戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 作:リースリット・ノエル
カイジの零した一言で、その場にいたターニャを含めた将校一同は凍り付く。
「連邦の動員」を彼が示唆したからである。
それは想像に及ばない事態であったからだ。
「そんな馬鹿な事がありますか?」
周りが凍り付く中で、ターニャは咄嗟に本音が口から出た。
平静を装いながらも、内心は衝撃と動揺が彼女を包み込む。
連邦の存在は、それだけに帝国では大きかった。
連邦、それはこの世界で最大の版図を擁する東の大国、ルーシー連邦を指す。
また現在確認されている悪しき共産主義勢力の総本山であり、潜在的にも対象国認定されている強大な軍事国家でもあった。
ターニャからすれば、前世界の社会主義国家ソ連と瓜二つで、違うのは世界大戦が始まる以前より共産主義革命が格段に早い段階で行われた点であり、その他の成り行きは大体似通うものである。
詳細は秘密のカーテンという鉄壁の向こう側にあるから、よくは知らぬが、ソ連と同様の過程を踏み、国家として存在しているなら連邦がどういった存在であるのかは彼女にとって想像は容易である。
連邦が、標榜する共産主義思想は「富の分配、搾取なし、階級なき平等世界。労働者中心の開かれた理想郷の実現」といったスローガンを全くと言っていいほど実現出来ていない上に、テクノクラートなどの黙認の特権階級や共産党内に本来の教義に反する権力構造が存在する時点で、失笑ものなのはソ連と同じであるのだが
笑えないのは、連邦がソ連と同様に恐ろしい程の軍事力を擁している事だ。
それは、ターニャ以外の帝国軍将校達も理解している周知の事実だ。
「かの国では書記長の一声で、軽く100万が動くといったところかな。」
ハインリィツィ大佐が静かに言葉を発する。
その言葉に連邦の軍事力が如何なるものかを物語っていた。
連邦軍は、陸海空軍からなる三軍制からなるが、最も恐るべきは陸軍で、通称:連邦地上軍と呼ばれる世界最大級の陸上戦力である。
確認されている歩兵師団だけで200個師団以上が常備軍として存在しており、しかもそれは推定でしかない。膨大な戦略予備の部隊や自衛用の民間防衛隊などの下部組織を含めると、その総兵力は帝国軍の総兵力を凌ぐ1000万以上あるのではないかとの試算もある。常識が通用しない世界がそこにある。
装備や練度、質といった総合的な見地では帝国軍が上を行くが、圧倒的な兵力差では補いきれないのが現実。
誰が言い始めたのか分からないが、「兵士は畑から採れる」というのは悪いジョークだ。現実に出来るんだから、冗談ではないのだ。
また、マンパワーで犠牲を出しながらも無理矢理実現した重工業化政策により、工業製品の大量生産を確立し、粗悪品が混ざりながらも莫大な兵器を無数に吐き出す生産ラインを建設。
戦闘機、爆撃機、戦車、大砲、各種銃器からトラックに至るまでダース単位で生産し、配備されている。底なしの物量を的確に「数の暴力として」忠実に再現したのが連邦地上軍なのである。
そんな巨人の連邦が動員したのではないかとカイジが言うものだから、それはそれは大層な冗談話で終わるわけがない。
「そんな話は簡単には信じられません。どんな可能性があってソレが、連邦が動員したという根拠があるのでしょうか?」
ターニャは毅然とカイジに対してモノを言う。
周りの将校達もそうだそうだと言わんばかりである。
もっともな反応だなと感じながらカイジは答える。
可能性という仮説でも、根拠の説明は必要不可欠だからだ。
「それは連邦から見たら……絶好のチャンスだからさ……」
「チャンス?……!?」
ターニャはハッとして気付きながら返答する。
「帝政時代に失陥した領土の奪還と係争地の制圧が目的ですか?……」
「……そうだ、察しがいいな。少尉」
中佐は褒めてるのだろうか、今はそんなことを気にしてはられなかった。
