戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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第30話 反動の道

「とんだ野郎だな…全部、計算済みってわけかい。」

 

不味い飯を食べたかのように顔を引きつらせながら、ヴォルフは応える。

 

「へっ!…銃で脅すだけじゃなく、ガッツリ相手の弱みまで握ってやがったのか…揺するには上出来じゃなぇか……」

 

「これなら、明日からシチリアン・マフィアで存分に働けるぜ!カイジさんよ!寧ろ軍隊より、そっちの方が似合ってるかもな!」

 

ヴォルフは声を荒げながらカイジを皮肉るが、その言葉に対し悪びれる事もなく彼はまた淡々とした態度で対応する。

 

「別に計算していたわけじゃない…ただ偶然が重なっただけ…そこで産まれたきっかけを結びつけ、利用したまで…手段はどうであれ、結果的には助かっているはずだ…大分な…」

木霊する射撃音と爆発音、88ミリ高射砲と105ミリ榴弾砲が交差する一定のリズムを刻みながら続く中、二人の口論は続く。

 

「そんな風にお前を育てた覚えはないぜ…カイジ!」

 

「別にいい子ちゃんに育てられた覚えはないが…時に非常手段を取らねばならないのが、俺の今の立場でもあるんだ…昔がどうであれな…」

 

ヴォルフはさっきまでの怒りに加え、侮蔑心が湧き、嫌悪感を抱きはじめる。

 

過去に何回かあった衝突の度に感じるものだったが、今回はそれと同時に悲しみも覚えてしまう。

そうして、頭にもたげる一つの思い。

 

ーいつから、お前は変わってしまったのかー

 

確かにヴォルフは、カイジと付き合いは長い。

元を正せば10年前、教育隊の先任軍曹としてカイジを練兵という形でシゴき倒したところから始まる。

 

心理的にも肉体的にも徹底的に追い詰められ、大の男でも心が折れて、途中で脱落する事が珍しくない陸軍の初級軍事教練。

特に「義務以上を果たせ」をモットーにするブランデンブルク連隊が行う軍事教練は、実戦部隊と同等以上に苛烈な訓練を行うことで有名だった。

 

その連隊内で訓練期に編成される教育大隊でヴォルフは実戦経験が豊富な教育官として辣腕を振るっていた。

 

新兵の殆どは満足な家庭環境で育った中産階級のひよこども。忍耐強い農民達とは異なる存在。

 

国家に対する忠誠に一種のロマンチシズムを抱き、声高らかに雄弁な主義主張をする割に、娑婆気が抜けず、甘えが多い。

要は口だけで、いざという時に勇気の一歩が踏み出せない軟弱者が多くを占め、ちょっとした事でむせび泣き根を上げる。

 

通常の社会生活とは、まるきり違うのだからやむを得ずだろう。

だが奴だけは…極東の外人イトウ・カイジは違った。

 

他の奴に比べ、色々と耐久力があったし、鋭い眼光と険しい顔つきは娑婆でノンノンと過ごしていた奴らとは、明らかに違う雰囲気を佇ませた。

ストレスがマッハで蓄積する訓練環境の中で、彼は冷静さと大胆さを兼ね備えた人間で、兵士として利口で良質と思えた。

本国人に比べれば、多少骨がある奴だと見たばかりに、色々と畳かけて試したのを思い出す。

どこで限界を迎え、根を上げるのか、人間が持つ本性をあらわすのかを確かめてみたかったからだ。

 

しかし、カイジは屈服するどころか耐え抜いて見せた事からヴォルフが彼に興味を持つようになる。

 

それが縁のきっかけになったのか、何度も部隊転勤を繰り返しながらも、一緒の部隊になる事が多く行動を共にしていく。

 

ヴォルフは分隊長として先陣を指揮し、その後ろにカイジが分隊狙撃手として忠犬のようについて来た。

そこでは共に戦い、傷付き、疲弊し、お互い死にかけながらも戦い続け、生き延び続けた。

 

戦地を跨りながら戦い、そして時が流れてゆく。

気づけば、カイジが部内士官候補生として、士官学校行き、新米少尉となり、立場が逆転した。

更に時が流れて、やがて佐官となったのは驚いたが、カイジの造り上げたモノを考えれば、納得は出来るものだった。

だからこそ今の彼の立場があるわけだ。正直、もっと上を目指せたハズだ。

 

勿論ずっと部隊が一緒だったわけじゃない。お互い別部隊に赴き、何回かの空白期間を挟む事はあったが、個人的な交流は続いていた。

互いの出自が異なり、軍歴も違えば、階級も大きく開いていたが、関係性においては戦友と同義。お互いの事をよく気にかけた。

 

良くも悪くもお互いの事をよく知り、厳しく辛い世界で共に戦い生き延び続け、そこで作られた信頼は強固であった。

そんな間柄からこそ、今回の件についても強くヴォルフがカイジに迫るのは、彼を思っての事だが、それが相手に伝わるかは別の話である。

 

「お前は、利口だと思っていたが…とんだ勘違い…大馬鹿野郎もいいところだ‼」

鋭い剣幕のヴォルフがまた怒鳴り迫りるが、カイジは平静さを保ちながら「まぁ…そう思われてもしょうがない…だろうな…」と他人事のような言い方をする。

ヴォルフからしたら、何故そこまで平然と出来るのか、その神経がわからなかった。

 

