戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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今日と明日で、後2話ぐらい更新予定。
後、手書きながらも解説用の図を描きました。
そんなに丁寧ではないですが、ある程度わかりやすいかと思います。


第23話 エラン・アタックⅡ

「共和国からみれば、帝国に全てを奪われたと思っている。アルサス地域、多額の賠償金。そして国家のプライドをズタズタにされたからな。」

カイジは、淡々とした口調で語る。

 

特に新鮮味も無ければ、驚くことではない。ずっと戦いの世界に身を置いてきたから、代わり映えしない認識である。

 

「こっちからすれば、あくまで共和国との戦争は国防上の防衛的処置になるが、彼らからしたらそれで収まらないものがある。」

 

カイジは、それなりの大人となり、軍人以上に特殊な経験を積んだ身であるからこそ実感できる部分がある。

加えれば、彼の性格として個人的感情とは、別に客観的分析をする傾向が強いのもあるであろう。

 

共和国は、その建国から史上最大の命題としたアルサス・ラレーヌ地域圏の奪還。

1875年の普仏戦争での大敗で大部分を失陥した固有領土であり、奪われたワインの故郷。

そこには帝国に対して長年に渡り鬱積した屈辱、怨嗟で凝固した不滅の執念は、図り知れないものがある。

数値化しても計測不能であろう。

 

極端に言えば、累積しまくる敵意は共和国市民の遺伝子レベルまで浸透している。

しかも共和国市民には、ゴリゴリの愛国者が群衆規模で存在するのだから民生プロパガンダが自然に大量発生する。

これの相乗効果は絶大であり、帝国に対する姿勢は官民一体となった盤石な状態になっている。

 

徹底抗戦の構えに対し、有無を言わさずの雰囲気が蔓延し、その同調圧力の半端なさは尋常ならざるものだ。

 

恐らく、「鬼畜米英」のフレーズを叫んだ戦前の日本と同じ状態だったのだろう。

環境と条件、歴史、文化が違えど到達する点は同じ結果に導かれるのは、わからなくはない。 

 

だから、幾ら敗北を重ねたとしても国家自体が破綻しない限り、彼らは何度でも越境してくるのだ 

 

前いた世界での、自分を含めた負け組達、負けを受容した人間たちとは一線を画するものだ。

 

その上、元が大陸軍帝国であり、かつてというか過去形にはなるがヨーロッパ中央大陸を我が物としたフランソワ帝国の歴史と誇りがある。

 

一つ彼らの尊厳たる形、象徴を帝国に打ち砕かれた上、奪われ、彼らのルールが支配する秩序を乱された。

しかも自分より劣るとみた新興国家に散々にボコられたのだから尚更、状況は悪化する。

 

「帝国は永遠の敵、出来るなら滅ぼしたいと強く願っている。それは、ある意味変えようがない性だ。」

 

言えば、敗北を繰り返す度に徹底的な抗戦姿勢を強めるのは、その為だ。

 

彼らにとって敗北を見れば、見る程消去したい黒歴史。

だが歴史は自らの思いとは別に時代の中で、自動的に上書きされて更新される。

 

消せない以上は、過去の敗戦を打ち消す以上のもので打ち消さねばならない。

 

自らの背中に重しのように乗る負の記憶も、滾る怨嗟の炎も。

 

そこに求めるのは、確たる勝利、味わいたい美酒。

求めるのは、名誉の挽回。

そして、過去40年分の復讐を完する事。

だから共和国は、もてる大陸軍を総動員して襲いかかってきた。

 

「彼らは許さない。今までされた事を倍以上で返還しに来てるのさ。こっちはそのつもりがなくとも。」

 

「そして成し遂げたい、復讐を。今度こそは、勝ちたいと。その条件が整ったのは今なのだから、戦うしかない。ずっと準備していたのだから。」

 

内線戦略の要となる主力野戦軍がノルデン方面に出向している以上、警戒線が手薄で防衛線も弱体化した西方方面を叩くのは絶好の機会。

 

帝国としては、四方を半ば敵国と認定し、油断できない均衡状態を方面軍で保っている以上、容易に各方面軍から戦力の引き抜きが出来ない。

 

その上、輸送の主人公格である鉄道のダイヤは、多重な計画・無理矢理な輸送計画によりかかる負荷は倍増。

結果、前線が望む増援が停滞して中々来てくれいないのだ。

 

 

 

共和国としては、帝国の背面をつける最高の条件が揃っている。

やらないはずがないのだ。今を逃す、理由はどこにもない。

 

 

 

指揮所の周りにいる将校達の中の何人かは釈然としない顔を浮かべつつも、全員ある程度の内容には理解を示した。

とかくそれ以上に「今は戦うしかない。」という今に差し迫った状況、内なる緊迫感が彼らを正面の敵集団に立ち向かわせる。

 

指揮所には、更新される敵情報が通信班からもたらされる。

 

「敵第一梯団は、残存部隊による散兵突撃を展開する模様。」

「前進観測班から、敵第二梯団突入開始!陣地前衛部からの距離約2800!」

 

「後続集団も確認。規模は複数の歩兵連隊、車両部隊。細部は発煙による視界不良の為、確認出来ず。」

 

「連隊本部より、第二梯団の後続を第三梯団とする。呼称はED3。」

 

「敵突撃部隊の先鋒集団との接敵まで約8分!」

「陣地前衛正面に四十輌以上の戦車が接近!随伴歩兵部隊多数、まもなく突撃破砕線に侵入!」

 