かつて今の連邦が、ロマーニャ帝国と呼ばれる帝政の時代に我が帝国は何度が戦争状態に陥った。結果は、我が帝国が勝利を収め、賠償金と幾らかの領土を分捕った。
分捕ったとはいえど、何もない土地ばかりであくまで帝国の権威を世界的に高めるパフォーマンスだったのだが、ロマーニャ帝国からしたら屈辱的な敗北である。
また分捕った領土の境界線が問題となり、帝政から連邦になった時に領土問題となり、散発的な紛争が生起し、現在は段階的外交解決を図るために両国の緩衝地帯を仮置きという形で策定し、現在進行形で係争中である。
「連邦がかつての失った土地を取り戻す手段で……もっとも簡単な方法は?」
「軍隊を動員しての軍事的解決です。」
ターニャが何の疑問もなく、即答する。その手段が最も早く簡単に解決させる方法だからだ。コミーどもならやりかねない。
「そうだ。面倒で時間がかかりすぎる外交的解決よりも武力で解決した方が簡単だからな。」
「そして、軍事的解決を図る条件は充分に満たされていると考えられるというわけですか。」
ターニャには大体の見当がついていたし、理由ならいくらでもつけようが出来る。
相手はあのコミーどもだ。胡散臭く、妙に正義感を表す大儀を適当に掲げて戦争を吹っ掛けるのは、奴らにとっては難しいことではない。寧ろ得意分野であろう。戦争は始めるなら本当に簡単なんだ。
「ああ、その通り……対協商連合から対共和国戦が始まり、我が軍は北方戦線とライン戦線の二つの戦いに駆り出されている。そして短期に解決できない大きな戦争になりつつある。このような状態になれば、連邦の立場から見れば、どさくさに紛れて銃剣の一刺しや二刺しや刺したくなるだろう。」
情勢的には帝国は後背を突かれてもおかしくはなく、心理的にも国防上、政治上の課題を解決しうる絶好の機会として映る。それは共和国が北方戦線に気取られる帝国の隙をついての攻勢に出たのと背景は同様で、可能性の定義でも充分、現実としてあり得た。それだけに冷たい胸騒ぎが渦巻くのをカイジの説明を聞きながらターニャは感じる。
「何より、我が軍は二つの戦線で手一杯だ、特に熾烈を極めるライン戦線だな。ここで東方に向ける余剰戦力はない。では残る障害は東方軍のみで、これを排除するために連邦は戦力を一点に集中させればいい。一応、南方軍から戦力を抽出して東方軍に向ける事も可能であろうが、南方軍は国防指針の体裁上、イルドア向けに最悪の場合があっての保険としての駐留軍といった形で主戦力は軽歩兵と山岳歩兵師団が主体で、動かせる戦力は限定的だ。」
南方軍は、主として帝国の南側にある非同盟・中立国の姿勢を貫くイルドア王国に対して睨みを利かせる方面軍で、こちらにおいてもイルドアの北東部にある帝国の国境線で「未回収のイルドア」という領土問題が燻り、現在も目下、係争中である。そのため、南方軍は相応の戦力を配備し、国境線を見つめ、警戒を解かないでいる。
とはいえ欧州の地域国家としては珍しくイルドアとの関係は良く、通商条約を結び、貿易も盛んにおこなわれている。
イルドア王国自身も、ここ数年は帝国に対して挑戦的な行動を起こす素振りは、見せず、領土問題も「あくまで外交手段で、段階を経て平和的解決を目指す」といった形で、土地の問題では冷静かつ融和的な姿勢を見せる。
帝国的には、欧州で数少ない貿易相手国でかつ、「話せる」友好国だ。
また、南方軍が展開する地域は山岳地帯が多く、深い森林地帯が覆う土地であるため、駐留可能で展開可能な陸上戦力は他の方面軍に比べ少なくなっている。
どちらかと言えば、航空戦力の比重が大きく見える陣容だ。イルドア王国軍は航空機の黎明時代から早期に独自に王立空軍を創設したことから、相応の空軍力を擁する。
となれば、警戒すべきその航空戦力となるが、これまたイルドア国内の財政的事情と地中海艦隊増強の為に新型戦艦を増産に軍事予算を多く投資した事から、王立空軍はその煽りを受け財政難に陥り、結果旧式航空機と新型の入れ替えがうまくいっていない。
