戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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第28話 エラン・アタックⅦ

ヴォルフに引きずられるようにカイジは、野外トイレに連れ込まれる。

一般的な公衆トイレと同じ仕切りと広さを持つ空間に、カイジを投げ飛ばす。

咄嗟にバランスを整えて姿勢を変えながら、ヴォルフと対峙するように体を向け、視線を彼に向ける。

その視界に入ってきたのは、限りなくクローズアップされた大きな拳で、強烈なパンチをまともにカイジは喰らう。

鈍い衝撃、打撃を受けて反響する鈍い音、一瞬目の前が暗くなり、視界が回復した時には、尻餅をついて天を仰いでいた。

口の中には、鉄の味で一杯に満たされ、唇の端から血が滴り零れる。

 

ー久しぶりに喰らったな…あいつの鉄拳制裁…まじでぇ痛ぇ…ー

全盛期の時から未だ劣らずの威力だなと思い、瞬間的に懐かしさを感じるカイジ。

訓練兵時代に幾度となく喰らいまくった事を、文字通り噛み締めるように思い出す。

 

「糞いてぇな…エンドウさん、あっ…ちげぇか…」

 

思わずかつての敵であり、仲間だった人間の名前を口にだし、訂正する。

このヴォルフという男、顔のキズを別とすれば、前世界にいた遠藤勇次と瓜二つだった。性格と言動も何となく似ているところがあるのがある種の因縁深さを感じさせた。

 

だから、昔からの癖でついボロりと出る度に「俺はエンドウぅじゃねぇっ!」って叫ばれるわけだが、今回はそんな雰囲気ではなく、何も言わず敵意に似た視線をヴォルフは、カイジに

 

口に溜まった血だまりを吐き捨て、ゆったりと立ち上がる彼の前には、鬼の表情に変えたヴォルフが目の前に立つ。

あたりには、すえた匂い、肥溜めの匂いが漂う。

 

トイレといっても水洗式のような高尚な文明の産物はなく、酷く原始的なモノである。

ただエンピでそれなりの深さに掘り返した穴が四つ等間隔で並び、そこで用を足す。まだ仕切りがあるのが幸いだった。

穴には、木製の蓋でふさがれていたが、漏れる不快な匂いを押しとどめる程の密閉性はなかった。

 

お互いに睨み合いながら、束の間の沈黙。高射砲の射撃音、後方から響く野砲の斉射音が響き続けている。

最初に口を開いたのは、ヴォルフだった。

 

「カイジ…なんて事をしたんだ…何故だぁ‼︎…」

怒りを滲みさせながら、悔いるように声を絞り出すヴォルフに対し、カイジは淡々と答える。

 

「だからさっきも言ったはずだ…調達したんだ……使える駒を…確かに少し強引だったが、それでもやる必要があった…結果、功を奏した…」

あたかも当然の事のように、正しい事をしたと言うかのようにケロリと語る。それがヴォルフからしたら余計に腹立たしかった。

 

「少しどころじゃねぇだろ!やってることはぁ…恫喝した上、司令部の意向を完全無視した独断の戦力編合!…強奪行為そのものじゃねぇか‼」

 

武力を用いた恫喝による越権行為、指揮系統を無視した行動は、明らかな独断専行で非常に悪質なものだった。弁明の余地はない。

何故、そこまでの事をやってしまったのか、被るリスクの大きさからして割に合わないとヴォルフは思っていた。

 

軍事法廷に経てば、どうなる事か!カイジはわかっていないのか!

わからないはずがない!

 

「…ただ遊ばせているなら…使うべきだと判断したまでだ…俺が手を下さない限り、あのままだった筈だ…」

 

本当は、もっと穏便なやり方はあったかもしれない。いやあったであろうが…そんな余裕の一欠片もないのが実情だった。

 

それ以上に無味無用の存在になりかけていた高射砲部隊に対して、カイジは問い掛けた。

 

ーお前達に悩んでいる時間などない…即座に戦線に参集せよーと

 

「強力な武器があり、練度もあるのに活用されない状態は、ゴミと変わらない…無価値そのものだ…」

 

カイジからしたら、前線にいるにも関わらず、何もせず待機している状態の部隊ほど無駄なものはないと思っており、例え指揮系統の混乱と命令優先に関して重大な問題に直面して悩んでいたとしてもだ。

 

戦力としての有効性は、その時点で0になってしまう。

ならば、理由をつけてこちらが使わせて頂くとカイジは決定を下した。

 

「だから!そのやり方が問題なんだってー‼」

 

だから、それがどうしたのだろうか?

