戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 作:リースリット・ノエル
アルサス・ラレーヌ地方 ミューズ・ライン第2防衛線
第144臨編歩兵連隊 第1塹壕陣地帯 第一線塹壕線 第1大隊 戦闘指揮所
第一線の防御陣地帯に敵部隊が接触した事を受け、大隊の戦闘指揮所では、指揮下の各中隊から一斉に報告、戦況の推移が持たらされる。
「大隊長!第4中隊、最終防護射撃開始!
敵2個歩兵中隊規模の突撃を破砕セリ!」
「第2中隊!機関銃小隊の掃射範囲を拡大、第3中隊側面に対し、援護射撃を開始します。」
続々と入る報告を聞きながら、戦況を見入るカイジは部隊が防御戦闘の最終段階に入り始め、現場部隊の奮闘を祈る。
ー 頼むから、もってくれ ー
ここが辛抱時である事を理解した上で、今まで重ねた準備が無為に帰さないように善処する。
無線通信から持たらさる報告と自分の目で見る視覚情報を元に判断、部隊に適切な指示を出していく。
部隊が生き残る為にカイジが熟慮し、用意した防御戦術の第3段階。
最終防護射撃の発動で、陣地を守り抜きつつ、この場で共和国軍の突撃を頓挫させる。
そして敵兵力を根こそぎ消耗させ、再度の攻勢を決定的に不可能な領域まで追い込むのが彼の目標だった。
言わば、連隊のバスタースイッチである。
最終防護射撃の要点は、徹底的な火力集中による殲滅にある。
通常戦闘のように敵兵や敵車輌を個別に狙い撃つのではなく、事前に設定された地域で敵が侵入・発見若しくは敵の気配を察知したならば、視界の如何にかかわらず、その地域に徹底的に大量の砲弾・銃弾を撃ち込み、完全な制圧、殲滅に導く。
この戦術は、そこに存在する敵兵が確実に死傷するだけの火力を投入することで、確率論的に敵を殺傷することを目指したものだった。
発動の要請権は、前線の中隊長にあり、大隊長の承認によって発動される。これは、他のどの任務や戦術よりも高い優先順位を持っている。
「第3中隊のラッケル少佐より、大隊主陣地の火点集中地域に支援射撃要請。敵の圧力が強いようです。」
「第2大隊より、敵の猛攻が止まず。D-17に近接砲撃支援を求む」
攻勢発動時の先発隊が半ば壊滅し、突破力が減衰しているとはいえ、まだ戦う力を持つ敵突撃梯団の圧迫は強かった。
敵の予備隊からなる後続部隊も砲兵隊の妨害を受けながらも、躍進している状況から看過できない。
そう判断したカイジは咄嗟に指示を出す。
「連隊本部に砲兵隊の射撃地域 変更を要請。
1大隊、2大隊の主陣地前面 距離200〜300メートル地点に侵入した 梯団からなる突撃集団を新たな目標とし、敵の第一線突破を封止する。」
連隊後方に控えるメーベルト大尉が率いる砲兵大隊は10.5㎝ leFH 軽榴弾砲 18問の完全編成部隊で、現段階では最前線の主陣地から1000メートル先に展開する敵の支援部隊や予備隊等の前進妨害、迎撃による数減らしを行なっている。
その連隊火力支援の主力を担う砲兵隊による全力射撃で持って、陣地手前にいる敵の集団を一気に片付けようとする考えだった。
「砲兵隊は、榴弾に切り替えての面制圧任務。観測魔導師も1、2大隊の直接航空支援に展開し、敵の攻勢を完全に停止させると…連絡しろ。」
カイジの令を受けて、指揮所の通信士官は、連隊本部に確認を取り始める。
砲兵隊は、代用品の黄燐発煙弾を使用していたが、ここに来て未使用の砲弾を解禁する
代用品を除けば、貯蓄弾薬が榴弾、榴散弾、徹甲弾含め3000発しか無く、貴重なものだった。
また航空魔導師も同様に人数が限られ、前進観測員として貴重なものであった。
しかし、貴重だからといって貯めすぎて、使いどきを誤ってはならず、肝心な時には気にする事なく一気に投じる事が大事であると。元がギャンブラーだったカイジの気質から、すれば 自ずとわかるようなものだった。
「連隊本部より返電。砲兵隊の射撃地域 変更を承認。同時に航空魔導師の遊撃も承認ス。直接支援の優先順位は、中佐が判断せよと…」
連隊本部からの返事を受け、カイジは頷き、
得られた選択肢を矢継ぎ早に判断する。
防御陣地で脆弱部となる地域、敵部隊の圧力が強い箇所に、優先して砲兵隊の火力を投入し、防御戦闘で生じる火力の穴を航空魔導師と第2塹壕陣地帯に展開する3号突撃砲をむかわせ、穴を埋めるといった命令を出していく。
