戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 作:リースリット・ノエル
「いつでも、不足の事態は起こるんだ。想像も寄らない形で。」
帝国軍将校が記した書類より
「中佐殿、少し質問してもよろいでしょうか。」
ターニャが軽く手を挙げて言う。
「ああ……構わないよ。少尉、言ってみろ……」
カイジ中佐は、頷いて答えるのを見て、ターニャは話し始める。
「まず、確認なのですが……我が方の増援部隊の集結状況はどのようなものでしょうか。」
帝国軍の主攻となる大陸軍、中央方面軍。
その一切を北方の戦いに投じた今、戦略上の判断ミスにより西方軍は危機に瀕している。
主力がないならば、各方面から部隊を果汁を絞り出すように集め、部隊を再編・再配置せねばならず、多くの時間を浪費する事となる。とはいえ、それなりの時間が、望むが望むまいと関係なく過ぎている。
ならば、軍集団規模の味方はまだ影を見せなくとも、師団単位の集結を果たし西方軍の支援に加わっても、おかしくはないのでは。
既に四週間ほどの時が過ぎている。
たとえ、主力軍が踵を返してこちらに帰ってくるにもまだ、動かす部隊の規模や協商連合の動向によって時間はかかってしまうだろうが……幾らかの増援の断片は到達してもいいのではないだろうか。その兆候が見えてもいいのではないか。しばらくしたら、味方がくるぞって。
しかし、実際には連隊以下の小部隊が増援がまばらにきてるだけで、それ以上はない。
望むべく、師団の厚い壁が到来してないのは、流石に遅すぎると彼女は内心思うのだった。
彼女の質問に対し、カイジは答える。
「芳しくない。全ての輸送車両、手段ともに手が足りてない。北方に持ってかれたからな。」
カイジ中佐は、当たり前のように淡々と話す。
ターニャからしても、想定されてない緊急展開部隊の必要性というのは事前の計画がなければ、手こずるのは明白と言えるし、想像も容易だった。
緻密に計画された行動計画も実地は困難が伴うのを遠からず彼女は知っている。
「では、来援するのにあとどれ程の時間が必要だと考えられますか……中佐殿。」
圧倒的な時間的ロスを出し、致命的な動員の再転換によって、どの程度 明確に遅れて、どれだけの影響が前線にもたらされるのかは、前線に身を投じる軍人であるターニャとしては重要な関心事項であるし、疑問を解消するものである。
ターニャの問いに対し、カイジは少し考えるように宙を眺めてから、こう答える
「推定だが、中央からの第三次派遣部隊が、マトモな形で戦線に来るのは……あと二週間か、三週間ぐらいの時は必要になるかもな……」
カイジの言葉を聞いた周りの将校、幕僚達は「そんなにかかるのか」「いやいや、冗談にもほどがある」と言い、ざわめく。
その反応に気にせずターニャは、質疑を続ける。
「中佐殿、失礼ですが流石に展開が遅いとおもわれますが……共和国と開戦してから四週間以上も経っているので、既に主力軍の一翼でも姿を見せると小官は愚考しますが……その点はどうお考えでしょうか。」
彼女からすれば、集結状況は望むべくものではないと聞いているし、増援がいつ何時に来るかは希望的観測に陥りやすい事も理解しているから、逆に中佐の言う「二、三週間の遅延」は一つリアルで嫌な現実を突きつけてくれるが……ならば、その根拠はどこにあるかを彼女は知りたかった。
「少尉が言った通り、確かに軍の集結と展開は遅い。援軍ってのは中々、来ないのがジンクスみたいなものだが……明確に展開が遅いのには、必ず理由がある。簡単に3点ほどに纏めて言えば……」
そうカイジ中佐が言うと、増援が来ない背景について話し始めた。
「まず1点目は、帝国内に存在する敵対勢力が破壊工作を鉄道などの輸送網に対して行なっている可能性があるな。主に訓練された破壊工作員が国内で浸透していれば、不可能な事ではないしな。」
輸送網の破断というのは、手段として珍しくない。
現にターニャは既に敵が帝国の後方を突いている事を知っていた。
「中佐殿が仰る通り、アルサス・ラレーヌ戦線の後方地域で、敵の非正規部隊による撹乱作戦が展開されてるとの報告を耳にしました。」
それを聞いたカイジ中佐は、「本当か?」と聞き返して、ターニャが「はい、そうです。」と返す。
そして詳細を知りたい中佐に「知っている限りでいいから、話してくれ」と乞われたため、彼女は仔細を話す。
「これはコルマールの部隊から聞いたのですが、規模は不明としながらも小部隊による工作員部隊が手広く活発な活動を見せているようです。主に野戦管制所、通信交換所、兵站地域、輸送網の破壊と妨害を多岐に渡って受けていると……」
