どんよりとした空。
出かけるには生憎の天気だが、雨が降ってこないだけマシと言えるだろう。
そんなぐずついた空の下、八本のメインストリートが集結する都市中央の広大な空間には、朝早くから多くの冒険者が集まっていた。
待ち合わせ時間にはまだ、少し早い。
「おはよ。ハチマン。」
他のファミリアの冒険者達を観察していると、後ろから声をかけられた。振り返ると、純白のロングコートを纏った少女の姿があった。
「おう。早いな。」
「毎回指摘してるけど、挨拶くらいちゃんとしてよね......。」
レンリは腰に手を当てて、やや不満そうな表情を浮かべており、その背中には自身の身長の長さを誇る"愛斧"が背負われている。
「......おはよう。」
「よろしい。んー、それにしても嫌な天気ね。」
挨拶の言葉を貰えて満足そうに微笑むと、レンリはゆっくりと空を見上げる。
「確かにな。まぁダンジョンに潜っちまうから関係はないが」
「それはそうだけど」
レンリの装備は手袋に厚手のロングコート。女子にしては身長もそれなりにあるから、よく似合っていると思う。まぁ、この上品な格好とは裏腹に、ダンジョン内では自分の身長程の斧を振り回して暴れるのだから、見た目ではわからないものである。
さて、周りを見渡すと、徐々に団員達が集まってきている。
「おはー!ヒキガヤ君......いけね!隊長って呼ばなきゃいけないんだった!」
「トベ......隊長はやめろ。」
肩にかかりそうな長髪を茶色に染めた、いかにも軽そうな男――トベ。
付き合いの長さだけ言えば、この部隊の再古参であるベイガンよりも長い。要は、腐れ縁である。初めはうっとおしかったが、何かと絡んでくる彼に、いつしかハチマンの方が音をあげた。というか、いつの間にか慣れてイライラしなくなっていた。
「ごめんごめん。って、レンリちゃんも一緒なん?久しぶりー!こりゃ今回はスムーズに進めそうだわ!」
「あはは......トベ君もお久しぶり。ハチマンから少し聞いたけど、先月は大変だったみたいね?」
大袈裟なリアクションを取るトベに、思わず苦笑いを浮かべながらも、レンリは満更でもないと言った様子である。
先月の小遠征は、レンリの言う通り確かに大変だった。ベイガンが負傷して一時的に戦線を離脱したから、前衛の人間が足りなくなったのだ。その結果、怪我人が続出したお陰で、予定よりも一日多く、安全階層である18階層に留まることを余儀なくされた。
「うんうん。あれは大変だったわー。やっぱり人手不足は辛いよねー。」
「適性がない人が無理すると命に関わるから。特に前衛はね。」
レンリはちらりとハチマンの方を見る。"今回は大丈夫だから"。そう言われると、ハチマンはバツが悪そうに頭をかく仕草を見せる。
「そういう意味では、今回は心配ないっしょ!ヒキガヤ君も指揮に専念できるだろーし!」
「まぁ......そうだな。」
何だかんだ、トベという男はよく見ている。ハチマンに無理をさせていることは、彼自身もよくわかっていた。とはいえ、わかっていてもどうしようもないため、歯がゆい思いをしているのだが。
「......時間だな。トベ、招集をかけてくれ。全員集まり次第、"遠征"を開始する。」
「ん、りょーかい!みんなー!集まって!隊長が喋るよー!」
トベは広場中に聞こえるような大声で、団員達に呼びかける。それを聞いた仲間達が、一人、また一人と、ハチマン達の前に集まってくる。
「こら!俺は喋らねえぞ!」
「ダメよ。責任者でしょ?これから指揮を取るんだから、士気を上げるセリフの一つや二つ言ってみなさい。」
ハチマンはレンリに背中を押される、というかしばかれる。見慣れた光景である。
集まった団員達を見渡しながら、ハチマンは重い口を開く。
「はぁ......今回も、特別なことなんか何もねぇ。」
皆、黙ってハチマンの話に耳を傾ける。この分隊には14歳の少女から40代の男まで、実に色々な年齢層、性別のメンバーが在籍していた。
共通しているのは、皆、何かしらの理由で"本隊"に選ばれなかった者であること。そして、ファミリア内に複数ある分隊の中で、実力的には尤も低い位置にあるということ。それを、全員が理解していたし、それでも投げ出さないハチマンへの信頼は厚かった。
彼のことを悪く言うのは、決まって彼のことをよく知らない人物か、妬みを持った人物であった。
「俺達は所謂"落ちこぼれ"だが、成長のペースはそれぞれだ。いずれは、ここにいる全員が本隊に招集されるようになって欲しい。こんなむさい男より、可愛い女の子に命令された方がいいだろ?」