危機的な状況が力となり、彼が持つ知性を研ぎすまされ、講ずべきあらゆる手段を瞬間的に幾つも浮かぶ。
一言では言いえない長年の戦場経験と、常に「勝つ」という最大の結果を合理的に求める冷徹な計算、分析力そして、尋常ならざる直感によってカイジの戦場を作る。
生き残る為を最優先事項と判断する彼は、自らの主導権を握る冷酷な戦場を作り上げる事で明日を、未来を自分の手で握ろうとする。
「戦闘に際して、指揮官というのは戦場を形作る芸術家である」とかつての叡智に満ちた恩師から学んだ一節が浮かぶ。
指揮官は戦場に自由自在に展開する、一種のデザイナーだと考えてよい。
戦場にはある程度の規則性があるとは言えど、明確に線が示されるわけでもなく、確実な範囲が決まってるわけではなく、絶対の数字と方程式があるわけでもない。
ルールのあるゲームのように条件が絶対的な形で決まっているのは、滅多にない。
これは考え方次第である。
時と状況、意思を持つ人間の行動によって世界が大小問わず、常に変化しているからだ。
無論、軍の作戦で一定の制約はあるものの、それ以外はかなり自由に、柔軟かつ臨機応変に戦いを指揮官の令を元に展開できる。
別に目を転じ考えれば、もし軍規で厳密に指揮官の行動を束縛し、規定されたマニュアルに教条的に固執すれば、どうなるか。
そのような硬直した軍隊は自壊作用を起こすことが必死である。
しかし巨大化した軍事組織では硬直しやすい。
母体がデカ過ぎれば、軍を統制する為に末端に至るまで、それこそ靴の並べ方まで画一化されガチガチにアレもコレもと決められる。
軍規の徹底という形で。
特には帝国軍は、その傾向に強い。
その結果、戦略で決まりきった行動と硬直した戦術展開しか期待できない。
戦闘に関してのマニュアルは、あくまでガイドラインであると考えなければならないが、帝国軍はその成り立ちと経緯から一度決まった規定路線を変えないか、絶対のものであると認識する嫌いがある。
それで割りを食うのは、前線部隊であり、急場凌ぎで「委任戦術」という半ば現場頼みの勇戦に何とかするという不合理がある。
その煽りをカイジ自身が、ー 別の理由もあるが ー 受けてしまっている要因でもある。
もし救いがあるならば、カイジがいる144連隊の連隊長ゴットハルト・ハインリィツィ大佐が、将才に優れた開明的な指揮官だった事に尽きる。
連隊長ハインリィツィは、上級指揮官として冷静さを失わない、高い作戦指導力と積極性を持つ。
カイジに言わせれば、「指揮の要訣の徹底と即断即決能力」を形にした模範的な軍事指揮官と評価していた。
彼は絶対的に戦力劣勢にある連隊の窮状を理解した上で、戦闘で後手を踏まないよう、予想される敵の攻撃を正確に把握し、味方はできる限り損害を出さないように防御作戦な要旨を規定する。
端的に言えば「まず自軍の陣地を二重三重の縦深陣地にし、共和国の攻勢を組織的に崩し、各部隊が互いに陣地を防御可能な形で迎え撃つ」という言うはやすし困難なものだ。
それを可能にする必要条件の自由設定と作戦立案の主導を含めた自主裁量権をカイジに認めた事で、柔軟な事前準備を後顧の憂いなく徹底的に突き詰めれたのだった。
この点が、寄せ集めの半正規連隊が敵の攻勢で一蹴され壊滅せず、現在においても戦闘力を発揮しながら防戦を可能とする防御戦術を産み出せすキッカケになる。
現在連隊が実施中の防御戦術は、カイジが今持てる全てを投じた集大成 とも言えるもの。
それが 「殺しの総構え」である。
練度が劣り、戦力不足の部隊でも強固な防御を可能とし、縦深陣地を利用した防御システムだった。
参考図
敵の攻勢を頓挫させるには、機動力と突進力を殺ぐ簡単な方法が陣地の築城である。
このため、帝国においては巨大かつ広範囲な塹壕陣地帯を築城する事に腐心するが、防御戦闘力は第一線に集中しやすい傾向にあった。
確かに第一線に集中すれば、強大な力を発揮するが、第一線が一度突破されれば、戦線の建て直しは難しい。
何故このようになったのか。
理由として、内戦戦略を重視した為である。
周到な陣地構築と配備された大量の火砲、そして強力な予備隊の投入によって戦線の防衛を可能とするものだった。
帝国において防御とは、反攻に備えて兵力の集中を待つ期間に行われる作戦行動であると認識される。
しかし、それは内戦戦略に依存する極めて防御的性格が強いものになる。
