戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 作:リースリット・ノエル
それは彼女にとって、想定していないものだった。現実的にあり得ないと思っていたからだ。
しかし、あり得ないと人が思うことは、不意に現実に生起することも、十分可能性としてある。
不確実な形で、望まぬ形で立証されるのも、彼女は知っていた。
そして、今はそのパターンである。
「紹介しよう。少尉。」
私は、混沌とする心境と裏腹に一目でわかった。
直感以上に、数十年に渡って、脳内に蓄積された記憶、写実的に刻まれた映像・画像がそうだと認定される。
見た目は、30代前半の長身痩躯の男性。
背が高く、肩幅は広い。比較的がっしりした体格だ。顔つきは、やせ型であるが鼻が高く、つり目だ。
女性以上に長く、黒い髪の毛も手入れはされてないが、特徴的に見える。
全体的に尖った印象を覚える。好戦的な人間だろうか。
外観から見れば、彼は帝国人に見えなくもないが、私から見れば目の前の人間が「日本人」であることは間違いない。
私の感覚からして、疑いようがない。
「彼は、イトウ・カイジ中佐。元は参謀本部の作戦課にいた事もある極めて優秀な参謀だ。今は第1大隊長と連隊野戦参謀を兼務して連隊を支えてくれている。連隊の防御戦術を考案したのは、彼だよ少尉。」
果て果て、どういうことだろうか。
彼が日本人であることは、明らかとなったわけだが、またまた疑問が浮かぶ。
日本人でありながら上級将校であり、陸軍の中で最高上位組織にあたる参謀本部の勤務があるという。
私が夢見て望む後方勤務候補の中で、最高の場所である。
「連隊長。少し大袈裟ではないですか。」
「何を言うか。事実ではないかね。」
「私は、少し陣地に手を加えただけです。」
「中佐にも謙遜というものを知っているようだな。」
カイジ中佐とハインリツィ大佐が何か掛け合いながら話しているが、私は聞き流す。
重要なのは、参謀本部内で一番の花形と言える作戦課に配置されていたという経歴。謎に尽きるといっていい。
私が声も出さずに唖然としていると、ハインリツィ大佐は「どうしたのかね。」と首を傾げると、ジングフォーゲル中尉が大佐の横に来て耳打ちする。
「ああ、そうだったね。彼は外国人で、秋津島皇国出身だ。」
それを聞いて私は、確かにそんな国があったなと思い出す。
歴史や立地が前世の日本と酷似している極東の島国 秋津島皇国。この世界では、連邦と一度バトって勝利した猛者の極東国家として名を知られている。
そして見た目と中身も皇国人は、日本人と大差はない。帝国人がドイツ人であるのと、遜色ないのと同様である。
ならば、イトウ・カイジという人間が秋津島人として帝国にいても不思議ではない。移民か何かで、帝国に渡ってきた可能性も考えられる。
しかし、ここでまた疑問が出る。
まず皇国人の身で、帝国人と同様に上級将校まで出世ができるのかという点だ。
実際に前世の世界では、第二次世界大戦時にドイツに残っていた日本人が兵士となり、果ては一部隊を率いる佐官にもなったという話は耳にするが、前提条件が同盟を結んでいる事を考える必要があり、この世界では適用できない。
確かに帝国は、国家として民族に対して平等・公平を謳い、帝国軍は実力主義・成果主義を標榜している。
だから外国人の身でも力量次第では、十分に出世は可能とされている。
だからこそ、底辺からのし上がるために軍に入隊する貧困層は後を絶たない。
私も孤児だったから、その一人と言える。
だが、現実は理想通りとはいかない。
民族平等・公平を実現する帝国と言えども、現実として外国人の立場は国が掲げる理想とは裏腹に肩が狭い。
その上、対象国認定されている国の出身者になれば、尚更である。
