2025年、特殊能力を持つ少女で構成された部隊『フラワーズ』。ナンバー02のエステラは、パートナーと共に束の間の休暇を楽しんでいた。
しかし、同時刻に作戦を遂行していたナンバー06が襲撃を受けたことからバックアップを要請される。
戦場にいながら戦場にいない彼女の視線は、普段通りの諦念に満ちていた。

これは戦場を最も遠くから見つめる少女の孤独な戦い……



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From a Distance-Under The Dog-

 東京オリンピックが大規模テロで中止されてから5年。会場の中心となるはずだった湾岸地区は、治外法権同然の国連管轄、特別地域に指定されていた。

 特別自治区にはインターナショナルスクールが開設され、アタシを含めた7人のうら若き乙女がいた。

 自慢じゃないけど、美少女揃いのアタシ達を、人は“フラワーズ”って呼ぶ。

 

 けれど、アタシ達の学生という立場は隠れ蓑。実際はそのインターナショナルスクールを管轄する国連管理の軍諜報組織の一員ってことになってるらしい。アタシの任務は、自分たちと同じような特殊能力を持つ子供達を抹殺すること。

 

 同然、アタシ達は危険因子だ。裏切らないようにお偉いさんも万全の管理をしている。

 失敗は許されない。アタシが弾を外せば、些細なことで偉い人のゴギゲンを損ねれば、アタシの大事な人に仕込まれた爆弾が破裂して、頭の中をポタージュみたいに撹拌する。

 

 要するに。

 アタシの生きてる世界は、めまぐるしくて、しっちゃかめっちゃかで、イカれている。それだけ分かれば十分だ。

 

 

 ―――

 オリンピックで浮かれる人間でごった返していたのとちょうど同じ頃、イカれた人間が圧力鍋と金属片で周りを血祭りに上げた雑居ビル。焦げあとやともすれば人体の欠片でも残っていそうな屋上で、アタシはライフルを構えた伏射姿勢になっていた。ちょうど仕事を終えた後で助かった。おかげでアタシは調整の完璧なライフルと、衝撃吸収用のコンバット・スーツ、何よりもごつごつとした地面に敷くためのジェルパッドを用意して、仕事に取りかかれるのだ。

 ――ショートケーキは名残惜しいけれど。

 

 ビルの端に二脚を立て、片目で照準を、もう一方で目標となる江ノ島全景を見渡す。

 

 “フラワーズ”のナンバー02。それがアタシの名前だった。エステラ、なんて名前もあるけれど、娘を一月食えるかどうかの値段で売り飛ばしたクズからもらった名前よりは、8歳の頃から呼ばれている名前の方がいくらか馴染みがある。

 とはいえ、この名前だって酷いものだとは思う。最初の頃は可愛らしい名前だとは思ったけれど、それは要するにやがて散り逝くもの、あるいは誰かに摘み取られて枯れるまで飼われ続ける見世物ってワケだ。ぶっちゃけて言うなら今も昔も、アタシの暮らしはさほど変わっていない、と言うことになる。

 けれども、足掻く選択肢があるだけ、いくらかマシだ。

 ―――

 

「今回のは白かもしれないんだって」

 白……パンドラの発現の危険が極めて低い特殊能力者。それの発見がアタシ達の任務だ。それが発見され、無事に保護して諸々が解明されればアタシ達がこの役目から解放されるかもしれない。ナンバー08、さゆりからそう言われたとき、アタシは紅茶を啜るのを止めて、観測手の顔をじっと見つめた。

