A memory for one day   作:ねこps

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次回、ようやく、正ヒロイン登場......です!


3.異変

「なんだよ......これ」

「ひ、ひぃぃ......」

 

ハチマンは思わず後ずさり、ユナは口元を抑えて絶句している。

 

それほどまでに凄惨な光景が、そこには広がっていた。

 

18階層直前の広い回廊。その至る所に転がっているのは、ワーム、コウモリ、ミノタウロスといったモンスターの亡骸。

 

本来ならば、階層主が待ち構えている筈の場所には、異型達の死骸が散乱していた。尤も、階層主は先行しているロキ・ファミリアに倒されており、その姿を消しているが。

 

ハチマンが周囲を見渡すと、視界に入ってくるのは、四肢をもがれて絶命しているミノタウロス、切り刻まれたワーム、翼を引きちぎられたコウモリ。

 

モンスターと言えども、思わず目を覆いたくなるような光景。

 

「何の冗談だ......?」

「これ全部、モンスターの死骸......?と、とりあえず、調べてみましょ。」

 

後ずさるハチマン達とは対照的に、レンリの行動は早かった。すぐに一体のミノタウロスの亡骸を調べ始める。だが、レンリはすぐにハチマンの方を振り向き、首をふるふると横に動かす。

 

「魔石は抜き取られてるわ。これなら、死骸だけが残る筈ないんだけど......」

 

モンスターは通常、その体内に存在する魔石を抜き取るか、もしくは破壊すると消滅する。基本的に、身体だけが残るということはないのである。

 

「......こういう事例、ギルドで聞いたことは?」

 

"有り得ない"光景を目の当たりにして、冷や汗が背中を伝い、吐き気が襲ってくる。だが、部隊を任されている立場もあってか、ハチマンはなんとか平静を装う。

 

「昔の記録も調べてみないと何とも言えないけど、少なくとも私個人の記憶には、ないわ」

「だよな。俺もこんなの見たことも聞いたこともねぇぞ......」

 

周りの団員達はといえば、気味悪がる者、怯える者、魔石を探している者、様々な反応を見せている。

 

「......(むご)いな。いくらモンスターとはいえ、悪戯にいたぶるとは......」

 

ベイガンはぐっと拳を握りしめている。正々堂々の騎士道というものを、とても重要視している彼である。この虐殺劇に対して、大いに思うところがあるのだろう。

 

「ったく......順調に進んでこれたと思ったらこれかよ......」

 

安全階層(セーフティポイント)を目の前にしての異様な事態の発生。ハチマンは何となく、嫌な予感を覚えてしまう。

 

「ど、どうしますか?流石にこのまま見なかったことには......」

 

ユナは上目遣いでハチマンの意見を伺う。勿論ハチマンとて、このまま素通りするつもりはなかった。

 

「......とりあえず、全員で手分けして掃除でもしとくか。これじゃ、他の冒険者も通りにくくて仕方ないだろ......」

「そうね。こいつらに触るのは気が進まないけど、仕方ないか」

 

レンリは一瞬だけ顔を顰めたが、すぐに行動に移り、トベとベイガン、ユナがそれに続く。

 

「悪いが全員手伝ってくれ!」

 

ハチマンの指示により、結局はこの場にいるメンバー全員で"死骸を部屋の端に寄せる"という、言葉にするだけでも気が重くなるような作業に取り掛かるのだった。    

 

自分も手伝おう。そう思い、一歩踏み出した。その時だった。

 

 

――視界が、景色が、ゆらゆらと揺れた。

 

自分以外の全てが"止まっている"。錯覚ではなく、本当に止まっている。まるで、時間が停止してしまったかのように。

 

そして、ハチマン自身も、身体を動かすことができない。だが、すぐ側に気配を感じて、辛うじて目線だけをそちらに向ける。

 

「ふむ。成功したみたいだね。会いたかったよ、お兄さん。」

「っ!?」

 

目に入ってきたのは、 ハチマンに向かって手を振っている、少女......いや、幼女の姿。見た目に不相応な存在感と、彼女の持つ美しく輝く金髪に、思わず神々しい雰囲気すら感じてしまう。

 

