戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 作:リースリット・ノエル
「さぁて、どうします?」
隣にいたヴォルフ第1大隊先任准尉が確認するように語り掛ける。
陸軍入隊してから30年以上経つ熟練の闘志たる彼からすれば、見慣れた戦場の一風景だ。
それでも圧倒的な数を誇る敵を対峙しては少なからぬ不安は抱くのである。
「逆の立場だったら、楽なんだがなー」と頭に手を組みながら、視線の先にある軍勢をみる。
正面には後先を考えず突進する戦車群。
先に待ち受ける運命など知らずに雄たけびを上げながら平原を浸透する兵士の集団。
手負いであろうが、死に瀕してようが関係なしである。
ぐちゃぐちゃになった戦闘隊形では、統制の取れた戦闘行動は不可能だ。
だが突撃とはそういうものだ。
一度、敵陣地目掛けて前に躍り出れば、大体はそうなる。
砲爆撃、機関銃の十字砲火を浴びながらの攻撃は、一定の戦闘秩序を維持できるような容易いものではない。
一瞬で何十人がなぎ倒され、部隊で脱落者、死傷者、発狂者を出しながらの攻撃だ。
これは共和国であろうが、帝国であろうが、どの国も変わらない。
結局、重要なのは固い防御陣地、抵抗力を持つ守備隊を持つ戦線すらも潰し踏破できる数と力を持てばよい。
大量の兵士と戦車で一気にいけば困難な事ではない。
その点で言えば、共和国は充分すぎる手数を揃えている。
先の白リン弾で、敵の足を鈍らせることに成功はしたが、それだけでは十分ではないのがよくわかる。
目に見える突撃集団の向こう側、白い発煙で立ち込める向こう側にも幾つもの波状線が連なっているのが想像できた。
さて、どうするか。
その問いに対し、カイジはヴォルフに答える。
「やる事は、変わらないさ。今まで準備していた事を発動させるだけさ。」
この防御塹壕地帯で数日という幾らか得られた準備期間で、やっつけ作業だが連隊が防御するには機能する拠点として構築することは出来た。
あとは連隊幕僚ら、各部隊指揮官達と協議を重ねた火力調整会議の決定案、連隊長に承認された防御計画に基づき号令、命令を通達するだけである。
「確かに、この状況で直ぐに何か出来るわけじゃないですからねぇ。」
防御戦闘は、攻撃以上に準備の結果が求められる。
準備の段階で、戦いに決する事項が浮かびあがるのだ。
戦闘に突入した後は、最終的には兵士たちの働き次第にかかっている。
一重に戦争の不合理でどうしようもない現実。
半ば他力本願と同等である。
「ああ、そうだな。それに全く手がないわけじゃない。運否天賦に全ては掛けれないからな。」
「上手くこちら側が望むように誘導すればだ。いけない事はないさ。」
カイジが双眼鏡で一瞥しながら答え、それにヴォルフが人差し指で正面の敵を差しながら言う。
「共和国が正攻法で、ドンパチ仕掛けるって条件付きならですか?」
共和国軍が迂回したり、両翼包囲攻撃を仕掛けずに真っ向正面から来るには、理由がある。
下手に迂回すれば、連隊の両脇を固める師団の防御火力線にぶち当たり、側面から砲撃を諸に喰らいかねない。
更に二つの師団の一応後方と呼べる地域に師団の全般支援任務を約束する集成砲兵部隊の庇護下にある
120ミリから最大240ミリクラスの榴弾砲がズラリと並ぶ火力サーカス集団が展開しているのだから、迂闊な事をして師団の警戒線を抵触などすればどうなるか。
部隊が軽く消滅し兼ねない。
それらを理解している共和国軍は、損失を顧みずに真っ向勝負で戦いを挑むしかなかった。
カイジとヴォルフからしてみれば、連隊もその女神の庇護下に入れるはずだったのだが、そんなものはなかったの如く支援要請を却下された。
2、3門でもこちらに振り分けられないのだろうか?と疑問に思い、互いに愚痴りに走ったが現実がそうである以上、妥協した。
「そういう事だ。小細工なしの力ずくで突破するなら勝機はなくはない。正直、微妙なトコだが。」
勝機はなくはないというのは、ほんの少し先の未来、数時間先はまだ生き残ってるだろうといった具合のものだ。
「だが、それに賭けるしかありますまい?」
「まぁな。」
戦場で生きる兵士、下士官、将校達は数日という先ですら遥か彼方の未来に感じる。
ただ一分先、一時間先の未来を掴み続けようやく明日を見いだせる。
その為に持てるもの全て使い尽くす。
そうでしか、いやそうする事でカイジやヴォルフはようやくの思いで生きてきた。
戦闘前衛第一線の配置につく、数少ない古参兵達も同様であろう。
「それとも神に祈りますかね?ああ、我を守り給えよって感じに、もしかしたら本当の女神が助けに来るかもしれませんぜぇ?」
ヴォルフは、救いを求める信者のように手を合わせ天に祈るようなポーズを取りながら言う。
彼の特有のおふざけである事は直ぐに分かった。
「おいおい、冗談はよせよ。もし、神がいたのならもっとマシな世界になるはずだろ。」
カイジからしたら、居たところで現世で苦しむ人間を救わない存在など居ないのと一緒であると認識していた。
戦争の死神が徘徊し、強者でなければ奪われ失い続ける世界に神の片鱗を見せた救済やら、奇跡はあったか?
