戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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第34話 急変

コルマール管区 D83戦域指揮所

 

リクヴィヒエ通りに面するフレデクレ小学校は現在、臨時設営された前線指揮所となり第169歩兵師団が持つ頭脳の1つとして機能していた。

 

幼き子供達が勉学に務める広い教室は、防衛作戦を熟慮する作戦室に変貌し、無線機に張り付く通信士達は、更新され続ける情報の波を処理し続ける。

 

知謀に優れた上級将校がひしめき合い、作業に追われる。

 

積み重なる消耗は師団の継戦能力を徐々に奪われていく現状を等しく全員が認識している。

 

激しい口上のやり取りは、なんとしてでも共和国軍の攻勢を押し留めようとする決意の表れであり、だからこそ激しいものとなる。

 

彼等が積み見上げた知識、経験、技術の結集で持って、事態の挽回を努めようとする。

 

だが、その状況を打開する術を師団の司令部要員、幕僚を含めた上級将校達は見出せていなかった。

 

その渦中に現れた一人の幼き魔導師 ターニャ・デクレチャフ少尉の進言により、師団は大きく動くことになった。

 

一部将校の反対があったものの、彼女の提示した戦術案を元に、第169歩兵師団はすぐそこまで迫る共和国軍に対して、一手を撃とうとしていた。

 

このままいけば、利的なターニャにとって労力に見合う成果を頂き、出世に繋がる勲功を手にしていた可能性がある。

 

相応の計算を日頃から行っている彼女であればこその展開とも言える。

 

だが、時にして彼女が行く路線を狂わせる事態が起こる。いや、起こりやすいとも言うべきか。

 

それとも引き寄せられるのだろうか。

奴に、彼に、アイツに、怪物に。

 

どちらにしろ、この時には後に激烈な地獄の淵に更に堕ちようとは、思いもよらない。

 

とにかく、キッカケが起きた。

ターニャはそれに巻き込まれたわけである。

 

******

 

司令部の引き戸がバンっと開かれ、連絡将校と思われる人間が入り叫ぶ。

 

「師団長!南方方面航空艦隊から、緊急支援要請です‼」

 

突然の事で、指揮所にいた司令部要員一同が驚き動きが止まる。

咄嗟に反応したのは、ベーレント少佐。

 

「なんだ貴様は!まず官姓名を名乗れ‼︎」

 

忙しい時に限ってなんだっと言わんばかりに吠えた少佐に対し、連絡将校は怯みながらも答える。

 

「…はっ!失礼しました‼︎…小官は師団司令部付航空連絡要員マテウス・ヨハン・ヴァイス少尉です。南部方面艦隊司令部より緊急支援要請を受理し、要請書を持って来た次第です。」

 

生真面目な風貌を持つヴァイス少尉は、報告しながら左手で要請書を突き出した。

 

みると右腕は戦闘の負傷によるものか、包帯で巻かれ上肢装具が装着されていた。

 

「怪我人に伝令役をさせるか…人手不足極まりだな…」

 

師団長がそう呟き、側近が要請書を受け取り中身を確認する。

 

「それで….端的に内容は?」

ゲプハルトは、ヴァイス少尉に問いかけ、彼は整然と答える。

 

「ミューズ第2防衛線、ディレク・ポイントに展開する第144臨編連隊の支援に必要な航空戦力を供出せよ…との事です。周辺部隊にも同様の通達が来ています。」

 

内容を聞くと、また周りが騒めき始める。

 

「臨編連隊?…聞きなれないな。」

 

「後方人員で臨時編成された予備連隊です。主に歩兵部隊が大半かと。」

 

「たかが予備連隊に、わざわざ航空戦力を割かねばならないのか…」

 

「そのような、余裕は我々にないぞ。」

首を振りながら、否定の姿勢を見せる幕僚将校達。追い詰められている彼等の心情からすれば当然の反応だった。

 

それでは困るとヴァイス少尉は食い下がる。

「師団の窮状は理解してますが、司令部からは何とか捻り出して頂きたいと…」

 

「無い物は、ない!我々には…!」

 

「まぁ、待て。まずは状況を確認すべきではないかな。諸君。」

 

支援要請を切り捨てようとした配下の間に入りゲプハルトは諭すように問いかける。

 

「確かに我々は、戦力的に余裕もないが艦隊司令部からの直接要請だ。無下にできん。」

 

「確かにそうですが…」

 

「緊急要請を出されてる以上は、何がしか必要か…」

 

ゲプハルトの問いかけに耳を傾ける将校らの中でベーレント少佐が発言する。

 

「ですが師団長、我々には検討する時間がありません。敵は目の前に来ているのですよ。」

 

「逆に考えたまえ。各部隊が四苦八苦する中で、要請が来ているのだ。それだけの何かあるのだろう。巡る巡って、我々に影響があるかもしれん。」」

 

