戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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長いので、分割投入。後、色々修正の必要ある為、カイジの部分は間に合わず。
今日の夜に再度投稿予定。緊急出勤の場合が起きない事を祈るあまり。


第21話 油断の結果 ~何故、共和国侵入の許したか~

 

1923年7月19日は、帝国にとって記念すべき日だ。

 

帝国では、「統一の日」とされる記念日だったからだ。

小さな国の集まりだった中央同盟国家群が「生存圏の防衛」「多民族の繁栄」を目指し、今の帝国を建国樹立した記念すべき日である。

 

ノルデンの北方戦役を他所に、統一記念日は全日祭りに変換される帝国臣民達の手により享楽の場が設定される。

各地では、大小の祭りが催され、ここぞとばかりに主要都市の中央市場では大きく賑わい、街頭の大衆酒場では飲んだくれが大量動員される。

 

その余波は帝国軍にも、見受けられた。

例を挙げれば西方方面軍では、ノルデン派遣部隊や対象国の監視任務、国境警戒任務、初動対処残留部隊などの特別勤務に従事する者以外は、上陸・外出が許可された。

 

上層部も戦時の息抜きを将兵に用意するのが義務であった。じゃないとかつてのように軍で反乱が起きるからだ。

 

協商連合の進軍により、何だかんだで休みを潰された将兵達は、貴重な休みをギリギリまで満喫するのは当然だったし、彼らに与えられた少ない権限だ。

 

それに、彼らには戦時でありながら予期する不安がなかった。

誰しも協商連合との戦いはすぐに終わるものと考えていたからだ。

 

協商連合との戦端を開いた6月上旬、帝国参謀本部の決定の元、第107号指令に基づき「ノルデン動員」を決定する。

 

北方戦役の中心地となるノルデンに中央総軍主力の大陸軍「第1中央方面軍」を投入し、北方戦役の形勢は一気に帝国に傾く。

 

第1中央方面軍は、アレクサンダー・フォン・クルック大将率いる第1軍団、ビューロウ大将が率いる第2軍団を中心とした軍集団で、よく訓練された常備兵35万以上からなる強力な地上軍だった。

 

陸軍の大規模攻勢発動に併せて、空軍は三個航空艦隊が空中進撃を開始し、海軍は北洋艦隊から主力の一部を引き抜き、弱体な協商連合の主力艦隊撃滅に動き出す。

 

こんな相手と北方の小さな民主国家でしかない協商連合が勝てるとは、誰も思わないだろう。

 

この点から、遅くても7月下旬には戦争はまた帝国の勝利に終わるだろうと予測される。

 

 

ー既に勝ちは見えている。ー

 

 

帝国軍人や政治家はもとより、帝国にいる9000万人以上の臣民達も同様だ。

新聞の号外を片手に街を走り回る子供達が無邪気な認識を確定させる程には、状況は圧倒的だった。

兵士たちからすれば、夏までに終わるなら丁度2週間程度の夏季休暇を潰されずにすみ、安堵する。

そして皆口をそろえて同じ内容を言い合う。

 

「多分、夏には戦争が終わるな。」 

「なら夏季休暇の当直日の交代を早めに済ませておこうか」

「俺は15日を交代してくれ、中日が当直なんだ。そうすれば連休だ。」 

「じゃあ、取引をしよう」

 

協商連合の終わりは、見えてる、間違いない。だって彼らは馬鹿だから。

 

だが気になる点があるなら一つあった。

長年に渡る敵国「フランソワ共和国」の動向だ。

 

協商側と同盟を築いてそれなりに久しい中にある共和国がその研がれた矛を帝国に突き刺す可能性は否めなかった。

 

なによりこの時機を睨んで共和国がアルサス・ラレーヌ地方を我が物にせんと動き出すには条件が揃っている。

 

過去のアルサス事変から連なる紛争の数々を帝国は経験し、過去3度に渡る大規模な局地戦では最終的に帝国が勝利を収めたものの、共和国の執念は消えていない。

 

共和国と帝国が接する国境線では、多くの兵力を両国とも駐留させ、火種が燻りながら何とも言えない緊張状態を保ち続けている。

 