ない、見たことがない。救いの手を差し伸ばし介抱してくれるのは、教会のシスターかナイチンゲール財団の人間達ぐらいだ。
要は人間は人間の手でしか助けれない。
何のご利益も預かったことはない。頼む、助けてくれ、神様ぁ!と願うことは無数にあれど奇跡とか救済の類に遭遇したことはない。一切だ。
前の世界も、今の世界も絶体絶命の状態に叩き落とされた事は何度もあったが、何とか地獄の淵から這い上がれたのは、周りの仲間と自分自身の力で寄ってのみだ。
今もそうだ。戦場に運の作用はあれど、奇跡は存在しない。
奇跡のように見えても、そこには幾重にも組み込まれた策略、きっかけ、人が追い詰められた時に見せる底力が結果に結びついた必然だ。
そのような認識を彼はしていた。
「とにかくだ。」
カイジは、戦闘指揮所から各指揮官、将校達に通信で端的に令を達する。
「予定通り連隊本部から通達されるだろう。各員はその指示に従え。」
「防御射撃は、三段階に分けて行う。各級の指揮官は射撃統制を厳となし、指示を待て。不具合があれば、再度通達される。」
「状況によっては連絡網が寸断される可能性がある。その場合は、各指揮官の判断に委任する。各指揮官の幕僚はよく補佐するように。」
指示を終えたカイジは、傍にいたカイジの大隊隷下の一部隊を率いる第3中隊長に再度、確認の指示を出す。
「ラッケル少佐の中隊は、第1大隊の側面援護をお願いします。火点の集中地域は大隊主力陣地と交差するので、タイミングを合わせて下さい。」
ラッケル少佐は、階級はカイジより下だが、歳が10歳も上でかつ、この連隊で会って浅い間柄。よくは知らない。
付き合いの長いヴォルフと違い、命令口調やタメ口で言うのは何となく憚れた。
ラッケル少佐が「はい。了解しました。」と言い、そそくさと敬礼すると自分の中隊まで駆け出して行った。
その後ろ姿を見届けると、大方の用意は終えた事を確認し、迫りくる敵に面と向かう。
敵に睨みを気かしながら、決心を固めるように呟く。
「敵が倍にしてくるなら。それ以上に返してやる。倍プッシュだ!」
「倍プッシュ?面白い言い方をしますねっ。」
今度、俺も使うかなとニヤニヤしながら言うヴォルフをよそにカイジは通信士官を呼びつける。
「その前に、前哨戦だ。おい、通信士官来てくれ。」
呼ばれた細身の通信士官が「はい!」と返事をしながら駆け寄り、カイジに耳を傾ける。
「敵航空戦力の有無を確認したい。」
アルサス・ラレーヌ地方 8月15日 午後13時59分
カイジがいる第144臨編歩兵連隊の前面に進出する急先鋒は、共和国軍の戦車隊であった。
先の攻撃で混乱が生じ、幾らかの損害を出しつつも全速で帝国防御陣地帯との距離を狭めていた。
整然とした横一線の横隊体形が完全に崩れ、各車両は散り散りになりつつも数だけ見れば、強力な戦闘力をまだ保持している。
この時の陣容は軽戦車を主体とした集団で、前衛は48輌のFCM36とホチキスH35。
後続には21輌のルノーNC27が続き、急いで前進して、攻撃する事を目指してエンジンの轟音を響かせながら平原を躍進する。
「まもなく、敵の防御戦にぶつかるぞ!各車両は、射撃用意!射程に入り次第、各個に撃て!」
暑苦しい室内で無線機越しに指示を出すのは、軽戦車隊を率いざるを得なくなったジェラール・エメ大尉。
白リン弾の曳火射撃で統制を失い、統裁官(戦車隊の総指揮官)が乗る指揮車両が運悪く炎にまかれ指揮系統が混乱、壊乱しかけた戦車隊を無理くり纏め上げ攻勢を再開するに至る。
脱落車両が出ており、損傷を受けた戦車もあるが上級司令部から全部隊に下達された「無停止攻勢」指令が生きている以上、攻勢を続けるほかなかった。
「おいっ!アダン!信号旗を出せ‼後、信号弾も‼赤二つな‼」
傍らにいた装填手のアダンの肩を叩き、大声と手でサインを送りながら指示を出す。
アダンは、急かされる様に信号旗と信号弾を探し出し、エメ大尉に渡す。
そして狭い砲塔内の上部ハッチを開け、信号弾を上空に二発撃ち、信号旗を他の車両が見えるように大きく振り合図を送る。
合図を送り終えると砲塔後部に備え付ける。
