戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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二週間の出張でも、やはり日本を離れるとやはり住み慣れた故郷が恋しくなるのは、私にとって必然。なんともいえない感覚です。



第26話 エラン・アタックⅤ

「装甲ついてんの?紙切れ同然じゃん、こりゃ。ハハッ!」

 

そう笑いながら毒つくのは、塹壕陣地帯 第一線戦闘地域で幾つも居を構える機関銃陣地の銃長の一人、第144臨編歩兵連隊 第4中隊 第3機関銃小隊所属であるイーゲル・マンハイム上級兵長。

 

アンティークのような古ぼけた単眼鏡を片手に覗く視界の先に彼が見たのは、猛然と騎兵隊が如くの突撃を見せた共和国の戦車隊と言えたものが、次々と葬られていく光景だった。

 

敵からしたら悲愴な瞬間が瞬きを繰り返すたびに引き起こされていく。

 

こちらからしたら、敵戦車隊の悲壮な最期を目撃しながら一種の爽快感を心臓の鼓動とリンクしながら発露していく。テンションが上がるのだ。

 

兵役にして6任期(帝国陸軍では1任期2年計算)、12年を数える兵隊屋のイーゲルは、敵戦車隊のドミノ倒しを見つめ、興奮を感じながら自らの長く小さな戦場の歴史記録で似たような光景を見ていた。

 

戦車が誕生して間もなく、地上の花形がまだ辛うじて騎兵であった時代。

彼の部下であるヨハンとラルフと同じピチピチの初年兵だった頃に参加した「ポルカ=ルーシー戦争」でポルカ側に帝国非公式対外派遣軍の兵士として動員された時である。

 

状況は、今と似たようなものだった、

連邦の数に物を言わせた大攻勢に対し、塹壕陣地で足を止める方策で迎え撃つ。

 

やっつけ作業でひいひい言いながら、上官に急かされ怒号の中で作り上げた塹壕線で機関銃シュパンを手にしながら息を殺していたあの時。

 

正直、心の底からビビっていた。

 

正面から迫るは、当時世界最強で最大規模を誇るコッサク騎兵軍団。

その急先鋒を指揮するのは、無敗将軍として名高いミハイル・トゥハチェフスキー。

 

実際、コッサク騎兵がどんなもので、敵の将軍がどんな奴であるかは当時新兵だったイーゲルにはよく知らぬ存在であったが、連隊を指揮していた連隊長がその名を聞いた後、体調を崩し、大層な格言やら何やら訓示と称して言いまくる歩兵大隊長が次の日には無言になる程の効果はあった。

 

彼等と彼を知る将校は、皆一応に重苦しい雰囲気に包まれていた事を司令部伝令業務についていた同期の奴からこんな話を聞いた。

 

「とある日に小銃中隊の中隊長が行方をくらましたらしい。でっそれを聞いてどうか。逃げても、しょうがないなだとか言っていたな。先任将校のボズ少佐は。」

 

イーゲルの属する中隊でも色んな噂が飛び交っていた。

それを聞いて、彼は「詳しくはよくわからんが、とにかくヤバい奴らが来る!」という認識が構築され、それが心の底からぞわぞわとした恐怖のうねりを感じるのだった。

 

機関銃のグリップを握りながら、強張る体と顔の硬さは今のヨハンとラルフと変わらずも劣ることはない。それ以上だったかもしれない。

 

大丈夫だ!いや、大丈夫じゃない!いや!大丈夫だ!と自分に言い聞かせる事を無限に繰り返す内に気づけば戦闘に突入していた。このような時に限って、時間は長く感じ実は短く過ぎるものである。

 

加速する戦火の中で、砲撃の傘下で、ルーシー人特有の雄たけびが轟く。

騎兵集団の駆ける馬蹄の振動が響き、恐ろしきコサックの姿がくっきりと視認できる距離に迫った瞬間に銃長が「撃て!」と叫び、イーゲルは必至の我慢で耐えた引き金をようやく引く。

 

その瞬間は、すべての呪縛から解き放たれたようなものだった。

シュパンの連射音を耳で聴き、視線の下に被さる発砲炎の閃光を見ながら連射された銃弾はコサック騎兵を薙ぎ倒していった。

 

恐れていた騎兵集団が次々と銃弾の雨に倒れ、サーベルを高く掲げたコサックたちが落馬していく様は痛快だった。面白かったのだ。自然と笑みが零れたのを覚えている。

 

なんせ引き金を押し込めば、簡単に倒せたのだから。

機関銃の射程を生かした先制攻撃、連射による制圧力が絶大だった事は間違いないが、それ以上に作用したのは対騎兵戦術である。

 