ゲプハルトは、支援要請における自部隊との因果関係を指摘する。

 

「やるだけやってみよう。」

 

彼がそう言えば、周りは従い、ベーレント少佐もそれ以上 発言することはなかった。

 

「まず支援要請があったディレク・ポイントはどこだ…探すんだ。」

 

幕僚将校達は、要請書の座標を元に「どこだ、どこだ」と作戦地図上で探し始め、間も無く発見する。

 

「あっ!…ここか。」

「こんなところにあったのか。」

 

目を凝らして探し出した部隊の場所は、陸軍の歩兵師団に挟まれるような形で存在している。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「臨編部隊は、前面に出ているのか。」

「師団とともに戦線を張っている?」

 

彼らには、疑問が生じた。

臨時編成の部隊は、後方に控える予備戦力か警備任務を主にする。

 

だが、第144臨編連隊は2つの師団の隙間を埋めるように最前線に配置されている。

 

これは危険な状況に思えた。

 

「144が敵の猛撃に圧迫されれば、もたんぞ。」

「寄せ集めの部隊が相手なら、敵による突破は容易に行くだろう。」

「簡単に抜けられてしまいかねない。」

 

幕僚達は、ざわざわしながら口々に悲観的な末路を描く。

 

ターニャが見ても、その認識は変わらない。

 

(敵が攻めるなら絶好のポイントだ。正規編成の師団より明らかに戦力も練度も劣る臨編連隊を攻撃するのは当然の利。誰でもそうするだろう。)

 

2つの師団の間に展開する144臨編連隊は、敵からすれば柔らかい下腹部、つまり弱点。

ここに戦力を集中し、部隊を壊滅させ突破口を開くことは容易に想像出来る。

 

彼女は切迫した状況は他も一緒であるかと考えつつ、不穏な道筋を感じ取っていた。

 

主に自分に対して。

 

「突破されれば、師団は包囲される危険が高い。」

「なにより、ミューズに侵攻を許してしまう。」

 

彼等の会話は一層に危険な未来を予見する。

 

ミューズ地方はアルサス南部に位置する主要工業都市群であり、南部戦線に最も近い兵站の要衝となる重要拠点だ。

 

このミューズ地方を制圧され橋頭堡を築かれば、戦力配分がギリギリにある帝国南部方面軍の防衛戦線は耐え切れない。

 

そして一度突破されば戦略予備が事欠いている南部戦線の破口は簡単に防げない。

 

流石にミューズ地方を共和国に抑えられるわけにはいかない。なんとかしなければ。

 

そう思いにかられたゲプハルトは、ヴァイス少尉に144の現状況を問いかける。

 

「ヴァイス少尉、144連隊の状況はどうだ。」

「はっ!144連隊は、敵一個師団規模に正面攻勢を受け、目下防戦中。現在のところは、まだ攻勢を防いでますが…」

 

「…長くは持たんか…」

「…はい」

 

現在のところとは言うが、前線の情報には伝達する間にタイムラグがある。

 

厳密に言えば、144のリアルタイムな情報を得ているわけではない。

既に部隊の崩壊が始まっている可能性がある。手を打たねば、予想が現実になる。

 

「状況は理解した。早急に派遣しよう。」

 

「しかし、師団長…我が部隊には出せる航空兵力がありません。」

一人の幕僚はそう話す

第169歩兵師団隷下に属していた魔導中隊は既に出払っている。

後方で暴れる共和国の工作部隊、ゲリラを掃討する為に出払っていたからだ。

 

確かに師団の指揮下にはいない。

 

「私が負傷してなければ、出撃出来たのですが…」

 

暗い顔でため息を吐くヴァイス少尉は、ここぞと役に立てない自分の不甲斐なさを痛感していた。

 

「戦闘で負傷した以上はやむを得ない。」

「怪我人を出させるわけにはいかんだろ。」

「死なせるだけだ。」

 

周りの幕僚にそう言われるが、むしろヴァイスの胸に刺さる言葉であった。

 

さて、どうするかと周りが考えた時、ブルフミュラーは発言する。

 

「1人いるじゃないですか…」

 

「1人?」

 

その言葉にゾワッとしたのは、ターニャだった。

 

「デクレチャフ少尉です。彼女を遣わせればよいかと。」

 

「あっ…そうか…」

「彼女がいたな…」

 

そうだ、いたいたと思い出すかのように皆が呟く中、ターニャは胸に嫌な感覚が巡る。

 

(やはり白刃の矢が立つのは、私であったか)

 

不穏な予想は当たるものだ。

というか、余りにも分かりやすい形だった。

 

(しかし、中佐に言われるかとは思わなかった)

 