ターニャは、コルマールで仕入れた情報を的確に話して行く。
敵工作員部隊による破壊工作。
共和国奇襲攻撃と同時に仕掛けるために、長らく準備していた事実。
また、恐らく長期に潜伏していたスリーパー(一般人や工作対象組織構成員などになりすます者)が多数いた事による地下武装化の流れ。
アルサス・ラレーヌ地域は、反帝国派親共和国派の勢力が潜在的に多くいる環境であり、また潜在的に敵が多い帝国ならば、工作をするのは容易なものだと。
「以下の条件から反帝国派の地下組織も共同連携し、後方地域の壊乱に迫る可能性が高いでしょう。鉄道線の寸断、橋梁の爆破、補給部隊への襲撃も企図されます。」
彼女の説明を聞きながら
「とは言っても、これらの妨害活動によってある程度の兵力動員の遅延が考えても、果たしてここまで動きが鈍いのには疑問です。」
彼女の頭の中にある膨大な戦史図書館から引き出せば、歴史の中でのパルチザン、レジスタンスなど武装テロ組織というのは厄介であるのは事実で、少なくない損失を与える存在であるのは理解できる。しかしながら、戦局を左右する程に影響をもたらすものであるかは、微妙なところである。
よく戦争映画やヒューマニズムチックなドラマでは、こと英雄的な姿で多勢に無勢なレジスタンス、パルチザンが縦横無人に活躍するのだが、それは脚色されたヒロイックな物語である。
独ソ戦においても犠牲を恐れない勇気あるパルチザン達が色々と意地らしくドイツ軍を苦しめた事実はあるけれど、ドイツ軍の兵力動員を封止するか、戦力集中に阻害をするには決定打にはならなかった。
実際、ソ連軍がバグラチオン作戦を発動をして以降、ドイツ軍は後退を重ねる防御戦に転じるが、兵力増強や新兵器の輸送は万全ではないが継続的に行われており、幾度も大規模な反抗を企図した戦闘を繰り返している。
それはソ連侵攻後にドイツ軍が敷設した多くの鉄道輸送網と道路開発にある。
もちろん軽快な機動力と土地勘があるパルチザン勢力にあらゆる妨害、破壊工作はあったが、ドイツ軍がソ連領土を後にするまで能力は低下しても輸送網は機能している。
最も恐るべき威力を持つのは、膨大なソ連軍機の強襲と、マンパワーと大量生産品の戦車群による大規模攻勢で行われた輸送網の寸断であった。
「敵の破壊工作が我々の目に届かない所で、どれだけ行われてるのかは、推測の域を出ないので不明ですが、我が国の輸送網を全て麻痺状態になり、機能不全になるとは考えられません。正直に言えば、その程度で駄目になるならば、我が帝国が過去に手にした勝利は嘘であると言えましょう。兵力の動員はロクにできない三流国家となります。」
「中々、辛辣なことを言うね。少尉は」と連隊長の大佐は口を挟む。
「失礼ながら申し上げるとその通りだと小官は愚考します。確かに動員計画の発動は幾らかの不足の事態が生起するもので、万時万全とは行きませんが、我が国は充分にまだ対応できる余力はあります。別に本国の中枢を攻撃されたわけでも、侵攻されたわけでもありませんから。」
「だから、ここまでの遅延は考えられない……ということだな。」
「はい、そうです。確証が弱いと感じられます。」
非正規戦の遊撃隊となるゲリラやらテロリストどもが輸送路の破壊や前線基地として使われた拠点や村を襲撃、輸送部隊を奇襲するのはやはり手痛いものだが……効果は限定的になる。
帝国の緊急動員に著しい影響を与えるほどのものなら、逆に帝国は内側から崩壊してもおかしくない。
テロどころか各地で反乱が巻き起こり、どこぞの共産主義者が勝手に国盗りをしている状況になるだろう。
しかし、現実はそうはなっていない。
西方戦線は、とてもヤバさが匂う状況だが帝国の基盤が崩壊する事態や現象は確認されてはいない。
カイジ中佐は、何か考えながら話す。
「そうなると……2点目の話だが……人的ミスが多発している線が強くあるかな……」
「それは、どの点でどのような意味で言ってるのでしょうか。」
ターニャは聞き返すように言い、カイジは彼女の問いに対して答える。
「そうだな。鉄道を主体とした輸送計画、緊急動員の手筈を整える中央の人間が、ヘマをする……ドジを踏むって話だな。それを方面軍クラスでやらかす。」
彼が言うのは、人間が犯す軍事的過失というものだ。つまり、とっても大事で肝心かつ重要な局面で、「なんで、こんなミスをするのか」と首を傾げたくなる失敗を見事なまでに犯すというものだ。ヒューマンエラーは概して戦争では生じるものだが。
「……大規模な動員に関して得意分野の我が軍が、そこまで大きなミスを連発するのでしょうか……冗談にしては大胆ではありませんか?」
