魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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第49話『九校戦――暗雲立ち込めて』

 ―――10日間の日程で行われる九校戦の日程の中で目的の2人の試合は四日目であったが、こうして観客として訪れてみただけでも、かなり面白いものだ。

 

 中でも日本のロード・マギクスともいえる『十師族』(GREAT TEN)の長子や子女たちの実力を確認出来たのは僥倖であった。

 

 しかし、そんな観客気分とスパイのない交ぜをやっている傍ら、シルヴィア・マーキュリー・ファーストは、様々なものを探ってみたのだが……やはり『無頭竜』は終わっていた。

 

 組織としての命脈たるものを潰された上に、刹那の余計な茶々入れが、彼らの『賭け』をそもそもご破算にしてしまっていた。

 

 

 本来の九校戦の裏ではある種の『違法賭博』『闇賭博』……いわゆる公営ではないスポーツ賭博が主催されていた。

 主催者は『無頭龍』という香港系のシンジケート。

 

 遠い所からわざわざ日本のスポーツ競技を賭けの対象にして賭場をひらくなど、何とも迂遠なことに思えた。

 

 しかし、最近の大亜連は戦時・戦中の闇経済に端を発するアンダーグラウンドな経済の一掃に血道をあげていると聞く。

 つまりは、表経済を脅かすほどに目障りな存在になってきたのでお目こぼしをするワケにもいかず、最近の大亜は、色々なニュースが飛び込んできた。

 

 もっとも『表の権力者』と深くつながった闇の実力者、マフィア。―――歴史が長い幇会(ほうかい)、有名どころでは香港に根を張る『三合会』『青幇』などは逮捕に至っていまい。

 

 逮捕されているのは政敵の支援者。反主流とつながっている連中……そんなところだ。本当の闇を突けば、表側もただではすまないのは明白だからだ。

 

(自国の連中では何かあった時に、互いの組での抗争につながるから第三国どころか『敵対国』の『競走馬』を使っての賭けをしていた)

 

 筋は通っている。オッズ次第では、『馬』の関係者にあれこれ圧力をかけたりなんだり、そういった『イカサマ』『出来レース』『八百長』を疑ったりとキリが無い。

 

 そういった経緯で賭場を主催しようとしていた無頭竜……その中でも三連覇を迎えようとしている一高に関して様々な謀を目論んでいたようだが……。

 

 

(大佐も余計なことに気を回しましたね。まぁあんまり、リーナやセツナ君の邪魔されても面倒ですしね)

 

 

 ともあれ、色々とアジトを探っても出てくるのはからっぽの部屋―――ちょっとしたオフィスばかり、セツナからもらった『淫魔の愛液』―――それを基剤としたまぁいわゆる血液反応と魔力の残滓を嗅ぎ取るものを、床や壁に垂らすと―――圧倒的であった。

 

 

「ここで無頭竜と、何者かが大立ち回りをして―――そして無頭竜の構成員たちは殺された……にしても変ですね」

 

 こうしてシルヴィアが御殿場に来てから、あばら家巡りをしているのは、今日が初めてではない。

 迅速に殺された跡もあれば、こうして大立ち回りをしたところもある。

 考えるほどに、分からなくなる。ここの情報を読み取れる魔法があればいいのだが、まさか『ムーディー・ブルース』染みた探査系の魔術は無いのだ。

 

(考えられるのは、形跡が穏やかなものは『味方』と思っていたものにやられた。そして尋常ではない反応があるものは、そういった『襲撃』を分かってしまい寸でのところで抵抗が出来た)

 

 北米と南米などでも魔法を使ったギャングやマフィアを相手取ることもあり、捜査することも多かった。そんな中で廃棄されたアジトにおける立ち回り―――手下の裏切り、背約、示しあわせた上でのトップの殺害……。

 そういったことが『ある』と分かっていたので、シルヴィアは、無頭竜という組織が『身内』だと思って招いたものに殺された人間達と、『身内』の『襲撃』を悟った人間とに分かれているのだと結論付けた。

