戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 作:リースリット・ノエル
アルサス・ラレーヌ地方 8月15日 午後13時48分 ミューズ・ライン第2防衛線
第144臨編歩兵連隊 第1砲兵大隊 第3射撃陣地
大きく分けて3つに区画化された塹壕陣地帯がある。
その中で第3塹壕陣地帯の最後方に熟練の砲兵指揮官ロルフ・メーベルトが指揮する第1砲兵大隊が展開する主陣地が存在する。
榴弾砲用に築城された各露天掩体壕には105mm榴弾砲が備え付けられ、目下進撃を続ける共和国軍の突撃部隊に対し、全力砲撃を続けていた。
合計18門の榴弾砲が、数十分に及ぶ砲撃を行っているおかげで、砲撃で生じた硝煙が霧のように広がり、生臭い硝煙の匂いを嗅ぐ。
その中で、陣地内の各所にある弾薬所では大量に搔き集めた砲弾のロット・信管調整を10人ほどの各中隊の弾薬軍曹・弾薬兵長達が神業の速さで行い、調整が済んだものから片っ端から弾薬手達がバケツリレーのように手搬送で各榴弾砲の陣地まで運ぶ。
最初に調整した約1000発の砲弾を各砲のごとにある集積所に積載していたのだが、とっくのとうに使い果たしてしまった。
調整自体が時間が足りなかったのだから、こうして若く屈強な弾薬手たちが重い砲弾を担ぎながら奔走している。
爆音が鳴り響く中で、大隊は極めて統率の取れた組織力で間髪なく振り込む射撃任務を遂行し続ける。
機械的かつ無駄がない、徹底された基礎訓練と各砲班の再修正訓練の賜物であることは確かである。
大隊の砲兵達は、通信機から矢継ぎ早に流れる射撃指令、射撃号令に機敏に反応しながら、射撃要員が持てる技術を発揮たらしめる。
「ドーンハンマー10こちらタオべ1!中隊効力射、座標125-457、標高40。観目方位角1800、前進中の歩兵部隊、規模2個歩兵中隊。縦深不明。散開し始めている。」
「タオべ1こちらドーンハンマー10、内容了解。第2中隊に対し射撃命令下達 。中隊効力射、弾種WP8発、各個射にて対応。」
「第2中隊効力射!弾種WP、砲位角1400、射角340、各個に撃て!」
「装填良し!」「射撃準備良し!」
「射撃用意!……ってぇ~!!」「初弾はっしゃぁ!!」「2弾装填!」
「初弾、発射。秒時22秒…………弾着5秒前。」「弾着、今!送れ。」
「近し線上…増せ20、送れ。」
「増せ20!!…次はっ!射角350!」
第1砲兵大隊は、完成された砲兵組織として機能している。
致命的なミスなく運用できる部隊は宝である。
前進観測班と射撃指揮所、各砲班の三位一体の連携は、実戦という不安定な状態の中においても遺憾なく発揮はされている。
敵が固定目標ではなく、移動目標である以上は射撃の照準、精密性に問題は出る。
とはいえ、砲列による移動目標射撃の訓練も済ませている点もあり効力射撃として有効な弾を送り出し続けている。
緊急動員令の元、砲兵教導隊から臨時大隊長として赴任したメーベルト大尉は射撃指揮所内で、遅滞防御戦の要となる火力調整点に追加の符号をつけながら指示を出し続ける。
そうしながら射撃幕僚、火力運用幕僚らと観測班から選定された目標群にたして臨機に射撃任務を指揮下の各砲兵中隊に振る作業に追われる。
「(だから、幹部の仕事は嫌なんだ。やる事が多すぎる。射撃班長の方が如何に楽だったか!)」
メーベルトは、内心愚痴りながら、算定器を元に割り出した複数目標の距離間隔を地図にプロットする。
実際は彼がやらなくてもいいのだが、他に任せたら遅いし、正確じゃないと言うので、自分でやっている。
職人肌の現場砲兵が将校になるとこう言う癖が所々に出てくる。
本来は、中佐クラスの砲兵将校が大隊長に任ずるのだが、前線の砲兵将校が不足した為、教導隊出身の叩き上げ士官を総動員を行い、それにメーベルトも巻き込まれる形になった。
戦時における緊急事態ともあり、あらゆる手順をすっ飛ばし階級を無視した役職配置になる。