その点から見れば、共和国が動き出すシナリオは現実的にあり得たわけだが、主力軍動員を決めることになった三軍戦略統括会議で下した最終的な結論は

 

 

 

「共和国に全面動員の兆し無し」

 

 

 

帝国参謀本部の重鎮達はそう判断した。

 

そう判断するには、理由があった。

確かに幾度なく武力衝突が起きたが、第三次アルサス国境紛争以降は、大きな衝突はなかったのだ。

 

国境付近で共和国軍が「大演習」と称した陸軍の大規模軍事訓練を行い、軍事的な挑発する事は定期的なあったが国境を越える事はない。

 

共和国軍は、ひたすら国境付近に行って帰るだけの行動を終始、繰り返していたからだ。

 

西方方面軍が管轄する共和国国境付近では、当初はこの動きに警戒を示し国境付近の部隊に臨戦態勢を整え、増強派遣師団を送ったが、一向に攻め入る気配がなく、時間が経てば撤収した。

 

何度も繰り返される内に現地の帝国軍は徐々に警戒感が薄くなり始める。

 

ー奴らにはやる気がないのではないか?ー

 

ーまるでピクニックだなー

 

1922年9月~1923年6月に渡り、断続的に繰り返された「大演習」に対して帝国の反応は冷ややかなものに変わっていくのも無理はなかった。

 

文字通りの機動演習であり、いつも同じ方法で同じルートから現れては、元の基地に帰るのだから。

 

月日が流れ、もはや定例と化した共和国の演習は恣意的な軍事行動に過ぎずないと現地司令官、情報部と参謀本部は半ば断定し、警戒レベルを下げていく。

 

何件かの散発的な「事故」はあれど、両国の現地司令官による権限範囲内で処理される程度の問題でしかない。

 

そんなことは、何十年に渡って起きているのだから気にする程度でもなかったからだ。

 

一連の共和国軍の演習動向から、一部の将校からは「集会場」と揶揄され、国境警備隊の兵卒達からは「外線パレード」と呼ばれる羽目になる。

 

そこから気の緩みも出始め、演習が起きる時期に入ると現地兵士たちの間で「少々エキサイティングな事でも起きるのではないか?」と軽口を挟むくらいに余裕が生まれる。

 

共和国軍の大演習は、一か月に一回か二回程度行われるイベント的な模様に変わり、アルサス・ラレーヌ地域圏の住民や兵士にとっては日常の一つに組み込まれる。

 

帝国軍上層部も最低限の警戒はするものの、そこまで神経質に反応する必要もないであろうという見解に至る。

 

共和国が模様するイベント内容はこうだ。

 

まず共和国軍が大挙してアルサス国境付近に展開しては、適度な演習を行う。

 

戦車が隊列を組んでは、段階的に散開を行い、随伴の歩兵部隊が駆け足で突入する戦闘訓練を境界線を越えずに繰り返す。

 

帝国国境警備隊は、双眼鏡で睨みを利かせるが、煙草を吹かす程度には緩い状況が続く。

 

共和国軍もずっと訓練しているわけでもなく、時には休憩時間を使い、サッカーをして遊ぶ光景が見られたほどだ。

 

時に国境ギリギリまで移動する歩兵部隊や戦車部隊に対して警告を国境警備隊が行い、それを聞き素直に後退する共和国軍部隊。そんなやり取りを幾度と繰り返す。

 

それを小高い丘から遠巻きに見学する地元住民達。

中には、軽食を持参して地面にシートを広げ寛ぐ団体さんもいるぐらい呑気なものになっている。

 

そして進出して三日か四日ほど経過すると、共和国軍の部隊は撤収を始めノンノンと帰っていく。

 

「もう帰ってくなよー」と言いながら国境警備隊の兵士達が手を振りながら見届けるのが一連の流れだった。

時には一週間ほど駐留・展開する場合があるが、大体は同じ流れだった。

 

少し違うとすれば、長く駐留すると両国の航空機がどっからか湧いて出てきて、いつの間にか共和国軍と帝国軍の警戒戦闘機が疑似戦闘演練を繰り広げる事ぐらい。

 

生の一対一のドックファイトを見物出来るのは、国境警備隊のささやかな楽しみにであり、賭けを行う絶好の機会として重宝される。

ちなみに演習中の共和国軍も同様である。

 

