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夏、ちいかわの映画観ました。
見に行った時の教訓は『湘南新宿ラインはさいたま新都心には止まらない』。
……大宮と浦和に止まるなら止まるって思うじゃん?(アホ
それはそうと、またしてもお待たせして申し訳ない。
第二部前半の山場、どうかご照覧あれ。
「■■■……!!」
暴、と。
赤黒い輝きを灯す響の眼差し。
それで
「やめろ!! 響!!!」
「■■■■!?」
「うぉっ!?」
そこに、背に覆いかぶさるように奏が飛びついた。
疾駆の寸前で出鼻を崩される形になった響。彼女は唸りながら身を激しく振って彼女をすぐさま振り払うが、そこへ翼とクリスも駆けつけていく。
「止まれ! 止まってくれ立花!!」
「ヤメロっての!! そーいうの似合わないんだよお前には!!」
「■■■! ■■■■!?」
今だ凶悪な刃が左右に五爪と伸びているのにも構わず、二人はそれぞれの腕を抱え込む。
それを振りほどかんと響は加減など知らないとばかりに盛大に藻掻くが、先の奏よりも力を込めているらしい二人はソレをどうにか抑え込んでいた。
ギチギチと鳴り響く何某かが軋む音が、拮抗する力の大きさを暗に示していた。
(……っ、なんて力!?)
(バカのバカ力なんざ、シャレにもなんねぇっての……!!)
二人が歯を食いしばって何とか抑え込んだその時、固まっていたドクターウェルがようやく正気を取り戻す。
「ヒ、ヒィイイイアァアアアアアアアアアアアアア!?」
懐に飛び込んできたモノを抱え込みながら、転げる形で身を翻すとバタバタと手足を動かして立ち上がり、もつれた足で何度も躓きかけながら駆け出していく。
「く、来るな! 来るなぁッ!!」
置き去りにする声は必死で、それ故に虚飾のない心からの悲鳴と悪態であった。
そこには整合性も正当性も関係なく、彼の主観と感情による発露に過ぎない。
つまりは、ただ垂れ流されるだけの騒音だ。
しかし。
「このバケモノ……
それが、
「………―――」
その時、響の体が静止する。
瞬間、左右の翼とクリスはウェルの暴言にはらわたが煮えくり返りそうになりつつも安堵と期待を抱いた。
暴走の鎮静化か、でなくともこのまま抑えきれるかもしれないと。
しかし、実際は違う。響の内面……揺蕩うように朧気であった自我が、その言葉を捉えてしまっていたのだ。
◆◆◆
『ヒトゴロシ』
『たくさん殺したくせに』
『ヒトゴロシ』
『ノイズに襲われてお金もらうとか、死んでも元気になるわけね』
『ヒトゴロシ』
『マジ税金の無駄遣い』
『ヒトゴロシ』
『人殺し』
◆◆◆
「――――――
「立花?」
漏れ出る唸り、その声音に変化があった。
それを察した翼が呼びかけた直後。
「
「オ、オイ……どうしたってんだよ!?」
クリスが狼狽と混乱の声を上げる。
異変はその声だけではない。二人が抑えつけている両腕、そこに込められている力がどんどん増してきているのだ。
しかも、ただ拘束が難しくなってきているだけではない。
何かが引き攣れ、千切れていく音が連続して響いてきている。
それを耳だけではなく、腕を抱え込む体越しに骨伝導のように捉えてしまい、クリスは血の気が引いていくのを自覚する。
「オイ!! バカ、やめろよバ―――!!」
「
堪えきれずに口をついて出てきた言葉を、しかし叫びと膂力で遮られる。
……そう、膂力。
響は唸りを絶叫へと引き上げながら、両腕を少女二人ごと強引に振り上げたのだ。
ブチブチブチブチブヂブヂブヂィッッ!!!
そんな生々しい音を掻き鳴らす楽器の名は筋肉か、血管か、或いは腱か。
しかし翼もクリスも、それを気に掛ける暇すらないままに浮遊感を味合され、直後にその全身を無理矢理鈍器として扱われて大地を砕かさせられた。
「
「ガ、ァッ!!」
「グゥゥッ!?」
装甲を纏った少女二人の肢体は、細かな礫と共に夜闇色に染まった粉塵を盛大に巻き上げてた。
パラパラと小雨のように小石が降り注ぐ中を、響がゆっくりと歩き出す。
「
「た、ち、ばな……」
「ク、ソ……ま、て……」
辛うじて意識は繋いでいたか。呼び止めようとか細く声を上げるが、それが限界のようだ。
手を伸ばすことすらできないまま、粉塵の中に横たわることしかできないでいる。
ギアを纏った戦姫であってこれほどの衝撃。仮に生身であったならば、水風船のように弾け飛んでいただろう。
「
その代償とでも言うべきか、響の両腕はダラリと垂れ下がっている。
漆黒に染まったその内側は、もしかしたら挽肉のようにズタズタになっているのかもしれない。
「
しかしそれも一瞬。
ミシミシ、ベキベキ。
何かが細かく砕けるような、修復というには破壊的すぎる音色を奏でて再び漆黒の両腕に力が戻っていく。
「
対し、漏れる声音には明らかにこれまでとは違う感情が入り混じっていた。
憤怒が無くなったわけではない。
憎悪が和らいだわけではない。
未だ煮えたぎるそこに、更に悲嘆というスパイスが加えられている。
やがて、その瞳が小さくなりつつあった小汚い背中を再び捉えた。
「ヒッ、ヒィイッッ!?!?」
「
獲物を見つけた歓喜はそこにない。
にもかかわらず、彼女は背を逸らしてこれまでになく喉を震わせた。
「
月下に轟く、悲憤の咆哮。
それとともに、両腕の至る所から漆黒の刃が鋭く乱立する。
凶悪な刃の群れは夜に染まった黒い天地を引き裂かんとしているようであり、しかし血を吐くような叫びは己の