対象国とは、「現段階で敵性国家ではないが、将来的に敵性国家になる可能性がある若しくは国益を阻害する脅威を持つ国家」の事を示す。
この場合は、カイジ中佐の出身国となっている秋津洲皇国をさす。
かつては、緊密な軍事面・経済面で官民一体となって交流を図り、一時は軍事同盟の締結すら望まれていたが、極東戦争以降から両国の方向性の違いから軋轢が生じ、現在は距離を置いている。
その最大の要因は、連邦との戦争を歯切りに国際協調路線に転じた皇国がアルビオン連合王国と合衆国に急接近した為である。
合衆国はともかく、何かと欧州大陸に干渉し、共和国と同盟関係にある連合王国は、帝国にとって実質的に敵国になる存在。
その連合王国と密接な関係を持つ皇国は、帝国から見れば敵に通ずる勢力として見れるのは、当たり前とも言えた。
この構図は、第一次世界大戦時の模様とよく似ている。
結果として、前世の世界では連合国側に立って日本は参戦し、青島攻略戦と地中海に護衛艦隊を派遣し、駆逐艦をフランスに売却したりなど、限定的な範囲で大戦に関与した。
この世界にも、そのまま適用される関係図とは言えないが、気になるところであろう。
何より、兵卒や下士官クラスならまだ理解はできるが、彼は中佐である。
本国人でも明確なキャリアが無ければ、簡単になれるものではない階級だ。
それを皇国人である彼が、カイジという外国人がなれるものだろうか。
軍曹から聞いた話を事実とすれば、最短コースで上級将校になったという話を加味すれば、彼はトップクラスのエリートである。
正直に言って、俄かには信じ難いと思わざるをえない。
どのような功績を立てれば、そうなるのか。
何より、私の不信と疑義を強くするのは参謀本部に勤務していたという過去だ。
帝国陸軍 参謀本部 作戦課。
帝国軍の内にあっては、最高の権力と権威が集まり、最も優秀な頭脳を持つ人間達が集結する陸軍参謀本部。会社でいえば、経営戦略の中枢。
中でも作戦課は、戦略を考案し、陸軍を動かす軍事作戦を立案する。まさしく頭脳の魂胆にある作戦課は、参謀本部内では花形であり、集まる人材は参謀本部内で更にふるいにかけれた結果、帝国の至宝と呼ばれる逸材ばかりになる。
そして、その参謀本部に務める人々の大半は、由緒正しいユンカーであるか根っこからの軍人貴族のどちらかである。
平民や外人が入る余地があるのは、雑用的業務が基本になる幕僚ぐらいだろう。
余程の功績や評価をもたらさない限りは、参謀本部内での栄達はないものと言える。
そんな状態で、外国人で皇国人であるカイジ中佐がどうやって その地位、立場を手ににれたのか。
どのような経緯で参謀本部 作戦課で勤務していたのか。
そして、そこまで栄達を極めた人間が何故、こんな最前線で、臨時編成部隊を指揮して戦っているのか。
私は、少しの時間の間にあらゆる疑問が浮かび、並列して思考したが、答えは出なかった。
それ以外に、これらの疑問と同様以上に気になる事があった。
カイジ中佐がこちらを視認してから、鋭い眼光をこちらに向けていたからだ。
何故、中佐は、私を凝視しているのか。
強い敵意すら感じる。まるで敵同士のような。気の所為であろうか。
的を射抜くような中佐の眼光に私は、怯むことなく、その意図は何処にあるのか推察しようとする。
何か悪いことでもしたのか、いやそれはない。寧ろ、連隊に多大な貢献をした。たんまりとお釣りが返ってくるぐらいに。
では、なんだろうか。
私が子供であるからか、士官や将校にふさわしくないと。しかし、そのような蔑視の視線は感じなかった。
では、なにか。なんの意図があるのか。
私が中佐の心理をどうこう分析していると、彼の口から何か溢れるような言葉を発する。
「……エス……ターシャ……大尉……」
エスターシャ大尉とは何だ?誰の事だ?