こんな感じで、戦闘が生起する条件はあるが、何故か生起しない微妙な雰囲気が包みこむ奇妙な環境が生まれ、一種の平穏状態が平行線で続く。

 

そのような状態は、北方戦役が勃発してからも変わりなく続いていた。

 

ーまた、来てはどうせ本国に帰るのだろう。ー

 

だから帝国の後背に位置する協商を早急に叩き、帝国包囲網の一極を崩すし憂いを解消する。

 

帝国が行う内戦戦略の負担率を下げ、次の来たる戦争に確固たる体制を築くのが目的とし成立し、共和国が動かないのが確実なら間違いではなかった。

 

その為に一気に本国の大陸軍を投入し解決をはかる。

 

戦務参謀に務める気鋭の二人の准将からは、異議あり!と大反論を受けるが、参謀総長のルートヴィヒ中将を中心とする主流派は、主力軍の全面動員を強硬する。

 

ルートヴィヒ・フォン・モルトケ中将は、決定に際しこう語ったと言われる。

 

「幸い、列強各国に本格動員の兆しはなく。共和国は恣意的な挑発を繰り返すだけだ。」

 

「だからこそ今ならば、帝国の禍根を解決できる。そう私は信じる。」

 

今ならば、帝国は建国以来の軍事上の課題を、一撃で解決しうるのだと。

 

その判断の是非は、この時点では間違いではなかった。

 

実際、ノルデンに中央総軍主力の大陸軍「第1中央方面軍」を投入した6月中旬以降も共和国が国境を超える気配はなかったため、やはり杞憂だったかと参謀本部の重鎮達は胸を撫でおろしたという。

 

その時期を前後して情報部からは「共和国は首都郊外に大部隊を集結させている。7月の大演習に備えてると思われるが規模が大きい。」との報告を受けた。

 

だが、参謀本部のとある将官は「ただの演習だ。夏の休暇前に一つ区切りをつけたいのだろう。」と言ったらしい。

 

情報部も同様の見解を示し、帝国軍上層部もまたいつものフェイントであると結論づけた。そう判断したのには訳がある。

 

もし共和国が介入するならば協商連合という楔が機能するうちに動くべきだからと考えていた。

 

仮に帝国を撃つと考えるなら、帝国主力野戦軍を北方戦役に本格動員した2週間以内に侵攻を始めるだろうと一応の推測はされていたからだ。

 

二正面作戦を展開できる時間が協商側に残されている内に手を打つはずだと。

 

しかし、結果は2週間以上どころか1か月経っても共和国は動かなかった。

 

共和国は、一気に攻勢に出る機会を失ったどころか、敢えて捨てたようにも思える傍観ぶりに帝国側は拍子抜けしたと言ってもよい。

少なくとも帝国側の目には、そう映った。

 

だが考えれば共和国にそうするくらいには、切り捨てる冷酷な一面もあるし、そもそも無謀な戦いをしかけた協商側に肩入れするにはリスクと損失以上に共和国に得られるものが少ない。

 

協商側と連携した2正面作戦を展開するなら、協商側は近代化された軍備を整える必要があり、少なくとも現在の実力では到底不可である。

それを無視した進駐行為を愚かにも実行してまったのだから前提条件は崩れる。

 

その上に協商側が先に戦端を開くきっかけとなる「不法な進駐行為」をした以上は、同盟国として無理に集団的自衛権を行使する必要もないし、義務もない。

 

愚かな同盟国の泥船に敢えて乗るほどの危険を冒さない、彼らはある意味利口だなと思いつつ、帝国軍上層部では当面の脅威はなきものと判断した。

 

さらに帝国には「共和国無侵攻論」を補強する材料が存在する。

 

 

ーずっと帝国は共和国に勝ち続けている。だからこれからも共和国に勝ち続けるだろうー

 

ー共和国は、帝国に負け続きなのだから、下手なことはしないだろうー

 

 

実質上、帝国は建国以来、常勝無敗でありヨーロッパ中央大陸では勝ち組代表である。

 