その証というべきか、眦からは瞳の輝きと同じ血色の涙がしとどに溢れ出していた。
***
『聞こえるか……マリア、ナスターシャ女史』
瞬間、マリアの胸に去来したのはまず驚愕。そして次に安堵だった。
「士郎、目を覚ましたの!?」
衛宮 士郎。
自分たちのために体を張り、結果として生死の境を彷徨うこととなってしまった男。
俄かにその回復を知ることとなり、マリアは知らず強張っていた頬を僅かに緩ませていた。
或いは、凄惨すぎる現状に対する若干の現実逃避があったのかもしれない。
だが、その僅かに緩んだ精神も次の瞬間には引き締められることになる。
『悪いが、単刀直入に言う。……立花を止める、手伝ってくれ』
「っ!!」
思わず息を詰まらせる。言葉の出ないままに視線をモニターへと戻せば、そこには狂乱と暴虐を詰め込んだかのような漆黒の
夜の天地に咆哮を轟かせるその姿と共に想起させられる先ほどまでの暴威の嵐に、思わず背筋と言わず全身が震えそうになる。
「―――ミスター、それは承諾できかねます」
「マム!?」
畏怖と戦慄に固まっていたマリアを引き戻したのは、ナスターシャの冷徹な返答だった。
驚き振り向く彼女を尻目に、老賢者は淡々と続ける。
「今回のことでネフィリムも失われた以上、計画には大きな修正が必要となります。
であるからには、これ以上の損耗は絶対に避けねばなりません」
『………ドクターウェルを見捨ててもか?』
「彼とソロモンの杖を失うとしても、全てを失ってしまうよりかは幾分マシです。それに」
言葉を一度区切り、一拍を置く。
そのせいか、次の言葉は幾分かの重みが重みが増しているように思えた。
「―――あなたが本当に助けたいのは、立花 響の方でしょう?」
言外に、仲間を助けたいのだろうという追及。
ともすれば、訣別へと繋がりかねない指摘。
しかし。
『違うぞ、ナスターシャ女史。―――オレは、
即座にそう返す士郎の言葉は、憔悴こそ感じられるものの淀みも戸惑いも皆無であった。
だが、ナスターシャが紡いだのは呆れを含んだ声だ。
「理想論ですね」
『そうさ、理想だ。だがソレが無くてどうする』
切って捨てる様に言ったつもりで、しかし即座に返されて彼女は僅かに鼻白んだ。
そこに、士郎はさらに続ける。
やはり淀みなく……そして迷いなく。
『確かに、現実は厳しくて残酷だ。目的に辿り着く道中で諦めるモノも切り捨てるモノも出てくるだろうよ』
抱いた理想をそのまま実現できれば、どんなに良い事か。
だが、そうなることは奇跡と言っていいほどに稀有だ。
まるで水の流れに櫛削られていくように、叶えようとする夢は現実の中で形を変えていく。
そうして叶えたと思った夢の形が、思い描いていたものと全く違うものになっていたなんていうのはそれこそありふれているだろう。いや、そこに至ることすらできない者たちの方がずっと多いかもしれない。
『だがな』
例え、理想を抱いたままに溺れてしまいそうになったとしても。
それでも、だとしても―――いいや、
『
例えそれが、子供だましの御伽噺じみたご都合主義の塊のようなモノであったとしても』
人は、結局そうなりたいのだ。
明日がそうであって欲しいと、多くの人が願い祈っている。
誰が笑っても、諦めても、その願い自体は決して間違いなんかであるはずがない。
だから。
『前へ歩くというなら、ソレを抱いて進め。
よりよい未来は、どれほどの妥協に摩耗させられるとしても―――いつだって、
「………」
束の間、ナスターシャは言葉を失っていた。
士郎の論理に反論すること自体は容易だ。最善に固執し続けた結果、なにも成せずに瓦解するなんて事態も世の中には往々にしてありふれている。
むしろ早い段階で先を見据えて修正を施し、コストやリスクをカットしていく方が現実的であると言える。
だから、反論なんていくらでもできる―――そのはずなのに、何も言うことができなかったのは。
(私の中の
ならばこそ、退くわけにはいかない。そんな決意で以って改めて口を開こうとして、
「具体的に、どうするつもり?」
隣からの声にそれを遮られた。
「マリアッ、なにを……!?」
驚愕と共に振り向けば、こちらに向けられるのはまっすぐな眼差しだ。そこには響に対する畏怖も、その前にあった迷いもない。
「マム、人格はさておいてもドクターの技術とソロモンの杖まで失うのは実際のところ痛手なんてものじゃないわ。
それをどうにかする可能性があるというのなら方策くらいは聞いておくべきでしょう?
特に、ドクターに関してはマムの体のためにもね」
「それは……」
マリアの指摘は正しくその通りだ。
確かにネフィリムを失ったが、だからこそこれ以上の重要なファクターの損失は避けたいというのが実情だ。
なにより、本来は重篤と言っていいだろうナスターシャがここまで動けているのはドクターウェルの手腕が大きい。
もし彼女の容体が急変した場合、応急処置程度しか対応の出来ないマリアたちでは対応しきれない。そういう意味でも、出来うる限り欠くべからざる存在であるのは間違いない。……無論、人間的な評価は別としてだが。
『……礼を言うべきか?』
「勘違いしないで士郎、私自身の意見としてはどちらかと言えばマムの側よ」
苦笑を浮かべてそうな士郎の言葉に、マリアはきっぱりと告げる。
実際問題、今の響を制するというのは尋常ではない難関だ。
「あの状態の立花 響に真っ向から立ち向かうなんてマネ、正直なところ私たちでは少し厳しいわ。