また魔導師部隊も質は中々だが、部隊数や練度については帝国側が優位。
何より、イルドアが敵対的な行動を取っていないのだから、表面的には警戒レベルは他の方面より下がる。
あれこれと各所の状況を勘案すれば、南方軍は「あくまで抑止力として存在し続け、国境警備と領土保全が主任務」「最低限の自衛と警戒以上の戦力は必要がない」といった流れになる。
だから有事の際に南方軍の増援を、東方軍は期待できない。
どちらにしろ、リアルタイムで侵攻する共和国軍に対し、ライン戦線で必死に戦う西方軍に南方軍は航空艦隊を派出済みなので、航空支援の増援は望めない。
「そうなると東方軍は、ほぼ独力で戦うしかない。最後の頼みとして本国にある中央総軍を派遣する事だが、主力は北方に持ってかれた。本国に残されたのは首都防衛隊と中央総軍が残した非常時用の留守師団が幾らかあるだけだ。もし打てる手段があるなら東欧州方面の予備師団、郷土防衛隊を丸ごと動員するか、北方に展開した中央軍の主力から引き抜いての増派を行う形になる。若しくはその両方を行うかもしれない。」
ターニャから見れば、現在の情勢からみて帝国が連邦に対して、国土を守り抜けるかどうかは非常に厳しいと判断した。
東方軍は独力で一定の期間、戦える能力を有しても、独力で連邦を追い返せる程の力があるわけではない。
内戦戦略を帝国の基幹国防戦略として採用する以上は、方面軍は敵の侵攻を遅らせる期間限定の壁としての役割を担う防御戦力でそれ以上の事は出来ない。
相手が中小国家の雑魚であるならば、追い返せる力はあるが、相手は常識破りの大軍を擁する巨人である。そんな事出来るような容易な存在ではなく、片手で戦える相手ではない。
例え下劣で無能なコミーが指導する連邦軍が乱暴、粗雑で低能な暴力装置でも、全ては数で補うのだ。その陣容は共和国軍を遥かに凌ぐと考えられる。人的資源を際限なく投入するシステムが連邦にあるのだから、そら恐ろしいことだ。
動員を連邦が行っているならば、東方軍の戦力に対し、三倍、四倍もの戦力を津波のように投入するであろう。
東方軍が連邦地上軍に対し、遅滞防御戦闘で勝利を収めるためには、本国からの増援があって初めて必要最低限の条件が成立する。
これは絶対的に必要だと考えられた。
帝国が総力を持って、連邦に立ち向かえるのであれば話は別であっただろうが、二方面の戦いを強制される実情ではそれは望めず、となれば北方にある主力野戦軍の戦力をどちらに優先して戦力をどのような割合で振り分けるかとなる。
つまるところ……
「北方に展開する主力軍の戦力を、西方と東方のどちらを優先して送るのか。そして
参謀本部は脅威度から東方を選んだということですか?……カイジ中佐……」
ターニャは確認するように話す。
「ああ、自分の見立てだとそうなる。であれば、幾ら待っても来ない増援の理由として説明がつくだろう。」
「少なくとも、もし俺が連邦軍の最高指導部に居たならば、機を逸さずに躊躇なく行動するための進言をしただろう。少なくともポーズだけでもとるさ。」
カイジは何の恥じらいもなく、あっけらかんと自分ならやると断言する。
連邦介入の可能性が実像として浮かび上がり、現実を帯び始める。
ライン戦線に展開する一つ連隊にすぎないが、連隊指揮所では帝国の朧げな未来を見つめる国防会議のように、議論が深くなり、時間が過ぎていく。
その中でターニャは、ふと思う。
中佐の物言いは、その想像力と発想は、ただの参謀ではない。
もちろん、エリートなのだから、そうであろう。
しかし、彼には普通じゃない何かがある。ただのエリートではない。
まるで未来を見るような鋭い分析力、肩に嵌まらない思考性は別にあるよな気がした。
しかし、それが何なのかは分からず、それよりもカイジという存在に興味を抱き始めていた。
そして、また議論は進んでいく。