危険が伴う作業だが、無線機が全車に配備されていない以上やむ得なかった。
伝達作業が済めば、エメはすぐさま車内に潜るように戻る。
また敵の焼夷弾で、焼かれる可能性があったからだ。
共和国の戦車は、数は多いが無線を搭載した車両は全車両に行き渡らず、指揮車両を優先して配備されていた。
しかも無線機があるのは、いいが感度が悪く波長距離も短かった。
その為、指示をする際は無線で各指揮車両に伝達した上で、信号旗を砲塔に掲揚し、信号弾を撃ち出さなければならなかった。
正しく二度手間であり、非効率的な指示伝達方法である事は、エメも理解していたが、現状はしょうがない苛立ちの中で諦めている。
それ以上に苛立たせたのは、戦車の足の遅さだった。
「糞っ!もっとスピードは、出ないのか!」
操縦手のマクシムに怒鳴るように叫ぶと、彼は困った顔を浮かべながら、エメに言い返す。
「大尉!それは無理ですよ!この36じゃあ最大20キロ少々が限界です!それに速度一杯で吹かすと色々危ないですよ‼」
「(くッ‼分かっているが、何とかならんのか‼)」
彼が乗るFCM36にしろホチキスH35にしろ大体、速度性能は鈍足であった。
この時代の共和国戦車の大半は20キロから最大28キロ前後の速度が限界だった。
ちなみにあくまで整地速度でのスペックであり、不整地になると更に悪化する仕様である。
元が歩兵を援護する歩兵支援車両として作られた為、歩兵に追従する以上は機動力をあまり重視をしなかった面が共和国の設計思想に表れていた。
だから、戦車隊全体の平均速度は15キロ~18キロ程度のノロノロとした移動速度となっている。
「まるで、カメさんの大移動だな!これじゃあ、格好の目標じゃないのかぁ‼なぁ、アダン‼」
装填手のアダン「はっ!そうですねぇッ」と返事をしながら砲弾の準備に勤しむ。
聞いているのか、いないのかよく分からなかったが、別に構いはしなかった。
ただの鬱憤晴らしのうわ言を言いたかっただけなのだ。
「(帝国製の戦車は、40キロ以上の高速で走り回るのに対し、俺らはその半分以下だ。中途半端な機動力では意味がない。)」
エメは過去の第3次アルサス国境紛争に従軍した経験がある。
その際の戦車戦では帝国製の戦車の機動力で翻弄され、しかも火力は段違いに別格だった。
火力と機動力に劣る共和国の戦車隊が大きな損害を被った事は今でも覚えている。
ーそこに私もいたのだからな。ー
戦車がせめぎ合う混戦の中で、俺の戦車はケツから敵戦車に撃たれ、撃破された。
何とか乗員共々、脱出に成功したが周り一面には、味方戦車の残骸で埋め尽くされていた。
だから高い火力と機動力に優れた戦車を俺たち現場の戦車乗りは強く求めた。
その攻が奏してか使える新型戦車を幾つか作ってくれたが、俺たちには回ってこなかった。
何でも「精鋭部隊を中心に優先配備される」って話で、良くある話だがとんでもなくツイてない。
その代わり、現用車両を改修するから我慢してくれって運びになって今の戦車だ。
FCM36とホチキスH35は共に、前面装甲が40ミリと比較的頑丈な作りで、主砲は対戦車戦闘に備えた長砲身の37ミリ砲を装備をした上で、乗員も二名から三名乗りになった。
前の玩具のような戦車に比べ幾らかマシになったが、いかせん速度が遅い。正直、火力も微妙だ。
だから、上は質に劣るなら、数でカバーすれば問題なくねって感じで大量の戦車を作り、投入する形になったが。
全体の練度から見て組織的な戦闘隊形の習熟すら怪しい上、無線がなく指揮伝達にも障害がある状態で戦うのかって話なんだよ。
「本当に大丈夫かよ、これで。」
エメがぼそりと言った言葉には、嫌な予感と忍び寄る不安が交差する感情の証言だ。
命令である以上は、やるのが当たり前だが。
拭えない嫌な感情が付きまとう気持ち悪さをエメは強く感じる。
敵の陣地帯が近づけば、近づく程にだ。
何か起きる気がする。
彼は、脳裏に何かよぎる。考えすぎか?
しかし、その予感は、見事的中し現実のことになる。
共和国戦車のH35やFCM36の型番は、年代で表していますが、この作品では生産工場の番号から来ているとの設定です。
また、明日更新します。