比して共和国は、普仏戦争で敗北、三国戦争でも敗北、アルサス国境紛争でも善戦はしたが敗北するという言わば、負け組の代表格である。

 

この一連の戦いで共和国は多くのものを失う羽目になり、その衝撃とトラウマは計り知れないものがある。

その歴史と記憶は、共和国市民の心に刻まれている。

 

その結果、共和国では過去20年の間に43回以上も政権が変わり続ける程の極度の世情不安定状態が続き、3年前にようやく統制を取り戻すポワンカレ政権が樹立したばっかりだ。

 

だが国防安全保障以上に国内問題は多くの課題が山積みであり、苦難を要している。

そんな情勢下の共和国に強大な体制を敷いている帝国にまた戦いを挑むのかと。

 

だから彼らは戦いを挑まない。挑むにしても今ではなく、まだ先の未来の話だろうと。

 

一つ慢心に近いものがあったが、共和国が内政的に見て戦争の足を踏みとどめる状態にあったという読みは整合性があり、納得出来た。

 

だから彼らは、動かない。大丈夫だと

 

そして絶望的な状況に置かれた協商連合の命運が消えるカウントダウンが始まり、帝国各地の首都・町では統一記念日の祭りを興じ、さらに北方戦役の前勝祝いも兼ねた祝宴会が各地で巻き起こり、享楽にふける中、時は訪れる。

 

 

 

 

 

 

統一歴1923年 7月19日 午後13時39分 

 

 

 

 

 

共和国軍は6個軍集団(合計80万以上)からなる主力歩兵集団、火砲6800門以上、戦車3200輌、装甲車950輌、航空機2600機以上、航空魔導士2300人を擁する莫大な兵力を投入し、奇襲攻撃を発動。

 

帝国と接する全国境から同時で進撃を開始し、全面突破を図る無停止攻勢を敢行する。

 

その模様を確認した国境警備隊のとある兵士は証言する。

 

「地平線を進撃する無数の歩兵部隊と戦車により埋め尽くされ、巻き上がる粉塵と車両の排煙が砂嵐のように巻き上がり、私の視界一杯に広がっていました。エンジン音を轟かせながら沢山の飛行機が空を高く舞い、瞬く間に私たちのいた陣地を悠々と飛び去りました。その直後に爆撃と砲撃の雨を受けました。」

 

「そこで、ようやく現実を認識しました。奴ら、今度は本気なんだってね。最悪でした。」

 

彼が気付いたときは既に時は遅かった。それは帝国も同様だ。

結果的に完全に虚を突かれてしまい、帝国領内に進攻を許す形になってしまう。

 

膨大な兵力差の共和国軍を現地部隊としては抑えようがなかったと見るべきであろう。

 

1923年7月19日は、帝国建国史上「最悪の日」と記憶される事になる。

今まで鬱積していた共和国のトラウマを倍返しで受けたようなものだ。

 

この日を境に帝国は困難で悲壮に満ちた防御戦を演じなければならず、それは余りに苛烈な模様を展開する事になる。

 

それも主力軍の援軍が見込めない期間が1か月と予測される形だ。

戦力が各所に散らばる帝国にとっては、大きすぎるハンデを背負う。

 

そんな困難と災厄に見舞われる中、帝国参謀本部の幕僚達、特に戦時作戦の立案・遂行権限を持つ戦務参謀陣を中心に不利な戦場を組み変える。

 

敵の先制攻撃でダメージを受け、混乱を受けつつも帝国は、ライン川を最終防衛線とした三つの防御戦線を構築。

最初に動けた空軍は、戦術上の時間稼ぎを得るために奮戦する。

第71戦闘航空団が周辺基地航空隊と連携して無数の敵大編隊を迎撃を行い、第3航空艦隊、第8機動支援艦隊が敵地上軍に強襲爆撃を開始。

 

陸軍・空軍航空魔導士による絶望的な遅滞防御戦を行う。

 

国境線近郊に展開していた軽歩兵部隊を後退させ、十か所の軍管区から十五個師団の歩兵部隊、六個機甲旅団を基幹兵力とした部隊を投入し、敵阻止防御戦を展開。

 

二十四個半機械化砲兵連隊・十七個予備役徒歩砲兵連隊を規定された防御戦線に展開開始。

 