「喜ばないのね」

「お前こそ」

 アタシもさゆりも、表情を変えない。この仕事に楽観的な希望を持ってはいけない。それが長生きのコツだと思う。

 えぐみだけは一級品の紅茶に角砂糖をいくつも沈めると、さゆりの眉間にほんの少しだけ皺が寄る。相棒の関心は既にアタシの不摂生に移ったらしい。

「誰だよ、んな無責任なことを言ったの」

「ナンバー6よ」

 アイツか。残っていたイチゴを頬張り、それが思いのほか酸っぱかったと主張するようにアタシは顔をしかめる。

 ――新入りはそう長くないな。

 一瞬浮かんだ言葉を、かき消すみたいに。

 ハナ。奇しくもアタシ達の部隊と同じ名前の少女の顔を思い浮かべる。江ノ島で発見された超能力の兆候を持つ人間。彼を回収するのが、彼女に与えられた最初の仕事だ。

「目標、男なんだろ」

「ええ、彼女と同い年」

 さゆりが小さく頷く。これからアタシの言う言葉を先読みするみたいに。

 Flowersはターゲットのプロファイルを念入りに行う。それも、白の可能性のある人間にはより徹底的に。

 アタシ達が文字どおり花盛りの乙女と言うことは、それだけでもアドバンテージだ。彼らの好みを把握し、好かれるように調整して、必要とあれば好きな“体位”まで覚えていく。大抵はそこまですることはないが、その過程で相手の全てを把握することが求められる。

「惚れたね」

「多分」

 ハナの家はごく一般的な核家族だ。40半ばでそこそこの地位にいる父と、専業主婦の母。そして、母にべったりの弟。

 訓練こそ済ませても、彼女は日本の普通の……そこそこ恵まれた中流家庭の子供だ。

 人を殺したことも殺されかけたことも、尊厳を奪い尽くされるような目に遭ったこともない。ああ、尊厳を云々は現在進行形だ。

 そんな彼女が、自分達をいまの仕事から解放してくれるかもしれない人間に出逢えば、無理もないことだ。

「とはいえ、いい経験になるさ。筋はいいんだ。後はコツさえ覚えれば……」

 言いかけたところで、骨伝導のイヤホンに連絡が届く。

 特殊任務作戦群の出歯亀、“パンドラ”の侵入。そして“フラワーズ”の三つ巴。考えうる限り最悪の状況だ。そして間違いなくこれから更に悪化していく。

 さゆりにも連絡が届いたようで、一瞬だけこちらに視線を向け、小さくうなずいた。

「アタシはこれからバックアップに回る」

「私は06の家へ向かうわ……」

 彼女を向かわせることが、天方からの06へのせめてもの慈悲なのか、早々に見限っただけなのかはわからない。けれども、アタシは06を生かすために仕事をするつもりだった。

 ―――

 

 16倍スコープの奥で、物々しい装備に身を包んだ男達が険しい表情を浮かべている。SCARライフル、TOWミサイル、ブローニング機関銃を乗せたストライカー。これだけの装備を持っていて、06の存在に気づいていると言うことは、彼らは06ごとパンドラを排除する気のようだ。

 アタシは一瞬息を止め、目を閉じる。カチリと、アタシの奥で何かのスイッチが入った。

 

 瞬間、世界が鮮やかになる。調整。特定の対象だけをハイライトで抽出。

 アタシが狙撃をやるのは、部隊のなかで一番長く銃をさわっていること、そして“視る”ことに関してはこの上ない得意分野だからだ。

 

 まずは03の露払いだ。窓ガラス越しにマズルフラッシュが、曳光弾の光が見える。03はよくやってるけれど、使ってるのは隠匿に優れた小型のグロック。フル武装の相手には些か力不足だ。

 やれるか? 一瞬だけよぎる自分の腕への疑念。ゼロイン調整はこのロングレンジでは完璧じゃない。なにせ、1km以上離れた、それも風の強い湾岸沿いだ。おまけに相手は窓越し。マトモな人間なら、首を横に振るだろう。クリス・カイルだって無理だろう。けれども。

「GOTCHA」

 引き金を絞る。奥深くを愛撫するように柔らかく、正確に。

 全身に、ビリビリとした刺激が走る。

 7.62×51mm弾が、音速を越えて飛ぶ。一秒と少し遅れて、弾丸がヘルメットを貫いて、頭蓋を砕き、片目がブドウの果実のようにぷちっと弾けるのが見えた。

 