私の中で疑問符がつく。
上手く聞き取れなかったが、確かに彼はエスターシャ大尉と言った。
私は、聞きなれない人間の名前を聞き、怪訝な表情を浮かべる。誰かに似ていたのでろうか。
ハインリツィ大佐、ジングフォーゲル中尉も中佐の反応に不思議そうな表情を見せるが、中佐は誤魔化すように話を逸らす。
「いや……気にしないで下さい。独り言です……しかし、アレですな……」
「アレっとは何だね?」
大佐が伺うように聞く。
「……思った以上に……背が低いんだな……と……」
カイジ中佐が手を物差しに例えて、高さを表して答えると、周りが吹き出すように笑い出す。
「はははっ……中佐は、面白い事をいいますね。何を想像していたんです?」とジングフォーゲル中尉は言う。
「ふふ……中佐は、デクレチャフ少尉の姿を見て不意を突かれたようだな。」とハインリツィ大佐。
カイジ中佐は、照れくさそうに頭を掻いている。
私は、周りの反応を見て少し恥ずかしくなる気分を覚える。
私も望んで、この姿になったわけではないと言うのに。出来ればあと30センチ位は背が欲しいところだが、年齢に対しては抗えない。今後の成長を期待したいところだと自分自身に論じる。
「魔導師と言えば、長身な印象が強かったから……気を悪くしないでくれ。少尉。」と中佐は言葉をかける。
私はそれに対し「いえ、お気に為さらずに。慣れていますから。」と淡々と返答する。
この手の反応は、特に珍しいものではないし、普通なら年端もいかない子供が魔導師として戦っている現実など信じ難いものであろう。常識的に考えてだ。
そう見ると。中佐は私の存在を知らなかったと見える。
北方戦線では、多少名を馳せた上にプロパガンダとして最年少の魔導師の活躍と銘打って宣伝されたが、これはあくまで一般市民向けのパフォーマンスが強い。
その上、中佐がエリートの一人であれば、配置によって実務に追われる日々が多く、認識していない事柄もあろう。
そもそも、そんな話に興味がない可能性もある。軍人として長くやれば、そんな与太話はいくつも出るであろうからだ。
私が軍曹から常勝無敗の指揮官 カイジ中佐の話を聞いた時の反応みたいに「そんな奴、いるわけなかろう」と記憶の端に飛ばしてしまう形になってしまうだろう。
まあ、今となっては疑義に包まれる指揮官が現実に私の目の前にいるわけだが。
逆にカイジ中佐からすれば、子供の魔導師が救援部隊の指揮官でびっくりするだろう。
私も同様の立場なら同じ反応を示していた筈だ。
中佐の気持ちはわからなくはない。
「ともあれ、助かったよ。えと、ターニャ……」
中佐が思い出そうと頭をひねっている。
私は、補足するように名乗る。
「ターニャ・デクレチャフ少尉です。今は戦術任務部隊の部隊長を担っています。寄せ集めで申し訳ないですが。」
「いや……それは、ウチも同じだ。少尉……よくやってくれた。」
中佐は身を屈めて右手を差し伸ばし、私は握手に答える。中佐の手は大きくゴツゴツしていた。
歩兵出身らしい感じがした。
「いえ、与えられた任務を遂行したのみです。当然のことです。」
自分の意思に関係なく業務上の義務を履行したまでに過ぎない。だから、当然だと。
「当然か……勇ましい姿勢だが、中々できるわけではないからな……」
中佐は、私の手を包み込むように左手を添える。
「そうでしょうか。魔導師ならば、どんな状況でも即応するのが……」
務めであります。と言いかけた時に気になるものを新たに発見する。
目についたのは中佐の左手だ。
左手の五指に切断痕の跡が見受けられたからだ。恐らく術者が良かったのか、綺麗に縫合されており、傷は目立ちはしない。
しかし、それは一度なんらかの形で切断された事を示していた。
「……どうした……」と中佐の声が聞こえる。
「いえ……なんでもありません。戦闘後で少し疲労が祟っているようです。」
私ははぐらかすよに答える。