笑い声があがる。その中で、そんなことはありませんぞ!などという声も聞こえたが、ハチマンは無視した。
「俺は今回も全力で指揮を取る。お前らは全力で暴れてくれればいい。生きて帰るぞ!」
空に響くのは、団員達の雄叫び。
今日もまた、勇敢な冒険者達が迷宮に挑もうとしていた。
――アシュタルテ・ファミリア 【第Ⅱ分隊】、遠征開始。
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ハチマン達の足取りは快調だった。
ファミリア内では低レベル者が多く、前衛の少ない編成も歪であるとはいえ、全員がLv.2以上の冒険者達。
当然ながら12階層までは特に苦戦することはなく、進むことが出来た。
さらに、前衛不足のパーティにおいて、一人の高レベルアタッカーの加入はとてつもなく大きい。
レンリの存在により、13階層までの到達時間は前回よりも大幅に短縮することができていた。
「"
「ですな。ここからはより一層、気を引き締めていきましょう。」
俺の独り言に、前を歩くベイガンが反応する。
ここからは"中層"エリア。先程までの上層とは様相が異なってくる。具体的には、上層より広く天井が高いだけの洞窟タイプのダンジョンとなっており、モンスターの攻撃パターンも、魔法に近い遠距離攻撃に変化する。
前方に大きな穴が空いており、ハチマンと団員達はそれを避けながら進んでいく。
中層エリアには、ダンジョンギミックとして正規ルート以外にも下の階層に行くことができる"無数"の縦穴が存在する。この穴はいくつもの階層を貫通しており、使いようによっては便利だが、使い方を誤ると即死しかねない危険なものでもある。
「ここから落ちれば手っ取り早いんだよなぁ......うーん。」
「トベ君、お願いだから馬鹿な真似はやめてね?」
穴を見つめるトベにレンリが釘を刺す。本当にやめてくれ、とハチマンは思った。
トベならそれこそ、"うぇーい!"などと叫びながら穴に飛び込みかねない。というか、一度本当に飛び込もうとしたことがあって、ハチマンはじめ仲間達をパニックに陥らせたのだ。
それなのに、またしても訳の分からないことを口走っているトベを見ながら、ハチマンは頭を抱えた。
「......来ますぞ!」
前方でベイガンが声を張り上げた。
視線をそちらに移すと、目に入ってきたのは、ベイガンの更に前方から、こちらに向かって突進してくる複数の"オーク"の姿。その大きな掌には、枯木の
「総員、戦闘準備!レンリ、ベイガン、トベは前に!他の団員を守りながら、上手く立ち回ってくれ!」
ハチマンは声を張り上げる。高レベル者四人体制とはいえ、気を抜けば"他の誰かが死ぬ"なんてことになりかねない。大人数での探索は、高レベル者数人で潜っている時とは、全く違う立ち回りが求められる。しっかりと全体を見ながら戦う必要がある。
「オッケー!暴れさせてもらうわよ!」
「うむ!任されようぞ!」
「おっしゃーあ!いくべいくべ!」
各々に、自らを奮い立たせながら、モンスターに向かって駆けていく。そして、Lv.2の団員達、その後に魔導士達が続き、陣形を整えていく。
見据えるは、巨大なオーク達。その数実に、5匹。
「魔導師さん達は援護をしつつ、"音"に備えて下さい!あ、あと、"火"の遠隔攻撃も忘れないでくだちゃい!」
少し離れた所で巫女姿の少女が叫ぶ。声が裏返っているのと噛み噛みなのはご愛嬌だろう。
歳はハチマンよりも少し下の少女。だが、魔法の才能は目を見張るものがあり、何より、おどおどした姿とは裏腹に、周りがよく見えている。だからこそ、魔法部隊のまとめ役を任せた......というか、押し付けた。
少女が自分の言おうとしたことを、的確に指示してくれたことに安堵し、ハチマンは戦況を見渡す。そして、舌打ちを打つ。
「やっぱり来たか......何でこう、中層はモンスターが湧くのがはえーんだよ......」
ブツブツと文句を言いながら、愛刀である"
「後方、バットパット!コウモリの群れだ!手の空いてる奴と魔導師は俺に続け!」
「りょ、了解です!」
「今行く!待ってて!」
返答があったのは、先程の少女とレンリの二人。そして、Lv.2の仲間が数人ほど。十分である。
「すまん!先行するぞ!」
仲間達と合流するよりも早く、ハチマンはコウモリの群れに向かって地面を蹴る。
「うらぁ!」
思い切り跳躍し、愛刀を一閃。が、すかさず、バットパットの"金切り声"が襲ってくる。
それは、殺人的な快音波。近くでまともに聴いてしまえば、平衡感覚がやられてしまう。
