戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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第43話 最前線のコンタクト

それはターニャにとって、計算された先での偶発的な行動だった。

 

緊急支援任務を帯び、曲がりながりにも一応魔導師部隊の体裁を保つ戦術支援中隊を率いる彼女が、支援対象となる連隊の戦線を視認した時点で不明確ながらも一つの判断をする。

 

「144連隊は既に壊滅の可能性あり」

 

連隊を戦線は至る場所から火の手が上がっているのか、地上を覆うように煙が立ち昇りる。

防御陣地は猛砲撃を受けて、抉るような爆発が無数に起きていた。

 

少なくとも遠目から見た時は、そう認識した。

 

「しょうがない。給料分の仕事をしよう。」

 

彼女は、嫌々な心境に駆られつつも与えられた任務を最低限の形で遂行すべく、現状の部隊の中で信頼できる5人の下士官に無線で命令を出す。

 

「ジョーンズ、エバーンズ、アレン、アンソニー、エリアス。私が先行して状況を確認する。部隊は戦闘陣形を維持したまま、巡航速度で移動せよ。私の合図があるまで、突入するなよ!」

 

「それガチっすか?指揮官。」

「流石にお一人では、危険では?」

「中隊長を置いてはいけません!私の隊がお伴します。」

「というか男が廃る的な感じ?」

「ぶっちゃけそう。」

「あと先駆けのスリリングさを横取りされたくないなぁ。」

「中々、追い込むなアンソニー。」

 

無線からギャイギャイと騒ぐ軍曹達の声が漏れ、「元気な奴らだな」と呆れながら感心する。新兵共を管理するには、戦場では骨太い下士官である方が色々と助かるからだ。

 

「諸君!静粛に……確かに私のような可憐な少女を敵の魔手から守るためエスコートを行いたいのは理解できる。私も逆の立場ならそうしていた。」

 

「そりゃ、間違いない」とばかりに渇いた笑いが木霊する。

 

ー まぁ、男だけどな 私…… ー

 

見た目は幼くとも、中身は元々エリート・サラリーマン。「今でも思うが、何なんだろうかこのギャップ」はと思うが、結論は「存在xは殺すべし」となるから、それ以上は考えなかった。

 

「少女というより幼女では」という声をスルーしたターニャは話を続ける。

 

「しかし、闇雲に乱戦の最中に部隊一団となって吶喊というわけには、いかない。高い確率で部隊に損耗が出る。無用な損害を避けるのが私の立場だ。」

 

正直な話、敵味方が乱戦を繰り広げる戦闘に部隊で編隊を組んで、真っ向から横槍を入れるのは、危険なリスクが高い行為だ。

 

何故ならば、状況の把握が難しいのもあるが、戦闘中の興奮や混乱により敵味方問わず、魔導師を撃ち落とそうと対空射撃を加える可能性が大だからだ。特に味方から。

 

敵味方識別能力が落ちやすい戦闘の状況、剥き出しの闘争心、また人間の思い込みがそういった事を起こす。1番の要因は恐怖心だ。

 

前世の史実でもある。

特に連合国は酷く、大戦中に味方の高射砲部隊によって馬鹿に出来ない数の友軍機が撃墜されるか、味方の砲撃で数千人が誤射で死ん でいる。

 

仮に私が大丈夫だとしても、他がどうなるかはわからない。自分のキャリアに泥を塗るような損害は出したくはない。

 

そして、最悪なのは「ヘマをやらかす新兵」が味方の対空射撃に反応して、術式弾を撃ち返し、味方同士で戦闘するという流れ……

 

これで「味方殺し」「同士討ち」といった「馬鹿みたいな」事態が誘発する。

 

傍目から聞けば、「ありえん」と一笑に付すのは容易であるが、そんな楽観視できるような世界ではない。

 

「何が起きるか、わからない」のが戦場だ。それくらい危険なのだ。

 

そして、不確定な不安要素を可能な限り少なくしたかった。味方殺しの責任は負いたくなかったからだ。

 

