戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 作:リースリット・ノエル
ジャンは見上げた空から降り注ぐ光の粒子が妙に綺麗に映り、この時の様子はやけにゆっくりと見るように感じた。
空中で次々と砲弾が一瞬の閃光とともに炸裂し、無数の光の粒子が白い航跡を描きながら傘状となって降り注ぐ。
幾重にも重なりながら。
自分達のいる場所に。
よく見れば、それは光の粒子ではなく火の粉のように見えた。
「分隊、散開‼︎ジャン!何ボォっとしてやがるぅ!逃げろぉ‼︎」
アルバン軍曹の怒号が飛び込んだ瞬間、十数メートルに飛散した火の粉が周りの兵士達を巻き込みながら、一気に地面で赤い炎を上げながら燃え広がり、発煙があたり覆い始める。
着弾した粒子は更に細かい火の粉となって周りに拡散し、歩兵と平原をまとめて燃やす。
中にはバウンドしながら不規則な放物戦を描き、兵士達に降りかかり、兵士の横腹から襲う。
火の粉を浴びた兵士達は白い発煙を上げながら、じっくりと蒸し焼いていく。
あたりにはニンニク臭に似た異様な刺激臭が立ち込める。
火の雨が飛散して数秒と経たず、周囲は兵士達の絶叫がこだまし、ジャンのいた中隊はパニックの渦に飲み込まれていた。
「あづづぃぃぃ‼︎」
「ぐおおぁぁぁぁ‼︎体がぁ、溶けぇるぅ‼︎」
「あああああ‼︎」
「誰かぁ!とってクレェェ‼︎」
「助けてぇ!あああああ‼︎」
「衛生兵!衛生兵!こいつを…ぐあぁっ‼︎」
「逃げろぉ!焼き殺されるぞぉ!」
まさしく地獄絵図だった。
兵士達は生きながらにして焼き打ちにされ、人間の声と思えない唸り声を上げ続ける。
頼りの綱である衛生兵が果敢に駆けつけ応急処置をするも、自らも火の粉の餌食となってゆく。
焼き打ちにされた兵士達は必死に火を消そうと半狂乱になりながら対処する。
軍服を脱ぎ散らかす者
ころげまわって燃える戦闘服を消そうとする者
延焼する部位を地面に体を擦り付けて消そうとする者
持っていた水筒の水で消そうとする者
握り締めた土で消そうとする者
銃剣で皮膚を抉り火種を消そうとする者
どうすればわからず、ただ走り回る者
燃えながら、ただ神に無意味に祈り続ける者までいた。
いずれも火を消せることなく、確実にじっくりと赤い炎と白い煙を上げながら絶望の中に倒れゆく。
透き通った青い空からは間断なく、光の粒子が輝きながら降り注ぎ続ける。
その度に死に勝る苦しみを受ける兵士がダース単位で増え、折り重なる絶叫が、部隊全体に更なる恐怖を増大させる。
兵士達は火の粉を散らすが如く空から襲いかかる光の雨から四方八方に逃げる。
持っていた小銃を、軽機関銃を投げ捨て全力で遁走する者が続出する。
各々が火の雨から逃れようと対処する。
敵がいる方向に全力で逃げる者。
味方を払いのけながら後方に逃げる者。
砲弾の窪地に隠れる者。
頭上の火の雨から逃れられないのにも関わらず戦車や装甲車を盾にしようと張り付く者
誰かを助けるなんて、余力はもはや無い。
ただ逃れたい、助かりたい。
自分が生き残りたいが為に逃げ続ける兵士達。
その中でも部隊の統制を取り戻そうと指揮官達は拳銃を片手に叫びまくる。
「逃げるなぁぁぁぁ‼︎敵は目の前だ!前進を続けろ!後方に逃げる者は、敵前逃亡で銃殺スル‼︎」
髭の中隊長は、がなり声を上げながら逃げる味方に引き金を引き、統制を取り戻そうとしたが無意味だった。
乾いた発砲音は、広がる発煙と恐怖の混乱に消えゆくだけだった。
ジャンのいる中隊だけでなく、歩兵旅団全体が同様のパニック状態を引き起こしていた。
最前衛にいる鉄の装甲に守られた装甲車、戦車部隊ですら安全では無かった。
火の粉を浴びた戦車は車両後部のエンジングリルから火の粉が持つ燃焼熱で内部に流れ込んでいく。
そして耐えられず、車両内部から燃やされていく戦車が増えてゆく。
焼け出した戦車から、火だるまとなった乗員が飛び出して地面に転げ回り、異様な雄叫びを上げる。
装甲車は地面でバウンドする火の粉にタイヤを溶かされ、パンクし行動不能になっていくものが何台も続出する。
整然と横一線に並んだ戦車・装甲車は、横隊陣形を維持出来ず、ズタボロになっていく。
戦車でさえ火の粉から逃れようと遁走し始める。
前と後ろへと逃げ惑うが、発煙により視界が戦車同士が接触する。
中には同じく逃げ惑う味方の兵士を轢き殺してしまうものまであった。
既に旅団は潰走している状態に陥っていり、攻勢どころではない。
収集がつかず、身を守る場所もなく、ただ混乱が更なる混乱を産み出し、ただ必死に火の粉からどうしようもなく兵士達は逃げ続けるだけであった。
それはジャンも同様であった。
彼も気づけば、慌てふためきながら全力で逃げていた。
