今日の空は快晴、日差しで肌が焼けないか心配なくらい暑い猛暑日。
こんな日に限って艤装《ヴァンツァー》の清掃とは……とほほ。
施設内で出来ない事もないけど、今日みたいに暑い日は大抵、先客がいて使えない事が多い。
仕方ないから少し離れた敷地内の平地でする事にした。
幸い、備え付けの水道とホースがあるから水洗いは出来る。
でも、こんな事になるなら日頃からキチンとやっておくんだったわ……。
私の名前は『陽炎』
この世界が深海棲艦の驚異に対する抑止力として私達、艦娘が現界した。
だけど、私達が来た時には既に海域の9割は侵略されてたわ。
運が悪い事に海域沿いのロボット工場、もといヴァンツァー工場が占拠され、深海棲艦の独自進化と改修を経てオリジナルのヴァンツァー、『ティーフゼーヴァンツァー』が誕生。
陸地への侵攻が可能となった深海棲艦は物量に物を言わせて進撃してきたわ。
最初こそは練度と戦術で人類が優勢だったらしいけど、時間が経つにつれて人も物も疲弊していった。
そんな現状を打開する策として、私達の艤装をヴァンツァーにリンクさせると言う方法が取られた。
ヴァンツァーの操縦技術を短い時間で習得可能にしたこの作戦は無事に成功し、戦場を押し返していった。
そして現在、戦いは均衡を保ちつつ、その中のささやかな平穏を享受していた。
していたんだけどなぁ〜。
「いつも出撃してるんだから、たまの休みくらい休ませなさいよね〜。」
ヴァンツァーを屈んだ姿勢にして、ブラシとホースの水が届く様にする。
ここは元港町なので、巡回する度に潮風と埃がヴァンツァーを汚してしまう。
最近、戦闘がめっきり減って修理の必要がなくなってしまい、軽い汚れ程度なら自分達で落とせと整備班達に断られてしまった。
「こっちはいつも命を張って前線で戦ってるんだから、少しぐらいはやってくれたっていいじゃないッ!!」
イライラを清掃の原動力として、今はただヴァンツァーを、私の相棒である『ゼニス』を綺麗にしていく。
数十分後、私のゼニスはそれなりに綺麗になった。
取れなかった汚れは仕方ない、今度修理してもらう時に装甲ごと変えてもらうとしよう。
コックピットに乗り込み、メインシステムを起動する。
エンジンは低い唸り声を響かせた後、ゆっくりと通常の体勢に戻っていく。
軽く動作を確認、特に不具合もなかった。
万全の状態にしておかないと、いざって時に大変だもんね。
「よし、戻りますか。」
その時、機体から電子音が4回ほど鳴る。ヴァンツァーの無線に着信があった時の音だ。
直ぐにスイッチを入れて、回線を開く。周波数は黒潮が扱うヴァンツァーの数字だ。
多少のノイズの後、ハッキリと声が聞こえる。
『こちら黒潮、姉さん今どこにおるん〜?』
「こちら陽炎、今は基地からNE方向の平地にいるわ。どうしたの?」
『なら丁度ええわ、今から輸送ヘリでそっちに行くから一瞬待ってて〜。」
今日は特に仕事も特別な招集もなかったハズだけど……。
「話が見えないんだけど……緊急出撃?」
『せやな、詳しくは移動中に話すわ。』
休日返上の上に綺麗にしたヴァンツァーも汚す事になりそう……。
数分後、輸送ヘリが到着。
引っさげてるのは黒潮の『ガスト』と不知火の『レクソン』。
どうやら姉妹水入らずの緊急出撃らしい。
輸送ヘリに私のゼニスを格納し、離陸する。
「そんで、何があったの?」
『昔、父島ってあったやろ?そこで深海棲艦の新型ヴァンツァーが発見されたとか何とか。』
『情報があやふやなのは感心しませんよ。』
『そないな事を言われても司令はんからは、それしか聞いてないからなぁ〜。』
「その新型を見つけてこいって事?」
『状況次第で壊してもええってさ。』
『司令には臨時収入の約束も漕ぎ付けました。』
「ぬいぬいやる〜!帰ったら一杯やっちゃおうか!」
『ええやん!鳳翔亭でパーっといこうや!』
『まだ任務中です、真剣に。』
ぬいぬいは相変わらず堅いなぁ〜。
そんなところも愛おしいけどね。
ヘリに揺られること約1時間、それほど大きくない孤島が見えてきた。
ここから見る限りでは新型どころかヴァンツァーすら見かけない。
「何も居ないわね……デマかしら?」
『……いえ、捕捉しましたッ!9時の方向、数2ですッ!』
不知火のヴァンツァーから情報が共有される。
どうやら林の中に身を潜めているらしい。
レクソンは長距離狙撃をメインとするガンナー機で、いち早く敵を発見する為にズーム機能などが他のヴァンツァーよりも優れている。
『機体照合……2機とも111式 春陽、一致率84%ですッ!』
『お相手は日防軍のヴァンツァーや、手ぇ抜くとエライ目に遭うでッ!』
「いつも通りよ、最初から全力で潰すッ!」
『『了解ッ!』』
合図と共に地上へ飛びたった。