「当然だろうな。あれだけの魔力を消耗したのだから、無理もない。中尉、衛生兵を呼べるか。一度見てもらった方が良い。」
そう中佐が中尉に頼み事をするが、私は断りを入れる。
「いえ、大丈夫です。時間が経てば、回復します。」
「そうか。だが、宝珠の交換は必要だろう、後で連隊火器曹長から予備の宝珠を回してやる。」
それに対しても断りを入れる。
「いえ、その点も大丈夫です。宝珠にも異常はありません。」
「いや、そんなはずはない。大規模な光学術式を発動したんだ。普通なら溶解して使い物にはならない。」
中佐は、そう答える。
たしかに従来型の宝珠なら既に損壊して使用は不可能だろうが、これが普通の宝珠ではないのだからな……説明に困る。
ある程度察していたのか中尉が間に入ってはなす。
「中佐、少尉が持つ宝珠は特別仕様らしくて、簡単には壊れないそうで……」
「そうなのか、そんな宝珠の存在は聞いた事もないが。新型か。」
たしかに新型といえば、そうなる。呪うべきものだが。
「簡単にいえば、新型宝珠の試作品です。」
と私は答える。
「新型宝珠の試作品か……じゃあ、少尉はクルスコス陸軍航空教導隊の出身か……」
「ええ、そうですが。」
「そこにシューゲル技師って、色々とぶっ飛んだ奴がいただろう。」
「はい……その通りです」
私は少し重みのある声で答えた。
忘れはしない。アーデルハイト・フォン・シューゲル 帝国エレニウム工廠の主任技師。
そして頭のネジが吹き飛んだマッドサイエンティストにして、最前線勤務を志望した動機の根源である。
まさか、奴の名をここで聞くとはな。
しかし、なぜ奴の名を中佐は知っているのだろうかと、またしても疑問符がつく。
「なるほどな……アイツが作ったのなら、話が見えてくる。」
「シューゲル技師をご存知なのですか」
私は気になって聞いてみた。
「……まあ、以前少し仕事の絡みでな。それで知ったんだ。」
「はあ……中佐も顔が広いようで」
「逆に兵器開発関係の人間で、知らない奴はいないんじゃないか。あの人は、めちゃくちゃヤバイし目立つからさ。」
「……それには、強く同意します。」
「あの人の発想は、凡人には意味分からんからな。なんというか……凄いのは分かるが、安全性を諸々無視するのが、難点でな。」
私は中佐の言葉を受け、まさしくその通りだと思った。現に使用者の安全など全く考慮された代物ではないからだ。
「ええ、全くその通りです。あの博士と言ったら無茶もいいところです。おかけで、このエレニウム95式の実証実験では、何度も殺されかけました。」
今でも腹が煮え繰りかえるような、おぞましい日々を思い出す。今、生きているのが不思議なくらいにだ。
「なるほどな……少尉も苦労したようだ。」
中佐は、同情の念を出す。彼は、ある程度理解を示してくれる。私は少しだけ、好意を覚える。
「ええ、いつかあの博士の顔面に1発入れたいところです。」
「とりあえず、その1発を入れるためには、明日生き残るために策を練らねばならないな。」
「そうですね。今の戦況を乗り越えなければ、未来はないでしょうから。」
今日は、比較的優勢に最後は勝てたが明日はわからない。
今のうちに手段を講じなければならない。
「だからだ。少尉も協力して欲しいのだが、どうかな。」
「はい。小官にできることならば。」
「そうか……なら良かったよ。」
なんともない中佐の返答だったが、背筋がぞくっとする。何か不味いことでも言ったのではなかろうか。
「まずは会議の準備だな」
そう中佐は作戦図がある机に向かい出す。
私は、この時点で中佐が如何なる人物であるかをまだ、把握しきれていなかった。
もし事前に知っていたら、もう少し賢いやり方があったのかもしれないが。
それは結果論にすぎない。
とにかく言えることは、私にとってカイジ中佐は……危険な存在であり。魔物であると。
それに気づくのは、暫く時を共にしなければならなかったのだが。