ぐっと全身に力を込めるが、やはり身体は動かない。そんなハチマンを眺めながら、少女はくすくすと笑うのだった。

 

「あはは!そんなに怖がらないでよ。」

「何だお前......何をした!?」

 

口だけは動かすことができる。そう、口だけは。

 

「悪いけど、君以外の時間を止めさせてもらった。二人だけで話がしたくてね。」

 

少女はゆっくりと歩み寄ると、片膝をつくハチマンの頭を、優しく撫でる。

 

「......何が目的だ」

 

良くわからないものに触れられていることに対して、不快感が湧き上がってくるが、どうしようもない。

 

「別に何かしようってわけじゃない。まぁ、強いて言うなら"忠告"かな?」

 

鳥肌を立たせたハチマンを見ながら、少女は苦笑いを浮かべ、そして、耳元で囁いた。

 

「忠告......?」

「そう。忠告......忠告だ。」

 

少女は内緒話でもするように、ハチマンの耳元に囁き続ける。

 

「今はいつになくダンジョンが活性化しているんだ。だから......余計なことをされると困るんだよ。」

「余計なことだと?一体何を......」

 

あやすように頭を撫でながら、少女は言葉を続ける。

 

「君の力、奥の手、あれはダメだ。解放しちゃいけないよ。」

「......は?」

 

奥の手......最近はめっきり使うことがなくなっていた、彼の"切り札"。

 

「一年前、君は仲間を守ろうとして、全力を解放したね。そう、迷いなく。」

「......」

 

少女の言葉が、その時の記憶が、仲間達の悲鳴が、頭の中に、鮮明に流れ込んでくる。襲ってくるのは頭痛、そして、激しい吐き気。

 

もう、彼は言葉を返すことが出来ない。

 

 

「だが結局は、その後押し寄せてきたモンスターに蹂躙される形で、君の部隊は壊滅した。違うかい?」

「君の持つ力はダンジョンと相性が良すぎるんだ。」

「ひとたび解放すれば、間違いなくよくないことが起きる。"前回"のようなことになりたくなければ、やめておくことだね。」

 

最後は淡々とした声色で、それでいて語りかけるようにゆっくりとゆっくりと、少女は話し続けた。ハチマンの頭の中に、苦い記憶を蘇らせながら。

 

「......時間みたいだ。それじゃ、忠告はしたよ。」

 

 

 

"パチン"と少女が指を鳴らすと、ハチマンの視界に色が戻る。

 

 

 

「ぐっ......!?」

 

ハチマンは前のめりに地面に倒れ込んだ。

 

これ以上ないほどに鼓動が早くなっているのが、自分でもわかった。ひゅーひゅーと喘ぐように空気を吸い込むも、まるで生きた心地がしない。

 

「ハチマン!?」

「ヒキガヤ君!?おい!どうしたんよ!?」

 

突然倒れた彼の元に、レンリがトベが、仲間達が慌てて集まってくる。

 

「す、すまん......。少し、ふらついただけだ。」

「少しっていうレベルじゃないっしょ!?うわ!顔真っ青だわ!」

「ゆ、ユナ!早くこっちに!」

 

トベがハチマンを抱き上げ、レンリが慌てて"回復役"のユナを呼び寄せる。

 

「......すまん。」

「いいから黙ってなって。うん、色々あったから、たまには疲れちゃっても無理ないっしょ。みんな!だいじょぶだから、早いとこ片付けちゃってー!」

 

一瞬、団員達のギャラリーが出来そうになったが、駆け寄ってくる野次馬達を、トベが自らの声で静止する。

 

「はぁ、はぁ......だ、大丈夫ですか!?」

 

広い部屋の端から走ってきて、ユナは息を切らしながらも、ハチマンの容態を確認する。

 

「うぇ......少し、気持ちわりぃ......」

「......とりあえず、これを」

 

ユナは幾つかの薬瓶を取り出し見比べた後、その一つをハチマンに手渡す。彼は一言だけ"悪い"と呟いてから、その瓶を一気に飲み干した。

 

「......」

「ど、どうなの!?大丈夫なの!?」

 

レンリの呼びかけに、ハチマンは無言で、弱々しく頷いた。

 