 

 

「しかし、中国などの長い歴史を誇る黒社会の伝統と歴史ある犯罪組織というのは、その歴史の深さたるや西欧のシンジケートとは格が違います。長らく鉄の結束を誇ってきた彼らは、独特の嗅覚で異分子を嗅ぎ分けて―――懐に入り込むにはなかなか難儀するのですよ」

 

 シルヴィアの発した言葉ではない。明りを消すと同時に、聞こえてきた方向に注意を向ける。

 このオフィスのような場所―――奥には関羽を模した像がある部屋の入口付近にまで接近されたことを警戒する。

 

「っと警戒されてますか、失礼―――ですが話を聞いていただきたい……いま、我々はこの御殿場付近に根を張っている『新ソ連』の連中の尻尾を踏みたいのです……幸か不幸か隣国ゆえ、大陸の連中の内情はそれなりに分かっているのですが、『イワン』のことはあまり分かっていない……協力しませんか? ミス・シルヴィア・マーキュリー」

「女性に姿も現さずに、話しかけるなんて随分とマナーを知らない男性ですね。あいにくそう言ったミスターとは、話すことも憚られましょう」

「む、そう言われると、ちょっと辛いですな……」

 

 

 言いながら、シルヴィアは魔弾の装填をしておく。同時に『踊り』の準備をしながらも―――、相手は遠慮なく姿を現した。

 

 若干、拍子抜けしながらも、現れたのが、それなりにがっしりとした体格―――肩幅が広いからだろうか、なで肩ともいえる人間。丁寧にセットされた髪型に人当たりのよさそうな笑顔。

 

 国防軍の制服を着込んだ軍人はシルヴィアと同年代ぐらいか少し上かには思っておく……。

 

 

「自分は日本国防陸軍所属の軍人、真田繁留と言います。以後お見知りおきを」

 

 

 敬礼しながら胸を張ったサナダ―――という軍人に思わずシルヴィアも敬礼してしまいそうになったが、一応この日本には『フリーのルポライター』としてやって来ているのだ。

 

 素性がばれるのはまずいなという思いで、思いとどまった。

 

 

「はぁどうも―――私を拘束しに来たのでは?」

 

「いえいえ、建造物侵入程度で軍人が出張るのはどうでしょうね? そこは警察の仕事ですよ」

 

「そうですか。では―――どういったご用事で?」

 

「先程言った通りです。ミス・シルヴィア―――私の上官が、新ソ連の間者を気にして、そして私の同僚がアナタに対して『従妹』と『従妹の彼氏』の『姉王』(アネキング)としての勝負をしたいとか言っているものでして……こうしてお迎えに来たんですけどね」

 

 

 前半はともかくとして、後半は誰なのか―――いや、待て。シルヴィアの脳裏に一人の女の姿が浮かぶ。

 

 そう……USNAにおいてセツナとリーナが落ち着いたり、軍隊での生活にひと段落着いたころ―――リーナの母方の親戚筋の一人としてある女性が来ていたことを思い出した。

 

 別に姉としての『所有権』だのを主張する気はない。リーナが慕うのが、自分であろうと『そっち』であろうと構わないが……。

 

 

「いえ―――リーナやセツナ君などUSNAにおける年少組の『お姉ちゃん』は私なんです!! ええいっ! ぽっと出のタマねえボイス(?)に、その地位は奪わせません!!」

 

「シ、シルヴィアさん!? ど、どんな葛藤があったのかは分かりませんが、クールに、クールダウンです……」

 

 

 いきなりなシルヴィアの噴火に真田も驚く。この場に件の年少組のふたりがいれば『なんか時々、脳内で処理して爆発しちゃう人なんです』と言っていたであろう。

 

 そんなことは露知らぬ真田は、自分の所属にいる達也と違って、件のふたりと、この姉貴分は近しい関係だと推測した。まぁ達也の場合、『特殊な事情』があるから仕方ないのだが……。

 

 

「で、ではご同行願えますか?」

 

