戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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第32話 ターニャと老中佐ブルフミュラー

 

 

 

話は少し遡る

 

 

コルマール管区 D83戦域指揮所

 

 

「面白い。やってみようじゃないか。」

薄く目を開きながら発した第169歩兵師団の最高指揮官フィリップ・ミュラー=ゲプハルト中将の一言。

これでターニャが発案した砲兵戦術が師団長に承認された事を意味する。

 

ターニャは自らの意見が採用された事に心地よい高揚感を感じながら、「それとなく勉強して来た甲斐があった。自身には、専門外でも見聞を広め、研究は追求すべきだな。」と静かに自画自賛しながら静かに思う。

 

心なしか、彼女は少々笑みを浮かべニヤリとしてしまうが、咄嗟に「ああ、これはイカンな…悪い癖だ」と唇を噛みしめる。

 

-こんなところで、気を抜いてはいけない。まだ始まってもいないのだからな-

 

自らの安堵から来る綻びを律し、ゲプハルトの動静を見守る。

 

ゲプハルトは、戦術や作戦を決定する前の最終確認として「諸君、異論があるものは?」と作戦参謀、師団幕僚達に問いかける。

 

これもまた、会議でよく見受けられる常套文句。

だが最後の最後で反論を許可される機会だ。

 

だが彼等は、お互いの顔を見合わせて「何かあるか?」「あるなら言えよ」とでも言ってるかの様に目配せをするが誰も言わない。

 

声を上げたのは先程までターニャと口論を交えたベーレント少佐。

 

ー「彼は、まだ何か言うつもりか?」ー

 

先程まで権勢を振るうが如くの発言を連発したベーレント少佐は、彼女の中では注意すべき障害として認識されている。

 

この少佐殿は、よく言えば主義主張が明確で芯があるが裏を返せば、保守的で強情。

 

正規の砲兵将校として段階的に教育を受け、実務経験が富むならば、エリート意識と自身の実力を必要以上に自信を持っている。

 

それは先のやり取りの中で見せた少佐言動と態度、表情からも推察できる。

 

彼女からしたらベーレントは、自らの主義と思考に反するものに妥協を見せない厄介な存在。

 

ー「この後に及んで、何を言ってくるかわからない。口八丁で詭弁を弄するかも知れん…ああ言えば、上祐といった具合にだ…」ー

 

ターニャは、ジッとしながらも警戒心を強める中、少し間をおいてベーレントが発言する。

 

「…個人的には承服しかねる点はありますが、我が師団がこの地で守備継戦を持続させる方針を堅固にするには、少尉の案を採択された方が敵に有効打を与えうると思います…」

 

少佐の意外な答えに、ターニャは目を丸くしつつ、地を這うような声で彼の発言を終える。

 

硬い表情を見せるベーレントは、まだ湧き上がる反発心と実際の本心を喉の奥底に飲みながらもこの場は彼女の案に譲る事を選んだ。

 

それは、彼なりの計算と理性的判断から来るものだったが、現実で言えばこれ以上に抗弁すれば、あからさまな執着心を見せる事になり「職務遂行上の故意的な妨害」とされてしまうからだ。現にその点を師団長に強く注意されてしまっている。

 

自らの面子を重んじる上に、彼女の機知に富む戦術の理、それに対する周囲の反応、決定打となる師団長が承認する発言を見れば、ベーレントが声を張ったところで逆転はない。

 

選択肢は、認めるしかなかった。

個人的に不服であっても、それはあくまで個人の意見で感情である。

 

 

特にこれと言った案がない以上は藪から棒に楯突くのは非合理的、なにより大人気ないとの考えがベーレントの頭によぎり、チラリと底の見えない知謀秘める金髪碧眼の幼女士官を見て「何の皮肉だろうか…」と自分に問いかけるのだった。

彼は、自分が小さくなったような感覚を覚え、情け無さを感じ彼女から視線を逸らした。

 

反対にターニャは、「何か文句の一つや二つや言ってくるかもしれぬ。」との想定が外れ、べーレント少佐が各所に粗さが残る彼女の案をすんなり容認したことに、不思議な動揺を覚えるが、直観的な分析で自己完結する。

 

 

「周りの状況、人を見て判断するぐらいの利口さは少佐殿にもあるのだな。」と

 

 

師団砲兵将校としての立場と私情の境界線を区別すくらいは分別があり、短絡的な考えで相手に歯向い続けるような馬鹿ではないか…まぁ、師団長に厳重注意を受け、気を削がれたのもあるだろうな。

 

問題と見た障害の懸念事項が杞憂で済んでよかった。

 

小さく息を吐き、安堵感を感じるターニャを余所にゲプハルトは、静謐を保つ師団砲兵参謀の一人、老中佐ゲオルグ・ブルフミュラーに問いかける。

 

「ブルフミュラー、貴官はどう思うかね?」

ゲプハルトとしては、現場叩き上げのベテランである老中佐ブルフミュラーの意見を聞くのは、筋である。

まだまだ若輩な参謀幕僚達が多い師団本部内にあっては、信頼における砲兵将校だったからだ。

 