「第三大隊陣地正面1900に新たな目標。」

 

カイジは報告を聞きながら、思考を巡らす。

 

敵情から判断するに、損害を顧みない攻勢を断行し続ける事を決定しているようだ。

平原の各所で火災地帯ができ、白リン弾による長大な範囲の煙幕が生じてもだ。

砲弾が炸裂し続け、視界不良で前が見えなくとも共和国の突撃部隊は突っ切る。

投入される部隊は、途切れず増大し、戦線の圧力を増していく。

 

観測班の魔導士が確認できない地平線の先には、まだ予備戦力があるのか。

どちらにしろ、煙幕と化した白リン弾の発煙で視界は制限されている。

詳細の確認で、強行偵察させるわけにはいかない。

連隊に数人しかいない魔導士を失いかねないからだ。

 

だがやはり気になるのは、敵の戦力。

膨れあがる相対戦力の差は、このままいけば絶望的な状態に入るだろう。

確かに狙われる絶好のポイントに連隊はある。

 

ミューズ・ライン防衛線の主力部隊を務める歩兵師団の隙間に配置されているからだ。

自分の連隊は、隣接する師団の戦術予備と敵突撃部隊の突破を防ぐ警戒部隊としての役割を本来持つはずだった。

 

しかし、予備戦力に事欠くアルサス南部戦線では、遅滞防御戦闘の現状を保つために前線に投入される羽目になった。

物切れの戦線をなんとか穴埋めするために、臨時編成部隊で戦術上の時間稼ぎをしようとする。

 

広い戦線を守らざる得ない帝国軍としては、急場しのぎだとわかった上での判断。

 

戦線に穴が生じれば、敵からしたら容易な突破口となり、そこから侵入した敵部隊により展開する師団が側面から撃たれ、包囲・各個撃破される可能性があった。

 

だから、中途半端な戦力でも戦う駒として前に出さなければならなかった。

 

とはいえ、その結果生じたのは連隊自体がミューズ・ライン戦線の弱点として露出してしまったことだ。

 

共和国は帝国防衛線を突破すべく全面攻勢を発動したが、闇雲にただ攻撃しては前へという単純なものではない。

そのやり方は、既に過去のものとなった。

 

このアルサス南部戦線で見れば、ミューズ・ライン防衛線の全てに渡り同時攻勢を発動し、防衛側の帝国は戦線に拘束され行動の自由を奪われた。

 

大規模な陸軍を組織的に運用する術がある共和国は、数と量にものを言わせた飽和攻撃を絶えず繰り返し、それを間髪入れることなく同時期にだ。

 

帝国は防衛線を保つ以上は予備戦力も投入しなければならない。例え、部隊として体裁を持たないものでも搔き集めて投入する。

そこが狙いだろう。

 

帝国の後方に展開する戦略予備を枯渇せしめ、その殆どを戦線に投入せしめれば、共和国からしたら突破にしろ、迂回にしろ、その後の障害はないからだ。

 

後は、戦線で突破が簡単そうな弱点を探し、叩いて侵入すればよい。

有力な予備隊がなければ、対応以前の問題。

どんがら空きの空白地帯で自由気ままに闊歩できる。

 

その過程から考えれば叩き潰す目標として選ばれるのは、自分がいる連隊になってしまうのは必然。

避けようがなかった。

 

しかも予想通り、両脇を固める師団からの増援なり、支援射撃なりは現状求められず、航空支援も期待できない。

 

帝国中央総軍からの緊急派遣部隊も来るのは、いつの未来になるか分からない。

緊急展開能力がある魔導士部隊は主要な戦線で引っ張りだこで、これも望めない。

これも戦線に広く分散展開しすぎて、もはや戦力として運用出来てるか怪しい部分が目立つ。

出来たとしても、効果的な運用は難しいだろう。

 

中隊程度の規模があるなら別だが、小隊単位の場合では敵の濁流のような攻勢に飲み込まれるだろう。

加えて、共和国には魔導士を狩る専門部隊:捜索魔導部隊がある。

小部隊の分散を帝国がやってしまっているなら、各個に捕捉殲滅されてしまうだろう。

どちらにしろ魔導士の存在も望めない。来てはくれない。

 

糞、なんて状況だ。

 

敵正面の戦力は、推定二万以上にも達するというのに、何一つ援護を受けれないのか!

 

実際カイジの洞察と読みは、的確に現実を映していた。

強いて違うとするなら、連隊が対峙している共和国突撃部隊の全容戦力だろう。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

カイジの連隊正面には、共和国第3師団だけではなく第12戦闘旅団が展開し、更にその後方には第9軍団からの増援部隊も急行していた。

戦力にして軽く4万を超えていたのだ。

 

戦線を固めていた第29歩兵師団、第72歩兵師団は、共和国の猛撃を受けていたためカイジの連隊に気にかけれる余裕もなかった。

 

3~4つの部隊からなる戦闘拘束グループにより各師団は己の戦闘力維持に躍起になり、部隊の生命活動を全力で防衛しなければ明日は見えない状態だった。

 

師団防衛の為に、緊急展開した魔導士、空軍航空機隊をそこに集中させていたのもあり、カイジの不運が重なる要因になる。

 

 

この絶望的な情況をカイジはどう切り抜くのだろうか。

 

 

 


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