「この際です。リーナやセツナ君が勝手にスターズ隊員だと勘違いされるのも癪なので、プラネット級の魔法師として釈明させてもらいましょう」

 

 

 策士だな。もはや真田も上官である風間も確信を抱いているのだが、あえて今でもリーナと刹那は『スターズとは関係ない義勇魔法師』として通そうとするとは……。

 

 だが、それがあの二人を守る『姉』としての処世術なのだろう。と気付いて―――真田はシルヴィアに優しい女性だなと気付かされた。

 

 軍人(公人)としての立場と人間(私人)としての立場……どちらに重きを置いても真田は何となくシルヴィアに好感を抱いてしまった。

 

 

「手を、もはや現場は整理しましたが電気は通っていませんから―――」

 

「……口説いてます?」

 

「違いますよ。似合っていないのは承知していますが」

 

 

 思わず少しばかり先程の『無礼』を思い出して、男としての矜持を取り返そうとしたのだが、この『月明り』と『星明り』だけが頼りの部屋で、そのようなことはあまりにもカッコつけが過ぎたようだ。

 

 おぼろげな明りしかない中でも半眼と笑みでからかうようなシルヴィアの顔に調子がくるってしまうのだった。

 

 そんな上官の様子はしっかり部下に見られて、後に大隊全員に伝えられて―――。

 

 

『特尉……君だけは僕をからかわず、恋をそれとなく応援してくれよ』

 

『まぁ二人からも『シルヴィア姉さんとは上手くいってほしい』とか言われましたから』

 

 

 などというやり取りがあるのだが、それは後日のこととなるのであった……。

 

 

 † † † †

 

 

 鋭い金属音、鈍い金属音。轟音にも似た踏込と、滑るように切り裂くような足さばきの音。

 まるで決められた演舞でも刻むかのように、2人の剣士の動きは凄烈ながらも絢爛なものにして外連味すらあるものとなりえていた。

 

 戦闘芸術にも似たその戦いは見るものを魅了して、どこまでも技の境地を見せていく。

 時に愛梨が跳躍からの反転しての落下突き―――脳天割り、兜割りとでも言うべきものを見せても、それに『双剣の重ね』で受けて立つ刹那の剣捌きは素晴らしく堅く、重く―――されど『鋭く』変わる。

 

 本来の刃渡りが短い双剣の型ならば、『防御を主体』としたものが通常だが、刹那はそこから変化を加えている。

 

 どんな戦技(クラージュ)も、その前では返し技の応酬となる。攻撃と防御が目まぐるしく変わる『決闘』(ジョスト)の最中にあって、一色愛梨は己が高まるのを感じる。

 こちらは様々な戦術と魔法を駆使しているというのに、あちらは身体強化程度しか見えていないことが、これまた面白い。

 

 

 多彩な変化をつける片方に対して、その技一つを『奥義』『必殺』にもしてしまう刹那が、眩しく見えてしまう。

 片や刹那もまた技術だけならば、一色愛梨の力は、この世界で五指に入るだろう剣士の一人ベンジャミン・カノープスにも迫るだろうかと思って舌を巻く。

 

 本来の『魔術』を上乗せしていない刹那の剣技など、本当に素人よりはマシ程度。達人と打ち合えば八合目でズンバラリンではないかと思う……。まだこの世界に来て数年程度の時点ならば、それで良かったが……。

 

 リーナと付き合うようになってからの苛烈な戦いの連続から『オヤジ』の刻印から色々引き出して『二刀流』の奥義を見出した。

 オヤジ―――『衛宮士郎』の双剣の技は防御を主体としたものだ……干将・莫耶という刃渡りがそこまでない双剣を用いての戦い。

 

 

『無銘』の英雄を模して、否―――『無銘の英雄』(じぶん)となった『己』(じぶん)の技を模倣しての戦いは、刹那の中にも刻まれている。

 

 無銘の英雄……今ならば分かる。時折夢に出てきた―――『あの人』は、そこから『先に進むため』に、刹那は双剣の技を変化させた。

 