だから帝国が行う反攻勢、強襲、機動戦や逆襲、超越攻撃の類は、全て戦略上の判断により陣地戦を完遂する為の手段に過ぎない。
あくまで国家防衛を目的とする帝国流の考え方である。
これはカイジも理があると理解するが、連隊の立場からすれば、上記の条件は望めない。
内戦戦略の庇護を受けない連隊は、自力で生き残る術を求めなければならない。
だから彼は陣地の防御より「敵の殲滅」を目標にした。
陣地を守る防御戦闘は、敵を阻止しての逆襲という戦術行動である逆襲も敵を駆逐するためではなく、完全に「殲滅」を主眼としする攻撃的なものだった。
この防御陣地帯は、最終的な反撃戦力が整うまでに命を繋ぎ生き残る事を示唆するものだ。
この陣地の要旨は以下に略される。
・敵の接近を妨害し、兵力と企図(目的)を判明させ、可能な限り、敵 の戦力に損害を与える
・敵の攻撃を段階的に撃破、攻勢を頓挫させる。
・消耗した敵を陣地内の決戦で完全に殲滅するか覆滅する。
防御陣地は、互いに援護が可能になるよう火力の鎖で繋げられ、陣地構成は縦深を浅くする。
これにより主陣地と各陣地の兵力と火力密度を高める。そして陣地内の火力の骨幹は、砲兵隊は別とし、対戦車砲(144連隊の場合は、88ミリ高射砲)に置いた。
戦車さえ、撃破出来れば、敵の攻撃は間違いなく停滞するからだ。
連隊火力発揮は、陣地正面に集中されるように濃密な火力包囲網を構成した。
まずは主陣地の前衛防御を担う直協砲兵隊が火制地帯(砲撃を行う範囲、地域)を設定し、敵部隊を崩し、「殺しの間」(キルゾーン)にて対戦車砲、歩兵砲、迫撃砲、突撃砲、大口径機関砲、対戦車ライフル等の火砲で徹底的な制圧を行使、更に侵入する敵部隊を最終防護射撃の発令で、重・軽機関銃・小銃の掃射で敵を殲滅に導く。
そして火網(火力集中範囲)は、1平方メートルに毎分6〜8発の銃砲弾を集中させるものとした。
連隊を基幹とする防御部隊は、大隊を増強(若しくは中隊を増強)し、それら独自で防御戦闘を自己完結できるよう目指された。
指揮官が不足するか、練度の低い指揮官は大人数を掌握は困難であるからだ。
ならば、部隊を分散させず、集約して管理すれば組織的な管理が容易になる。
また、連隊の半数以上を占め、教育部隊は教育に当たっていた訓練幹部、主任教官、助教などの教育要員も丸ごと連隊戦力に編合されている上に、教育大隊から連なる訓練区隊もそのまま転用されている。
つまり、経験なき新兵が大半ではあるが、訓練期間に培った同期の間柄は団結心があり、直属の上官に対して信頼関係( 絶対的とは言えないが…… )が構築され、部隊としての結束は比較的高くなる。
また高度なアジテーション能力を持った人間を指揮官として配置すれば、必死の力を絞り出し、最後の一兵にたなっても戦い続ける。
以上の点から144連隊は、予備戦力以上の戦力価値を条件を整え発揮している。
勝つも負けるも、最終的には部隊を統括する指揮官に左右される。
強兵だろうが上がしっかりしなければ力を発揮出来ずに負ける。
反対に弱兵だろうが、上がしっかりしていれば勝てる。
「究極的には運が良かった」「奇跡的」と思える戦場の勝敗は、戦場における武勇と采配に帰結するものではない。
全ては目に見えない指揮官達の丹念なリサーチと準備の数々に他ならない。
それを理解していたハインツィリィ大佐の指導力、カイジの実務実行力の成果として、共和国軍の新鋭師団を文字通り殺す手前までに来ていた。
しかし、カイジは優勢に転じつつある戦況を見ながらも、自分の身に掠める不穏な感覚に苛まされる。
また来るのである。あの「ざわざわ」が
前世から何かあるたびに「ざわざわ」が襲う。
説明しようがない、この直感的な不快感と不安の渦は、多くの場合、予期せずの事が起きるのだ。
しかし、その「ざわざわ」が何なのか、何を示すのかは、ハッキリ見抜けない。
いつもそうだった。
いつも予兆めいた「ざわつき」がもたらす結果は、往々にして窮地に陥るジンクスである事を理解していたのだが……
分かり得ぬ「ざわざわ」に悶える心を抑えつつ、大隊の指揮を執るカイジは双眼鏡で周りをみる。
すると黄燐発煙弾の煤煙の先にある朧げな存在を垣間見る。
黒い点々とした存在は、最初は何なのか分かりはしなかったが、恐らく敵の後続だと判断して大隊主陣地 前面に砲兵隊の火力誘導を行う。
その見落としが、連隊が危機的状況に遭遇する羽目になる。
だが、この時点では知る由もない。