できないとまでは言わないけど、こちらの被害も相応に受ける可能性が高い。
仮にどうにかできても、疲弊したところを改めて二課の面々に仕掛けられたらそれこそ一網打尽にされかねないわ」
それともう一つ。
「アナタもそうよ士郎。目が覚めたのは良いけど、アレと対峙できるほどに回復できてるとはさすがに思えないのだけれど?」
こうして起きて会話ができているということはある程度回復はしているのだろう。
しかし、倒れた時のことを思えば自分たち以上に動けるほど快癒しているとも思えなかった。
「これ以上の消耗や損失はできうる限り避けたい……それは、あなた自身も含まれているのだから」
告げる声音に揺らぎはなかった。しかし、モニターの照り返し浮かぶ顔は、僅かに赤らんでいた。
それを察せられるはずもない士郎は、幾ばくかの沈黙を挟んでから『それなら問題ない』と返す。
どういうことかと訝し気に眉を寄せるマリアたち。
それに対して、士郎の言葉はこう続いた。
『最初から、切った張ったをするつもりはないからな』
***
「―――それじゃあ、頼んだ」
そう結んで、通信を切る。途端、士郎は通路の壁に体重を預けた。
裸となっている上半身にはうっすらと膜のような汗が浮かび、その全体を上下させる呼吸は荒く乱れたものだ。
幾度目かの呼吸を挟んでから、士郎は自嘲するかのように苦々しい笑みを浮かべた。
(まったく、我ながらやせ我慢にも程がある)
実際のところ、彼の容体は快癒とは程遠い状態だった。
パスで繋がっている聖鞘の存在もあり、常識はずれの回復こそしている。しかし、それでもまだ立つどころか意識を取り戻すことさえ本来はあり得ない。
生死の境を彷徨うほどの傷を負った事実は、決して軽くはないのだ。
―――しかし、それは衛宮 士郎にとって動かない理由にはなり得なかった。
(立花……)
奏との
かつて、士郎自身も対峙したことのあるガングニールの暴走。或いはそれよりもなお暴威と狂気に振り切った姿は、凄まじくも痛ましい。
その狂乱に振り回されるままに誰かを傷付けてしまえば―――果たして、響が負うだろう
(させる、かよ)
例え敵対していた相手だろうとその手を伸ばし、繋ぎたいと望む……そんな彼女が、望まぬ狂乱のままに誰かを傷付け、それを罪と背負う。
そんな不条理、断じて認めてたまるものか。
そのために、士郎は限界を超えて手足を動かしていた。
―――そう、自分以外の誰かの心身が脅かされ傷つくこと。
結局のところ、この男が駆動する条件は常に
そのためだけに、彼は体を剣とするのだ。
それが己が肉体をどれだけ傷付け、己が精神をどれほどひび割れさせていくのだとしても。
「っ、ふ……」
時折、呼吸を詰まらせながら通路の壁に手をついて進んでいく。
平時とは比べ物にならないほどの歩みの遅さに辟易しそうになるが、そんな余裕すらも惜しいとばかりに前へと進む。
その時、床が揺れながら僅かに傾いた。ウィングキャリアーが旋回したのだ。
「クッ―――!」
常ならば、
常人でも僅かにバランスを崩すかどうか程度のそれが、しかし今の士郎には耐え切れなかった。
支えとしていた壁から離され、そのまま通路に転がろうとして。
「なっ……」
不意に、支えられた事実に瞠目を得る。
二、三度ほど眼を瞬かせてから振り向けば、そこには二人掛かりで背中から自分の体を支える少女たちの姿が。
「ううっ……」
「重い、デース」
「月読、暁―――」
呆然と名を呼びながら姿勢を整えると、二人は尚もこちらを支える形で脇に立った。
静かに戸惑う士郎に対し、切歌が「フン!」をわかりやすく鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「勘違いするんじゃないデス! 別に、お前のためってわけじゃないデス!」
ならば何故、という疑問に調が口を開く。
「……責任が、あるの。
あんなことになったのは、私たちが勝手なことをしたせいだから」
調、そして切歌の脳裏に浮かぶのはネフィリムに右腕を喰いちぎられ、漆黒に染まって暴走する響の一部始終だった。
心の中でもう一人の自分がそれを刃のように突き立てながら囁いてくる……“お前たちのせいだ”と。
事実、ここに至るまでの今日の出来事の起点は、調と切歌の独断行動にあった。その事実から目を逸らせるほど、彼女たちは愚昧にも無責任にもなれなかった。
「あなたの怪我だって――」
「特殊部隊の襲撃も、ウェルの暴走もお前たち行動とは別の物だ。
責任から逃げないという姿勢は良いが、自分のものではないものまで背負おうとするな」
懺悔のような言葉を遮り、否定の言葉を封じる様に再び姿勢を整えた。二人にも、多少なり体重を預けるような形にだ。
「悪いけど、少しばっかりお言葉に甘えさせてもらうぞ。
入口まででいい」
「入口?」
「どこのデスか?」
首を傾げる切歌に、士郎は進む先を見据えつつも息を整えるだけの間を挟んでから答えた。
「機体後部……格納庫だ」
***
「
凶刃を林立させた両腕を突き出しながらの吶喊。
それは幾許か離れていたドクターウェルとの距離を一瞬にして縮めた。
もはや槍というよりも城壁を破る破城槌の如き一撃。
無様に逃げる背を気付かれる前に貫き、断末魔を上げるよりも前に五体と六腑を四散させてばら蒔くだろう暴威。
それを。
ドギャァアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!
