戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 作:リースリット・ノエル
戦場では、敵への同情はつまるところ自殺であり、結果として仲間を殺す。なぜなら、殺されなかった敵が次の瞬間に自分を殺し、仲間を殺し、部隊を全滅に追いやるからだ。
例外は一回としてない。
戦場においては。敵を同じ人間であると見てはならず、敵という認識が兵士として取るべき行動の判断を徹底され、冷徹かつ容赦がない形を追求する事が求められる。
それが出来れば、生き残るチャンスは増えて、新たな選択肢を選ぶ自由を得られる。命を明日に繋げられる。
例外は一回としてない。
これは、幾多の戦争で自分が無条件で従ってきた鉄則である。
ひとたび引き金に指をかけて、照準し、敵をとらえれば、相手の運命は決まった。
例外は一回としてない。
人名不詳 帝国軍 外国人将校の手記より
アルサス・ラレーヌ地方 ミューズ・ライン第2防衛線
第144臨編歩兵連隊 第1塹壕陣地帯 第一線塹壕線 戦闘最前衛部
戦力劣勢にある第144臨編歩兵連隊の防御戦闘は佳境を迎えよとしていた。
砲兵隊が巧みな阻止火力を発揮し、高射砲部隊が必至の対戦車攻撃で共和国軍突撃部隊の集合体である先発梯団を崩壊させる程に痛めつけた。
しかし、それでも共和国軍の突撃部隊は、多大なる出血を擁しても前に進み続ける。
連隊の防御陣地の前衛となる第1塹壕陣地帯に迫る。
目前に見える塹壕陣地を踏破すべく、共和国軍の歩兵部隊は唸りを上げながら駆け出し、戦車はエンジンを吹かし速度をあげる。
非情なる猛火で苦しみながらも、前進を続け面前の帝国軍という敵を、陣地に配置された人影を視認できそうなった時に事はおこる。
最前衛となる防御線から300メートル地点に敵が侵入した瞬間に、防御陣地から猛然とあらゆる火砲が火を噴き始める。
防御陣地に組み込まれた突撃砲、歩兵砲、迫撃砲、対戦車砲、機関砲、対戦車ライフルが点在する各陣地からの一斉射撃が一片の容赦もなく、共和国軍に襲いかかる。
空中に舞い上がる砲弾が弾雨となって地上に降りそそぎ、さっきまで受けた砲兵隊の防御砲撃から生き延びた兵士達を大小の爆発と衝撃に飲まれ物言わない肉塊に変えていく。
大量の榴弾が弾着する光景が広がる。
炸裂した事で榴弾の弾殻や爆発物の容器の破片が飛び散る。
爆風によって飛来する様々な物体が四方八方に音速の速度で拡散し、周辺にいた兵士達の命を何十人単位で奪っていく。
空中で炸裂した榴散弾は、破片を散弾銃のように傘型に拡散しながら、地上を進む兵士に襲いかかる。あるものは頭を吹き飛ばされ、あるものは上半身が挽肉にされるか手足を吹き飛ばされる。
あるものは体を貫かれ中枢神経を破壊され数秒の呻きをあげた後に絶命する。
辺り一円は死と混沌に包む魔女の釜と化する。
集中された砲撃は戦車も襲い、逃れられない。
対戦車中隊の37ミリ対戦車砲が速射を行い、ルノー戦車の蜂の巣にし、FCMは覗き窓を対戦車ライフルで撃ち抜かれ、操縦員が臓物を撒き散らし即死し、動きが覚束なくなったところで対戦車砲に叩きのめされる。
20ミリの機関砲の連射で履帯と車輪を破壊された戦車が袋叩きにされ、装甲を貫いた徹甲弾の炸裂が弾薬、燃料タンクに誘爆を誘い火柱を上げる。
共和国軍の砲撃を生き延びた地雷の残党が地面の中で牙を剥き、兵士の足を吹き飛ばし、装甲車両を擱座させる。
秒単位で落ちてくる多量の砲弾が辺り一帯の地面をめくり上げ、連鎖する爆発で黒い土砂が巻き上がる。
その模様はまるで火山地帯の噴火をみるようである。
144連隊が陣取る防御陣地の正面4キロ範囲は、死屍累々の地獄絵図と化した。
しかし、それでも彼等 共和国軍突撃部隊は死の一歩を止めない。
彼等にそうさせるのは、単に死を超越した勇気でも豪胆さでもない。
饒舌に尽くしがたい地獄の底で、逃げ場がなく、引いても死、引かぬも死の悲壮な状況が共和国軍の兵士達に前進突撃を強要させる。
全てを飲み込む弾幕の途切れを見ながら兵士達は躍進し、運に助けられながら何とか陣地に張り付こうと足掻く。
そして共和国軍の突撃部隊は距離200を切ろうとしていた。
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同連隊に所属する第1大隊 第4中隊の重機関銃小隊の一員であるヨハン・アランベルガー2等兵は、連隊火力 の最大発揮に気圧され圧倒される。