付け加えて砲兵教導隊は、任官して間もない新品の砲兵将校や新しく砲兵隊指揮官として赴任する佐官達を相手に専門教育する担当部隊という性質を持つ。
そのためメーベルトは、自らも大隊クラスの砲兵隊を動かすぐらいの指揮統制力、技量を持っている。嫌々ながらも仕事上、しょうがなく勉強したのではあるが。
鍛錬した指導力を元に幾人も砲兵指揮官として恥じない将校を育てた実績があるため、「貴官ぐらいなら、大隊長は余裕であろう?」的に人事編成課長に言われ赴任する運びとなる。
しかし、軍人として約18年以上軍務と国に奉公してきた以上、命令に従うのが当然。
内心はヤキモキする事はあれど、国家の危機に立ち向かう事態ならば、喜んでいかねばならない。
例え、そこが最悪の戦場であったとしてもだ。
「砲兵は常に果敢であれ!決して後ろに下ってはならぬ!!」
若き頃に徒歩砲兵射撃学校で恩師のブルミュラー指導官に教わった砲兵精神は骨の髄まで浸透している。
その結果、今の私があるのだから。
とは言え、後方の概念が消えた最前線の中の最前線で戦う羽目になるとは。
最悪の戦場というより地獄と形容したほうが正確だろうとメーベルトは思う。
ー逆にこの世界こそ、砲兵の誉れの場と言うべきかー
そう考えがよぎりつつも、思考と手を休めるわけにいかない。
前線から幾度となく舞い込む射撃要求に対し、遅延せずに正確・迅速に答え続けなければならないからだ。
「大隊長、戦闘前衛の第2大隊の正面右翼に展開する装甲車部隊と随伴歩兵大隊が更に肉薄してきています。先の砲撃で手負いですが、早急に対処すべきかと。」
射撃幕僚から大隊長のメーベルトに対し意見具申を行う。
「いや、目標としては散らばりすぎている。第1梯団の3、4割はやれたし、統制も崩壊している…後は前衛に任せておけ。」
本当は全て潰しておきたいのが、本音だが限られた砲の数では、どうしても対応できない。
それに第1梯団の多くが白リン弾のショックもあるだろうが、落ちたグラスが割れて破片が四散するように目標がバラバラになっている。
これでは、有効な効果を上げれない。弾薬経費的に割に合わないからだ。
後は前衛の突撃砲と歩兵部隊の戦闘力に頼るしかない。
そうなるならば、目標がグループとして纏まっている目標を優先に叩き、敵の力を削ぐのが賢明と思われた。
「ならば先程、突入を始めた敵第2梯団の歩兵集団を叩きますか?」
もう一人の幕僚が口を開き、提案を行う。
「そうだな。まず中央から潰そう。敵の統制を乱し、侵攻速度を出来るだけ落とす。」
統制をまだ保つ新しい梯団を叩くのが効果的だ。
まとめてやるには丁度良い目標。そう判断できた。
「では、射撃任務は第4中隊に任せましょう。第4中隊の連続斉射終了まで後3分です。そうすれば手が空きます。」
計画幕僚の一言で、少しメーベルトは考えたが、それを認めた。
多少の射撃時間の空白ができるのを気にしたが、それは神経質すぎだろうと結論づけた。
「まぁ、いいだろう……よろしい。それで行こう。さて次だ。」
敵は3倍とも4倍とも何とも言える集団が来ているのには、やはり嫌気がさすが、その代わり部下と部隊には恵まれていた。
理解がある部下達と少々無理な指示でも答えてくれる現場砲兵部隊の練度に、この連隊は救われている。
現状で、なんとか適切な阻止火力を発揮できているのが結果として表れているから確かである。
第1砲兵大隊は半分が教導隊出身、半分が軍務経験10年以上の予備役砲兵からなる混成部隊だから、逆に言えばこれくらい出来て当たり前とも言えるが。
後言えば、白リン弾の集中曳火射撃が想像以上に効果的だった点だろう。
ここの射撃陣地からは実際どうなっているか分からないが、前線観測班の魔導士からは敵第1梯団の統制を崩壊させ、多数の死傷者を出している事からもその効果は実感できた。