「だから、先に私がひとっ飛びして、対象の部隊とコンタクトを行う。戦線の状況と優先破壊目標を速やかに確認した後に、味方部隊の承認の元、突入コースを選定し支援任務を開始する。その為にやるんだ。」

 

安全を喫する為には、確実な形と言えた。

指揮下の部隊を待たせ、自分で調整した進入経路で通り支援任務を開始すれば幾らかの犠牲は抑制でき、事故も防げると思ったからだ。

 

また、コンタクトをとる以前に連隊が壊滅しているなら、早々と遅滞防御戦を展開しながら、理由をつけて後退するきっかけを見つける事もできよう。

 

その代わり、自身が最前線に飛び込むという本末転倒な展開になるが、これは多少のリスクで「安全と確実な任務」を保証できるならば良しとした。

 

「せめて、一小隊だけでも随伴させては?」

そう助言するのは、エリアス軍曹。

頭にバンダナを巻いてるのが特徴的で、冷徹な眼差しを見せるベテランの一角だ。

 

見た目に反して、気を使うのだなとターニャは思い答える。

 

「気遣いは結構で、嬉しい限りだが……これも指揮官の役目だ。今回は、私を立てるつもりだと思って、遠慮してくれないか?」

 

「少尉がそう仰るのであれば……」

エリアスは自分の意見を退ける。

 

ちなみに味方全員の安全は確約されない模様である。あくまでターニャが自分の利益と保身を優先する判断だ。

 

「少尉殿は、我々の事を気にしてくれてるようだな。」

「年が1桁ぐらい違うのにな。」

「ハグしてやりたいぐらいの優しさを感じる。」

「それは、やめときな。命がないぜ?」

「おいアレン。相手は、バトル・エンジェルだぞ。正気かどうかママに聞いた方がいいぜ。」

 

ヘッドセットに苦笑が漏れて、ターニャも口元に笑みを浮かべる。まぁ、悪くはないと。

 

「さて、話はそこまでだ。各小隊指揮官は、戦闘に備えつつ、私の合図を待て。合わせて敵航空戦力に警戒せよ……くれぐれも早まった事はするなよ!」

 

軍曹達から野太い「了解!」の声を聞くとターニャは、最大戦速で支援目標に向かう。

 

0から一気に100を超える加速力でもって空を滑空し、突き抜けるように飛行する。

敵味方の対空射撃を警戒して、高度5000フィート(約1500メートル)を維持する。

 

時速にして約240ノット(約450キロ)という航空機並みの速度で空を突っ切り、一気に迫る。

 

そして戦線の実像が明確になり、先程までの自分の判断と現実が噛み合わなくなっていく。

 

戦線に立ち込め煙りの広がりは、連隊の防御線から1000メートル先に拡散し、その模様は第一次世界大戦で使用された毒ガス兵器ホスゲンの散布と似ているように見えた。

 

ー まさか帝国軍は化学兵器を投入したのか!

 

悪魔の飽食を行う無差別大量殺戮兵器。

人類史上、最も唾棄すべき発明品を我が帝国が遂に生み出してしまったのか!

 

帝国は化学技術も他国に比べて高く、また重工業による産業基盤もある。製造する条件は十分すぎるほど整っている。

 

恐れていた事態が起きてしまった……いよいよ、この戦争も加速度的に世界大戦に近づいていっている……

 

そんな凍てつく思いがよぎるが、瞬時に自分の中で否定される。

 

「いや、実際に化学兵器を使用してるなら事前に何らかの通達が来るはずだ。まず、使うにしても防護マスクの配布と化学兵器を使う専門部隊が必要になるはずだ。」

 

毒ガス等の有毒化学兵器を使用するにあたっては、散布を始めた瞬間に最大数キロ以上の広範囲にわたって空気、土壌が汚染される。

そして、意図的な制御はできない。

風向き次第で、散布した側にかえってくる危険も高い。

 