面前で行われる破壊の熱量を肌で感じ、内心「勝てるのでは?」との思いがよぎる。
しかし多数の榴弾、榴散弾の弾着によるた圧巻の砲火でも共和国軍は突撃の敢行を続ける。
次の一歩で死する運命でも、彼等の前進が止む事はなく、秒単位で犠牲を出しながら着実に自らが守る塹壕陣地に向かってくる。
壮絶な非日常の風景を眺めながら、ヨハンはMG08重機関銃のグリップを握る。
居心地の悪さで胃の調子が悪くなりそうだった。ふと自分の体を触れるとゼリーのようだった。言わんとし難い感情の昂りと極度の緊張が、夏の暑さと重なり脂汗がいくつも浮かび流れる不快感を感じる。
距離が縮まり、近くなった事で敵影の輪郭以上に視覚的に認識できるようになる。
隣にいるヨハンと同期にあたる弾薬手ラルフ2等兵も布製の弾薬ベルトを持ちながら全身から緊張を漂わせる。
銃長であるイーゲル上級兵長から「まだ、撃つなよ!俺がいいというまで待つんだ!」と
堪えるように命令される。
しかし気が気でないヨハンは、早く撃ちたい衝動に駆られる。
陣形が崩れきった共和国の歩兵部隊だが、動物的な咆哮を上げながら、砲撃の嵐を切り込み全力で走り抜ける様は、異様な光景だった。
既に距離100mを切ったのではないかと思う程、敵の姿が鮮明に見える。
「まだだ!距離200 ‼︎ 」
思った以上にまだ距離がある事に気付くヨハン。敵兵の軍服の色が識別でき、一人一人の動作の違いが明瞭に見える。
小銃に着剣された銃剣が鈍く光輝き、その切っ先は自分達に向けられる。
ヨハンが敵兵を凝視してると、突如 隣の方から機関銃の連射音が響く。
ヨハンが瞬間的に強張り、引き金にかけた指に力を入ると、イーゲルに腕を掴まれ制止される。
「ヨハン!釣られるな ! まだだぞ!150っ」
イーゲルが距離のカウントダウンを続ける。
隣の機関銃の発砲に釣られて、幾つかの小銃分隊が散発的に発砲し始める。
「130っ‼︎ まだだ!まだ引き寄せるぞっ!」
味方の銃撃に応酬するように敵兵が小銃を撃ち出し、マズルフラッシュの閃光が輝く。
シュン、シュンと空気を切り裂く銃弾が頭上に掠める。敵の軽機関銃手も窪地や地形の起伏を利用したり、破壊された戦車・車両の残骸を盾にしながら猛射を始める。
敵の銃弾が一斉に自分のいる陣地の土塁や土嚢に着弾する音が聞こえ、土埃が上がる。次は自分を銃弾が貫くのではと、心臓を圧する恐怖が襲う。
だがヨハンは全身全霊の自制力で、引き金を引かずに銃長イーゲルの射撃号令を待つ。
敵戦車の砲火が防御陣地を襲い、土砂が巻き上がり土を頭から被る。
敵歩兵隊が射撃しては前進を繰り返し、更に距離をつめる。その度に味方の迫撃砲分隊と歩兵砲分隊が猛射を行い、歩兵隊の集まりを吹き飛ばす。
その砲撃の着弾もどんどん味方の陣地に近接する。自分達がいる場所が巻き込まれそうになるほどに。
ヨハンは我慢出来ずに叫ぶ「まだ!ですか!?」と。
その叫びに覆い被さるようにイーゲルが号令を出す。
「ヨハン、撃て!!!」
咄嗟にヨハンは堪え忍んでいた人差し指に力を入れて、引き金を思いっきり引き込む。
緊張感と神経の昂ぶりが一挙に解消され、身体が躍動する。
その瞬間にMG08重機関銃はタタタタとゆっくりした連射音を響かせながら、射撃を開始した。狙いの前方にいる敵歩兵隊は、次々と機関銃掃射の餌食となっていく。
ヨハンが射撃を始めたタイミングを同じくして、大隊が装備する重機関銃24艇が一斉掃射を開始。
塹壕陣地内に配置された各所の機関銃陣地から無慈悲な鉄槌が下され、共和国の歩兵隊を薙ぎ倒していく光景が随所に展開される。
機関銃は安定した弾道と持続性がある為、一度掃射を始めれば、弾薬が尽きない限り、徹底的に目標を蜂の巣にしてくれる。
かの有名なマキシム機関銃と形状を同じくするMG08重機関銃(シュパンダウ重機関銃)は250連発の布製ベルトにつなげた弾丸を400発/分の速度で連射する性能を有する。
それが一個大隊で24艇もあり、一斉に火を噴き始め十字砲火をうけたのだから、その射線上にいた共和国の兵士達の殆どを死に至らしめる。
分散するように疎開隊形を歩兵隊がとっていても、銃弾の魔から逃げる事は困難だ。
