戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 作:リースリット・ノエル
この戦争の最中、フランソワにとどまるためそうとどまるために、私はどんなことでもしのぶでしょうが、それは病的な好奇心からではありません。
貴方はこの国を愛しておられますから。私の気持ちを理解して下さることと思います。
この「短期の快調な戦争」に関与することの感激は、私には遠いものであり、以前よりもさらに遠のきました。
私は自分を大切にし、どんな意味でも英雄になろうとは思いません。この卑しむべき世界は、悪魔にさらわれるがよいでしょう。
アルサスでの戦闘の情報が、ここに集まってきます。「戦後の世代」がどうしてこうなったかが、わかるように思います。
フランク・ビッカースギル ケベック人
1901年5月28日生まれ
アルサス・ラレーヌ攻防戦で戦死。
〜第23高射砲郡 対戦車露天陣地〜
第144臨編歩兵連隊と行動を共にする第23高射砲群は、装備する8.8cm FlaK 18 9門によって、共和国軍の戦車部隊を真っ向から血祭りに上げていた。
8.8㎝の独特な砲撃音が木霊する度に、敵戦車が爆砕する。連続砲撃で砲弾の薬莢が山の様に陣地内で積み重なる。
「1中隊は、右翼から迂回する戦車隊を片付けよ!急げ!!」
指揮官が声高らかに指示をしながら、目の前の惨状を見る。
-戦車は、いとも簡単に破壊できるものか-
そう思うのは、高射砲郡を率いるメンヘル少佐だ。
第23高射郡は自らがよく訓練した部隊でもあるが、敵が俊速で空を舞う航空機ではなく、航空機と比べれば鈍足な戦車達だという事だ。
狙い撃つことは、高速爆撃機や戦闘機に比べれば造作もないと主張するが如く、敵戦車が次々と破壊、炎上していく。
先の奇策と思える巧みな黄燐発煙弾による砲撃で敵突撃部隊の先鋒を崩した上に混乱に陥れ、戦車部隊と歩兵部隊が共に協同前進する事が上手くいかず、最初の攻勢速度からみて鈍化している。
また敵大部隊に対して死に物狂いで奮発する士官・兵士達の馬鹿力が相乗しての結果であろうか。
ここにいる連隊が後退を許されず、引くに引けない戦いに身を投じている事から皆、死兵と化している状況も考慮される。
戦史の古典で学ぶ韓信の「背水の陣」。
つまるところ、逃げ道を断つ事で、決死の覚悟で戦わせる策と、似通う状況が展開されている。
だからこそ、皆地獄の砲撃を耐え続け、今は我を撃たんとする敵に決死の防戦に挑む。
一瞥すれば、弱小な部隊としては勇戦していると思われた。
これも奴の計算の内だろうか。
脳裏によぎるのは、身を射抜くような鋭い眼光をもつ中佐の姿。
「選べ!…死ぬか、勲章を貰うか…決めろ、今すぐに!」
モーゼル拳銃を胸に突かれ、気が動転した。
周りが唖然としながらも、中佐は気勢鋭く迫り「あんたが動けば、ミューズは守れる‼︎」と凄まれ、渋々承諾したことを思い返す。
勢いにまけたというのもあるが、不思議と人を従わせる気質を持つ人物だった。
確たる信念と有無を言わさない振る舞い。
そして饒舌に尽くし難い経験を積み重ねてきたような風格に、メンヘル少佐は気圧された。
-しかし、結果としては良かったか-
恐喝され連隊に引きずりこまれたが、「最前線の補強」を命ぜられ動いた高射部隊だ。
元の目的は達せられていると解釈すべきか。
そう自分に言い聞かせるのだった。
小心者で意気地のない自分に、自分に対して言い訳させる。
そして目の前の戦闘に傾注する。
「左翼、弾幕薄いぞ!何やってんの!」
「トスパンの小隊が1両の戦車に何を戸惑っているのか!ええい、他を狙え!」
「ルノー20輌が突破してきたぞ!2中隊、迎撃だ!」
「もうすぐ先鋒の戦車隊が400を切るぞ。急げ!」
まずは、目の前を乗り越えなければならない。どちらにしろ、結果としてあの中佐に賭けた以上は。
******
ヴォルフのいざこざなんて知らず、戦闘指揮所に何とも無しにもどったカイジは、戦況を再び確認する。
「敵戦車隊の先鋒が間も無く距離400を切りそうです。」
「敵歩兵部隊、更に肉薄します。」
敵戦車部隊は、88ミリに手酷くやられつつも台数の多さをバックにじわりじわりと突き進んでいく。また敵歩兵部隊が決死の突撃をせんと早駆けを続ける。正面衝突は待ったなし、眼前に迫る敵を見て腹が座る。
黄燐発煙弾、88ミリの砲撃で多少は敵戦力、削れても元の戦力の桁が違う。完全に潰す、殲滅する事は難しい。だが、攻勢を挫いた上で戦闘の源となる士気を限りなく0に導けば、こちら側に勝機は見えてくる。
狂信的な共和国軍にそれは可能であるか?