四個装甲列車集団が急行し、数十問に及ぶ大口径長距離砲で前線に支援射撃任務開始。

 

航空魔導士及び航空機を中心とした第二次緊急展開部隊を派遣する。

 

これを共和国の予想動員時間84時間に反し、侵攻開始時間62時間以内に対応してみせた。

 

中央派遣部隊を臨時動員で可能な限り増強を図る。

教導隊、新兵教育連隊、基地警備隊を丸ごとかき集め臨時編成の魔法の言葉の元、臨編連隊を大量生産する。

 

事態の収拾を図りながら動員可能な予備役兵を可能な限り集めた臨時編成部隊を随時投入。

 

帝国参謀本部は各方面軍から戦力の供出を打診し、海軍との協調任務を策定。

 

潜水艦と駆逐艦、巡洋艦、ポケット戦艦を中心とした補助艦艇群による直接支援任務開始。

 

度重なる紛争以降、構築され続けたアルサス・ラレーヌ地域圏の塹壕陣地帯、ライン防衛要塞を基点とした緊急防衛戦線を暫定構築が完了し、可能な限りの兵力の集中を遅滞防御を展開しつつ西部戦線でやってのけた。

 

これは、奇跡に近いと思うが現場部隊の兵卒・下士官、中級将校、中央から派遣された戦時派遣野戦将校団【トラッカー】達の東西奔走ぶりの賜物である。

 

国境付近の管区師団・連隊が独自の判断の元、遅滞防御戦を行い、戦線構築を図る時間を稼いだことも大きい。

 

反面、多くの連隊・大隊が消えていく事になるのは、避けれなかった。

 

だがそれでも、防衛線に集中された戦力は、32個師団 35万人までの動員が限界であり、敵との兵力差は圧倒的である。

 

長すぎるライン戦線の防衛線は、問題も生じた。

兵力の少なさから細切れ状態となり、その間隙を敵に突破される危険性が大いにあった。

 

その穴を埋めるべく臨時編成部隊が戦術予備部隊という使いやすい語呂ではめ込まれる。

 

師団と師団の間に生じた空白地帯に臨時編成部隊を置くという場当たり的な対応で何とか持たせようとする。

 

実際、共和国が侵攻し二週間を経過しても大陸軍の集結はおろか輸送計画に基づいた準備にかなりの遅れを擁していた。

それから考えれば、マトモな援軍は期待できない以上は、現状戦力で何とかせよとなる。

 

そして敵は全力動員仕立ての大規模侵攻軍集団。

最初から完全に殺しに来ている。

 

帝国にとってライン戦線は、当初からクライマックス状態。

どう転んでもおかしくない危機的状態が、永遠と思える時間と秒単位で消耗し溶けるが如くの損失を出しながら帝国は戦い続ける。

 

共和国は圧倒的な数と尋常ならざる突撃攻撃を連撃を繰り返し、全面突破を図り続ける。

彼らについては、損失を考慮していないとも思える撃侵ぶりには驚嘆すら覚える。

 

両軍が地獄の淵に近い窯底で、業火の炎に兵士達の命が消し炭の如く消えゆく阿鼻叫喚の空間で、一進一退の攻防戦を繰り広げる事、四週間が経過。

 

共和国軍は、フランソワ軍最高司令官ジョセフ・ジョッフル指揮の元、アルサス・ラレーヌ地方で第三次全面攻勢を始動。

 

主力軍は先鋒を担う「エランの申し子」フェルディナン・フォッシュ率いる第20軍団、カステルノー司令官の第2軍団、共和国親衛隊、外国人突撃挺身隊等、総兵力30万以上の増強された軍集団「アルサス・ラレーヌ解放軍」による猛撃を開始する。

 

 

 

 

時は1923年 8月15日 午前11時13分

 

 

 

 

共和国が用意した2000門以上の火砲が全力射撃を開始したと同時に、一気に攻勢を開始。

1日に死傷者が2万を数える狂気の世界。

 

後に「血原地帯」と呼ばれる大攻防戦の狭間、ミューズ地方を守る第2防衛戦線にカイジがいる第144臨編歩兵連隊が半ば単独で戦い続けることになる。

 

 

 

 

 


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