戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 作:リースリット・ノエル
命令なんてどうとでもなる…だと?
その言葉を聞いたヴォルフは、目を丸くしながら立ち尽くす。
肝がヒヤリと冷えていく感覚を覚え、身がざわつく。
正気かコイツは?と思わずには、いられなかった。
懲罰部隊に何度か送られたワルな時代は、ヴォルフにあったのは事実だが、それは己の身の振る舞いに問題があっただけの事。
戦場において、こと身に振りかかる命令には彼は忠実だった。
確かに下る命令の中では、無茶難題なものも多くあり、現場の実情を把握しているとは到底思えないものもあった。珍しい話ではない。
戦場という空間では、必ず生起する現象だからだ。
命令を出す現場指揮官自体の問題もあれば、それより上の各司令部の組織内でのイザコザから来るものもある。考えれば、キリはない。
だが…だとしても、やらねばならない。
どれだけ無茶な内容であっても、明らかに無謀だったとしてもだ。
内心、「ぜってぇにおかしい!この作戦を考えた奴は、幼稚園児以下だ!生きて帰ってきたら、嬲り殺しにしてやるッ‼︎」と吠え、叫び、悪態をつきながらも、それでもやるのが兵隊業というもの。
ちなみにヴォルフに関しては、実際に汚れ仕事、味方の尻拭きをさせられた上で、帰還したらば命令者の部隊指揮官を袋叩きにしたケースが何回かあり、それで重営倉入りか懲罰部隊行きを何度も食らっている。
しかし、命令され受けた任務はしっかりと遂行する忠実な兵隊では、あった。
言えば、それが軍隊では常識であり、普通の事なのだ。
命令は絶対の普遍性を持ち、それに否が応でも従い、兵隊は死地に赴く。
兵隊は命令を嗤い、命令を憎み、命令を蔑みながらも、そこに自分の存在、命を賭け、戦うのだ。
たまには、命令に救われる事もある。これは、中々ないが。
結果として、命令を遵守し、忠節の僕の如く、これを遂行する事が帝国軍という巨大な暴力装置を機械的かつ、合理的に運用し、強力な戦闘能力を発揮できる。
それは兵隊の身分として、ヴォルフは現実で体に染みている。
あとは、生来の彼自身が軍人として持つ気概から来るものがある。
ーどんな仕事が山となってこようが、絶対にやり遂げる。それが兵隊業だ。それ以上の物はない。そこに一切の迷いは要らず、ただ突き進め。ー
過去に幾多の先輩達から教わってきたものには、差異はあれど、大体がこのような職人気質、男社会に見られる条理だった。
その気概を持ち続け、どんな理不尽、不条理にも耐え抜きながら戦い続けたのがヴォルフという人間だった。一つ言えば、その生き方は愚鈍とも言えた。
そんな彼だからこそ、カイジの言った言葉には衝撃が大であった。
軍人としての魂胆を揺るがす物言いだったからだ。
「…マジで言ってんのか?…カイジ、おめぇは…」
「じゃないと…言わないだろう…普通…」
カイジはさらりと言いのける。
「命令なんてどうとでもなると…言ったな、お前。」
ヴォルフは、重要事項を確認するようにオウム返しに問い、「そうだ…」と何度も言わすなと突っぱねるようにカイジは答える。
「じゃあ、あれか?自分に都合良く自由に書き換えれる…とでも言いたいのか?」
カイジの意図を汲み取るようにヴォルフが解釈し、それに対しカイジは頷き、答える。
「まぁ…そんな感じだな。さっきも言った通り、どこもゴタついて混乱している。なら、重なる命令のどれが優先で正しいなんてよくわからないじゃないか。空軍だからどうだとかは言わない…陸軍も実際は同じてんてこ舞いの状態だろう。」
「現場もそうだし、上もそうだ。極端に言えば、電波の波で交差する指令は全部正しいかもしれんし、逆に間違っているとも言える。」
リアルタイムで変わりゆく戦況に対し、放たれる軍司令部の命令は、その全てが現場に合致した内容とは限らない。
現実と相反する命令が何度も交差するのも、混乱する状態から立ち直らない帝国側からすれば、当然のように起こる。
仮に戦況を把握していたとしても、相手の切り出す手札を全て推察するには限界がある。
だが、実際はそれが出来ていればの話ではある。