そんな兵器を使うならば、隠語使うかして周辺の部隊に通告される。また、兵士が自らを守る為に防護マスクと消毒液、最低でも麺繊維を使った即席の防護マスクを配布されるはずである。

 

また、化学兵器の運用は、専門的な技能を持つ特殊砲兵隊か、化学戦部隊によって行われるのが、一般的だ。そんなおいそれと使える代物ではないからだ。

 

臨時編成の連隊にひょっこりと化学兵器を運用する部隊が組み込まれるとは想像し難い。

そして、使うならば反撃戦力を整えた帝国軍が逆攻勢をかける時に始めて真価を発揮できる。

 

いまの帝国軍は兵力集中の段階であり、辛うじて各戦線の防御線を維持している状況にあり、使う時ではない。機を熟してはいない。

 

ならば、結論は否である。

 

では、あの煙はなんなのだ。

発煙弾による撹乱か?

 

更に距離を詰めていくと、平原地帯が一線状の範囲に渡って延焼ラインを作り上げて火災が連なっているのがわかった。

 

ふと脳裏に浮かぶのは、イスラエル軍がガザ地区制圧に使用し、シリアでも投入された本来の目的とは異なるが焼夷兵器と半ば見なされている……そして、第169歩兵師団で使用を推進した砲弾……

 

ー 白リン弾……!黄燐発煙弾か! ー

 

まさかとは思うが、同じ考えを持つ人間がいたとは思わなかった。その事実に彼女は虚を突かれる。

 

そして、連隊の防御線を光学視認術式(遠方の状態をカメラ映像のように投影し、地形等の状態を詳細に確認できるインターフェースのようなもの)克明に確認すると、意外な現実を目にする。

 

連隊は、猛攻撃を受けつつも自らの戦線を崩壊させずに堅固に死守していた。

 

また連隊が構築した防御陣地は、塹壕線を二重三重に重ねた従来型の ー ターニャから見れば第一次世界大戦型の陣地様式 ー ではなかった事に驚かされる。

 

見る限りでは、連なる防御陣地の縦深を浅くし、各陣地の相互火力支援を可能にし、出来る限り最大の火力を前面に集中出来る強力な攻撃に振り切る陣容。

 

ー これは、まるで…… いや、そんな事を考えてる場合じゃない!ー

 

既に支援対象を目前まで近接し肉薄している。いつもの無用な考え癖に嫌気をさしながら、対象となる144連隊に向け、周波数を合わせてコンタクトを取る。

 

「144連隊!こちらホークアイ03、応答願う!」

 

連呼しながら、呼び出すが混線の影響か反応が帰ってこない。流れてくるのは、連隊の各戦闘指揮所からの叫びの数々。

凄まじい銃砲撃の嵐が一帯を飲み込む。

 

ー ええい、ラチがあかない! ー

 

ノイズの様に重なる混線に、イラつきながら連隊陣地を周回するように飛び、周波数を調整しながらコンタクトを取り続ける。

 

ー 普通なら、連隊本部が出るのだが…何の不都合があったのか?こんな最前線で、要らぬ苦労はしたくないぞ!! ー

 

ならば通信状況不具合につき連携不可と見なし、目の前の敵を手当たり次第に潰すかと頭を切り替えようとした時に、稲妻の直感が身を走る。

 

咄嗟に魔導防壁を発動し、身を構えると衝撃と鼓膜を圧迫する外圧をターニャに襲う。

 

「くっ!砲弾か!!敵の砲兵隊っ!」

爆砕する砲弾を防ぎ、戦線を睨む先には共和国の砲兵隊が堂々と近接砲撃を加える。

光学視認術式を使い確認すれば、数にして推定 約30門近くある。

 

ー 共和国はやっぱり、頭が飛んでいるな!砲兵隊を最前線に繰り出すとは何と無謀な事か!! ー

 

早いところ問答無用の一撃で鏖殺してやりたいが、その前に再度コンタクトを取る。

 

「こちらホークアイ03、応答を乞う…」

 