と、巨大な金属塊が爆ぜたかのような大音声を轟かせて、一人の少女が受け止めきっていた。
「アッグ!? ……ヒッ、ヒィイイイッッッ!!?」
すぐ後ろからの轟音と衝撃にバランスを崩して思い切り転げるウェル。身を起こしながら振り返り、そこで漸く気付いて悲鳴を上げる。
その時だ。
「―――オイ」
背に超音波じみた叫びを浴びた少女……奏が、振り向かないまま口を開いた。
短くも紡がれたその声音はアイドルのが出したものとは思えないほどに低く、ウェルの喉を萎ませるように黙らせた。
「今のうちにとっとと逃げて、消え失せろクソメガネ」
「ヒ?」
身を案ずるような内容に反し、言葉遣いと響く声は冷淡でありながら紛れもなく怒気が込められていた。
堪える様に切迫した息遣いは、恐らく響に対してだけではない。
きょとんとして固まるウェルに、『チィッ』と舌打ちが浴びせられる。
「聞こえなかったのか? 失せろって言ってるんだよ。
テメェのクソ汚ェ命でこのコの手ぇ汚させるわけにはいかないんだよ」
だから。
そう繋いで、奏が僅かに振り向く。
顔半分だけが覗く、その眼には。
「選べよ。
とっととこの場から消え失せるか、響の前にアタシの手で挽き潰されてくたばるか……!」
侮蔑と憤怒と殺意が冷たく固められていた。
自分を文字通りに
「イ、ィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――ッッッ!!!!?!?!?」
今宵一番の悲鳴を迸らせながら、ドクターウェルは、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスは、なりふり構わず全身全霊で五体をバタバタと動かして遁走した。
振り返るはずなどなく、一心不乱に。
……ただ、抱え込んだ
「―――クソが」
そんな罵倒を向けることすら汚らしいかのように、奏は苦々しく吐き捨てた。
害虫を見るような眼、ですらない。それよりも更に大きく下回るようなモノを見据える眼差しを、なんと形容すればいいのかは難しいところである。
その時、抑えていた響からの圧が唐突に強まった。
思わず『ギッ』と呻きとも歯軋りとも取れない呼気が食いしばる口から漏れ出る。咄嗟に総身に力を込めて踏ん張ることができたが、一瞬遅れていたら押し切られていたかもしれない。
「
「ッッッ、落ち着け!! もういいんだ!!あんなヤツなんかに!!」
「
「響!!!」
鬩ぎ合いながらも、必死で呼びかける奏。
しかし、響はソレに耳を傾けるどころかその狂乱の度合いが増していくのを表すように目に見えて
………いや、それも適切な表現ではないか。
「
響の腕の随所が、不自然に蠢いたかと思えば新たな刃を内側から生やしていく。否、
「ひび――」
名を呼ばんとした彼女の言葉が、唐突に途切れる。
自身の眼前――鼻先のほんの少し先に、刃を突き出されていた。後ほんの少し、奏が響に押し負けていたならその端正な形の鼻が両断されていたかもしれない。
「、え?」
戦慄よりも、戸惑いに唖然とする奏。
その刃の出所は、響の両腕ではないからだ。彼女の両腕は、奏の槍を退けんと生えた刃同士をギシギシと擦り合わせながら掴みかかっている最中だ。
ならばどこからの刃化と言えば、それは文字通りの奏の眼前……響の頭からだ。
「
「っっ」
前髪を内側から掻き分けるような、そんな形で生え出た刃。それが、響の頭の揺れに合わせて奏の眼前で踊っていた。
絶句させられた奏の前で、その変貌は止まらない。
肩、脇腹、太腿、胸元、背中。俄かに粟立つように蠢いた少女の体の至る所から、次々に刃が顕われていく。
輪郭を秒単位で刻一刻と変えていくソレは、既に自傷……或いは自壊と呼ぶべきものであるかもしれない。
少なくとも、奏が間近で見せつけられている光景は『立花 響』という存在をその輪郭から破壊するモノにしか見えなかった。
「
「………、やめ、ろ」
くしゃりと表情を歪める奏。
しかし眼前の響にはそれが届いていないかのように、悲痛な方向と共に刃を生やし続けながら四肢の力を増し続けている。
至近で見せつけられるその有り様に、今度こそ奏は堪えることができなかった。
「もうやめろ!! やめてくれ!!」
「
―――
「響! ―――響ぃっ!!!」
血涙と共に暴走せんと滾る漆黒の少女。
涙を拭うこともできないままに全霊で以ってそれを阻む戦乙女。
二重の嘆きが、夜天にどこまでも
***
「……ありがとう。ここまでで大丈夫だ」
ウィングキャリアー内、格納庫。
他の類似する機体群同様、最後部に設計されたそこに辿り着き、扉を開けた士郎はここまで支えてくれた調と切歌にそう告げて二人から離れる。
そうして一度大きく息を吸って、
「
撃鉄を落とした。
ほつれた藁人形のような体に魔力を通し、束ねる様に総身に力を込めていく。
スカスカの隙間に充填剤を注入して支えとするような行いは、結果として活力が戻ったかのように己の足で立ち上がることを是とさせた。
「わ……」
体の随所に浮かび上がる、電子基板のような光のライン。
光源に乏しい格納庫を仄かに照らす
「―――っ、」
一方で、士郎は一瞬息を詰まらせていた。
それもむべなるかな。やっていることは動かない手足に縄を括りつけて無理矢理動かしているのと大差はない。
自前でそんな荒行を行使しているのだから、かかる負担は余人の想像を絶するだろう。
しかしそんなことを調と切歌に悟らせないまま、彼は深い呼吸を一度挟んでから二人へと目をやった。
「二人はこのまま戻って」
「残る」
「デス!!」
「……なら、どこかに捕まっていてくれ。しっかりとな」
『え?』という戸惑いを置いて、士郎は通信を繋げた。
「こちらは着いた。……
『わかったわ』
直後、格納庫内が低い唸りを響き渡らせ始める。その数拍の間を置いて、三人の目の前にあるカーゴハッチがゆっくりと開き始めた。
僅かな隙間がまず開いたかと思った次の瞬間、内と外の気圧差が大きい密閉空間が破られたことによる激しい気流が発生した。
小柄な体が吸い寄せられ、足の裏が床から浮き上がりそうな感覚。垣間見える外界が夜空であることと相まって、調は心臓が縮むような錯覚と共にブラックホールを連想した。
「きゃぁっ……!!」
「調!」
