戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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第33話 選択と決断

例えるなら新兵器の試験をしないで、「これは効果がある!」と判断しての実戦投入。

危うさがないわけがない。寧ろ大ありだ。

この砲兵戦術を押した張本人でありながら、心の中では一抹の不安はあった。

 

「だが苦しい師団の状況を打破しうるなら、未施工の戦術であっても、岐路を見出す価値があるとして一見の価値はあろう。だから、貴官は勇気を持って提示した。」

ブルフミュラーはフォローするように答える。

 

「確かにそうです。しかし自ら案を提示してこう言うのはなんでしょうが、危うさを知りながら強行するのは…邪道とも言えます。」

 

「下手をすれば、我が方が手痛い損失を出す可能性を秘めているからです。」

 

ターニャはわずかに目を伏せ思う。

複数の思考が浮かび、錯綜する。

 

ー 確かに前世の第一次大戦で運用され、効果と変革をもたらした砲兵戦術であったても、この世界では適合するのか ー

 

ー 敵の対砲兵能力を軽んじてはいなかろうか?ー

 

この世界のフランスこと、共和国は少々中身が違う。

 

ー 前世と歴史的な環境が酷似するが、異世界の戦場で本当に合致するのか、実際にやったのは私自身ではない。所詮、知識の創作にすぎない。ー

 

現時点では机上の理論の域を出ない事に対する不安…

 

ー 本来は入念な準備を必要とする戦術を、ぶっつけ本番で、端に現場の力で求めるのは不合理ではないか ー

 

合理性を尊ぶ自身の流儀に反するのではないかという疑義…下手もすれば、味方将兵を殺す事になるリスク…這い寄るプレッシャー…

 

ー 毒ガスの代わりに選んだ白リン弾は、第二次大戦、朝鮮戦争、ベトナム、イラク、アフガニスタン、パレスチナ、シリアで饒舌し難い効果を結果でもたらしたが、この世界で同等の効果は発動するのか ー

 

実は自信を持って確実性を保証出来ない事に対するもどかしさ…

 

逆に不確定な前提条件をクリアしてしまう事に対する恐ろしさも身に感じ、あらぬ方向への考えがよぎり始める。

 

それは白リン弾が充分な効果をもたらしたら、どうなるか。問いかけるまでもない。

 

ー 多くの人間を、生きながら苦しみを味あわせる。人間を蒸して燃やす…この行為、許されるのか ー

 

人肌を爛れさせ、骨をも溶かす、不必要なまでの尋常ならざる痛みを与える事になる。

何とか生きても醜いゲロイドを体に残し、戦傷の後遺症を残すのは決定する。

 

思えば、非道な行為を嬉々してやろうとしている事実にぶち当たる。

 

我ながらに失笑する矛盾だった。

戦争を侮蔑し忌避しながらも、戦争だから止む無し、逼迫する戦況を打開する為に自ら率先してやろうとしているのだから。

 

不安と私情、罪の意識があい混ぜになっていく。

 

しかし!だが!…戦争の世界で生きている以上は、人道という倫理は外側に置かざるを得ない‼︎

 

唾棄すべき、恥ずべきと今自覚したところで、遅いのだ。既にこの手で何人かを葬った身である…だから、私はー

 

ー「デクレチャフ少尉」ー

 

逡巡する思考の果てに、老中佐の声を聞き我に帰るターニャ。気づけば、老中佐ブルフミュラーに片手で肩をポンと軽く叩かれる。

現場時代に酷似しただろうゴツゴツした手の感触を戦闘服の上から感じた。

 

ターニャは「はっ!」として、ブルフミュラーの顔を見上げる。そして彼は一言、言い放つ。

 

「帝国軍人は狼狽えない。」

 

彼の声を張り上げたわけではないが、ずっしりとした重みを感じさせる響き持っていた。

どこかで聞いたような言葉だったが、不思議と身に引き締まる威厳さを持っていた。

 