これで駄目なら、もうこちらで勝ってにやらせてもらうと決め、まずは砲兵隊を血祭りに上げてやると興奮気味な彼女だったが、何の運か反応があった。

 

「こちら…第144臨編歩兵連隊 連隊長代理

カイジ中佐だ!……救援感謝する……オーバー……」

 

ノイズ混じりの無線を聞き、ターニャはハッと我に返り、思わず声が漏れる。

 

「カイ…ジ……まさか……」

まさか本当にいたとは、ジョーンズ軍曹の話は事実であったかと驚く。

 

彼女は、確認するように返答する。

 

「私は、戦術支援中隊を率いるターニャ・デクレチャフ少尉です。あなたが指揮官ですか……?」

 

「そうだ…何かあるか?」

 

ゆっくりと途切れるような喋り方だが、何か鋭さを感じる男性の声を耳にし、とにかく間違いなく連隊の指揮官である事を再確認した。

 

ー こんな偶然があるとは……何のご都合主義か…… ー

 

「いえ……明確な指揮官であるかを確認したまでです。」

 

ターニャの意を汲み取り、カイジはざっとの流れを説明する。

 

「了解……敵の砲撃で連隊本部がやられたんだ……それで次級の俺が連隊の指揮を執っている……」

 

「了解しました。連隊の状況は?」

 

ターニャは、戦闘指揮所にいるカイジと通話しながら、眼下の敵突撃部隊に術式攻撃を加え足止めを行う。

 

思えば、魔導師になって初めての対地戦闘だった。

 

手に持つ魔導師様に製造された自動小銃に魔力を収束させ、放つ。

術式攻撃を次々と加え、眼下の敵歩兵一個中隊が爆炎と重衝撃で爆ぜる。

 

対地攻撃で繰り出す術式攻撃の効果と、生でグロテスクな惨状を目にして、自然と気持ち悪くなる。吐き気を模様し、目眩も感じる。

 

それを精神で抑える。

実際の戦闘で、嘔吐する兵士達の心情を初めて理解した。

 

「見ての通りだ……何とか持ち堪えていたが、敵砲兵隊の妨害で防御に支障をきたした。このまま続けば……敵歩兵部隊が第一線の塹壕に取り付くまで……時間はそうかからない。」

 

ターニャはうぷっとしそうになる口元を押さえ、連隊の現況を聞く。

 

連隊の防御線は、まだ破られておらず部隊の継戦力は想像以上であった。

 

しかし、共和国の死を乗り越える猛撃の圧迫は凄まじく、連隊を追い詰める。

そして蛮勇の共和国砲兵隊が直接射撃で、防御陣地に烈火の砲撃を加える。

 

早急に手を打たねば、連隊は危うかった。

 

「では、敵の砲兵隊を叩きますか?」

 

やはり目に付くのは、敵砲兵。目障りこの上ないのは間違いないからだ。

 

「そうだ……最優先目標だ……直ちに殲滅したい。その前に少尉の部隊は……」

 

「何人いるのか?」

 

カイジが部隊の陣容を問う。

 

「我が部隊は総勢16名の増強魔導中隊。半分以上は新兵ですが、経験ある下士官の支えで並み程度の戦力になります。」

 

「了解した……だが部隊が見えんぞ?」

 

「私が連隊と接触するために部隊より先行したので……本隊は間も無くこちらに到達します。あと240秒です。」

 

「わかった……では、隊を二つに分けよ。一つは砲兵隊を捕捉殲滅し……もう一つは、連隊の援護を。特に防御陣地 左翼の圧迫が強い

、対地攻撃で敵を片付けてくれ。」

 

カイジとしては、砲兵隊の殲滅を最優先とし集中的に投じたいが、連隊の防御線に取り付く突撃部隊も無視できない。

 

ならば、大きく二つに分けて活用するのが定石と言えた。

 