バランスを崩してよろめく調を、切歌が慌てて腕を掴んで引き寄せる。そのままそろってへたり込み、コンテナなどを固定するためのものだろう金具を掴んで何とか堪える。
耳元で風が唸り、長い髪が引っ張られるように荒ぶるのに気をやる余裕もなかった、その時。
「―――
そんな言葉が、不自然なほど鮮明に耳朶を叩いた。
「え……」
見上げれば、眼に入ったのはまっすぐ立つ男の背。
それがほんの少し前、ミイラか何かであったかのような半死半生の人間と同一であるという事実を一瞬認識できなかった。
下げられた両手には、ちぐはぐな組み合わせの武具が握られている。
左手には、黒塗りの長弓。
右手には、特異な形をした短剣。雷を描いたかのようにジグザグな刀身は、深い青と濃い紫のグラデーションで彩られている。
「……、」
その短剣が、上から下へと腕が振り下ろされる動きに合わせる様に形を変えた。
刀身の色合いはそのままに、細く長く延ばされたソレは針のよう。バーベキューの金串よりも若干太い程度のそれの先端は、先の刃の意匠を彷彿とさせるジグザグのような切れ目の入った三角形をしている。ともすれば、銛の先端のようにも見えた。
準備を終えたとでも云うのか。士郎はそのまま既に全開となっているカーゴハッチへと歩み寄っていく。
その歩みは吸い込む空気の流れに乗るようでもなく、しかし抗うのに力を込めた風にも見えない。
確かに踏みしめられ、積み重ねられる一歩一歩。ブレることのないその歩みは、紛れもなく彼の意志に因ってのものだった。
「っ、」
「しら、べ!?」
這うようにして壁際に辿り着いた調は、そのまま士郎を追って壁伝いに進みだす。切歌も戸惑いながらそれに続いていく。
遠回りながらも急いていたからか、士郎がハッチの淵に足を掛けてからワンテンポ遅れる程度のタイミングで二人は横合い斜め後ろの位置に辿り着いた。
それと同時。
「―――もうやめろ、立花」
辛うじて拾うことのできる、その言葉。
それを呟く、その表情。
「お前の両手は、引き裂くものじゃなく……繋がるためのものだろう?」
それは初めて見る……優しくも、まるで泣き顔のような柔らかな笑みだった。
「―――、」
息を呑み、瞬きを挟んだその刹那。
すでにその表情はかつて調がぶつかった時と変わらない鷹の如き鋭さの眼差しへと変貌していた。
そのまま、士郎は針のような矢を番え、引き絞る。
同時に、紫色の矢もその色のまま輝きを放ち始める。始めは淡く、しかしすぐに強く。
刃の色そのままの輝きに照らされる中、しかし調はその輝きよりもそれを番え構える士郎の方にこそ目を奪われていた。
(……すごい)
何が、と問われれば答えに詰まってしまうだろう。
冷静に考えてみれば、ひどく馬鹿な真似にしか思えないだろう。
彼が何を狙っているかはわからないが、調の眼には渦中の現場は見えない。仮に身を乗り出して覗き込んでも、距離と夜の闇が捉えることを赦さないだろう。
そんな場所に存在するものを、弓矢で射る……途方もないバカか、それともおかしいかのどちらかでしかないはずだ。
けれど、そんな理屈を超越して、調は確信してしまう。
嗚呼、あの矢は、絶対に。
(―――
そう思うのと、
「―――
その言霊を以て矢が放たれたのは、ほぼ同時だった。
刹那、光が奔る。
深い紫色の、一条の残光。
それを見ていた調たちからは、まるで流星を間近で見下ろしたかのようで―――
***
《………奏》
「―――、」
耳朶ではなく、胸の裡を直接叩くような呼びかけ。
奏はそれを聞きとるや、瞬きほどの間すら置かずに動いた。
やったことはただ、首を横に振ったっだけ。
ただそれだけで―――髪と髪の間すら縫うように紫色の流星が瞬いた。
「!!!?」
気付けば、その流星は……そう見えた細い矢は、眼前に迫っていた響の胸に突き立っていた。
苦痛はあるのか、それとも単純な驚愕か。
矢を受けた響は、先ほどまでの狂態が噓のように力なく後退り、身を仰け反らせて、
「………あ」
怒りも嘆きもない、漏れ出たような呆けた声を零した。
いつの間にか、その瞳から零れる雫は血の色から濁り一つない透明な雫へと変わっている。
直後、その身を包んでいた漆黒が装甲諸共弾けて消えた。
その身は一糸まとわぬ生まれたままの姿だ。意図しない強制的な解除であったためか、量子化された元の衣服からの置換は行われなかったようだ。
響は裸身を晒すままに、総身から力を抜いて崩れ落ちていく。
「響!」
奏が慌ててその身を支える。そのままゆっくりとその身を横たわらせ、膝枕の形で落ち付かせる。
つぶさに見つめれば、その呼吸は安らかだ。
「……、はぁ……」
思わず、安堵の息が深く漏れる。彼女は疲れを滲ませた笑みを浮かべながら、寝息を立てる後輩の目元に残る雫を指で掬うように拭った。
と、そこに慌ただしい足音が聞こえる。
「奏! 立花!」
「オイ! 大丈夫だよな!?」
「ああ、なんとかな。そっちも無事そうで何よりだ」
響の手によって盛大に地面に叩きつけられていたが、見た様子では大事はないようだった。奏がその事実に再びの安堵を得ていると、二人もまた響の様子を覗き込んでくる。
すでに安らかと言っていい寝顔を浮かべている彼女の姿に、二人も安堵に力を抜いていく。クリスなどは呆れも混じった盛大な溜息を吐き出していた。
「ッッッとに、心配かけさせやがってこのバカは……」
言いながら響の顔をお覗き込んで手を伸ばすと、額を指で弾く……ように見せかけて届かんないギリギリのところで空振りさせていた。
その様子に苦笑を浮かべつつも、翼も安堵に力を抜きつつあった。
「奏もお疲れ様……ところで、あの時まるで流れ星みたいなのが立花に吸い込まれたように見えたけど……?」
「ああ……若大将さ」
「士郎さんが……」
「まあ、ンなこったろうとは思った」
言われて、翼もクリスも疑問や驚きより納得が勝った。
彼ならば、こういうことができるだろうという信頼もあったし。
彼ならば、こんな無茶をしてしまうだろうという信用もあった。
とどのつまりは。
「ったく、ケガしてたんじゃねぇのかよ。
いろんな意味で無茶しやがって」
ああ、本当に。
「―――アンタらしいよ。このバカ大将め」
苛立ちと、呆れと、けれどほんの少しの嬉しさを滲ませながら。
奏たちは矢の飛んできた方の空を見上げた。
いくつかの星が瞬く夜空ばかりがそこにはあって、捉えることのできない想い人の姿に奏は僅かに目を細めた。