ターニャからすれば、合理主義の権化たる帝国軍が、そこまでやらかすのかと思いが浮かぶ。
この国は、何十万単位で兵力を場所から場所へと臨機に動かす事をお家芸みたいにする部分があるし、確かに自信を持つ分野であると思っていたからだ。
「確かにそう思うかもしれないが……」
カイジは思い耽るように言う。
人間は個体によって知性が違うし、能力的に不均衡かつ不完全だ。機械のようにスペック通りに動けばいいが、人間はそうはなれない。また人間が集まる組織も同様だ。
「兵力動員は、確かに帝国の得意とするところだろう。動員を統括する参謀本部内の動員課や鉄道課の連中は、飛び切りの逸材ばかりだ。俺より遥かに優秀な参謀将校はダース単位にいる……だが、そんな人間の集まりでも重大なミスは起こすもんだ。」
なるほど前世で似たような話を幾つか聞いた事があったため、割とそのような許されざる失敗もするかもしれないとターニャが思うが、とはいえやはり遅すぎると感じた。
「確か首都ベルンから連なる複数の鉄道線を使用して西方戦線に部隊を動員する時間は約一週間半程で完了すると聞いてます。今回の場合は、北方戦線から兵力を引き抜いて再集結と再編成した後に西方戦線に部隊を鉄道輸送するならば、様々な状況を加味すれば遅くても三週間以上はますが、許容の範囲に入りましょう。」
否定する必要がない事項だが、帝国はこの世界では屈指の鉄道網を整備し、官民一体の巨大なシステムで鉄道を管理している。そして鉄道は多くの目的として戦争遂行の動員を主眼として整備している。その優先度は国内輸送をニの次にしているくらいの力の入れようだ。
「敵のあらゆる妨害工作があったとし、また戦時の混乱からくる人為的なミスが重なったと仮定しても、少なくても増援の先遣部隊が数個師団は来援してると思うのですが……」
戦時動員は大規模な戦略行動であり、軍隊ではもっとも巨大な事業計画の一つだ。
だから戦闘以上に難易度は高く、思うようにはいかない部分はある。
とはいえ、主戦場はヨーロッパで広大すぎて交通が不便なユーラシア大陸やアジアとは異なる。ベルンから西方戦線までは直線距離にして700〜800キロで、鉄道を使えば労力はかかるが6日ほどで到達は可能といえた。
「仮に鉄道がダメでも、手段は限定されたものではなく、別にやりようはあります。鉄道網の要所が破壊されたならば、併設された幹線道路を使用しトラックで輸送で兵士を送ればよく、トラックの数が足りなければ、鉄道で進出可能な中継地まで兵力を輸送し、そこから陸路で徒歩行軍で工程を組み移動すればいいのです。なんなら大型輸送機を使用して空路で兵力輸送し、前線に近い野戦飛行場まで進出し、そこから徒歩行軍も可能なはずでしょう。」
また道路も他国と比べてやはり整備されており、各地の幹線道路を使ってのトラックによる大量輸送も可能であり、現在進行形でやっている筈だ。
破壊工作や重なる輸送ダイヤの乱れがあったとしても一か月以内には西方戦線で増援部隊が数個師団、活動していると思われた。
帝国は何も鉄道ばかりに依存しきっているわけではない。鉄道が使えなくなる事態だって全く起こらないわけではないからだ。
ならば、予備のプランはいくつも用意をしなければならない。別にそこまで難しいわけではない。必要なのは地図と目的地まで移動するまでの足をどうするかになる。
それが兵士の二本足の人力にするか、別の文明の利器に頼るかになる。流石に地図が読めず、明後日の方向に行き迷子となって行方知らずになる部隊が続出すれわけではあるまい。
また、仮に直接徒歩行軍で前線に向かうにしても、時間的にどんなにかかっても一ヵ月超えになるような形にはならない。流石にやりすぎではないか?
「しかし、現実は臨時編成の小部隊が細々と来るだけで、補充する兵力として大いに不足してます。なぜ、そうなってしまうのか……小官にはわかりかねますが、その点を中佐は……どう考えていますか?」
それなりの時間的猶予があるなかで、時間が過ぎているのだから、もっと戦力が来ていてもおかしくないだろうとの考えが彼女、ターニャにはあった。
だから彼女は中佐、カイジに問いかける。
カイジはその問いに対して、少しの時間、逡巡してから答える。
「重大な人的ミス、判断の誤りが別の要因にあるとしたら、どうだろうか?」
「それは、どのようなものですか。」
ターニャは首を傾げながら中佐を見る。
「これは……可能性としてだが……」
彼は間をあけてゆっくりと鮮明に話す。
「もし……連邦が動員したという情報があったら、どうなるかな。」
カイジの一言で、場が凍りつく。
そして、ターニャは心中で戦慄し、こう思うのだった。
「なん………だと………‼︎」