迫り来る弾丸の壁から逃げるように射線を逸らそうと左右に動いても、射線は必要に追いかけていくのだから、逃れようのない死の淵に敵歩兵隊は駆り立てられる。
「ヨハン!射線が高い!もっと下だ!胸元より下を狙え!!」
イーゲルの命令を受け、ヨハンは照準を修正しながら、射撃を継続する。
引き金を引いて、ワンテンポ遅く感じる機関銃の連射音を聞きながら、射線の先に映る敵兵一人一人の最後を見る。
ドミノ倒しにされる敵兵。更なる混乱の渦中で右往左往しながら、落命していく敵兵。
それを見ながら、ヨハンは機械的に射撃を行い続ける。弾が切れたら、弾薬手のラルフが弾薬ベルトを装填し、再び射撃を行う。
イーゲルの檄が飛び、ヨハンは修正しながら敵を撃ち倒し続ける。
ヨハンは何の余裕もなく、ただ必至に群がる敵を機関銃で撫で斬りにする。
今まであった感情の奔流を流すかのように、彼の全集中は敵を倒す事に向けられる。
この時においては、ヨハンは獲物を捕らえる殺人機械の一部として駆動している。
かつての受けた教練の成果がそうさせる。
反射運動になるまで積み重ねた反復訓練が、銃器を扱う体として、戦闘に直面した瞬間に自動的に起動して役割を果たす。
実際は、悲壮な環境と衝撃的な光景でヨハンは死人のように青白くさせるが自分では気がつかない。
ただ、目の前にいる敵を倒すことに注力する。ただ撃ち続ける。
敵味方問わず、近距離で激しく壮絶な砲火戦の応酬が始まり、その奔流がその場にいる兵士達を飲み込んでいく。
突然、ヨハンがいる防御陣地の近くで敵戦車が放った榴弾が炸裂する。
ヨハンの隣で何かがはじけ飛び、切り裂くような鋭い音がした。
自分の顔に何かがついた。それは生肉のようだと思った時に隣を見ると、同期のラルフが破片で腹を裂かれていた。
裂けた軍服の上を見たラルフは、信じられないという顔をし、その現実に驚愕する。
狼狽し身動きすると、その裂け目から内臓が溢れ出す。
ラルフにとって経験した事のない驚愕の何秒間が過ぎると、凄まじい絶叫をあげ、湯気立つ臓物を押し込める。しかし押し込めるのと反比例して臓物がはみ出て、大量の血液が流れでる。ラルフは狂気に染める眼差しを帯びる。
仲間をどうにかして助けたい一心で機関銃から手を離して、介助しようとするヨハン。
しかし上官であるイーゲルが背中を叩いて怒鳴りつけてきた。
「ヨハン!攻撃を続行だ!!そいつはどうしたって助からん!!!仲間を援護しろ!!弾幕を絶やすな!!!」
イーゲルの檄にヨハンが非情な現実に引き戻され、再び機関銃に手を伸ばした。
すると、ふいに絶叫が呻きに変わりながら、静かになっていく。
ラルフに目を一瞬向けると、彼は底知れぬ虚空を凝視しながら、がっくりと膝をつき、その姿勢のまま、地面に顔から前のめりに倒れる。
魂が消えたラルフの遺体をイーゲルが、荷物のように後ろに投げる。
苦しみから解放された仲間の死を、初めて見たヨハンは、雑念が消え、頭の中から思考が消える。
彼を突き動かすのは、闘争本能。
原初的な生存の意思が突如として彼自身をとらえる。
恐怖や死に対する感情、怪我、不安も意味を失い始まる。
意味あるのは、機関銃を扱う事に集約される。
ヨハンの身体が殺人機械として自動的に駆動する。
弾をこめること、撃つこと、標的の敵を殲滅することが唯一、知覚する現実となる。
周りの死も、辺り一面の地獄にも目を掛けず、ヨハンは装弾し、槓桿を引き、銃把を握り、引き金に指をかけて引く。
再開された銃撃が、敵を殲滅していく。
彼の中で変化が起きた。
激しく荒れ狂う戦闘の中で素朴な青年が、本当の意味での兵卒に昇華する。
敵を殲滅する機関銃の一部となった彼は、人間らしい人格の純真さ、道徳的な倫理観とは決別を告げるだけでなく、豊かな人生の未来と希望をこの場において捨てた。
必要なのは、敵を殲滅すること。
殺すことが、強制された生業となる。
ヨハンは、腹をくくって自分の戦争に望む。
イーゲルは自ら持っていた軽機関銃を手にし、敵の掃射に加わる。彼の指示がヨハンに対して決定的な優先事項になり、それ以外の余計な考えを持たない。
比喩的な表現が消えた世界で、戦う事が第2の天性となり、殺すか殺されるかのシンプルな掟の戦場で、ヨハンは自らの頭角を引き出す。
兵隊が言う俗語で「ババ」を引いた最悪の最前線で彼は、ベルヒデスガーデン出身の青年から戦場の大人となった瞬間でもあった。