***
ゴォン、と低くも重い音の残響がにわかに尾と残る。
ほどなくしてその余韻も消えれば、残る音は大きく二種類。
一つはエンジンを駆動させて空を行く、ウィングキャリアーの航行音。
そしてもう一つは、格納庫の床に横たわる士郎の口から漏れ出ている喘鳴だ。
「……、………」
ひゅぅひゅぅと。
隙間風めいた息遣いが立ち尽くす調の耳にイヤに鋭く刺さる。
大の字と言っていい有様で転がる士郎は、露わとなっている上半身から大量の汗を流していた。
もはや指一本すら満足に動かない……そんな状態であることが、調たちの眼からも明らかだった。
と、そこへ士郎の耳のインカムが作動する。
『聞こえますか、ミスター?』
士郎が、薄く目を開ける。しかし、声は出さない。出せない、という方が正しいか。
一拍を置いて、通信がさらに続く。
『聞こえていると考えて報告しますが、融合症例の暴走は無事鎮静化したようです。
私たちはこのままこの空域から離脱します。
ドクターはドクターで独自に脱出したようですので、現状では補足は難しいと判断しました』
「………そう、か……」
文字通りに、絞り出したような返事はどこまでもか細い。
その声を拾ったのか否か、今度は館内放送に切り替わる。
格納庫内のスピーカーが、『ジ、ザ』という擦れるような前置きを挟んでから老賢者の声を明瞭に響かせる。
『調、切歌。二人もそこに居ますね』
「は、はいデ―――」
『あなた達だけではミスターを運ぶのは難しいでしょう。
マリアをそこへ寄越していますので、しばらくそこで待っていなさい』
反射的に切歌が返事を返そうとするが、あくまでも一方的な放送であるためナスターシャに届いているはずもない。
言葉尻を食う形で一方的に告げると、スピーカーはそのまま沈黙した。
………その一連の流れの間、調はじっと士郎を見下ろしていた。
「―――………」
「………調……」
隣で気遣うように呼ぶ相方の声にも反応せず、浅く唇を噛みながら倒れ伏す男を見つめている。
かろうじて声が出せたこともあり、ほんの少しだけ落ち着いたようにも見える。
しかし、それでもなお半死半生と呼んで差支えはない。
それもむべなるかな。満身創痍が少しマシになった程度の状態で、心身の全てを振り絞ったのだ。それがどれほどの消耗をもたらしたのか、調ではもはや計り知れなかった。
だからこそ。
彼女はもはやその激情を抑えられなかった。
「―――なんなの、アナタは?」
「……、」
堪えきれないといった様子で漏らされた声に、士郎は薄く瞼を開いて唇を噛む少女を見上げた。
一拍の沈黙を挟み、月読 調はいよいよ声を張り上げる。
「いったい何なの!? 私たちに付いて仲間だったアイツらと戦って! 私たちのためにご飯だとかの世話までして!
見ず知らずの子供たちのために死にかけて! そんな風になってまで、無茶をして!!
………アナタは本当に、なんなの!?」
吐き出された言葉に込められた苛立ちは、きっと士郎へと向けられたものではない。
ドクターウェルに向けられたものでも、他の誰に向けられたものでもない。
誰にも向けることのできなかった
耳朶と言わず、指一本すら動くことままならない体を叩く問いかけ。
士郎はソレを確かに受け止めた。
自分が何者か―――
だから、彼は間を置かずにはっきりと答えを返した。
「
直後、調のみならず切歌までもが愕然と目を見開いた。
そしてすぐさま、調は髪を振り乱しながら首を激しく横に振った。
「違う!! そんなはずない!! だって、アナタは、そんなになってまで……!!」
傷だらけになって、死にかけて。
そんな体を無理矢理動かして、また誰かを助けて。
消耗しつくして倒れ込むほどに、全てを擲って誰かを助け続ける。
そういう人物が、どうして偽善者などと認めなくてはならないのか。
けれど。
そんな調の
「
「―――ッッ!?」
かつての自分自身が、なによりも強く打ち据えた。
愕然として、膝から崩れるように腰を下ろす調。
切歌が言葉なくそこへ寄り添うのをよそに、ほんの少し呼吸を整えることができた士郎が続きを紡いでいく。
その眼差しは、どこか遠い。
「本当の善人というのは、
自分と、自分にとって近しく大事な人たちを優先して、その為に懸命に生きる。
そうして己の人生を全うしていく中で生じる、付録のような余裕。
それを、
見返りを求めて、それを受け取ることが偽物なのではない。
何も返ってこない、捧げるような献身だから素晴らしいのでもない。
己の中から生じたもの……それが時間だろうとお金だろうと物だろうと形のないものだろうと関係なく、ただ他者のために費やすという選択肢を取れることが賞賛すべき善性だ。
「オレのこれは違う。
己自身を
―――ああ、そもそもの話……犠牲なんて概念そのものが善や正義とは程遠い」
例えば、古における生贄。その運命を受け入れ、全うすることを己から是とした者。
例えば、災害などにおける命の取捨選択。どう足搔いても助かることのできない枠に、自らを投げ込んだ者。
その在り方は、美しくはあるのかもしれない。
その選択は、尊いものであるのかもしれない。
その行いは、讃えられるべきなのかもしれない。
―――けれど、それはきっと正しいと認めてはいけないものだ。
「そうさ、犠牲というのはいつだってつらいし苦しいし、なにより哀しい。なら、それは必然として悪性と分類されるべきものだ。
例えそれそのものが尊く眩かったとしても………そこに至ってしまったことは、決して讃えるべきなんかじゃない」
だから、故に。
「オレのように、
「それしか、出来ない?」
呆然とした鸚鵡返しに、士郎は瞑目して頷く。
「
常に、自分ではない誰かこそを優先順位の上に置く。
常に、自分自身を勘定に入れない。
………そうあるしかできない、壊れた異常者。自覚して尚、そうあり続ける者。
そんな人間が、偽善者でなくて何だという」
静かな独白は、吐き捨てるような響きを伴っていて。
その矛先が自分自身であることは、疑い様がなかった。
刃を己に向けて切りつけるような独白に、調も切歌も言葉を失っていた。
彼の言葉を、肯定することも否定することもしない。
そんなことなどできなかったし、したくはなかった。
ややあって、調はようやく口を開く。
