戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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第54話 連隊会議Ⅵ 〜連邦軍、その内情〜

「中佐、少しいいかな。」

ここで、連隊長のハインリィツィ大佐が口を挟む。

「ええ、どうぞ連隊長。」

 

「私からの意見だが……連邦がこれをチャンスとして行動を起こし、動員したと仮定したとしてだ。」

 

「我々、陸軍は東の備えとして東方方面軍があるわけだが、数にして約50個師団が国境を基点に配備されている。それも常備軍として完全充足、完全武装の状態を平時から維持している。」

 

「部隊練度も頻繁に大演習を繰り返し、各師団の訓練検閲は中々手厳しく過酷だと聞く。つまり質が中央軍と勝るとも劣らない精鋭といったところだ。東方魔導師や東方空軍も東方防衛の要であるから、選抜された人員で構成され、その多くが何らかの実戦を経験した者たちが多い。じゃなくても平時からの訓練で非常に洗練された練度を持つ部隊は多いと有名だ。」

 

「東の国、覆うが如く東方軍」

そう言いわれ続ける程に東方軍は、強靭な戦闘力を有する方面軍である。

簡単な話、中小国家を睨む北方軍と南方軍とは、想定する相手が違うからだ。

仮想敵を連邦とするのだがら、尚更で生半端な陣容で対峙するわけにはいかない。

方面軍の役割として、領土防衛と同意義に重要な抑止力として任を果たすのであれば、「連邦が武力で挑戦する」といった気概やら考えを「寄らば斬るぞの精神で、連邦の軍事的企図を封殺する」という事を目指さなければならない。

 

要は相手から舐められない、手を出せば痛い目を見るぞと見せかけではなく、実力でもって示さなければならない。

 

 

「対して連邦軍は、数でこそ帝国を凌駕する戦力を有するが、練度で言えば雲泥の差が生じている。組織的な戦闘の連携もままならず、作戦指導もマトモに行えているか疑わしい。これは現在の連邦軍を私から見てもそう判断できる。とてもではないが、高度な軍事作戦を実施できる組織とは思えない。いえば、烏合の衆だな。」

 

「別に私は連邦を軽蔑し、侮ってるわけではない。かつては世界の中でも最も進んだ機械化部隊を創り出し、空軍も優れた組織として整備した背景がある。兵器や部隊だけではなく、長大で大胆な機動作戦を展開できる練度と作戦指揮能力は連邦軍にはあった。特に1917年に行った連邦の大規模機動演習は、羨むほどに素晴らしい出来だった事を記憶している。この点はトゥハチェフスキーの手腕によるものが大きい。」

 

それを聞きターニャの頭によぎるのは1920年代後半から1930年代に行われた「赤軍の至宝」トゥハチェフスキーの指導による赤軍の大改造。

 

彼が赤軍参謀長に就任し、1931年からは陸海軍人民委員代理兼兵器局長に就任すると、以前から研究していた縦深攻撃理論の原型となる連続作戦理論が構築され、その理論を現実にするため赤軍を大改革する。

 

まず手始めに、1925年、ソ連軍は有名な赤軍野外教令草案を起案したこの間、赤軍再編成や機械化部隊・空挺部隊、戦略ロケット部隊などの導入など、一貫して赤軍の機械化・近代化につとめ、その運用のための縦深作戦理論の確立に指導的役割を果たしたし、1930年初頭には世界を見ても最も先進的な軍事組織に変貌する。

 

この流れは。この世界の連邦にも当てはまる。なによりも赤軍の至宝、また「赤いナポレオン」と英雄的称号を持つトゥハチェフスキー元帥が存在していたのだから、軍人名鑑や新聞で確認したから間違いない。

そうすると連邦軍がソ連軍と同じ成り行きになるのは理解は容易だ。

 

軍事指導者として見れば、20世紀の近代軍事史で影響を与えた人物として、5本の指に入る将官だったからだ。

 

「そこまで高度なレベルまでに至ったのは、先も言ったとおりトハチェフスキーの存在、そして先見性と柔軟性を有する連邦参謀本部の功績が非常に大きい。彼らが半端な民兵集団にすぎない革命軍を、軍事的改革を繰り返し、近代的で機械化された強靭な軍隊、連邦軍に作り替えたのだからね。」

 

ちなみにターニャ自身は、名前を聞くだけで毛嫌いする共産主義勢力の中でも珍しく、トゥハチェフスキーという人間に対しては畏敬の念を持っており、ゼネラリストとしては高い評価をしていた。

それだけにトゥハチェフスキーの行く末を見つめると悲しい最後にたどり着く。そしてコミー達の野蛮さに嫌悪するのだった。

 

「やはり注目すべきはトハチェフスキーを中心にした参謀本部の指導部達とその配下につく高度な専門教育を受けた連邦将校団。彼等が連邦軍に居るのであれば、恐ろしいのだがな。今では話が違うようだ。連邦の大粛清があった後ではな。」

 

連邦の大粛清、それはターニャからすれば、ソ連の忌まわしき大粛清

と同一。

 

そして間違いなく歴史上も恐るべき規模で行われた大粛清の一つだ。この世界においても一大事件として報じられ、全世界に広がったようだ。

 