ほんの少しの間であったが、互いに信頼出来る形になったと思いきや、即座に突き放されたように感じたからだ。

そもそも、主たる航空観測員を簡単に手放してよいのかと疑問に駆られる。

 

同様に考えていたのか、ベーレント少佐がブルフミュラーの案に口を出す。

 

「いや待ってください。観測員を派遣するのは如何なものかと…砲撃の精度が落ちるのは明らかです。作戦遂行時に支障が出ます。」

 

これは確かな理があるもの。空の目や耳がなければ、今まで立てた作戦に不都合が出る。

砲撃は実に難しいものだ。

タダでさえ命中率が低くなりやすい中、どう穴埋めするのか。

 

老中佐ブルフミュラーはこう答えた。

 

「頑張る」

 

「は?」

ベーレント少佐含めた幕僚達一同は、きょとんとする。ターニャも例外ではない。

 

「だから、頑張るんだ。」

 

「いや、どういう事ですか?」

ベーレントは冷静に切り返す。

 

「航空観測員に限らずとも、地上観測員、測量手、砲兵士官で行えば良かろう。事前に少尉からの偵察で細かい敵展開情報を得ている。」

 

「でっ…ですが…」

 

「なにを不安がるのか?プロットした地点に当てればいいのだ。今までの経験で補う事も必要であろう。」

 

ー少々、脳筋過ぎではなかろうかー

やはり現場肌が強い砲兵将校は、こうなりやすいのかとターニャは思う。

 

「ミューズに抜かれてしまっては、コルマールどうこうの問題ではなくなる。大規模な戦線崩壊の可能性がある。」

 

所謂「お味方、総崩れ」となれば、組織的な戦線縮小しての撤退は至難の技。

最悪、ミューズ一帯の帝国軍が殲滅されてもおかしくはなかった。

 

「我々も無事では済まない。確かに手放したくはないが、一番必要な場所に魔導士は出すべきだ。これも我らを生かす方策よ。」

 

「しかし、1人で向かわせるというのは…」

 

「彼女なら大丈夫だ!銀翼の持ち主で、軍功抜群のエースである。何かあっても持ち前の技量でどうにかする!でっあろう少尉!」

 

「えっ!?あっ!仰せのままに任務を遂行する次第であります‼︎」

 

勢い任せの突然の振りに怯みながら、厳にハツラツと答え、反面する感情を噴出させた。

 

(いや!無茶苦茶すぎるだろう!!)

 

ターニャは心の中で叫びをあげる。

思った以上の無茶振りに動揺を感じながらも、今後の道筋が半ば定まりつつあり、諦めという妥協を受け入れる虚しさが胸に広がる。どちらにしろ、抗弁する気にはならなかった。言い訳と逃げになるからだ。

 

また勢いある老中佐の言葉にベーレント含め周りは反する口を出すことなかった。

 

そして最後の決定は師団長に委ねられる。

 

「師団長、如何になさいますか。」

 

老中佐の言質を受け、師団長は重味のある口を開く。

 

「彼女に行かせよう。頼めるか、デクレチャフ少尉?」

 

「はっ!命とあらば、即座に向かいます。」

 

ぽつりと「そうか」と言うとゲプハルトはターニャに近づき、彼女の小さな手を取る。

 

「また酷な事を任せる事になった。すまない。」

 

「いえ…私は若輩ながらも帝国軍兵士の1人。

どんな任務でも遂行します。」

 

ターニャの凛とした答えを聞くと手を解き、

命令を達する。

 

「では達する。ターニャ・デグレチャフ少尉。貴官は、ミューズ第2防衛線に展開する第144臨編歩兵連隊に向かい緊急支援任務を行え、それに先立ち支援航空戦力が集結する第13空域のポイントに迎え、味方部隊と合力し戦線に進出せよ。そしてヴァイス少尉。」

 

「はっ!」

 

「貴官は、可能な限り安全な空路を選択し、デクレチャフ少尉を集結地まで誘導せよ。可能か?」

 

「はっ!負傷してても飛ぶ事は可能です!」

 

「そうか、では頼むぞ。貴官らの武運長久を祈る。」

 

ゲプハルトは敬礼し、ターニャとヴァイスは答礼する。

 

「「帝国に勝利を!!」」

 

声高らかに決まり文句を放ち、毅然とした姿勢で新たな任地へ向かう。

 

「デクレチャフ少尉、こちらです。」

同じ階級のヴァイスが付き添いながら、部屋を出る。

 

その去り際に「すまぬ」と声を掛けられたが誰のものかわからぬ。

 

師団司令部は、再び喧騒に包まれ、彼等の戦いが再開していたからだ。

 

ーまた、最前線かー

 

身体に不釣合いなライフルを片手に持ち、歩を進め、師団司令部を後にした。

 

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