 屋上に配置された狙撃手の全身が僅かに強ばった。

 異常を察したのだろう。引き金に指がかかる。呼吸をピタリと止めた。校内で戦っていた兵士は、少しずつ06を狙撃できるポイントへと誘い出していたのかもしれない。

 やるしかない。

 引き金を絞る。結果は分かりきっているから、スライドを引いて弾丸を押し込む。さゆりがいればもう少し安心できるんだけど、文句は言えない。

 もう一人が以上に気がつき、身を伏せる。

 姿は見えないが、狙撃用のライフル弾を止めてくれるほど学校のコンクリートは頑丈ではない。

 縁の影に隠れ、肩で息をする男が“視えた”。その辺りの壁を狙って、引き金を絞る。

 パッと赤い飛沫が舞う。

 次に狙うとすればTOWか装甲車のガンナーだろう。民間人のいる湾岸側に撃ち込んでくることは万に一つあるかどうかだが、向こうからこちらを攻撃できる武器は潰しておくに限る。スライドを弾いて照準を覗きかけたところで、ふたたび天方の声が届く。

「02、状況を説明しろ」

「屋上の狙撃手を片付けた。引き続き―――」

「十分だ。LZへ向かえ。回収のヘリが来る」

「着陸地点? 06がまだ中に――」

「03がそちらに向かっている。回収のヘリに優秀な射手が必要だ」

 万一03が手に追えなくなったら殺せ。そう言いたいんだろう。

 込み上げる言葉を飲み込んだ。

 どこまでも突き放したような声。アタシはそれ以上言い返さず、小さく了解の返事をして装備を片付ける。

 03が来たと言うことは、それだけ彼らは今回のターゲットに期待をかけている。少なくとも、送り込まれた米軍とパンドラを相手取ってでも。フラワーズの最大戦力を手負いのまま投入して、失うリスクを背負ってでも。

 それが仕事である以上、アタシも文句はなかった。

 

 天方は最後まで、06については何も言わない。

 

 空から、お腹の底にまで届くジェットエンジンの唸りが聞こえた。そして、煙を上げるミサイルの噴煙。ちょうど学校の上空を飛び回る戦闘ヘリにミサイルが突き刺さり、コクピットの内部が破片でズタズタになるのが見えた。遅れて、爆音が響く。

 

 アタシはそれなりに長く生きている。けれども、紛争地帯でもない日本で、この規模の戦闘が起きたことは無い。

 多分、この戦いは色んな物を変えてしまう。向こうで戦う彼女達は、目の前のことで精一杯だろうけれど、一番遠くから見ているアタシは確信を持ってそう言える。

 

 

 “パンドラ”。

 それについて分かっていることはあまりにも少ない。断言できるのは、アタシ達の持つ超能力と紙一重のものであること、一度発現すれば異形へと姿を変え、文字通りの災厄をもたらす存在。

 

 使い古された慣用句では、パンドラの箱の中には希望が残されていると言うが、それは間違いだ。

 

 パンドラの箱の最後に残されたものは、全知の力。万物を見沿わす力は祝福であると共に、災いでもある。

 

 人間は盲目であるからこそ、明日を生きられる。

 

 それが巡りめぐって希望になったそうだ。

 

 

 狙撃手としては、先が見えない方が辛いことだ。

 

 03からの通信が聞こえる。

「06のデータを回収、ターゲットの保護に向かう」

 

 03からの通信が聞こえる。

「ターゲットはパンドラ化の兆候が見られたため、黒と認定。処分しました」

 

 

 

 ああ、そんなことだろうと思ったさ。

 

 

 未来が見えていれば、06が過剰な期待を抱くことはなかったのに。

 未来が見えていれば、06が生きているかも、と希望を持つことも無かったのに。

 どうしようもない未来が見えていれば、そうなる前にあの人を殺して、そして自分の頭をぶち抜けるのに。

 

 未来が分からないから、それでもアタシ達は足掻くしかない。




イシイジロウ氏のガンアクション作品『Under The Dog』。本編はハナとアリシアがメインでしたが援護に回っているエステラ視点ならどう見えるのだろうと色々咀嚼してみました。

不明な部分の設定など色々埋め合わせてみましたが、ひとつの見方と思っていただければ幸いです。

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