似たような事は、今までもしてきたカイジには、方法云々気にしている方が問題だった。

 

「…物はやりようだ…優柔不断で決断出来ない指揮官に…どちらを選ぶか決断させたまでだ!…戦うか、戦わないか…そのどちらかだけ…中間はない!…決して…!」

 

彼からすれば、戦わないという選択肢はありえなかった。

それは、軍人としての責務や誇りという抽象的価値観から来るものではない。

 

全ては己が生き、周りを生かすため、そこに全てを尽くす。

それ以上になかった。

 

だから戦わないのは、敗けを受け入れたのと同義。

生きるのを諦めた事を指している。

 

「選ばないという選択肢もない!…何かを待つ余裕もないんだ!…一秒一分事に戦いは、変わっている…俺達の生存確率も…生きる時間も…だからだ…無理矢理にでも押さなければ、ならない…その背中を…!」

 

カイジは、確固たる意志で発言する。

 

大攻勢が発動した渦中で、鬼気迫る戦域ほど、状況は激変して行く。

主に悪い方向にだ。

その度に弱小勢力の連隊の命運は、掻き消されそうになる。

 

特に彼等がいるミューズ・ライン第2防衛線には、ギリで貼り付けられる戦力はあっても予備戦力はない。援軍も期待できない。仮にいたとしても雀の涙程度のものであろう。

 

航空支援もなく、師団砲兵も使えずのないない尽くし。

それでも現状で何とか知恵を絞り、策を出し、限られた時間で防備を固め、部隊の生存確率をミリ単位でも増やす。

 

それでも足らないなら。無理矢理にでも調達する。

奪うといって差し支えない。

 

「だから、俺が押してやった…その結果、どうなろうが構わない…」

 

どっかの戦力を無理にでも引き込む行為は結果はどうなるかは考えるまでも無く、よく理解はしている。

 

命令違反、軍規違反?間違いなく抵触する軍規逸脱行為だろうが、その点を考慮するつもりなどなく、生じるリスクは自分で背負い込んだ。

 

「現状では、生存が最優先…そのためなら手段は選ばん…」

 

今回は、逆に運がよかったとカイジは言うが、ヴォルフは強く抗弁する。

 

「じゃあよっ!奴等がここじゃなく、別地域の任務派遣がメインだったらどうするつもりだ!命令違反で芋づるにされてお前も処分されちまうだろ!」

 

「指揮系統はどこも混乱している…どこの指令、どこの命令が、優先権があるのか不明な状態が多い…どうとでも出来る…」

 

陸軍で言えば、幾多の敵電波障害による伝達不徹底、参謀本部の急な命令変更、現地司令部の混乱、師団単位の部隊でも命令が錯綜する中

では、命令の正統性が明確に何処にあるのか判別しにくい。

 

そのため、部隊の長が独自の判断で行動する部隊も多く存在している。

部隊の私物化とも非難される側面はあるが、緊急事態につき委任戦術に則り行動すると言えば、道理はつき易い。

 

かえって、これはカイジにとって都合が良い。

主任務の目的から逸脱しない限りは、如何様にもできるからだ。

 

だからある意味、孤立した高射砲部隊を脆弱な防衛線の補強に転用するというのは、一応の理にはかなっている。

 

現に防御線の主要戦力として、その威力を発揮している。

だが一方的な判断による部隊接収行為は、大きな禍根を残すだろう事は、カイジは認識していた。

 

その際に生じる責任は、負うことになるだろうが、それは構わなかった。今を生き延びた後の問題だからだ。

 

そして、カイジには一つの考えがあった。

帝国軍人からしたら、耳を疑うような発言を吐露する。

 

「大体、命令は絶対というが……実際問題、命令なんて…どうとでもなる…」

 

 

 

 

 

 


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