戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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第20話 近代砲兵戦術の焔

邪魔者を廃し、ようやくにして取り戻せた発言の機会。

 

一度、恵まれたならばその機会を最大限に活用させて貰う。

特に逼迫する情勢下、より時間の価値は高くなっている。

こちらにしては、出来るだけ最短コースで行かざるをえまい。

 

ターニャは、そう思いつつ多少の火傷を覚悟しつつ、口火を切り始める。

 

「まず今回の対砲兵戦では、砲兵連隊による最大射程(約8~9キロ範囲)の地帯射撃の実施を求めますが、その際に無試射射撃法を使用します。」

 

この発言にベーレントは眉を顰め、ブルフミュラーは静かに瞠目し、ゲプハルトは静かに耳を傾けながら注目する。

 

帝国軍人はプラグマティスト(実用主義者)が多い上、精密性に事拘る帝国の砲兵屋からは、嫌われるだろうなとターニャと一瞬密かに思い浮かべる。

 

無試射射撃法、それは「試射を一切行わない射撃」である。

 

本来、砲撃は試し撃ちから修正を繰り返す手順を踏む。

精度のよい射撃諸元(目標を射撃をするために必要なデータ)を求めるためにあらかじめ設定した試射点に対して行う試し撃ちを行い、そこから修正射(射弾の弾着及び破裂の状況から修正を行う射撃)に移行し、修正終了後ようやく目標に対した攻撃を効力射という形で行うのだ。

 

これは、敵に有効なダメージを与えるために踏む必要手順であり、言わば必殺技を繰り出す前置きコードの役割を果たす。

 

これらの手順をガン無視していきなり必殺の一撃を強制発動するのが無試射射撃法だ。

最短で敵に攻撃できるのが最大の強みであり、それしかないのだが。

 

「この射法を採用し、敵砲兵の射撃体制が整わないうちに砲戦初期段階での指揮中枢を麻痺させる事を目指します。各砲の調整に関しては、時間の制約上最低限でしか行いません。効力射撃による初手を始めから撃ち出すのが肝要です。」

 

ターニャが自身で説明しながら「まぁ、準備する時間も余裕もないのだけどな」と心の声で語りつつ、この射法を使用するリスクの大きさを自覚していた。

 

敵が全く無防備なうちに砲撃が開始出来るため、大きな奇襲効果を期待できるが、反面使用する砲の調整、必要な準備を一切省いているため、命中精度の低下は明らかに避けれなかった。

 

砲撃は、どんな時代でも難しい。技術水準が発達しても命中させるのに多くの過程と苦労を要する。

その代わり、求められる効果を持つ砲撃を行うには絶対に試射からの修正は必要だった。

 

それを無視した砲撃は、正規の砲兵将校からしたら余り使いたくないものだったし、不合理で受け入れられないものだった。

 

実際、無試射射撃法は施行前に様々な下準備を行うのが必要条件だったが、彼女はこれを無視した。

 

「(本来ならば、あらかじめ使用する各砲の摩耗度・砲癖を確認と修正を行い修正値を記録、そのデータを元に初手から効力射撃に移行するのだが、現状からして土台無理な話だ。)」

 

しかも細かく言えば、毎日変化する気象条件を記録対応しせねばならないし、使用する各砲弾のロットごとの特性を管理しなければならない。

 

本当なら使用する砲についても事前に試射して、調整しないといけない。

手間がかかる上、先も言ったように余裕がない。目と鼻の先に敵が近づいているのだから。

 

「精度の低下は避けれませんが、元は地帯射撃による制圧を目指しています。定点射撃はこの条件から行けば困難ですから。」

 

これは、言うまでもないが一応言っておかねばならない。

 

「地帯射撃を行うにあたり、得られた偵察情報から敵砲兵の展開範囲を規定。事前に観測したプロット座標点を連結し、目標の砲撃区画をグリッド内で画定すれば、速攻による急襲は可能です。」

 

ターニャは、敵砲兵のエリアを指揮棒の先で大きく丸く描き示す。

精度が得られなければ、一定エリア範囲をまとめて目標とするのが条件から見てまだ効率的だと考えた。

 

そして敵に比べ利する点は、野砲の射程以外にもう一つある。

 

ターニャは、自分自身に語る。

 

敵の戦力には恵まれなかったが、砲撃に必要な周辺情報の環境には恵まれていた。

元々自国領域内で、かつ総合的な偵察活動による情報を得られているのもあるが、それ以上に仮想敵国と国境を接する帝国地域内の地図はグリッドデータ化されていた事が重要だ。