そうしてターニャは、またしても失態を演じた己の矮小さに胸を刺される気恥ずかしさを感じる。

 

「…小官とした事が、また恥ずべき姿を見せてしまいました。」

彼女自身は、心中の乱れを気取られないよう表情と仕草に注意を払っていたが、老中佐の目を欺く事は出来なかった。

 

「それも、また経験である」とブルフミュラーは軽く諭し、「だが下級尉官を頂く身にあっても、帝国将校団の一員であり、隊を動かす指揮官の1人だ。それは貴官がよく理解している事だろう…だからこそ、己の弱さを見せてはならない。」

 

ターニャが心中に抱く葛藤の真意をブルフミュラーが理解できようもない。

だが心の乱れの機微を察知し、軸がぶれ始めているのを見抜いたのに間違いはない。

 

「決めた選択を省みて、迷いを見せてはいけないのだ。」

 

「貴官がどのような成り立ちで生きてきたのかは、詳しくは知らない。しかしだ。どのような事があっても、決定した事には不断の決意を持って事に臨まなければならない。」

 

ブルフミュラーは、かつて固く誓った事を、身に染みて実感した経験の累積をターニャに伝える。

 

「戦いの選択。それが正しいか、そうでないかは、簡単にわかるものではない。特に戦いの場ではな。」

 

「しかし、やるからには恐れてはならない。狼狽えて、歩みを止めてはならない。一士官の将校としての立場なら特にだ。」

 

疑うのはやすし、迷う事はその先の展望を霧のように霞ませるからだ。

 

「この戦術の成否はどうか。戦いで勝てるかどうか。確かにどう転ぶかわからない。だが、やるしかない。最終的には現場の人間が今あるもので、何とかするしかないのだ。」

 

あらゆる点で準備不足の中であっても、制約の中で戦う術を導くのも部隊指揮官の将校として、必須項目である。

 

「成功に導く最大限の努力をして、なおも駄目だったとしても死中に活を見出し、巻き返しは出来る。その策を練り上げるのは、我ら帝国参謀の役目でもあるからだ。」

 

「もし…それでも出来なかったら、その時は喜んで死のう。やれることをやり尽くし、仮に甲斐無く終わりを迎えたとしても、貴官を恨みはしない。それを選んだのは、我々であり、我らの責任であるからだ。」

 

何を言わんとするか。賭けに等しい手段を選択し、最悪の結果に終わりを迎えても、甘んじて受け入れると

いうこと…何かを選択し、決定するには、決に関わった人間に責任が発生する。

その役目を担うのは指揮官としての将校。組織の管理者たる存在が負うのが必定。

 

また、後に現れる結果の現実を受け止めるのも将校の役目である。

だからこそ、軽挙妄動を慎み、熟慮と覚悟をもって決断をなされるのだと。

多数の命を引き換えにし、運命を動かすことを含めてだ。

 

彼の言を聞き入るターニャは、過去の経験においても理解されているが、この世界の帝国軍人としての立場から見れば、違った意味を持たせられる。

 

彼女がそうこう考えてると、別の声が耳に届く。

 

「決断の責を取らず、都合よく抽象的な結果論で非難するものに将校として、帝国軍人としての資格はない。」

 

師団長ゲプハルト中将が話に割って入る。

 

「すべては、ブルフミュラーが言ったとおりだ。本師団が生存し、継戦する術として参謀らと討議した結果、貴官の戦術を私が選び、周りも同意した。」

 

「確かに前例のない奇道の戦術だ。リスクもある。しかし、一見し価値があると判断したものに我々は賭けた。」

 

「戦史を振り返り、此度の戦況を破る方策を持たなかった状況に、上手くすれば光明が差すかもしれない手段を見つけたならば、選ぶさ。そうしたならば、その成功を得る為に全力を尽くしていく。」

 

「だからだ。デグレチャフ少尉は、自らが提示した戦術を作戦として成功させることに注力せよ。気折れすることなく己が使命を果たすのだ。」

 