現実は、敵主攻を的確に予測し、特定の塹壕線に30以上の機関銃を集中させ、死角がほぼない濃密な銃火線を巧みに設定した当時帝国対外派遣軍の作戦幕僚だったゼートゥーア中佐、ルーデルドルフ中佐のツーコンビによる手腕だったことは大分あとになって彼は知った。ぶっちゃけ、「ふーん。そうなんだ。」といった程度の反応だったが。

 

戦術とか細かい事を考える事を嫌うイーゲルがこの戦いから肌で感じ、学んだ事は単純なものだ。

 

「殴られる前に、殴れば勝てる。」

 

敵のリーチに入る前に拳を撃つ事ができれば、倒せる。

自分の間合いに入らせず、敵の力を発揮する前に天国に昇華させる事が重要であると。

接近戦なんて華やかさを感じさせる戦法は極力使わない。

 

そうすれば、生き残れる。

束の間の時間で過去世界を巡り、現在に戻ったイーゲル。

彼は目を丸くしながら前方で起こる戦闘を見つめる二人の二等兵に声を掛ける。

 

「どうだ!お前ら、面白いだろ。こりゃ。近づけば戦車は怖いが、離れていればそう怖くはねぇ。フラン戦車のてっぽう(戦車砲の事)は、射程が大体短いからな。フラン戦車の射程外からうちゃあ問題なく仕留められるってわけだな。」

 

いい勉強になったろ?と言うイーゲルに二入は同意のハイと返事をする。

そうしてヨハンはイーゲルに質問を投げる。

 

「銃長!戦車は遠距離で倒せば僕ら歩兵としては安心だというのは、わかったんですが……あの攻撃どこの部隊がやってるんですか?」

 

目下、共和国戦車の犠牲が積み重なる。砲撃は続き、新たな火線が生まれる。

空気を切るような飛翔音が一瞬聴こえ、一瞬の後にまた一台が天に召される。

 

ラルフが布製の弾薬ベルトを持ちながら口を開く。

 

「そうです!隣の対戦車砲はまだ撃っていませんよ。」

ラルフは周りを見渡しながら話す。一瞥すれば、周りの対戦車砲小隊は射撃しておらず不思議に思うのも無理はない。

 

ヨハンは片耳に手をすましながら

「なんというか、音を聞く限りでは後ろから?……聞こえますが…」

そうしてラルフが

「砲兵隊かな?でも大分、後ろでしょアレ。」

親指で背後を指すラルフ。

 

新品の初年兵程度でも連隊の砲兵隊が後方に配置されているぐらいには理解度がある。

 

「もしかしたら、いつの間にか前にでていたのかも。」とヨハンはラルフに言うが、「残念。不正解」と言いイーゲルはニヒルな表情を浮かべる。

 

じゃあ、答えは何だ何だ!と二人の二等兵は詰め寄る視線を送る。

 

目下、砲撃は続いている。

一両のFCM36が直撃を受け、ドリフトを決めるように弾ける。

 

「確かに砲兵隊のパンチ力なら仕留められるな。それは正しい。」

 

一両のルノー戦車が爆発し、砲塔が宙に舞い、乗員が車外に投げ出される。

ズタ袋になってだ。

 

「だか砲兵隊は前に出ていない。目下、第二支援体制を継続中だ。」

 

砲火が絶えない中、まるで先生と学生のやり取りを行う様は異様である。

機関銃陣地が青空教室としてイーゲル先生の授業が進む。

 

「あっ!そうだ!」とヨハンは飛び上がるように声を上げる。

「えっなに?答えわかっちゃったの?」とラルフは反応し、少々先を越された感覚に敗北感を滲み出させる。

 

「突撃砲だ!ちょっと後ろに突撃砲があるでしょ!それでしょ!」と叫ぶヨハンに「それだ!」とラルフ。

 

しかしイーゲル先生は「いやいや、残念。不正解」と首を振る。

「えー、なんでですか?」と少々ふてるヨハン。

 

「確かに突撃砲なら殺れるだろうがな。残念、まだ距離が遠いな。とはいえ、着眼点として悪くはない。対歩兵戦以外でも色々と使えるからな。」

 

三号突撃砲の主兵装は75ミリ砲と口径は大きいが短身砲の為、射程は短い。

威力が高いだけに残念ではあるが、元の任務は対戦車戦がメインではないのでしかたがない。

 

「じゃあ、戦車かな。三号なんとかってやつ。」とラルフ。

それに対し、ヨハンは「突撃砲と一緒でしょ。でも、戦車見かけんかったけどな。」

 

確かに戦車隊は第一線の塹壕地域には姿を見せず、第二線陣地にも存在はしていない。虎の子の戦車隊は、連隊後方地域に展開しているため当然だった。

 