「正直、よくわからないのが実情だろう。西部方面司令部にしろ、共和国の最大進出地域が何処まで行ってるのか、敵の目指す目標地域がいくつあり、確定している敵侵攻コースが三つなのか、それとも五つなのか判然としない…そもそも俺ら正面の敵戦力規模さえ不確定…その結果、こっちが頭勘定で敵戦力を推察して防御陣地を設定するハメになっている。」
カイジが参謀本部勤務していた2年間には、幾度もなく軍高級将校、各方面で活躍する気鋭の参謀陣が対共和国戦を想定した机上演習を繰り返しており、自身も一介の参謀として参加している。
内容は、参謀本部作戦課、戦務課、動員課など、戦時の際に戦争式の中枢を担う参謀幕僚らが考案した6つの非常事態計画を元に修正と追加改善を繰り返す事、これにより対共和国戦に向け入念な対策を施されていた。
想定の元となるのは、共和国が策定していた第1号〜第17号計画に至る帝国侵攻計画。
特に共和国が策定した計画の中で、比較的新しいプランとなる第17号計画を主軸に西部方面軍の内戦戦略展開と本国軍の動員計画は、練りに練られていた。
帝国側ではJ17-ARと呼ばれた、この共和国侵攻計画。
その内容は、ベネルクス方面(ベルギー)に対し主力歩兵4個軍集団が殺到し、帝国の中央防衛戦線を強行突破しその後、帝国の生命線ルーラ重工業地域(ルール地方)を攻撃、占領し、更には帝都ベルンに侵攻するという非常に攻撃的なものだった。
それに対応する形で、帝国はベネルクスにあるリェージュ要塞を近代化させ、加えてブロック化された中規模の防御拠点を構築、これらを連結したライン要塞戦線で迎え撃つ事を考えていた。
他にも様々な手を可能な限り帝国参謀本部は打ち出している。
少なからず問題はあったが…
この事前準備で、用意していた計画のパターンに1つでも当たっていたのであれば、現在のような泥沼の事態はもしかすれば回避でき、戦況は幾らかマシだったかもしれない。
だが、現実には明確に1つも当てはまる事はなかった。
かすりはしていたかもしれないが、敵の先手を読み外した時点から崖から転がり落ちるが如く、後手に後手を重ねる形となっていく。
そうなれば、後は悲惨なものだ。
自らは主導権を握り返す事が出来ず、戦況に決定打を与えられないジリ貧状態。帝国軍自体が統制を欠き、情報伝達に齟齬が起きる状態が各方面で見受けられる程だった。
帝国軍は、想定された環境であるならば、ほぼ完璧なまでの目標遂行力を持つ力をもつが、ひとたび想定外の事態に晒されてしまうと案外脆く、瞬時の対応が出来ない点があった。
それはピンからキリまで精密機械のように構築された指揮系統、強い統制が働く組織力があってもだ。
逆に言えば、自己の指揮権に余裕がないトップダウン方式がもたらした弊害とも言える。例え、緊急の事態に際しては独自の判断を一定は許される委任戦術を採用していても、非常に真面目な人達が多い帝国将校は上級部隊の頭となる方面軍司令部の方針に依存しがちで、中々思い切った事はしないのだ。
悪く言えば、頭が固いからこうなる。
それは、方面軍司令部にも言える事だ。
伝家の宝刀である内戦戦略が崩壊しつつあるにもかかわらず、駄目になった内戦プランに固執する傾向にあった。現実には切り替えた戦術を取らねばならぬと理解しているのも、かかわらずだ。
それは、方面統帥命令の内容からも示唆されている。
ー とにかくは、現戦線を死守せよ!後退は許さず、奮起せよ!援軍は来る!ー
中にはその逆、一挙に機動戦力を集中しての反攻戦を行うべしと意見するものがおり、積極策に移行する姿勢が別の系列から南部軍司令部を経由して連隊に辿りついた命令書もある。
ー 援軍は期待出来ない。段階的に後退を許容し、機甲戦力を集中できる状態を時間と猶予を確保せよ! ー
果たして、どれが戦利に叶うものかどうか判断に迷うだろう。
こんな状態で、繰り返し伝達される命令には、カイジからすれば信用出来るものではない。
真面目に考えて悩むより、自分の頭で考えて動いた方がよっぽど楽で、合理的と考えていた。
何よりカイジには、直接の指揮では数百人の部下を持ち、所属する連隊人員は3500名もいる。1つの小さな町の人口に匹敵する数の人間を、その多数の命をどうにでも出来てしまう立場の1人として彼はいる。