そうゲプハルト中将は、訓示を終えるようにターニャに対して下達し締めくくる。

すぐさま、ターニャは機敏な反応を示し「はっ‼ 師団長閣下、我が使命を完遂させ、敵を撃滅に導きます‼」と敬礼しながら答える。覚悟を決めたであろう勇ましい魔導士に「うむ。その覇気や宜しい。」とゲプハルトはウンウンと頷きながら答えると、再び参謀幕僚らと師団作戦準備計画の諸作業に戻っていく。

 

その姿を見たブルフミュラーは「いや、それ…儂が言おうとしていたのだが…」と思い、いいところ奪われた口惜しさを感じつつも、言いたいことはいったし、まぁよいかと納得させたところでターニャに呼び掛けられる。

 

「中佐!…先ほどの助言、ありがとうございました…おかげで雑念を振るい去れました。」 

(正直なところ、色々と本題からずれているような気がしたが、色々と良き上官からご教授頂いたという形で礼は言わなければならないだろう。これから共に仕事せねばならないし、信頼関係は作るきっかけとしたい。今後のためにも……) 打算的な出立の計画を胸に秘める彼女らしい考えである。

 

「おお…そうかぁ。それは、よかった…では、踏ん切りがついたところで、これからの仕事を準備しよう。」

「はっ!」とターニャは凛と答え、ブルフミュラーは作戦図に見向き、他の砲兵参謀らと共に論議し調整を行い、前進観測班の任を担うターニャも加わる。

 

高級将校・参謀達の頭脳が集まり、一度作戦に手を加え始まれば、俊敏な速度をもって物事が決まっていく。

戦術上の不確定なマイナス要素を払拭すべく、できる限りの処方箋を講ずる。

併せて鉄道ダイヤ以上に緻密な射撃計画の立案、射撃部隊の担当区画、各部隊の砲門数の配分、弾薬消費量……

大量の重要で緊急な課題を四苦八苦しながらつぶしていくのは、正気の沙汰ではない。

 

それでも、やらねばならない。

いつ敵の攻撃に撃たれるかわからない中、限られた時間の中で机上の戦術をどうにか現実可能な作戦に変えていく。

 

ゲプハルト中将は、師団長付参謀、戦力統括幕僚と共に師団管内の全戦闘部隊の配置転換・攻撃準備を下達し、ブルフミュラーは砲兵全般射撃計画を策定し、精緻な計算が求められる作業はベーレントが行い、ターニャは可能な助言をしつつ、限界進出領域と観測範囲を決定しておく。

 

話の流れで、「場合によっては、攪乱の為に直接対砲兵戦を行う」事を求められ、ターニャは内心嫌がりながらも、ここまで来て背に腹は代えられないと渋々承認する。

 

しかし、ただ命じられるがままにハイと受けはしなかった。

 

代わりに条件とし、「観測任務を阻害しない形での対地攻撃として、長距離術式による充填弾狙撃で手段を限定」したいとし、主任務が弾着観測・誘導であるのを考慮し、これを認められた。

これで、最も危惧する点の一つだった低空での直接対地攻撃の選択を排除でき、安心する。

 

危険な任務を回避できないならば、最低限の生き残る要件を整えなければならない。

そうやって、ターニャは少しづつ、内容に合わせたそれらしい理由、任務の特性を強調しながら、危ない頼まれごとを躱し、受けるにしても条件をだし、リスクを下げていった。自分の生存と任務を天秤にかけながら、姑息ともいえる調整を継続しながらも、作戦の具体的な輪郭を築いていく。

 

短く濃密な業務も終盤に差し掛かり、作戦の規定や準備も終わりが見え、「そろそろ、本番か」と目の前にある戦闘がどんどん近づく。

 

司令部を軸として師団が戦闘態勢の移行を完了させようとした時だった。

 

司令部の引き戸がバンっと開かれ、連絡将校と思われる人間が入り叫ぶ。

 

「師団長!南部方面航空艦隊から、緊急支援要請です‼」

 

この事が状況を一変させることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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