「いつもそうだ!…なんで自分から崖から落ちるような事をするんだ…‼」

その叫んだ言葉には、悲壮な絶望感を湛えさせる。

何度となく警告したカイジが持つ生来の習性を変えることが出来なかった事に対する自己の無念さから湧き出るものだった。

 

カイジはリスクを顧みない大胆さは、単に勇気ある剛胆さの限りで終わらない。

普通は、ある程度のやっていいラインと駄目なラインという境界線を線引いて、判断するのだが。

彼の場合は、自己の破滅さえ孕むレベルの事を平気で行う。

 

いえば、やっちゃいけない事をしてしまう。そこに中間もなければ妥協もない。しかも0か100ではなく、-100か100の選択をするのだ。

そうして何とかしのぎを削って上手く事が運んでも、彼に汚点が残るような結果になるのが殆どだ。

自分で判断を下し決定した、その責を背負い込むからだ。

 

だからカイジは、軍事面における多大な功績、外国人としては稀な参謀職務に従事した将校でありながら、その評価は芳しくない。

逆にアクが強すぎて悪辣な面が際立ち、保守的な思想を持つ将校や上層部からは「取扱いに注意すべし」と劇物認定されている程である。

例え、彼がその時の最善を選んだ結果だったとしてもしてもだ。

 

今回は余計に更に一歩踏み込む形となっていた。

 

「もっと上手くすれば…もっと上に行けただろうに…」

ヴォルフは先程まで激情を放ち続けた言葉の数々と打って変わり、戦いに負け打ちひしがれたような声を出して一言いう。

 

彼の人情から来る思いやりの断片が垣間見せる。

それなりに長くやった教育隊勤務の中で、色んな奴がいた。

突撃歩兵中隊で先任軍曹になったもの、歩兵から魔導士に転向したもの、パイロットになり陸軍戦闘航空団でエースとして活躍するもの、馬鹿だったが士官学校を出て今は特殊工兵中隊長なった奴まで様々。

ブランデンブルクの教育隊で無事修了して卒業した新兵たちは各々のキャリアを築いているが、その中でもカイジは突飛の存在だった。

 

外国人の身でありながら彼ほど短期間で出世した事例はないからだ。

元々の資質以外に、時の運や機会に恵まれ、そのチャンスを活かして彼の持つ力が大いに発揮できたからこそ、上り詰められたからだ。

だからこそ悔やまれる気持ちがヴォルフにはあった。

 

参謀本部で本勤になっていれば、将来的には将官の道もありえたかもしれないからだ。

 

「俺にこれ以上、上には行けやしない…元々、外国人であるし…何より対象国出身だ。」

カイジは、ヴォルフの意を汲みつつも否定の言葉を投げかける。

 

民族平等・公平を実現する帝国と言えども、現実として外国人の立場は国が掲げる理想とは裏腹に肩が狭い。

その上、対象国認定されている国の出身者になれば、尚更であった。

 

対象国とは、「現段階で敵性国家ではないが、将来的に敵性国家になる可能性がある若しくは国益を阻害する脅威を持つ国家」の事を示す。

この場合は、カイジの出身国となっている秋津洲皇国をさす。

 

かつては、緊密な軍事面・経済面で官民一体となって交流を図り、一時は軍事同盟の締結すら望まれていたが、1914年以降から両国の方向性の違いから軋轢が生じ、現在は距離を置いている。

その最大の要因は、国際協調路線に転じた皇国がアルビオン連合王国と合衆国に急接近した為である。

 

栄光ある中立政策に重んじる合衆国はともかく、何かと欧州大陸に干渉し、共和国と同盟関係にある連合王国は、帝国にとって実質的に敵国になる存在。

その連合王国と固い握手をした皇国は、帝国から見れば敵に通ずる勢力として見てしまうのは、当たり前とも言えた。

 

その結果、皇国が対象国認定され、帝国領内にすむ皇国人は、監視対象となり肩身の狭い思いをしているのが実情だ。

そんな状態ならば、秋津洲出身とされるカイジがこれからさらに上に行くという未来はないものと考えられた。

 

「今の階級でも、充分だ…この年で中佐の階級なんてホントはあり得ないからな…」

 

「だが今回の事で、今まで積み重ねた事を全てふいになっちまうだろ!最高刑は死刑確定!銃殺にリーチがかかってるんだぞ!」

 

「それについては大丈夫だ…俺は死刑にはならない。」

 

「何の根拠があって言ってるんだ!自信過剰過ぎやしないか!」

 

「俺に利用価値がある限り、死刑にはならない。」

 

「………まだ、アイツらの威光があるとしても…今度ばかりはどうなるか、わからんぞ…」

 

「…まぁ…実際、なんとも言えんが事の顛末がどうなるかは…この場を凌いでからだ…俺たちが生き残らん限りはな、話にはならんだろ」

 

「もう大分時間をくった…そろそろ戻ろう…おやっさん。」

 

詳しい話はまた今度だと言うようにヴォルフの肩を叩き、戦闘指揮所に戻るカイジ。

 

それを複雑な心境の中、言葉を発せず黙りながらカイジの横顔を見るヴォルフ。

 

ヴォルフの目に写るカイジの顔には黒い何かが取り付いて見えた。

 

…あの時と一緒だ…

 

ヴォルフはそう感じながらも、その場では彼に従う道しかなかった。

 

 

 

 

 

 


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