色々と理由はあるにしろ、実情を間近で見ているわけではない上の連中が好き勝手に出す命令に全てハイハイ従うわけにはいかなかった。
それで死ぬのは俺たちなのだからと。
無下に死に向かう真似する程、俺は馬鹿な事はしない。
「情報が一番集まりやすい参謀本部でも、西部戦線の全容を理解しているのは頭が切れる戦務参謀陣でも一握りだろうさ…そんな状態なら、一番生の現場を知っている俺らが上手くやるぐらいは、許されてもいいだろう…」
脳裏に浮かぶは、参謀本部時代に出会った6人の将官たち。
彼等ならば、その持ち前の才覚と知性で帝国の置かれた状態をよく理解をしているだろう。
だが、6人中3人は左遷され、残る3人は参謀本部では微妙な立場にある。そもそも参謀本部の重鎮達とは、折り合いが悪い上に参謀本部で主流派の派閥に与していないため、発言力と権限は強くはなかった。
ならば、自分達で上手くやるしかないだろう。
上手くやる。それは、今の場合で言えば空軍高射砲部隊の優先命令をコルマール管区ではなく、ミューズ防衛線にカイジが書き換えた事を示す。
「後は、この場を凌いだ後、流れに沿った適当なシナリオを作って誤魔化す…最終的には、ミューズラインの要衝を死守するために、高度な柔軟性を持った判断を臨機にせざる得ない状況だったと説明すれば、事後の結末は、一応…まとまりはするだろう。」
急場凌ぎの言い訳であるが、筋にかねえば、それとなく落ち着いてしまう面が軍隊にはある。
要は上から達せられたあらゆる命令の本旨である「敵侵攻軍の阻止、防衛線の死守」が実際に叶えば、多少の問題はなかった事にできる。
これが「無断撤退」という選択をした場合には、如何なる理由があったとしても処罰は確定し、最高刑は死刑、良くて懲罰大隊か予備役入りに処せられる可能性が大である。その点は、どこの軍隊も大体一緒だ。撤退は、軍務を捨て、忠誠心を揺らがせる「敗北主義者」の印象が異様に強いからだ。
この点は、理不尽に尽きる。
「空軍の指揮官が告発したら、どうするつもりだ。」
ヴォルフにとっての懸念事項の一番はそれである。
脅された上に、割りを食う羽目になった高射砲部隊の指揮官が、即座に告発するのは目に見えていたからだ。
その懸念に対し、カイジはにべもなく話す。
「それについても手は打てる…そもそも第23高射群は独立した部隊じゃない。もとは空軍指揮下の第74特務高射砲旅団に属する一部隊だったが…どういうわけか、単独で行動していた。その訳がわかるか、おやっさん。」
基本、独立して行動が可能な部隊とは、中隊や連隊・旅団・師団といった自営管理が可能な部隊をさす。
自前で補給、整備などが可能で、部隊が一定期間、単独でも人間の集団が生活でき、継続した戦闘が可能な部隊単位の組織である。
逆に大隊や群という部隊単位は、戦闘に特化した部隊であり、その力は強力だが、反面自営管理能力がない。
元々、連隊や旅団、師団の戦闘組織のコマとして編成に組み込まれるのが前提だから、その必要はない。
あくまで戦闘重視の為、数日に渡り単独で行動する事は考慮されていないからだ。もしするのであれば、支援部隊がいくつか必要になる。
若しくは、別の戦域にある味方部隊の指揮下に入るか、増援として派遣されるならば、短期間の移動に過ぎないのであれば一応可能と見られる。
「要は独断専行だ。具体的な命令は、当初は後方に設営された陸軍野戦飛行場と補給処の外周地域の守備が高射旅団の主任務だったが、味方勢力下で敵機も見えず、大分安全だった。他にも高射砲連隊が2セットいたから…防空戦力としては、過剰と判断した旅団は動く…」
「彼らは、独断で防空が手薄若しくは、多く必要と思われる地域に旅団から部隊を抽出して最前線に派遣した…その一つが第23高射砲群となる…空軍司令部には報告していたが、現地陸軍の断りもなしに勝手に主任務から離れたんだ…これは管轄権以上に問題だろうな…」
高射旅団本部の指揮官達がどういう意図で戦力過剰と判断したのかは、知りはしないが、現にそうした以上は彼等からすれば無駄に多く展開していたという事か?