 

遅かれ早かれ侵攻されているのは、わかっているのだから事前に帝国は色々と備えなければならない。

その一つが中央で言えば参謀本部の統合作戦計画の立案、前線でいえば砲兵の火力調整会議・火力運用計画で必要になる区分化された地図の作成だった。

 

仮想敵国と接する国境線周辺地域を管区ごとに整理しなおし、地形環境を考慮した常備兵力の配分、想定される戦線の負担率の算出を行うとともに帝国陸軍は大規模な陸地測量を進めた。

 

参謀本部直下の陸地測量部が推進した公共測量計画「ケールマン・プラン」だ。

 

特に紛争の火種が燻る係争地周辺を中心に測量を始め、その中でもアルサス・ラレーヌ地域圏は優先された。

1906年から始まり、何度も再調査・改訂を繰り返しながら1917年にようやく完成したグリット標示の地図は、帝国軍砲兵隊の射撃精度の更なる精緻化と作業の単純化・効率化を実現したというわけだ。

 

試射をしての測定も考慮されたが近隣諸国の関係上、あからさまな挑発行為となり武力衝突を招く可能性が大であるため行えず、その為完璧なものではなかったが目安として見るなら十分だった。

 

「試射無しですが、地図上のグリッド標示による射撃を行えば、射撃任務は円滑に遂行できます。命中精度も最低限ラインは維持できます。」

 

おそらくこの最低限というのも受け入れられないだろうとターニャは思う。

現実、正確な地図はあれど確証が微妙な状態での射撃だ。

不安は残るが、今のプランで行くなら避けれない。

 

帝国軍砲兵指揮官は、あくまでも精緻さに拘った射撃計画を立案するのが半ば慣例だった。

もちろん防御や攻勢における敵無力化を狙う攻撃準備射撃・弾幕射撃(急襲射撃)や地帯射撃など精度より短期で多量の砲弾を投射する戦術も使用するが、一定の正確さを確保した射撃を旨とするものだった。

 

「狙うより撃て。より多くの砲弾を一つの地域に集中させよ。」

 

前世世界の組織的な物量と徹底した破壊主義に重んずるソ連軍的な運用は、帝国軍には理論はあれど使わなかった。

 

何故か?

 

射撃精度の問題もあるが、急速な弾薬の消費と砲の摩耗を恐れたからだ。

実際、第一次世界大戦では、撃ちすぎて貯蓄した砲弾が瞬く間に消耗、1日で使用出来る砲弾が4発しかないという「砲弾スキャンダル」が起きたり、摩耗した野砲が破損、中には暴発が起きるという事態が発生した国があったほどだ。

 

帝国から見れば補給線が幾重にも張り巡らせてあるが、突破浸透してきた敵の攻撃により補給線が寸断されたり、補給部隊が壊滅する可能性はある。

 

状況により補給が受けれず手持ちの弾薬で、対応せねばならない事だって生起する。

それらを考慮すれば、無闇な砲弾を使用は避けたいとなるわけだ。

 

だが、今回はそうも言ってはられない。

仮に自分が指揮官の立場で見るならば、当面の脅威を排除し、戦線の継戦力を確保しなければならない。

それは水際作戦に似たものだが、今を乗り越えなければ次はないからだ。

補給とか弾薬とかの問題は、その後だ。どうせ、現在の状況からしてあまり期待が出来ないのは変わらない。

 

敵脅威の軸たる師団砲兵の排除を優先とすれば精度や弾薬の問題は二の字です。先送りだ。

 

それで最後にあがるのは、その射撃の効果はあるのか?というものだろう。

 

 

「(命中精度の低下と弾着誤差半径の拡大は、防げない。敵砲兵を叩く我が砲兵連隊の戦力は、合計24門しかない。各砲の威力はあっても数が足らない。ローゲルバッハとホウッセンの砲兵隊は侵攻する敵戦車・主力歩兵部隊に投入すると考えれば敵砲兵の排除に連携させるのは得策ではない。無論、使うこともできるが、彼らは敵砲兵、敵侵攻軍に近い。捕捉殲滅されかねない。)」

 

 

おそらく、師団砲兵指揮官のベーレント少佐、ブルフミュラー中佐、師団長のゲプハルト中将が懸念しているだろう問題であり、師団幕僚たちも「果たしてどうするのか?」と疑問を頭に浮かびあげているだろう。

 

先制攻撃をアウトレンジで出来ても命中精度、火力も微妙で、して目標となる敵は数がやたら多い増強師団砲兵。

これを果たして無力化できる程の戦術があるのか?