確かに教導隊では、試験的に白リン弾のテストをしたことはあったが、あくまでも敵の視界遮蔽を主に使い、副次的に焼夷弾として使えなくはないと判断している。
だが破壊力や広範囲の殺傷効果では、榴弾と榴散弾に劣るから、既存の主要砲弾をメインにすべきとの見解に至った。
だが実際は、これである。
戦力1万を超える第1梯団を潰すことすら、困難だったものが、今では第2梯団すら行けるのではないかとすら思うぐらいに効果がある。
「極東人にしては、よくやってくれたものだ。」
メーベルトはつい言葉に出てくる。
ー噂に聞く参謀将校の存在は知っていたが、まさかここまでとはなー
「はい?」
幕僚がどうかしたのかと顔を向けるが、メーベルトは軽くいなす。
「いや、気にするな。さて諸君、次の問題だがー」
どちらにしろ、目の前に敵を片付けなければならない。
そこに集中せよとメーベルトは気持ちを切り替え、砲火の絶えない陣地内の指揮所で射撃地図と幕僚達と格闘を続ける。
アルサス・ラレーヌ地方 8月15日 午後14時05分 ミューズ・ライン第2防衛線
第144臨編歩兵連隊 第1塹壕陣地帯 第2戦塹壕線 戦闘前衛指揮所内
カイジは、双眼鏡を見つつ周囲の状況を探り続ける。
視界に広がる地平線は、白リン弾がもたらした発煙で地上からの視認が困難になるほど、煙が立ち込める。
塹壕陣地から約2000先の平原一面では白リンの延焼で広がる炎が勢いを増し続けている。
夏場で、乾燥している環境なら平原もよく燃えるのだろう。
その周囲では炎上を続ける戦車と装甲車の亡骸が視界に入り、多くの共和国兵が蒸し焼け爛れている。
混乱と悲鳴、逃げる兵士、白リンの悪魔から逃れなかった兵士達、右往左往する車両。
烏合の衆に等しき状態が印象に強く残る。
四散した第1梯団の統制力は瓦解したに等しく、組織的な抵抗力が最早、皆無に思われた。
その模様から、カイジの隣にいた第1大隊 第3中隊長からは、一言「勝ったな」との言葉が漏れる。
どこかの冬月さんに似たセリフを聞いたカイジは、答える。
「いや、まだだ。奴らはこれで、終わりはしない。」
カイジは、地平線に睨みを利かせながら言う。
実際は、発煙効果により視程は1500mでさえ、怪しくなっていたのだが。
「ですが中佐。現在、第2梯団も突入してきていますが、同様の攻撃で跳ね除けられるのでは?」
周りの士官が一様にカイジに言うが、「そういう問題、じゃないと」と語りかける。
「確かに白リン弾の効果は大きい。敵の先鋒を挫くらいには、威力がある。」
急場しのぎではあるが、数がない榴弾の代わりになる程には力を発揮、敵第1梯団の組織的攻勢を挫くぐらいには。
「確かに第1梯団の攻勢の波は崩れた。だがあくまでも組織的には……だ」
訝しぶ将校達の反応にカイジは指で指し示して言う。
「前をよく見ろ。前をよく見れば、すぐわかるさ。」
そう言うと、山火事のような炎の波と白い煙の向こう側から、絶叫が聞こえてる来る。
恐らく、第1砲兵大隊の砲撃による犠牲者がまた出たのであろうと、指揮所にいる幹部たちは思ったのだろう。
実際そうであるのだが、半分正しく、半分は違った。
それを理解するのは大隊長のカイジと先任准尉のヴォルフだけだ。
間断なく砲声がやまず、空中で白リン弾が炸裂する中、発煙の向こう側からユラユラと影が浮かびあがる。
その影は、最初はポツポツした粒のようだったが、徐々に影の粒が大きくなり、そしてその数を増やしていく。
絶叫が大きくなる。だがその絶叫は苦しみの声ではなく、威嚇するような叫び、遠吠えのようにも聞こえる。
影の距離が更に近づき、輪郭がはっきりして来る。それは人型であると認識したとき
ー聞こえる絶叫の言葉が、大合唱しているかような野太い恐ろしい声がー
ー共和国‼万歳‼ー ー共和国‼万歳‼ー ー共和国‼万歳‼ー ー共和国‼万歳‼ー
白煙の向こう側から現れたのは、共和国軍兵士の群れだった。
重層的に響く絶叫の正体は、万歳突撃よろしくから始まる狂気のチャージ音である。