 魔術師ならば、現状に満足するのではなく更なる『次』へと『力』を伸ばす。

 確かに魔術使いエミヤにとって打ち克つものとは自身のイメージ。外敵の存在などは二の次。

 

 イメージするのは常に最強の自分ならば、双剣の技と特性を生かした上で『先』に行くのみ。

 

 相対する無銘の英雄を飛び越えてあの―――丘へと。

 

 

「シッ!!」

 

「―――ッ!!」

 

 呼気と共に放った渾身の突き。突きこまれて衝撃で息を呑んだ一色のサーベルのお株を奪うほどに重く鋭い突き。

 

 それは、この世界に来てから刹那が体得した技術の一つだった。

 

 五指の順手で握りこみながらも刃を親指の延長と思い込んでの攻撃―――少し違うがガンドでも撃つような心地でのそれが、必殺の一つとなって刹那の血肉となっている。

 

 閃光のように鋭い突きは、リーチが短い双剣ゆえであった。瞬時に無限の加速を可能とする刃渡りの短い干将・莫耶ゆえ。

 無論、様々なセイバークラスなどが持つ『魔力放出』などのように『大剣』などの重量物を、無限のベクトル制御で小型の武器も同然に『無限の加速』で振るえるならば、こんなものは小手先の技術にすぎないのだが。

 

 

 それでもこの双剣で『それが出来る』ということは、刹那にとって『先』に行けた証明だった。

 

「面白いですね。本当に―――遠坂刹那―――いえ、『セルナ』!!」

 

「いきなり変な愛称つけられたし! なんでさ!!」

 

 

 聞くところによれば彼女の血筋から言えば『セレナ』とでも呼んだ方がいいはずだが、そもそも『刹那』という名前も『両性』であり得るものなので、まぁその辺り考えてくれたのだろうか。

 

 ともあれ、こちらの動揺にも構わず、レイピアの稲妻のような突きは絶え間ないものであり、必定、刹那も応じなければならない。

 

 回る様に円舞を刻むように、魔力の光と刃の軌跡が水飛沫のような輝線となりて虚空に刻まれる。白熱した二人の闘気と魔力の高まりは、自然と人を集めて、闘技場に入ってきたのは一高の面々と理珠を探しに来たらしき四高の面子、少ないが三高の連中もいた。

 

 そんなことは慮外の二人の決闘者は一度だけ、剣を大きく弾きあわせて、その勢いを借りて互いに距離を取る。

 お互いに必殺に入る前の戦闘思考であると気付けた面子は、次で決まると気付けた。

 

 

 しかし、ここでギャラリーは思う。一色の方は魔法競技用のプロテクターなどを纏っていたというのに、相手である刹那の方は一高のジャージの上下なのだ……。

 

 防御力にあまりにも差があるのではないかと思うが、『何人か』は刹那が、腹部と背中に『緩衝・防御』のルビーを着けているのだと気付く。

 恐らく『バーサーカー』クラスの攻撃力にも耐えられるであろう……と『リズリーリエ・アインツベルン』は考えてから、動きが起こる。

 

 エクレールにしてエトワールのステップから始まる……愛梨の攻撃は、至極単純だ。相手の胸郭に叩き込む突きの一撃を見舞う姿勢。

 

 レイピアを持っていた腕を背中の方まで引いた上で、反対の腕は盾でも構えるかのように前に出してけん制している。姿勢は若干腰を低くしたうえで前のめり―――猫科の肉食獣を思わせる。

 

 

 対する刹那は、その稲妻の如き一撃を受け止めるべく足を広く取り固定して、双剣を重ねて受け止める姿勢。完全にカウンター狙い。

 

 静寂にも似た世界で最初に動いたのは――――、一色愛梨の方からであった。加速・移動系統の魔法を使って己を高速の世界に投げ出す。

 

 系統としては完全に直進だけなので加速だけかもしれないが、勢いごと叩き付ける騎兵の突進(チャージ)のごときもの―――。レイピアが前に突きだされる。

 