ゲプハルトの問い掛けに対し、ブルフミュラーは付箋だらけの古手帳を机を置き、厳つい見た目とは違い砕けた口調で答える。

 

「うん…まぁ、あれですね。中々、挑戦的な内容ですが…敵の不意を突き、混乱を誘って反撃の隙を与えず敵砲兵と頭(指揮系統)を潰すという点では、使える案だと思いますよ。実戦で試射なし最大射程での火力集中射は、私が知りうる限りはないです。これは相手の想定外を衝ける切っ先になるかと…」

 

ブルフミュラーは続ける。

 

「白リン弾の効果も期待出来そうですし…相手は白リン弾の集中使用をされるとは考えてないでしょうから、びっくりして初動対処に遅れは生じましょう。短時間で砲火力を集中すれば、奇襲の条件は確立可能です。状況によってはこのやり方、対歩兵戦の強襲にも使えそうでですしねぇ…」

 

ブルフミュラーは、そう答え最後にこう付け加える。

 

「後は初めてですし実際にやってみないとわかりませんから、絶対とはいえませんが。やって見る価値はありましょう。何かあれば、その場で臨機に対応するしかありません。細部の調整・修正するほど我々には余裕はないですから。」

 

ブルミュラーの意見を聞いたゲプハルトは、うんうんと頷き、「なるほど、わかった。他に誰かいるか?」と再確認をする。

 

諸所の参謀達は、「ありません。」「いえ、特には…」と返答を口々に言い、異論はなかった。

この時点でターニャの戦術案が採用され正式に師団戦闘で運用される。

 

もとからそのつもりだったゲプハルトは、参謀達の反応を一瞥し命令を下す。

 

「うむ、もういないな…では、諸君直ちに作戦準備に取り掛かろう…総員、傾注!」

号令に気づいた師団長付き士官が、直ちに「気をつけ!」と号令をかける。

 

師団参謀達・司令部要員達は、師団長ゲプハルトに体を正対させ、姿勢を正し、彼の声を聞く。

 

「注目!我が師団は、これより二時間以内に戦闘準備を完了させ、準備でき次第、防御戦闘配置を下令する。直ちに各連隊上級指揮官及び参謀将校を召集し、調整会議を行う。時間はないが、敵の動静に警戒を払いつつ行動せよ。あわせて弾薬の配分については…」

 

 

師団長の命令下達が流れる中でターニャは、自ら考案した戦術が採用された事に満足感に浸りながら、ふと気になる事に気付いた。

 

ー「ブルミュラー…どっかで見た事があるな…」ー

 

前世世界で、貪欲なまでに飽食した趣味の一つで、個人的に戦史研究に没頭していた時期があった。

その時に何かの論文と書籍で登場したような気がするが、ど忘れして思い出せない…

元々、人物より軍事理論・戦術・戦略を重点的に調べていたから、著名な人物以外は細かくは覚えていない。

 

ふと、作戦図が置かれた机の向かい側にいるブルフミュラーに視線をむける。

ー「誰だったか…」ー

もやもやした気持ちが渦巻くターニャの視線に気づいたのか、ブルフミュラーは、こちらに少し顔を向け、お互いに視線が合う。

 

彼女は、ぎょっとするが次の瞬間、ブルミュラーは目を細めながらニッと微笑を浮かべる。

その反応に対して、どうしていいかわからず「は?はぁ…」といあった感じで頭を垂れる。

 

 

そうこうしているとゲプハルトが師団命令を下し終わり、師団長付き士官が張り上げた声で「敬礼!!」と叫ぶ。

 

師団本部内の全員が敬礼し、ターニャもそれに合わせて敬礼を行う。

 

ゲプハルトは、ゆっくり敬礼し部下を見渡しながら、「我らの帝国に、神の御加護があらんことを…我が帝国に栄光を」と呟く。

 

ターニャは、一番聞きたくない「神」という単語を聞き、嘔吐感を感じるが、精一杯の我慢をし師団本部要員達とともに「我が帝国に栄光を!!」と唱和する。

 

直後に「直れ!」の号令がかかり、その瞬間から師団本部内の全要員は忙しく立ち回り始める。

ターニャも準備に取り掛かるために、先ほどの雑念を取り払う。

 

両手で頬を叩き、気を取りなおすと、誰かに後ろから自分の小さな両肩を揉まれるのを感じる。

突然の事で「わぁっ!」と気の抜けた情けない声を出してしまう。

誰だ!と言わんばかりに顔を振り向けると。

 

「デグレチャフ少尉。気を張り詰めすぎじゃないかな?」

肩を揉んでいたのはブルフミュラーだった。

「そんなんじゃ、無駄に気疲れするだけだぞ。」

 

「あっ…これは、中佐殿…えっと、ありがとうございます。」

ターニャは戸惑い、下手な返答をするが「気にするな。」とガイゼル髭の老中佐の声を聞く。

 

ー「いったい、どういうつもりだ…」ー

 