「……アナタは、どうして、そんな―――」
偽善であると認めて。
破綻している自覚して。
その上で、どうしてそんな風に生きられるのか。
それとも、それこそが破綻しているということなのか。
畏怖すらも越えてた、純粋な疑問が呆然と零れる。
それに対し、士郎は一度深く息を吸って―――小さく、笑った。
「え?」
自嘲、ではない。
照れているようにも、恥ずかしがっているようにも見える。そんな力の抜けた笑みだった。
そんな唐突ともいえる表情の変化に、呆気に取られてしまう。
それを尻目に、当の本人は『いや、単純なことだよ』と前置いて。
「―――綺麗だと思ったものが、あるからだ」
***
士郎の意識は既に朧げになりかけていた。
落ちる間際のところをギリギリで指をかけて堪えているようなもので、ともすれば会話相手の存在さえ忘れてしまいそうになる。
けれど、だからこそ出てくる言葉は虚飾も装飾もない、ありのままの
「誰かを助ける……綺麗事なのかもしれない。
現実は、取りこぼすことの方が多いのかもしれない」
脳裏に浮かぶのは、義父の言葉。
『誰かを助けるということは、誰かを助けないということ』。
その言葉の正しさを、彼はイヤというほどに痛感させられてきた。
けれど。
「それでも―――そんな綺麗事こそ、きっと本当は誰もが望んでいることなんだ」
続いて想起されたのは、ほんの数か月前の記憶。
月下の廃神社でのぶつかり合い、そのやり取りが、胸の裡に火を灯していた。
◆◆◆
『衛宮さんが自分がやってきたことが間違いだったなんて言うなら………衛宮さんに助けられた人たちは、みんな間違って生き残ってしまったっていうんですか!?』
◆◆◆
(お前が正しいよ、立花。……ああ、そうだ)
例え、己が偽物であろうとも。
例え、その在り方が紛い物であろうとも。
―――真実、欺瞞に満ちた偽善者であろうとも。
「誰かを助けるということが、間違いなどであるはずがないんだ」
助けを求めている、その全ての人を助けることができたならば。
そうならない現実に心をすり減らしても、その願いはいつだって奥底にあり続けていた。
つまり―――結局のところ、ただそれだけなのだ。
「オレはそれをキレイだと思って憧れた。だから―――」
刹那。
二つの別れが脳裏をよぎる。
だから、これまでの不出来な道程に後悔はない。
だから、これから歩む不確かな道行に不安はない。
だからこそ、胸を張ってこう言える。
「―――衛宮 士郎が、『正義の味方』を張り続ける理由なんて……それだけで十分だ」
夢現にも近い意識、絶え絶えな呼吸、消耗しきった肉体。
それらの中で、放たれたその
………
……………
……………………
それから。
無機質な機体の駆動音だけが、静寂に爪を立てていた。
沈黙はまだ一分ほど、しかし士郎は錯覚としてその十倍近い時間感覚を得ていた。
そうしていよいよ、意識を手放さんとしたその時。
「―――、い」
「、………」
冷たい感触と、震える声。
降ってきたその二つに、意識が再び引き上げられる。
「つく、よみ?」
抑揚が失われつつある声を漏らして、焦点を結ぶ。
その瞳に映る少女は、
「ごめん、なさい」
ぽろぽろと、大粒の涙を零しながら。
身を震わせ、しゃくりあげていた。
***
「ごめ、ごめん……ごめんなさ、い」
自身の浅ましさが、今の調には許しがたく思えて仕方がなかった。
あふれる涙も、垂れ流す謝罪の言葉も。
子供のように許しを請う己自身が、この上なく恥ずかしくて腹立たしい。
それでも、その二つは止められないし抑えられなかった。
「しら、べ……ぅ、」
いつの間にか、そばにいた切歌も身を震わせて涙していた。
しかし、それを気にする余裕すら今の調にはなかった。
その胸中を吹き荒れるのは、後悔の嵐だ。
『偽善者』
過去の自分が、今の己を苛む。
それはまるで、殴られているようでも切りつけられているようでもあった。
(言っていい、言葉なんかじゃなかった……)
事実、衛宮 士郎は己が認めた通りの偽善者なのかもしれない。
故に、かつての面罵は正しくその通りだったのだろう。
けれど。
◆◆◆
『相手とツラ突き合わせる距離で、ネットに書き込む程度の認識でモノ言ってきてんじゃねぇよ』
◆◆◆
ほんの数時間前に聞いた言葉が、頭の中で蘇る。
………
それがどんなに心を捉えた言葉であったとしても、それはきっと―――
(何も知らない人間が、何も知らないままに言っていい言葉なんかじゃなかったんだ………!!)
倒れ伏す男を前に、二人の少女はへたり込んでただただ泣き崩れていた。
過ちという教訓を一つ、痛く深く身に刻みこみながら。
***
士郎の独白は、インカムの通信を通してマリアとナスターシャにも届いていた。
それを、二人はそれぞれどう受け取っていたのか。
マリアは、格納庫の扉に背を預ける形で立ち尽くしていた。
ただ黙したまま天井を仰ぎ、
「なぁう、なぁ~あ?」
その鳴き声と足首を擽る暖かい感触に、視線を落とした。
チビスケだ。
いつの間にか、こちらにやってきていたらしい。
突っ立っていたマリアを怪訝に思ったのか、キョトンとこちらを見上げている。
「……フ」
無邪気な仕草に眉を落とした力ない微笑みを浮かべながら、マリアはしゃがみ込んでその頭を撫で上げた。
頭に手を置けば、半ば頭突きのように頭を擦りつけてくる。
そんな彼に、
「………、ゴメンね」
ポツリと、謝罪を零した。
「アナタの御主人、傷づけてしまって、ごめんなさい」
何もわからないまま、ゴロゴロと喉の奥を鳴らす白猫を撫でながら、マリアは小さく唇を噛んでいた。
一方のナスターシャも、操縦室で一人黙していた。
すでに自動操縦に入ったことで、つかの間やることもないのは却って罰めいた錯覚を得ていた。
「―――………」
徐に、掌を見る。
そこは、赤く染まっていた。
先程、己の口から抑えきれず零れ出てしまったモノだ。
彼女は暫くそれを見つめ、
「………っ」
何かを言いかけたのか。
それを飲み込んだのか、それとも形に出来なかったのか。
窺い知ろうとする者すらもいない中、赤い掌を隠すように握りしめた。
***
(あー………やっちまったな)
いよいよ沈んでいく意識の中、士郎は最後にそんな猛省の念を抱いていた。
その理由はただ一つ。
(女の子、泣かせちまった)