 弾丸の如き勢いの一色を見ながら―――。刹那は風に花弁を撒き散らさせて最後のルーンを解放させて役割を終えさせる。

 

 高速で動く一色の勢いはそれで止まる訳ではないが、少しの淀みが出たことで、双剣の真芯、こちらの心臓を貫こうとする貫徹を防ぎ、受け止めたことで響く残響が夜のホテルを揺らした―――わけはないが、体技場が少しだけ揺れた気はした。

 

 衝撃波で巻き上げられた自動掃除機でも見えぬところに溜まっていた埃に、何人かは嫌がったが、双剣を受け止めた後の一色が動かないでいたことが怪訝。

 

 だが、その時点で勝負は着いていた。いや、もはや勝敗など着いていたのだろう。あの刹那渾身の突きを食らった時点で―――。

 

 

「大丈夫か?」

 

「ええ、少々無茶はしましたが……最後に締まらない勝利にさせて申し訳ありませんね」

 

「別に、勝鬨を上げるような勝負じゃないだろ。まぁ久々に暴れさせてもらったからな。感謝するよ」

 

 刃が歪み切った一色のレイピアごと身体を支えながら、汗を掻いた様子の一色の『コンディション』を『復調』させておく、それとない『回復術式』に敏感に気付いた一色が、こちらを見上げてくるが、おどけて人差し指を唇の前に出す―――いわゆる『ゼロスポーズ』で黙っていなさいとしたのだが……。

 

 そこに入り込むは―――魔銀の大槍。穂先が大盾か鋏か―――見様によっては『ハート』にも見える巨大な槍が一色と刹那が数秒前までいた場所に突きたった。

 

 

「どわっひゃー!!!」

 

 思わず意味不明な叫び声を上げてしまうぐらいにとんでもない奇襲であった。やった人間は―――分かっていた。分かっていたので、即座に距離を取って槍の爆心地を見て誰何する。

 

 

「ちっ! 外したか!? しかもセツナ!! なんでそんな泥棒猫を抱っこしてるのよ!! どきなさい!! そいつ殺せない!!」

 

お前(リーナ)―――!!! なんつうものを『インクルード』して投げつけてくるんだよ!? というより、せめてそこはワザとでも『あっ、ごっめーーん♪ 手が滑っちゃった♪ てへぺろ(・ω<)』とかやってくんない!? フォロー出来ないんだけど!」

 

 フォローのしようはないのにフォローをすると宣言した刹那に、これが愛か!? と誰もが驚愕する。

 

 しかし、投げつけながら槍と共に移動したリーナは収まらない様子だ。

 まぁ一色愛梨は姫抱きされたことで顔を赤くして見上げているからね。と誰もが納得してしまう。

 

 

「第一、こんなに疲労してコンディション落とした一色と後々、クラウドで当たったとしてもお前嬉しいのかよ?」

 

「嬉しくは無いけど、アナタへの愛は最優先事項よ。必要以上の他の女子への接触は私の中で処理しきれなくて、限定展開した『ブリュンヒルデ』の魂と性格が、思わぬ行動をすることありなのよ!!」

 

「つまり俺は魔剣グラムを携えて燃えるような愛に殉じる『シグルド』か―――まぁ嬉しくないわけではないな……」

 

 

 リーナのヤンデレ一歩手前の告白に対して、顔を赤くして頬を掻く刹那。

 

 マジかよ。と一高以外の面々は思い、片やこういった風な所は刹那の変人なところだと一高の連中は思う。

 そんな中でも魔術師的な価値観を知っているリズリーリエだけは、その辺りの『歪み』は、刹那も魔術師だなと思える。

 

 つまりは、『大事にされることで愛を感じる』。確かに一般常識的ものや倫理観などに照らし合わせれば、リーナの行動などアウトなはずだが……、その行動の是非に『己』のことが含まれている時にそれを是としてしまうのだろう。

 

 

(まぁ魔術師にとって身内というのは、場合によっては自分の魔術刻印を受け継ぐべき存在だからね。母胎となる女を気に掛けるのも当然かな?)