火の粉を擦りそうになりながら、逃げまくる。
帝国軍と戦う為にピカピカに磨き上げ、整備した相棒たるライフルも何処かに投棄てていた。
先程まであった昂ぶる戦闘意欲は吹き飛び、頭の中で反芻していた兵士たる気概や精神、誓いなぞは、目の前に広がる阿鼻叫喚の地獄を前に何処ぞへと消えた。
赤く燃える兵士が苦しみの表情を湛えながら、1人また1人と倒れてゆく。
火の雨は止まず、新たに焼き打ちにされてゆく兵士達が増えていく。
折り重なる鳴り止まない絶叫はジャンに正常な思考を奪っていた。
水を被ったように汗を流しながは走り回りまわると、足に何かを取られ転ぶ。
ふと足元を見ると、燃えながら全身が焼け爛れている兵士が自分の足を掴んでいた。
「だ…ずげでぇ…ジャッ…ン…」
掠れた声を上げる味方の兵士をジャンは蹴り飛ばして、哀れな叫び声ながら逃げる。
自分の名前を呼んだなら教育隊の同期だっただろうか。
しかし、今のジャンにはそんな考えなど浮かばなかった。
脅威から逃げるだけの小動物となったジャンは、砲弾で出来た窪地に身を雪崩れこませる。
べったりと顔を押し付け、身を丸くし空の厄災から何とか守ろうとするが、屋根があるわけでは無い窪地では火の粉から逃れる事は出来ない事に気付いた。
「はぁっ!そうだ!穴を、トンネルを掘ろう‼︎」
ジャンは一心不乱に腰についていた携帯シャベルで掘って、掘りまくる。
我ながら妙案だと思いながら、懸命に掘るジャン。
果たしてそんな地下トンネルを作る時間があるのかという疑問など思い浮かばず、白い発煙に巻き込まれながら掘り進める。
無用な努力と思える掘削活動をする中、喉が痛烈に熱くなってきた。
不快な刺激に加え、咳き込みが激しくなり、自然と涙が出て始める。
居ても立っても居られず、シャベルを投棄て窪地からあてもなく、また逃げ惑う。
まともに息をする事も出来ず、よろめきながら地面に突っ伏して激しく嘔吐する。
「だっ…だれがぁぁ…だずげでぇ…ぐれぇ」
身体中の汁を吐き出しながら、周りに助けを求めるが反応はない。
深い霧のように立ち込める発煙により周りが視界が遮断され、どうなっているかわからない。
激しい嘔吐と不快感に襲われながら、背中にじっくり侵食する熱さを感じた。
まさか…嘘だろ…‼︎
頭を後ろに向けると背中から強い刺激臭を放ちながら、燃えている事に気づく。
瞬間、激しい激痛が落雷を受けたが如く全身に走り、のたうちまわる。
馬鹿な!
助からない。
助からないのか。
嘘だろ。
いや!そんな馬鹿‼︎
ジャンは、激しい嘔吐と咳き込みながら声になっているか、わからない枯れた叫びを上げる。
そして激流のような感情と思いが交錯する。
馬鹿な!馬鹿な!こんなところで!
まだ始まったばかりだろうが‼︎
こんなところで終われるかよぉ!
まだ戦ってもいないのにぃ!
帝国軍のクソめらがぁ‼︎
クソ!クソォ‼︎
こんなはずじゃ無いんだぁ!
もっとこんな形じゃない!
ジャンは苦しみながら、頭の中で思い描いた想像の光景を映し出していた。
銃火を潜り抜けながらも帝国軍陣地に突撃し、壕内で自慢の銃剣術で帝国兵を屠る様を
自らも負傷しながらも戦って、最後には共和国の国旗を掲げて帝国陣地を制圧する様を
戦闘に際し、勇猛さと戦功を讃えられ部隊長から勲章を受勲する様を走馬灯のように映し出していた。
だが現実は無残に銃を捨て逃げ惑い、今は戦う事なく焼き殺されようとしている。
そんな現実が受け入れられるかぁ!
まだ…まだ…始まったばかりなのにぃ‼︎
まだ….なにもしていないのにぃ!
あらゆる激痛に苦しみ果て、遂には身体が動かなくなっていた。
力を入れても指先一本動かせられない。
少しずつ意識が薄れてゆく。
いやだ….死にたくない…軍曹…
助けて下さいと思ったと同時に、軍曹の言葉を思い出す。
「戦場はお前が思っている以上に残酷で悲惨だ。この世界では、命なんて一瞬で次々と消える。次の一歩が最後の一歩になるかもしれないんだ。」
「新兵は、よく戦場をロマン溢れる冒険みたいな想像をするが…そんな胸踊るような世界じゃないんだ。そこを履き違えるなよ。」
その通りだった。
自分は、何にも戦場を理解していなかった。
ただ言葉の意味だけで糊塗された形は真の現実を理解してなかった。
自分は、理想と現実を履き違えていたんだ。
戦場は自分の夢を叶える場所じゃないんだ。
徐々に視界が狭くなり、暗くなる時、ジャンは戦場の現実を理解し、最後に形容しがたい悲惨で残酷な戦場の世界を1つの言葉で紡ぎだす。
ここは…地獄の釜だ…
今日は時間に余裕があったので一気に書き上げました。
駆け足ぎみになり、荒削り感はありますが…スピードがあるうちに投稿したい気持ちが勝りました。
来週には更に一本はあげたいところです。