「も、もう。びっくりさせないでよね......」

「でも、まだ顔が青いね。これは、先に安全階層に向かった方が良さげだなぁ。」

 

レンリは胸を撫で下ろし、トベは18階層へと続く道に目を向ける。

 

「......ハチマンさん、何を見ましたか?」

「......ぇ?」

 

ユナはいつになく真剣な表情で周りをぐるりと見渡した後、じっとハチマンを見つめた。

 

「何かの"気配"がやんわりと残っています。"残り香"とでも言うべきでしょうか......。それが、良いモノなのか、"良くないモノ"なのかまではわかりませんが......」

 

何かがこの部屋にいたことを、ユナは敏感に感じ取った。極端に高い魔力を持つ彼女だからこそ、それに気付くことが出来た。

 

「わからん......気付いた時には倒れてた。」

 

記憶を巡らせるも、ハチマンの頭には先程のことは浮かんでこない。代わりに唯一思い出したのは、今から約一年前のあの日のこと。

 

「う......」

「......すみません、大丈夫です。先程の薬がすぐに効いてくると思いますから、少しだけ頑張って下さい。」

 

顔を覆うようにして不快感に耐える彼を見て、ユナは追求するのを諦めた。ユナが渡したのは"安定剤"。ダンジョン内で混乱状態に陥った冒険者を対象に処方される薬である。

 

「お、お化けでも見たっていうの......?」

「まぁ、似たようなものかもしれませんね......」

 

ユナは警戒感を緩めない。東方では、よくこういった"現象"に出くわすこともあった。悪霊退治は、巫女である彼女の十八番。尤も、悪霊なのか他の何かなのか、今の彼女にさえわからなかったのだが。

 

「とりあえず、ヒキガヤ君は俺がおぶってくから。レンリちゃんはベイガンさん達と協力して、この部屋を何とかしちゃってよ。ここまで来れば危険はないだろうし、ゆっくりでいいからさ。」

 

お前におんぶされるのかよ。とハチマンは内心では思ったが、拒否することもできない。

 

いきなり倒れて、仲間に心配をかけたのだ。それくらいは甘んじて受け入れなくてはならないだろう。それに、気遣ってくれるトベに対して、感謝の気持ちは勿論ある。

 

「了解。急いで向かうから、トベ君はハチマンをよろしくね」

「おっけーい。ユナっちも一緒に来てくれる?念の為というか、悪化した時にユナっちがいないと困るからさ」

「は、はい。それは勿論!」

 

よいしょ、という掛け声をかけながら、トベがハチマンを背中に乗せて立ち上がる。そして、心配そうなベイガン達に手を上げて応えてから、この階層の出口に向かって歩みを進み始めた。

 

「二人とも、マジで悪いな......」

 

ハチマンの絞り出すような声に、トベは"ひひっ"と笑いながら答える。

 

「ん、いいってこと。いつもは俺らが迷惑かけてるからなぁ。お互い様だし、しゃーないしゃーない。」

「そ、そうですよ!私の魔法も失敗して爆発する時とか!よく助けてもらってます!」

 

"ぶふっ"とトベが吹き出した。

 

「ゆ、ユナっち......そこは胸を張るところじゃないべ......」

「トベ、珍しいな......俺も同意見だ」

 

青い顔をしながら、ハチマンもユナにダメ出しをする。

 

そうしているうちに、彼らに光が差し込んできた。

 

 

 

三人の目に入ってくるのは、クリスタルの輝き。

 

18階層――安全階層(セーフティポイント)

 

 

一応というか、何とかというか、彼らは今回も辿り着いた。

 

 

 

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■登場人物ステイタス

 

□カケル・トベ(前衛・双剣) 

Lv.4

年齢:16歳

出身:東方

種族:人間(ヒューマン)

武器:双剣

二つ名:放蕩剣士(ほうとうけんし)

 

【ステイタス】

力:C689

耐久:B775

器用:B782

敏捷:B716

魔力:I0

耐異常:G

羅刹:I 

 

«スキル»

 

双剣乱舞(ソードダンス)

窮地に陥った時に発動。自身の力と俊敏が大幅にアップ。

 

桜花爛漫(おうからんまん)

パーティ全体の俊敏大幅アップ(時間制限あり)。


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