まいった……と、溜息すら吐くこともできずにバツが悪く瞼を閉じていく。
そしてえ意識が途切れる最後の最後、その間際。
(………やっぱりいろいろむずかしいよなぁ……じいさん)
久方ぶりに義父の姿を瞼の裏に移しながら、ほんの小さな苦笑を唇の端に刻んでいた。
***
かくして、混沌と混乱を極めた一夜がようやく終わる。
しかし事態の収束にはほど遠い。
むしろこの夜……いや、一日の出来事全てが因果の糸。
絡み合うように束ねられるそれがうねりを生み出し、文字通りに世の何もかもを呑み込まんとするほどに大きくなっていくことを、今は誰一人として知る由はなかった―――。
●●●
【教えて!? ブルマ師範!! ぷち】
〇衛宮 士郎の弓の腕前
明治から昭和の魁を生きた弓聖、阿波 研造氏いわく。
『的と私が一体になるならば、矢は有と非有の不動の中心にある。射は術ではない。的中は我が心を射抜き、仏陀に到る』
………その腕前は的の前に置いた蚊取り線香の灯かりのみで真ん中に的中し、続く乙矢で先の矢の矢筈を射抜いて引き裂いたという逸話を有するほどである。
士郎の弓の技術は、それだけを見ればこれに近い域にあると言っても過言ではない。
元より彼にとっての弓矢とは、『正しい手順を通せば中るべくして中る』ものであるからだ。
これに魔術による強化を加味すれば高精度の長距離狙撃銃の如き精密さと超長射程、更に砲撃めいた火力を兼ね備えることとなり、誇張抜きに並の銃火器を凌駕する兵器の領域に到達する。
にもかかわらず、彼が弓の業を殊更に誇ることなく、他の戦闘技術同様に無才の鍛錬の末に過ぎないと言って憚らないのか。
その心情を正確に測ることは難しい。
敢えて推測するならば、彼の弓は何処までいっても技術にすぎず、真髄たる精神面の境地には果てしなく遠いものであると自覚しているからか。
―――もしくは、己の在り方では『それだけでは足らぬ』と痛感せしめる場面を幾度となく味わっているが故の実感からか。
師「実際問題、
β「ちょっと何言ってるかわからないです」
α「まあ、それ差っ引いても無茶苦茶な腕前なのは事実なんだがな……」
師「最後の部分については作者の憶測というか独自解釈にすぎないけどね」
https://twitter.com/juei_another
X(旧:Twitter)やってます。更新予告とかしてるので、よろしければフォローしてくれると嬉しいです。
というわけでシルバーウィークもブッチしての満を持して二部十四話です。
毎度遅くなって申し訳ありません。
いや、今回はホントにもうちょっと早くにお送りしたかったのですが……最後の士郎のパーソナルな部分を出力するのが思った以上に難しくて。
しかしまあ、なんだかんだで連載前から書きたかった部分でしたのでいろいろ欲張ってしまいました。
というわけで振り返り。
〇響、さらに暴走
ウェルによる『人殺し』呼びは書いてる途中でふっと沸いてしまったモノです。
こういうことするから余計に時間が掛かる……
それに合わせて響の暴走度合いも拍車をかけてしまいました。
そして奏さんもブチ切れ。
イメージ的に奏の怒り段階は『普通にキレる→獰猛な笑み→表情がフラットになる→さらに表情が冷たくなる→大噴火』みたいな感じかなと思ってます。(適当なイメージなのでもしかしたら変わるかもですが)
一部で家族の死をフィーネに揶揄されたときは大噴火、今回のウェルに関してはその手前といった感じですね。
〇士郎の射、ソレを見届ける調と切歌
このためにルルブレ一応有効っていう設定を張っておいたと言っても過言ではない。
矢にしたときの形は当然オリジナル。
元が短剣なんで、すごく長い太めの針みたいな感じになるかなと思って描写しています。
そんな矢が飛ぶのかという疑問は『そもそもどんな矢だろうと普通はまともに飛ばないし狙えないからね?』ということで流していただければ。
こまけぇことはいいんだよ(爆
〇士郎と調の会話
この辺りも連載前から考えて書きたかった場面。
といっても、先に述べた通り士郎の台詞とか何度も書き直したりして結果的に微妙に予定と違った部分もあったり。
ただ、『それこそが偽善』という台詞を調に返す部分は完全に予定通りです。
士郎本人は皮肉と思っていないのがまた皮肉かなと。
あと、ぶっちゃけこんな状態にまでなった士郎だからこそ言えた言葉でもあるかなと。
ともあれ、このお話で第二部前半部の山場は越えたかなと。
予定としては二つほどインタールードを挟んでから本編に移る予定。(もしかしたら変わるかもしれない)
このインタールードは本当に短めにする予定なので、上げるときは二つ同時にするつもりだったり。
できれば今年はプラスでもう一話本編まで行きたいんですが……信用しないでお待ちください(何
ここからは雑談。
まずはFGO。
夏イベは割と楽しめました。
まあ、怪獣バトルはやっぱりちょっと冗長でしたが。
直近のハロウィンイベの方はトリ子推しの自分としては大満足でしたね。
……黒幕(?)の
ご新規さんはこちら↓
・グレイ・リリィ(槍)
・蒼きアズライール
・ウルズ
・ビショーネ
・シエル先輩
・ジャンヌ
・水着ビショーネ
・水着キングプロテア
・水着小野小町
・水着リリス
・水着ハベトロット
・UDK-バーゲスト
・ダイダロス
Xで報告した内容はさておき。
グレイ・リリィは個人的好みで槍の方に。
その内、もう片方も交換できるだろうからいいかなと。
すり抜けで来てくれたジャンヌさん。
なんか水着ガチャ、割とすり抜け多くて他にはネモとエウロペさんの宝具重ねました。
水着鯖に関しては、大本命のリリスをお迎え出来たので嬉しい。プタと紅閻魔さんは粘ったけどダメでした。
星4交換は水着妖精騎士で唯一いなかったバゲ子。
ブルアカは、今やってるレッドウィンターイベの新規生徒、なんかそれぞれガチャ一回ずつで二人とも来てくれてなまら嬉しいのと同時にそれ以上になんか怖かったり。
イベシナリオは後日楽しむ予定。
メインシナリオは第二部のゲヘナ後半の冒頭あたり。
入ってきちゃった情報的にも割と楽しみだったりします。
それでは、今回はこの辺で。
最近大雨と台風が連続という頭おかしい状態で、被害を被ってる方も多くいるでしょうが、どうか身の安全にはご注意くださいませ。
それでは、また次回。