「大粛清。これで連邦軍を建設し近代化した頭脳はすっかりいなくなった。トゥハチェフスキー以下の優秀な連邦軍指導部、参謀、栄華を誇る連邦将校団は丸ごと消え去った。あまりにも貴重な人材を喪失したわけだ。そして各方面の部隊運用の要たる野戦指揮官も多く消えた。」

 

ソ連で見れば、党内の粛清から始まり、やがては赤軍の大粛清に拡大し、最終的に大粛清が終わるまでに130万〜150万以上が逮捕され、約半分が即決裁判で即決銃殺刑、残りの半分は強制収容所送りとなる。

しかも実際どれだけの人間が犠牲になったのかは、細部は不明。

 

党内の粛清も凄惨なものだったが、赤軍は壊滅するといっても過言ではない影響を受けた。

 

1938年「赤軍大粛清」が吹き荒れると、元帥を含む5人のうちトゥハチェフスキー以下3名、軍司令官級15人のうち13人、軍団長級85人のうち62人、師団長級195人中110人、旅団長級406人中220人、大佐級も四分の三が殺され、大佐以上の高級将校の65%が粛清された計算になる。

また政治委員(共産党から赤軍監視のために派遣されている党員たち)も最低2万人以上が殺害され、また赤軍軍人で共産党員だった者は30万人いたが、そのうち半数の15万人が1938年代に命を落としたという。これも詳細な人数は未だ不明。規模が大きすぎたのだ。

 

そんな歴史的に汚名を残す行為をやったソ連と、この世界に共産主義のメッカたる連邦は全く同じことをやってのけた。

 

コミーは世界線が変わっても中身の野蛮さは変わりないようだ。しかも合理的に短期で数十万の人的資源を処分するのだから、その分野に関してはコミーは素晴らしく才能があるようだ。

知的で能力ある人的資源をいと簡単に殺戮するとは、やはりコミーは存在すべきではない。

いつか葬り去らないといけないようだ。

 

「頭を失い、そして手足を動かす神経も麻痺した軍隊では、戦争なんてするものではない。それを端的に表したのが今から2年前のスオミランドと連邦の冬戦争だったね。」

 

スオミランド、その国はレガドニア協商連合のとなりに存在するバルト海に面した北欧の共和制国家。

小さな国家に過ぎないスオミランドと巨人の連邦で外交上の軋轢が生じ、一方的な形で連邦が軍事侵攻を開始、初期動員50万以上、最大派遣戦力100万を投じてスオミランドは風前の灯火となると思われたのだが。

 

「スオミランドの総兵力を遥かに超える100万の軍勢を連邦軍が送っていながら、連邦はスオミランドとの戦いに苦しみ、スオムッサルミの戦いでは主力部隊が壊滅し、結果として合計10万以上の戦死者を出しておきながら、首都侵攻もまま成らず、勝利を飾れなかった。」

 

これもターニャが前世で見たフィランドとソ連間で行われた冬戦争に様相は酷似する。

 

「一応、連邦は外交交渉で上手く立ち回り、スオミランドとはモスコー講和条約を結び、疲弊し、ジリ貧のスオミランドは戦闘では勝利を収めながらも、国土を失う結果になったが、連邦軍が粛清により弱体化していたのは明らかとなった。」

 

スオミランドは領土を一部喪失しながらも独立は守りきったわけだ。

冬に侵攻し、また侵攻するのに不便な地形で戦いを挑むという出だしで失敗したのもあるが、充分な戦力がありながらも勝てなかった。

寧ろ、連邦軍の苦戦が目立つのは、明らかに連邦軍の内部構造に問題があった。

 

「小国にすぎないスオミランドに膨大な損失を出し、冬戦争の戦闘では決定的な敗北を出し、マトモな戦争が出来ないことを自ら証明した連邦軍が、果たして漁夫の利をついて我が帝国に挑戦するだろうか?」

 

スオミランドは地形を利用した神出鬼没の遊撃隊を組み善戦したのだが、小国の軍隊だから限界はある。数も武器も兵器も何もかも足りてなかったのだが、次に相手するのは欧州屈指の軍事大国の帝国だ。

そして、対連邦戦を志向して鍛え上げた精鋭集団の東方方面軍なのだ。

 

スオミで失敗したことをここで繰り返すのだろうか?

 

「もしだ。中佐が言うよに連邦が侵攻する考えがあったとしたら、その時期については東方軍をライン戦線に転用するか、我が帝国軍がライン戦線に全ての戦力を集中し、東方軍が完全に孤立した時を狙うと私は考える。だが、現時点では、その条件を満たしていないのだがね。」

 

「それでも連邦は帝国に、冬戦争よりも明らかに上回る損害を出すことを覚悟して戦いに挑むのだろうか?そこが不思議に思えたんだが、中佐はどう思うかね?」

 

大佐は一通りの意見を言うとカイジ の返答を待つ。

大佐はカイジが何を言い出すのか、興味をそそられる。

次はどんな意見を言うのだろうかと。

 

それはターニャにとっても気になるところだった。

 




更新しました。

ちなみに筆者はトゥハチェフスキーは、彼の記念切符を集めるくらい好きな人物です。
それだけに粛清で消えたのは悲劇的です。
やはり粛清は駄目ですね。

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