この行為に訝しく思う彼女は拒否する事も出来ず、15秒ほどされるがままだった。

彼のゴツゴツした両手が肩を離れたと同時に、クルリと回れ右をし、老中佐に向き直る。

 

「中佐殿、小官に何か?」

端正な敬礼を行い、毅然とした態度で対応する。

 

それに対しブルフミュラーは、緩やかに答礼を行い話しかける。

 

「さっきから表情が硬かったからね。色々と思うところがあって、不安を抱いてるように見えたから少し気をほぐそうと思ってね。」

 

元々、現場の要塞砲兵、徒歩砲兵部隊で長年勤務し、徒歩砲兵射撃学校では先任教官として努めてきたブルフミュラーは、現場指揮や教育指導では風貌も相まって厳しい一面が目立っているが、根本的に部下に対して面倒見がよかった。

 

どちらかと言えば、世話焼きな面も覗かせるが、それは歳のせいもあるかも知れない。

その為、部下にはそれとなく気遣う事を無意識にやっている事が多い、肩揉みもその一つだ。

これに関しては、重量物を扱う砲兵が実射を行う前に行う準備運動みたいなもので、習慣だった。

ブルフミュラーが砲兵分隊長、小隊長として勤務していた時に兵卒、古参兵、小隊軍曹など階級関係なく一列なって、交互に肩を揉んでいた。

これをやると、何故かわからないが緊張が多少ほぐれ、スムーズに仕事をすることが出来た。

 

そんな経験があり、今でも気になる固い奴を見つけると肩を揉んであげるのが彼なりの気遣いであり、優しさの一つだった。

 

「あっ、そうでしたか…中佐殿に気を遣わせてしまい、申し訳ありません。」

ターニャはこの時「しまった」と感じていた。それは上官に気遣いをさせてしまった申し訳なさではなく、軍人として気張る姿勢がかえって緊張し不安を抱く青年将校のようなボロが出る弱さを見させてしまった事を恥じ、老中佐がオブラードに包みながら指摘された事を問題にしていた。

 

「常時、周りから見られているからこそ意識」

 

遠回しに「帝国将校らしかぬ姿勢」と言われているように彼女は感じたようだが、ブルフミュラーは何一つそんな事を気にしてはいなかった。

 

 

ターニャの軍人的思考、価値観として見た深読みが、これから先幾度となく繰り返して勘違いを生み出す。

 

これは彼女が持つ客観視した軍人像なるものが一つ極端な偏見に等しきものが少なからず含まれる事に所以されるものだが、彼女がそれに気づくのは時と幾多の人々との出会いを経なければならない。

 

特にターニャは独自の強固な思想を持つ異邦人であるなら尚更であった。

 

そんな特異な存在である事を知るわけがないブルフミュラーから見れば、「異彩を放つ叡智を宿すが、心身共に若すぎる士官」としか見れなかった。

 

(そりゃ、年齢一桁の軍人で、しかも魔導師なんて前例がないものな…)

 

ブルフミュラーはそう思う。

何故、こんな幼女を軍人仕立てられる我が軍の採用基準はどうなっているのかを疑うし、実戦部隊に配置を行う判断をした人事課は如何なる心情で採決したのか気がしれない。

 

だが、間違いなく有益な人材である事は確かであるのも、自らが認めている。

 

見知らぬ大人を見かければ、顔を俯き、目を伏せ、どこかの壁に隠れてしまうような幼女であるに…威圧的な将校が集まる作戦会議で忌憚なき意見を放ち、あらゆる反論にも整然と対応する姿は、小動物のようなひ弱な体からは想像もつきもしない。

 

圧倒的な違和感…だが彼女の身から放つ威厳さが帳消しにする。

 

そこらの将校に比べても格上をいく存在感…義務、忠誠、理性と知性、強い信念を持つプロセライン軍人像にぴったりハマる。不思議な程に。

 

(とはいえそれは、表面的に華美な評価すればそうなるのだろうが、彼女はまだ子供なのだ。)

 

どんなに才に優れ、精神的にも高いレベルにあったとしても軍人の実務経験は乏しい。大人としての社会経験も同様だ。

 

彼女の細かい心理は知り得ずだが、先程の会議でも、己の精一杯の自制心で緊張と綻びる弱さを抑えて事に望んだはずであろう。

 

鋼鉄の様に表情を変えなかったのは、裏を返せば感情の抑止の表れであろう。

 

やたらと口うるさいが、それなりの理があるベーレントのやり取りは苦痛で、気を窮したと想像出来なくはない。

 

なによりも

 

「さっき決まった貴官の新戦術…中々に奇抜にして意表をつくものだ。しかし、その成否には不安もあろう。」

 

老中佐ブルフミュラーは、先程の愉快さから切替り砲兵参謀としての顔を見せる。

真意を射るような眼光がターニャを見据える。これには、嘘はつけないと彼女は判断して正直な心情を答え始める。

 

「はい、中佐殿の仰る通りです。この戦術は、試行もしていない状態で、理論上で有効であると決めつけたものです。試し撃ち無しで高度な戦術を実戦で行う事は、不確定要素がつきまといます。不安は払拭出来ません。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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