新兵が多く部隊の総合練度が低く、部隊を分けた事で部隊管理に支障が出ても、こちらが航空管制を行えば的確な運用は可能だとカイジは考えた。

 

「だが、最終的には少尉の裁量に任せる。まずは敵砲兵隊を排除し、次に戦車を含む突撃部隊を破砕してくれればいい……その間は、凌いでみせる。」

 

カイジは、細かい部分はターニャナンチャラ

に任せようと判断した。

 

何もかも命ずる必要はなく、裁量を与え自由に対処してもらった方が相手もやりやすい筈だと考えたからだ。

 

自分ならそうするし、今は生きてるかわからない連隊長にそうしてもらって生き残る算段を作り上げた。

 

ならば、支援部隊の直轄指揮権を持つあの女性魔導師に臨機応変には動いて貰い、必要な時に新たに指示を出せば良いと結論づける。

 

既に優先目標は示したし、面は見てないが通話した感では、目先が利き頭の回転も早い指揮官の印象がある。

 

上手くやってくれるだろう。

 

「委細了解。これより、戦術支援部隊は、144連隊に対し航空直接支援を発動します。」

 

そうターニャは、事務的に答えると直下の敵突撃部隊に掃射を加えつつ、上空を旋回し敵砲兵隊の展開地域に向け増速し向かい始める。再びカイジから通信が入るか。

 

「少尉、何処に向かうつもりだ……指揮下の部隊と合流しないのか……」

 

「中佐殿、部隊とは後ほど合流します。まずは砲兵隊を小官が叩きます。」

 

「……一人でか?……」

 

「はい。それが何か?」

ターニャは、何を気にするのかがわからないという言い方で答える。

 

それに対しカイジは、即座に否定の言を唱える。

 

「無謀にすぎる……引き返せ……!」

 

「お言葉ですが、中佐殿。先程、最優先目標を砲兵隊と指定しました。連隊の窮状を見た上で、あらゆる事項よりも優先して対処すべく小官は最適な行動を行なっています。」

 

消去法でもって自己の結論に達したターニャは、機械的に答える。

 

「そうは言ったが……!単身攻撃を進言したつもりはない……!」

 

「我が部隊が到着するまで時があります。その時間を無為にするわけには、行きません。一分一秒でも対応に遅れあれば、戦況は変化します。それは、中佐殿も理解されておるかと……」

 

「それ以前の問題だ!……一人で砲兵隊を相手にできるものか…!……周りには対空車両も配置される……余りにもリスクが高い、死ぬぞ!!」

 

共和国砲兵隊は、名前の如く地上支援に尊ぶ支援部隊である。だが彼等はいざとなれば、対空射撃を部隊単位で行う存在である。

 

特に天敵となる魔導師は、発見次第即座に砲を空に向けて猛射を加える。

しかも極めて短時間で実施される。

実際に餌食になった魔導師は、山程いる。

 

また、対空車両か対空機関銃を装備した戦力も配置されている可能性は否めない。

 

それを過去の経験から知るカイジからしたら、ターニャの行動は余りにも猪突猛進が過ぎた。だから制止するが、ターニャは譲らない。

 

「確かに対空射撃訓練を経た砲兵隊は危険です。しかし、陣地侵入して一度砲を固定しています。対空射撃に移行するまでロスが出る。その間に一撃離脱の攻撃を加え一掃してしまえば、こちらのものです。」

 

彼女からすれば、チャンスだと思っていた。

何故ならば、敵の砲兵隊は連隊の防御線に集中して攻撃を行っているからだ。砲兵隊が一度決めた目標から新たな目標に切り替える時には観測し、弾種を選定し、狙いをつけ、砲撃するまで、必ず時間を要する。

 

それが対空目標なら尚更だ。無論、対空部隊の展開も考えられるが、鳥すらも蜂の巣にする強力かつ濃密な弾幕を張れるほどの戦力を展開するかとは思えない。

 

主に自分達の本拠地となる陣地の防御に専念するからだ。警戒すべきは、もちろんだが臆病な程に縮こまる必要はない。

 