 

そう思うのは、自然の理であり少なくとも、そう思われるくらいの想像力はなければ将校として愚鈍とターニャは評す。

 

だからここで前世で培った趣味的ノウハウを活かしてみせよう。

 

「(実際、提案するだけしておいて、最終的に決めるのは上だから。構いやしない。)」

 

あくまで、個人的に職責上の義務に従いここまで来ただけだ。

それ以上のことは、する必要もないし、権限上もない。

 

どっちの使うか、使わないかの振り子がどっちに傾くかは、相手の判断によるから仕方ないのだ。

 

だが、ここまで来たのだから、言うだけ言わなければならぬ。

 

そしてターニャは、戦術の骨子をプレゼンし始める。

 

「しかし最低限の条件を整えたとはいえ、今まで説明した内容をそのまま実行しては、敵砲兵戦力を壊滅に追い込むことは難しいのは否定しません。」

 

彼女の発言にその場にいた周りの師団幕僚達は、ブツブツとどよめく。

 

要約すれば、「じゃあ、どうすんだ!」と言うべき反応。

 

それは彼女にとって見れば想定範囲の反応。

 

周りの反応を無視してターニャは、話を続ける。

 

「そのため敵砲兵戦力を壊滅に導くため、仮にこれを作戦と称するならば三段階に分けて運用します。その際、従来の対砲兵戦で使用する砲弾とは別のものを使用するのが前提となります。」

 

そう言い放ち、周りのどよめきが収まり始める中、話を進める。

 

彼女が示した三段構えの作戦は以下の通りだった。

 

 

 

【第一段階 急襲砲撃】

 

時間:10~30分

使用弾薬配分:榴弾60%、榴散弾40%

 

目標は、敵砲兵地域一帯としつつ、優先攻撃目標は指揮統制通信拠点・砲兵(砲の操作員・砲自体)

 

この段階では、本格的な対砲兵戦を行わない。

 

この砲撃の目的は2つある。

 

敵兵の殺傷を主体とせず敵司令部要員と砲兵の配置に就かせる。

 

急襲砲撃による効力射をしつつも、魔導士(ターニャ)の上空観測、観測斥侯・砲兵情報班による弾着修正を並行して行う。これにより射弾の有効命中精度を向上させる。

 

 

【第二段階 対砲兵戦】

 

時間:40分~60分

使用弾薬配分:時限信管式白リン弾70%、榴弾30%

 

目標は、配置についた砲兵の人員の殺傷と無力化。

 

限定的な焼夷効果と視界妨害効果を持つ白リン弾(第7話~第8話参照)を使用し、敵砲兵及び指揮系統に混乱と麻痺を起こす。

 

白リン弾の空中炸裂時間を低高度に設定し、敵砲兵・指揮要員の殺傷を目指すこと。

この砲弾の使用により敵砲兵の布陣する平原に火災を起こし、砲兵周辺にある弾薬を起爆を促す。

 

重砲は、破壊力がある榴弾を主体として運用。指揮官の判断で変更可能とする。

 

これにより敵砲兵は火の雨による混乱と心理的パニックにより戦力を低下。

白リン弾による発煙で視界遮断により対砲兵戦及び支援射撃を困難な状況に追い込む。

これにより敵戦力の25%~40%を無力化する。

 

 

【第3段階 砲兵殲滅戦】

 

時間:1時間~1時間半

使用弾薬配分:榴散弾40%、榴弾60%

 

この段階では、発煙の効果で視界が遮られるため、精密な修正は困難。

そのため、榴弾と榴散弾による弾幕砲撃で敵の指揮統制組織から機材を徹底的に潰す破壊を目指す。

 

この段階で敵砲兵戦力を60%以上の撃破を狙い、完全な殲滅を求める。

 

 

 

これは、ターニャが第一次世界時に確立したドイツ式の「縦深制圧」砲撃戦術とソ連式の火力ドクトリンの一部を併せて作り上げたものだ。

 

本来ならば、毒ガスを主体で使用するがこの世界では、何故か登場していなかった為、代用として白リン弾を使用しているが、同程度の効果をもたらす事には彼女が見てきた世界からすれば確証が持てた。

 

 