彼らの殆どは手負いでありながら、苦痛をどこかで置いてきたかのように構わず走り続ける。
白リンの延焼を気にせず、白い煙を巻き、オレンジ色の炎を身にまといながら突進を続ける。
「そんな馬鹿な‼」
前線指揮所にいた将校・幹部らは信じられないと驚きを見せる。
面食らうのも無理はないかもしれない。
ここにいる大半は、アルサス国境紛争を経験していない人間なのだから、なおさらだろうと。
反応を見て、カイジは思う。
そしてカイジは周りの将校たちに説明するように語る。
「彼らは、どんな状況でも前に進むしかないんだ。」
「後退は出来ない。強大な敵とぶち当たり、粉砕されても前に進むしかない。」
「最高指揮官が撤収信号なり、命令なり出さない限りは決して下れない。部隊長じゃないんだ。最高指揮官の命令が必要だ。戦況に応じた判断なんてまるきり無視だ。」
共和国軍の攻勢作戦の判断の是非は全て最高指揮官に全て委ねられる。
この戦線の場合は、総司令官のジョセフ・ジョッフル大将か、総司令の承認得た権限を持つ軍団長達、その代表がフェルディナン・フォッシュの裁可が必要になる。
要はジョッフルが、フォッシュが「前へ」という限りは、どんな事があっても進むしかないのだ。
当該部隊の長程度の存在ではどうすることも出来ない。恐らく師団長でも無理だ。
決められた計画が発動したら、発動しっぱなし。機能を停止するのは、理性を持って一度立て直そうと判断するか、兵力が枯渇するかだ。
ちなみに上記の二人には、止まる、後退するという考えはない。基本的に全くである。
「仮にこれは無理だと下がっても追い返される。最悪その場で、射殺か。見せしめのリンチを苛烈に行う。」
共和国の軍律は、帝国以上に厳しい。命令に違反して八つ裂きにされた兵士たちはダース単位に及ぶ。
恐怖による軍律の効果は素晴らしいほどに発揮している。
「だからエランの精神を糧に、鈍感なまでに祖国愛を貫き、戦わないといけない。」
極度なまでに攻撃精神と突撃に全てを求める姿勢は過去20年変わらない。
文化、社会、伝統をリミックスして謎の高次元の哲学化を遂げたエラン・ヴィタールの精神は兵士の思考を単純化させ、従順にするくらいには効果がある。
いわば大和魂だ。他の国にも似たものがあるから、この時代どこも一緒だ。
少し変わったとしたら、砲兵による徹底した弾幕射撃主義と大量の歩兵戦車、軽機関銃と小銃手で編成した戦闘群戦法を採用したことか、これはこれで正しい。
そこに恐怖をなんとか払拭できる兵士を揃えれば、ヒューマンウェーブの完成だ。攻勢に相応しい駒が出来る。
「後、白リン弾を受ければ、消火処置がほぼない戦場では後退したところで、息絶えるオチになるだろうから。最早、命を捨てた死兵となって突撃するしかないだろうな。」
「しかし、そこまでしますか!無駄な行為にしかおもえません!」
一人の若い士官が意見を挟むが、それに対してカイジは答える。
「弾除けか壁ぐらいには貢献できるだろう。上手くいけば、一人くらいやれるかもしれない。それにどうせ死ぬなら少しでも何かをするのが極限状態を超えた兵士の心境の一つだよ。」
カイジからしたら実際その模様を各地の紛争で見てきたし、国は違えど同様の死兵達をあらゆる戦線で、見てきた。
秋津島も連邦も、イルドニアもレプビリカ・スルビアもそうだった。
自身も似たような経験がある、思い出したくはないが。
だが心境は同じかもしれん。どうせ死ぬならと、一人ぐらいは道ずれにと。
「それ以上に彼らには、成し遂げなければならない事がある。」
顔をしかめる士官に対し、カイジは言う
「これは帝国への復讐戦だ。絶対にやり遂げなきゃいけないんだ。」
彼らは、絶対に忘れはしない。あの時の屈辱を。普仏戦争の時からずっとだ。永遠忘れいない呪詛、滾る執念を世代を超えて持ち続けている。
ようやく、ここまで来ましたが、まだまだですね。
来週には、また一本行きたいですな