「あらかたお前らの回答は尽きたところか。そうだなぁ……そろそろ答えを言うべきか。時間も時間だしな。」

イーゲルはくすんだ腕時計を見ながら、答える。

 

もうじき、機関銃分隊の仕事が舞い込むまで時数分を指し始めていることを腕時計は教えてくれる。

 

「そろそろ、気分転換は終わりにしろよ?本当の授業を受けなきゃならんからな相棒。」と語りかけるように時計の秒時は刻み続ける。

 

見れば、二人とも答えを知りたがってしょうがない面をしている。

これから大変な目に会うこともつゆ知らずと言ったところだ。

 

もしかしたら、いやもしかしなくても最後になるかもしれない間柄なのだから、ちっぽけな悔いでも残させてしまってはいけないだろうなとイーゲルは思い、口を開く。

 

「正解は、みんな大好きアハト・アハトさ。高射砲なんだがなー」

 

それを聞いた二人は、互いに確認するように「アハト…アハト?なんですかそれ?」

 

あー、知らねぇのかよ。こいつら。

 

 

 

 

アルサス・ラレーヌ地方 8月15日 午後14時25分 ミューズ・ライン第2防衛線

 

 

 

第144臨編歩兵連隊 第1塹壕陣地帯 第2戦塹壕線 戦闘前衛指揮所内

 

 

「これは、また酷い。ああ、酷いねぇ。なんで、こうも一方的かねぇ……ああっ!また一台やられた!もうちょい頑張れよ!!フラン野郎!!」

 

ベースボールの試合観戦でぶつぶつ独り言を音量大にして語るおっさんのような体をなすのは、ヴォルフ准尉。おっさんであることは、間違いない。齢49歳である。

 

だが現実は、スポーツ観戦のような平和的なものではなく、陰惨な戦場観戦である。

この時点では、そのぐらいの余裕がまだあった。

 

 

敵の突撃は開始してから時間は多少過ぎたが、敵戦車集団が塹壕陣地直前に到達するには至らずであった。

 

それには共和国製戦車の鈍足さも影響はしていたが、またしても彼らの足を掬われる事態に直面していたのが大体の原因だ。

 

その光景は、ヴォルフが言ったように一方的な攻撃を受け、前進がままならず損壊を増やしていく敵戦車隊の末路の一端を表している。

 

言えば、連合王国の貴族が嗜む狩猟行為とも見て取れる光景だが、的当てといっても差し支えない。

 

移動する的に当てる作業を実に的確に彼等はこなしてくれている。

 

だが一方で、まるで敵を応援するような言動を見せるヴォルフには注意が必要だ。

幾らか同情の余地は敵にあるかもしれんが、それをただ見過ごすわけにはいかない。

 

ぶっちゃけた話をすれば、ヴォルフのおふざけであることをカイジは理解していたが、それは彼等の二人の間柄であればこそ。

 

他の人間からしたら、「何言ってんだ、こいつ?」と訝しげな態度見せるだろう。

実際、戦闘指揮所にいる将校らから妙に嫌な視線を向けている。言葉に出さないが、心中で何を思うだろうか。

 

「お前らのエランをもっと見せろ!エランだ!困難を克服して見せろ!」と叫ぶヴォルフと冷たさを増す将校たちの視線。

 

もっと熱くなれよとでも言いたいのか。

カイジは前世界でテレビCMでよく見かけ、とある動画では炎の妖精とネタにされていた熱血漢のような言動を振りまくヴォルフ。

考えれば熱血漢的な所はなくはないが、彼の場合違う世界に振り切れている為、実像は異なる。それは悪い形で、ということだ。

 

そろそろ介入せねばならないと決意したカイジは、「赤い血を流した先に戦士になれるんだろ!何とかしてみせろやぁ!!」とヴォルフが言ったあたりでカイジが割って入る。

 

 

冷徹な緊張感が狂言的なまでに引き上がる世界で、ふと見せる平時のようなやり取りは、また人間と戦争が持つ不思議で説明し難い内面性の一つである。

 

そんな中でも目下、砲撃は続く。

共和国戦車隊は死線のど真ん中で往生し、歩兵は空の厄災を受け止めながらも前進を続ける。

 

彼等の背後には、更なる梯団が続き、次々と死のスタートラインを切り始める。

 

帝国軍の塹壕に潜む兵士達は、防御システムの一部として段階的な起動を始める。

 

そして、空の戦いにおいてもカイジの大体主力陣地から30マイル先に小さな変化が生じ始める。

 

アルサス全体からしたら数十ある戦いの小さな一面でしかないが、ここから始まる。戦争における全てが。二人の人間を通して、映し出されていく。

 

 

 

 




次の更新は、近ければ今週末に更新できるかも知れません。


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