どちらにしろ、敵が対空戦闘に完全移行される前に地域丸ごと吹き飛ばしてやればよいと彼女は判断する。95式に力を頼むのは嫌ではあるが、使うならとことん使うべきではある。

 

「敵を……楽観視するのは、危険だぞ!…少尉の勇敢さに敬意は払うが……紙一重だ!!」

 

「楽観視などはしておりません。小官は、冷静に状況を分析し、自らの力量と裁量で適切な判断をしています。それでも……」

 

「それでも……小官の行動に不服があるならば、そう命令して下さい。中佐殿」

 

数秒の間が空いた後に、再び通信が入る。

 

「……わかった。そこまで……言うなら、お前に任せる……」

 

「了解。ご理解ありがとうこざいます。」

 

「……ただし、砲兵隊を攻撃する際は、正面から行かず、迂回して背面か側面から叩け……その方が幾らか敵の対応も遅れる筈だ。」

 

「了解です。支援部隊は到着 次第、第一線の直接支援にあたらせます。連隊の各部隊にはそう連絡を願います。」

 

これで連隊からの無闇な対空砲火による阻害は免れる。加えて航空支援が来たという知らせが死の淵にある連隊の将兵にとって、救いの希望となり士気を鼓舞させるだろう。

 

「わかった……間違いの無いように伝達しておく。それから」

 

一つ間をおいてから、カイジは言う。

 

「……命を粗末にするなよ。生きて元いた部隊に戻れ……待っている奴がいるから……」

 

カイジにとっては、若気の至りで勇戦する魔導師に向けた戒めに似た言葉だった。

 

「了解です……任務を遂行します。」

 

そこでカイジからの通信が途切れる。

ターニャにとって彼の言葉に意表を突かれた。

 

「命を粗末にするな……か……」

まだ自身の軍歴が浅いとはいえ、大抵が「武運長久を願う」か「ご武運を」など定型文のあてにならないものだったが、彼の言葉には別の印象を与えるものだった。

 

「……命を粗末にするなよ。生きて元いた部隊に戻れ……待っている奴がいるから……」

 

脳内で先程に言われた言葉を再生される。

 

自身を心配するような言い方、帝国軍人らしくはない。先程のやり取りもそうだが、不思議な感覚を感じる。

 

妙な気分になるが、頭を切り替えて敵の砲兵隊を叩くべく、一気に増速する。

 

「……私を待っている人間は…誰もいない。」

そうターニャは捨て台詞のように言う。

 

彼女は、元から孤児で天涯孤独の身。この世界に転生してから居場所などなく、自らの安寧の場所を作る為に奮闘してきた。

 

自らの力と前世で培ってきた経験、そしてシカゴ学派の真理を信じて生き延びてきた。

 

軍に入隊してからも、周りは競争相手であるか木偶の坊のどちらかでしかなく。

 

業務上における上官との付き合いは、その延長線上を出ることはない。

 

一つ言えば、周りの人間との関係は、あくまで社会的生命活動を行う上で必要とされる形でしか彼女の中で処理されず。踏み込んで言えば、人情が希薄である。

 

彼女が生きた前世の現代社会は個人主義が進み、情が薄くなったドライな世間だった。

会社ではすべて過程を見ずに結果のみを優先とする気風の中に長くいた影響もあるだろう。

 

だから彼女は人間の情緒を深くは知らない。

現代心理学の世界を知識として知っていても、本当の意味を知らない。

 

真に相手を思って何かをする、気遣うという事を余りした事がなかった彼女からすれば、カイジの言葉は新鮮というか、初めて考え方が異なる存在との遭遇とも言えた。

 

とにかく、ターニャは空を飛ぶ。

眼下には両軍が一進一退の激闘を繰り広げ、まだ戦闘の結末はわからない。

勝利の一歩を踏むには、まだ足りない。

 

ここで勝機を掴んでみせると彼女は意気込み、最優先目標の殲滅に乗り出す。

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