます。上空観測を私が行えば、修正は可能かと。」

 

彼女の金属のような無表情で機械的に発言し、対しベーレントはその手段に疑義を投げかける。

 

「そこが問題だろう。連隊火力から見て強力なのは、間違いないが。これをだ。この地点の敵砲兵を狙うには、精度の問題が多分に含まれる。遠すぎる。貴官の持つ見識の深さから見ても気づかないはずがなかろうて。」

 

多少はターニャの認識を改めつつもベーレント少佐は、またも噛みつく。

 

本来ならば、師団砲兵幕僚の見地からして自分の持っていた戦術プランが不合理であること事を自覚しなければならなかった。

 

その点については、彼はそこまで愚かではない。

まだ合理的な見地から見て、他所の意見が自らの意見より優れ正しいと判断する程度には理性的な思考は持っていたし、ターニャについてはこの点で認めている。

 

だが彼自身の高貴なプライドがまだ邪魔してしまう。

 

ここは負けを認めて、最後まで彼女の意見、プランを聞けばよいのだが、そこまで素直に引けない譲れない頑固さが彼の欠点でもあった。

 

しかし、彼の意見には一定の理が備わっていた。

それはブルフミュラーが注意していた問題でもある。

 

「上空観測を行い、我が国得意の観測間接照準で叩くにしても、精度の低下は避けれない。初撃から迅速に効力射を行わなければ、奇襲性の効果を失われる。」

 

「その上、貴官が先ほど示した敵師団砲兵の指揮中枢の麻痺・破壊が行えない可能性が出てくるのではないか?統制を維持した状態ならば、敵砲兵が陣地変換して取り逃がす可能性がある。それに—」

 

ベーレンが反撃を繰り出す中、続く一方的な水掛け論。

 

しかし、これは、少なからず指摘されてもおかしくない点であり、充分ターニャについても認識していた部分である。

 

だからこそ、対策なり手段を用意しているわけだが。

ベーレントが矢継ぎ早に発言するから、タイミングが掴めないでいる。

 

要は”黙って最後まで聞け”である。

 

ターニャは、少々怪訝な表情が顔に出るのを抑えつつも、徐々にイライラを蓄積していた。

 

「(フン、共通認識が生まれ、建設的なやり取りが出来るかと少しでも期待したのが間違いだったらしい。やれやれ実際は上手くいかないものだな。こちらは、結構を気を遣ったつもりなのだが、逆に焚きつけてしまったか。しかも知恵があり、少々頭が回る分、面倒な事この上ない。)」

 

まるで辻ーんである。これは言い過ぎかな?

 

正式名称 悪魔的作戦参謀「絶対悪」辻政信

 

自らの考えが絶対正義と疑わないマキャヴェリストの権化であり、越権行為・独断専行のカリスマ的スペシャリスト。

 

彼が最も得意としたのは、徹底的な他者批判の「口撃」だ。

大局的な計算は出来ないが、自分の理屈を押し通す弁舌の高さと頭の切れがあった。

そして、突破口を見つけ的確な弱点をついた論理的な口撃には定評がある。

 

少佐を辻ーんと同一視するのは流石に過ぎる考えであるが、ターニャはその片鱗を感じさせた。

 

なにより「直に感じる攻撃的姿勢」に静かな怒りを覚えていた。

 

そう思うのも無理はない。

 

彼女の立場から見ると、個人的職責上の義務や帝国軍人としての忠義心、理想ある姿を演出する為の恣意的思惑が多く含まれているが、それを差し引いても現在置かれている帝国の現状を少しでも打開したいという気持ちには偽りはなかった。

 

彼女からすれば、危険を冒した偵察に従事した上で、戦術上必要な助言をわざわざ時間を割いてしに来たというのに。

 

「(この言われようは、なんだ?私は彼の敵だろうか?いやはや、もしそうなら滑稽である。別に戦術論議を酌み交わすために来たわけじゃないんだ!)」

 

彼の意見に一理あろうが、なかろうが知ったことではない。

しかしながら、彼の発表会に割く程時間が多くあるわけではない。私にとっても、帝国にとってもだ。

第一大戦をベースで見るならば、恐らくキルレシオ的に一分に一人の兵士が戦死し、我が国の貴重な人的資源が失われている最中に悠長な事はできない。

 

ならば、ここは悪魔的参謀に倣い、無理矢理にも強硬的な攻撃でねじ伏せるべきか?

 

ベーレントの主張が続く中、ターニャが対応策を探る中。

事態を静観していた二人の老兵が介入する。

 

まずはブルフミュラーからだ。

「まぁ、待ちたまえベーレント少佐。君の意見も大切かもしれないが、まずは少尉の意見を最後まで聞くべきだろう。判断は、その後でよかろう。」

 

ベーレント少佐が「だが、しかし‼」と抵抗を示すが、それをゲプハルト中将が諫める。

 

「少佐、いい加減にしたまえ。ここは、軍大の討議場ではないのだ。貴官も師団将校を自負する心と理性があるならば、多少は身の程をわきまえろ。このままでは、無駄な水掛け論だ。」

 

ゲプハルトは、腕時計に視線を落とし「時間が限られる以上は、特にだ。要は黙れ、以上だ。」と付け加えた。

 

そういわれたら、ベーレントは引かざるを得なかった。

これ以上の抗弁を行えば、自分に利する点はなく、損しかないと判断したからだ。

彼にとって不本意ではあったが、そう自分を律する程度には軍人であった。

 

それを見たターニャは、良き理解者たる指揮官に感謝をする。

 

「(やはり、建設的な議論のために統御力を持ち、時に導いてくれる管理者は組織に必須だな。この場では、彼らに感謝しよう。)」

 

そして、ゲプハルト中将はターニャに正式に発言の許可を裁可する。

 

「では、少尉。先ほどの続きだ。貴官の意見を話したまえ。」

 

「ありがとうございます。師団長閣下。」

 

ターニャは、軽く目を伏せ謝意を表すと口火を切る。

 

彼女の口から繰り出された戦術は、一重に言えば奇抜であり、革新的だった。

帝国陸軍という保守的組織の意表を突くものだった。

 

しかし帝国陸軍砲兵隊に合致した戦術であり、非常に効果的なものだった。

 

だが、それはかつて帝国が密かに介入したイスパニア内線で対共産党勢力「国際旅団」に対して使用された戦術とよく似ていた。

 

非正規干渉軍「黒い帝国軍」で活動した野戦参謀が考案したものと同義だった。

いわば、既に存在していたのだ。

 

その戦術によってもたらされた惨禍は、悲壮なものであるが、初期の効果は抜群であった。

 

しかし、徹底的な殲滅戦を行う容赦のなさと凶暴さで味方にすら恐れられ、その存在を忌避した産みの親たる帝国参謀本部によって部隊解散のみならず、生み出された戦術自体も継承されなく、多くは忘却の彼方へと消えていった。

 

それの戦術の欠片を知るものは、この場ではターニャとブルフミュラーだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明日、仕事が早めに終われば、再度分割して投稿する予定です。

来月から出張なので、一気に行きます。


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