「......仲間を讃える我が舞を、慈愛の詩歌と共に、愉しみ給へ。天にまします我らが神よ、無明の闇を、切り裂き給へ!」
少女......ユナの祈りの舞。その短い舞が終わると同時に、ハチマン達の身体は薄い膜のようなものに包まれる。
「――――キイィィィィィィ!!!」
状態異常を無効化する、ユナの"十八番"。幾度となく、ハチマン達の力になってきた彼女だけの"魔法"。
「一気に行くわ!」
ハチマンが体制を立て直す間に、今度はレンリが前に出る。巨大な斧を片手で振るい、コウモリ共を葬っていく。その姿から、彼女の二つ名は
「ハチマンさん!い、一緒にお願いします!」
暴れているレンリを見ながら、次はどうしたものかと考えているハチマンの隣に、ユナが立つ。
「わかった。やってみっか。ただし、あいつを巻き込むなよ?」
「そ、そんなことしません!」
ハチマンの指摘に、ユナは慌てて手を動かしながら否定する。
ユナが言っているのは、二人の魔法による同時攻撃。ただ、レンリを巻き込んでは元も子もないので、一応釘は指しておく。前述した通り、この少女の冷静さや判断力は買っている。だが、その反面、魔力お化けなくせに自身の魔法の精度は今ひとつなので、油断をすると危ないのだ。
二人して深呼吸してから、詠唱に入る。
「暴発せよ......万物の根源たる水の力!」
「贖罪の炎よ......焼き尽くせ!我が名はハチマン!」
ユナの水柱......もとい複数の水鉄砲がコウモリ共を捉えた後、遅れてハチマンの炎魔法が着弾する。
レンリの猛攻で弱っていたバットパット達は、ハチマンとユナの追撃によって、一匹残らず絶命した。
「ん。」
ハチマンが後方を振り返ると、ベイガンとトベがガッツポーズを決めている。どうやら、あちらも片付いたらしい。状況を確認してから、ハチマンはユナに向かって掌を向ける。
「は、はいぃ!」
数秒間固まってから、少女はハチマンの意図に気づいたようで、パチン。という軽快な音が繰り出された。それにしてもこの少女、挙動不審である。
「今回は安定してたな。まぁ、上出来だ。」
「は、はい。今日は調子がいいみたいで......」
本当に、いつもこうなら随分楽なのにな、とハチマンは思った。この少女、ユナの魔法はどうにも安定しない。魔力だけは馬鹿みたいにあるのだが、精度がなかなか伴わない。まぁそれでも、最近は少しずつ確実性が上がってきてはいるのだが。
「コラコラ......私への労いの言葉は...?」
「あっ!お、お疲れ様ですレンリさん!」
恨めしそうな目線で、ハチマン達の方を見つめるレンリ。すかさず駆け寄っていったユナの頭を撫でながらも、ハチマンをジト目で睨むことは忘れない。
「悪い。詠唱に夢中で忘れてた。」
「......斬られたいの?」
「......スミマセンでした。」
軽口を叩いたところで、ハチマンは首元に斧を突きつけられた。この少女、いささかバイオレンスすぎるのではないだろうか。
......とにもかくにも、危なげなく戦えていることに、ハチマンは少しだけ胸を撫で下ろしたのであった。
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■登場人物ステイタス
□レンリ・オブリージュ(前衛・斧)
Lv.4
年齢:16歳
種族:ハーフエルフ
出身:帝国領
武器:斧
二つ名:
【ステイタス】
力:A899
耐久:B756
器用:E451
敏捷:B751
魔力:l0
剛撃:G
突攻:H
盾陣:H
«スキル»
【
斧を用いた二連撃で敵を切り裂く。その際、一時的に自身の力パラメーターがブースト(小)する。
【
自らの斧に火の魔力を付与した斬撃で、敵を焼き切る。その際、一時的に自身の力パラメーターがブースト(中)する。
□ユナ・キサラギ(後衛・魔)
Lv.3
年齢:14歳
出身:東方
種族:
武器:
二つ名:
【ステイタス】
力:G87
耐久:E477
器用:B782
敏捷:B751
魔力:A889
祈祷:I
退魔:G
«魔法»
【巫女舞】
味方全員を小回復する。
【護りの舞】
自身の付近のパーティメンバーに状態異常無効化(時間制限有り)を付与する。
【
水鉄砲の連射により、敵を穴だらけにする。
«スキル»
【巫女の祝福】
パーティメンバー全体に小回復+魔力アップ(中)の効果をもたらす。
【虹色の祝福】
一定条件下で発動可能。
パーティメンバー全体に中回復+ステイタス向上効果(小)+全状態異常無効化(一定時間)を付与。