逆に言えばターニャからすれば、使わない手はなかった。

何故なら、その残虐な効果を前世の世界で見事証明しているのだから。

 

ターニャは思う。

 

「(前の世界では第一次世界大戦で使用され、現代戦に至るまで各国は使用し続けた。混迷する中東内戦ではシリア・ロシア軍が使用、イスラエル軍はカザ地区に撃ちこみ悲惨な模様を世界に映し出した。)」

 

「(米軍だって例外ではない。彼らは、第二次大戦前から積極的に運用の研究がなされた。白リンを充填した航空爆弾を使い、標的艦の戦艦に甲板上の人員殺傷に効果があるか検証している。ナパームが登場してからもなんだかんだ言って使い続けている。最終的には前提が発煙弾だからと言い、条約を掻い潜って使用出来る焼夷兵器として絶賛運用中である。私の死後も変わらずだな、きっと。)」

 

ターニャは表情に出さないが、ニヤリとする気持ちは収まらない。

 

この世界には、ある一定の兵器制限はあるが、ぶっちゃけ大したものではない。

世界大戦が起こす惨状を経験していない以上は、やむからずだが。

 

だがそれは、使い方次第で残虐だが効果は抜群の兵器を使えるという環境だ。

帝国では、過去に白リン弾を敵に直接攻撃した実績はあるが、どれも小規模で実際の効果は微妙との見解になっているが、それは使い方次第だ。

 

大量集中運用すれば、状況も効果も大きく変わる。

 

戦争は得てして兵器の運用は、分散と集中の繰り返しだ。

 

その原則は、半永久的なものだ。

人類の文明水準と思考が高次元な形にならない限りは、大きく変わりはしまい。

 

 

だが、ターニャに懸念は残る。

 

私はそのもたらす効果を知っているが、彼らは知っているわけではない。

 

そういった運用するのは、恐らくした事もないだろう。

考えた事はあっても理論や戦技研究で目にしたか、触れた程度かもしれない。

効果が確実な榴弾、榴散弾を中心に考えるのは当たり前だろう。

 

だから、私からすれば何ともない戦術だが、彼らからすれば紛れもなく初めて目にする新戦術。

しかも奇抜な印象を抱くだろう。

 

経験と知識、幾多の専門的技術と戦う思考を磨いてきた上級将校は、その道のプロであるのは間違いない。

だがそれが、保守的な姿勢に固まってしまうことは少なくない。

 

ましてや、この世界で実証もされず不明確なプランを採用できるかと言えば、微妙なところ。

そう考えると期待は、できないだろう。

 

知ってるのは、ある意味……私だけなのだから。

 

ターニャは、一瞬独特な寂寥感に包まれるがそれを「次は存在Xを殺す」という意思の力に切り替える。

 

どうせ、いやしないのだから考えてもしょうがない。

同じ転生者と相まみえるなど。

 

仮に居ても確率は低い上、しかも同じ前世は現代日本人でかつ軍人というのは、話が出来すぎている。

転生モノのご都合主義にも程があろうと言うものだ。

 

だから理屈から言えば、ありえない。そう一瞬で断じた。

 

雑念を振り払いながら、説明を終えたターニャは「内容は以上です」と言い、ゲプハルト中将に顔を向ける。

 

周りはざわめいているが、そんなことはどうでもいい。

師団を統括する最高指揮官がどう出るかが重要なのだ。

 

その反応次第でここでの仕事を終えるか、継続するかが決まる。それ以上はない。

 

ターニャはゲプハルトに視線を送りつつ、反応を伺う。

 

ゲプハルトは目を細めながら、30秒ほど沈黙。塾考の末だしたひと言は。

 

 

 

 

 

 

「面白い。やってみようじゃないか。」

彼の威厳ある低い声を聴いたときターニャは心地よい高揚感に包まれる。

 

 

彼らが、この戦術を採択し実行に移そうとした時、既にアルサス南部方面でリアルタイムで生き地獄を演出されているのを知らなかっただろう。

 

この時、カイジはまだ3倍近い共和国突撃部隊と必死の防戦を継続していた。

 

 

 




皆様、お疲れ様です。

金曜日に投稿する予定でしたが、急な仕事で遅くなりました。

ようやく長すぎた砲兵の話に区切りをつけれます。

本当は、終わらせたかったんだが間に合わず、申し訳ないです。

次回は、久しぶりのカイジ登場。

可能ならターニャ出したいが。流石に20話経ってるのにまだ会わないのは、中々ないよなぁ~

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