という問いがあるが、共和国軍も同じ人の子である事を忘れてはならない。
まずは条件を整えよう。
「よし敵を更に引きつけよう…」
カイジかそう言うと士官が「もう十分ではありませんか?」と言うが、カイジは「まだだ」という。
「確実に敵の前衛を潰したい、先走りは禁物だ。各部隊には射撃統制を厳にしろと伝えよ。」
捉えた敵部隊は逃がさず、一気に覆滅すべきと誰かから教わったが、その通りの状況が目の前にある。
本当の気持ちで言えば、一気に砲火を浴びさせたい。敵の陰影がより大きくなり迫りくる今ならば、特にその心境は大きくなっている。
だから、こそ堪える。特に指揮官は確実な機を逸してはならない。
下手な射撃で、無駄にしたくはない。
「300だ…距離300になれば、射撃開始だ。他の部隊もそれで統制している。」
「それまでは堪えろというわけだ。だが、果たして我慢できるか?」
そういうのは、ヴォルフ先任准尉。
先程の喧嘩はいざ知らず、指揮所に戻れば兵士の顔に切り替わるところは流石というわけだ。
「…我慢してもらわねば、ならない。だが多少は目を瞑る。」
「しかたねぇ。こっちでケツを締めといてやるか。」
「そうやってくれると助かる。」
ヴォルフは何名かの兵隊を引き連れて、交通壕をとおり第一戦塹壕陣地に向かう。
新兵の多い部隊を直接巡回して暴発したように射撃しないよう注意を図るといったところだろう。
敵が迫れば緊張が最高潮に達する、自分でも何考えてるかわからないほどに。
緊張、不安、嫌悪、吐き気など色んなものが混ざりあった状態で、息も絶え絶えになりそうになる。
そんな時にヴォルフなどの経験ある古参兵が役に立つ。彼らが新兵のトリガーを制御する安全装置になるからだ。
双眼鏡を手に取り、正面を一瞥する。
地上は埋め尽くす敵兵と車両、黄燐で炎上した草原地帯。空に敵影なし。
もっとも気がかりな航空戦力がまだ確認できず。これは幸いか…魔導師や爆撃機が来る前に全てを決めて終わらせたい。
対空火器など、88ミリを除けばクソみたいな装備の連隊には抗いようがないからだ。
だからこそ、航空戦力が来る前に敵攻勢を挫いて一時的にも防衛を成功させい。
今を超えて生き残れば、後からでも色々やりようがある。
そのための算段はある程度ついている。
だから、ここはどうにか踏ん張りたい。
「連隊本部より、各部隊指揮官の判断で射撃開始せよ…」
「カウントダウン…始めます」
近くの敵の姿がよりくっきり見える。
「9…8…7…」
自分でも緊張で胸が高鳴る。
「6…5…4…」
額から汗が流れて、ポツリと落ちる。
いよいよだと、固唾を見守る
「4…3…2…1…0…」
「大隊長!!」
「よし今だ!…大隊射撃開始、一気に蹴散らせ!」
カイジが啖呵を切った、数秒後。
自ら指揮する第1大隊から烈火の砲撃、射撃か開始され、それに続いて第2大隊も敵突集団に対して猛射を開始し、空中に莫大な鉄量が固まりとなって撃ち出される。
防御陣地に配された歩兵砲、突撃砲、迫撃砲、対戦車砲が一斉に火を吹いたのだ。
手負いの共和国軍部隊に連隊の防御火力が集中し、一気に地上で爆裂する。
共和国軍部隊がいた区域は、瞬く間に爆炎と舞い上がる黒い土砂、煙に覆われていく。
連続する大小の爆発は津波のように敵部隊を襲い、多数の命を散らせる。
痛みや絶叫も全てを搔き消すが如く銃砲撃の連続が耐える事なく続く。
敵の攻勢が、前進が大きく鈍り始めた。
その情景は圧巻だった。
漂う硝煙の匂いを嗅ぎながら、見つめるカイジは勝機の手綱を引き寄せたと感じ入る。
今までの準備は無駄ではなかった事の証であった。
「このままいけば、いける。」
砲撃の爆音で掻き消されたが、自信あるカイジの言葉だった。