だが、そう判断するにも現地陸軍飛行場と補給拠点を統括している陸軍司令部に連絡し、戦力調整するのが筋というものであろう。
この点はカイジも流れ的に同じ事をしているので、人の事は言えないが、その話しはまた別である。
結果として報告すら陸軍にやらず勝手に戦力を引き抜けば、陸軍に一番迷惑が掛かるとよくわかっているはずだ。
知らぬ内に防空戦力が減少しているのだから、この事を現地陸軍が知ればふざけるなと叫ばれ抗議するだろう。
大分安全な地域と決めつけられる程、空は安全ではない。
不確定要素を排除できるぐらいに制空権を確固たるものとしているわけではないからだ。
それに空は陸と違い、占領も出来なければ、防御陣地を作る事は出来ないし、常時戦力を空に張り巡らせれる環境ではない。
言えば、敵が突破しようと思えば突破は出来るのだ。
もし強行突破を行い、相当な規模を擁した爆撃機編隊に強襲されたらどうするかは考えなかったのだろうか?
考えた上で、そうしたのだろうか?
空軍高射部隊は精鋭揃いで装備も一級品だから、二個連隊ぐらい残せば大丈夫だろうとしたのか?
実際、どうだったかは知り得ぬ事だが、結果旅団は、主任務をおざなりにし独断の部隊展開を行ったわけである。
重大な問題だ。
この話、漏れれば軽い火傷では、済まないだろう。
芋ずる式に色んな場所に飛び火し、大火災…焦土になるだろう、
だから、いざとなれば軍法会議で道連れ可能で、相手を脅せる。
下衆のやる唾棄すべき手段だが…使えるネタは、しっかり持たねばならない。それが時に自分を生かし、周りを生かすのだから。
「メンヘル少佐も律儀が過ぎる…いらんことまで言わなきゃいいのにな…だが、材料としては利用できる…」
カイジにとって見れば、相手の弱みを握り、いざとなったら揺すれるネタを手にする事が出来たわけで、1つ運がよかった。
手に入れた保険は、有効活用するのが当然だ。
やり方は悪どいのは、よく理解しているが、これは余計に話したメンヘル少佐の落ち度であり、管轄は異なるが味方とは言え、要らぬ事までペラペラ喋るのは損しかもたらさない。
口を滑らせた内容が墓穴を掘ってしまうからだ。
今回はメンヘル少佐がそれをやらかしてしまった。
仮に信用に足る人物だったとしても、注意をせねばならない、今日の味方が自分にとって明日の敵になるからだ…と人生の教訓として心に刻んだカイジがよく思う事である。
下手な優しさと信頼に頼った結果、限定ジャンケンで欲に溺れた仲間の所為で一度人生が終わりかけ、地雷ゲーム 17歩では、かつて地下帝国で汗水流して共に苦境を乗り越えた仲間に裏切られた。
帝国軍人として歩んだ過去10年においても、同様の事が幾らもあった。
そんな経緯を経た彼は、かつてのような甘さを無くし、人に対する依存を彼は切り離した。
そして、逆に利用する立場に彼は変わっていた。