 

 

 しかし、ここまで愛が深いとお姉ちゃん、ちょっと心配。などと思っていると、リーナの告白とかでふたりだけの世界を作った刹那に一色愛梨が頬を膨らます様子。

 

 今日は、ハリセンボンみたいなアイリちゃんだね。などとリズリーリエは思いながらも、ともあれ、事態は収まった愛梨も今のリーナとケンカしたい気分ではないが、若干の文句は着ける。

 

 

「私はアナタの彼氏が、イリヤ先輩に絡まれて色々だったからそれを助けたのに―――ちょっとは、カッコいい男子とのス、スキンシップを楽しんでもいいじゃないの!? 悪役令嬢だって恋がしたいのよ!!」

 

 遂に自分のポジションを認めちゃったよ。などと誰もが思いながらも、一色愛梨は止まらない。

 

 リーナも刹那から事情を聴かされてそれなりに納得するが、それでも譲れぬところはあるのだ。

 

「その相手は、セツナじゃなくてもイチジョウ・マサキリトでもいいじゃないの? そもそも、なんでそんなに―――ああ、『あれ』か……」

「ええ、アナタの察する通り 少年フェイトの『ひろやまひろ』先生作の『悪役令嬢は悪女(ヒロイン)をぶち抜きたい!!TURBO』です!!」

 

 二人の会話に、なにそれ?と刹那が疑問符を呈していると、達也を筆頭に全員が電子端末に、その漫画の『Wiki』を見せてきた。

 

『悪役令嬢は悪女(ヒロイン)をぶち抜きたい!!TURBO』

 

 

 八極拳だけが取り柄の庶民『イシュタリン』との地球滅亡を懸けた戦いの末に、現実に帰還した伯爵令嬢『アーデルフェイト』。

 

 ゲームの世界から脱出して現実にもいるイシュタリンじみた悪女の毒牙から愛しき人を救うために粉骨砕身する令嬢―――。ということで第一部は終わったのだが……。

 

 しかし『ア-デルフェイト』を取り込んだVR型乙女ゲーム『シークレット・ジュエルマジック』は新たな生贄を欲して、ヤムチャな転生者を取り込むことになる……。

 

 前作の主人公『イシュタリン』とヒロインの一人『赤毛のメシ使い執事』との間に生まれた美少年『セルナ』を筆頭に、『リュウヤ・シバ』『幹田ヨシヒコ』『ナポレオン・レオンハルト』をメインヒロインとして。

 

 星々の世界からやってきた魔法少女『リーナスター』を主人公とする乙女ゲーが開発されて―――『シークレット・ジェエルマジック ツヴァイ』が発売された世界。というのがTURBOの設定らしい……。

 

 

「そんな世界にア-デルフェイトの類縁『アイリス・エクレア』が再び悪役令嬢として転生した結果、次から次へと行われる世界をぶち壊すバトルに次ぐバトル……。

 『私が勝てないゲームだというのなら、彼女にも勝たせなければいいのです!』……

 で、この悪役令嬢は『レイピア』で次から次へと、『リーナスター』のヒロインたちを物理的に貫いていくという漫画―――感想述べていいか?」

 

『どうぞ』

 

「バカばっか」

 

『誰もがそう思うよ』

 

 

 刹那の呆れるような感想は多くの人間が同意したが、それでもかなりのファン層はいるらしく、この作品は一度も少年フェイトの中でも『打ち切り候補』に上がっていないそうだ。

 

 まぁ世の中、どんな小説や娯楽作品が流行るか分かったものではない。

 

 かつてのスレイヤーズ、オーフェンなどロードス島戦記に比べれば色物ファンタジーと見られていたのだから……ただ、これは違うような気がするのは俺だけか?

 

 そんなアイリス・エクレアと自分を重ねて、俺をこの新たな男ヒロイン『セルナ・リン』に見立てて―――何だか前作含めてすっごい肖像権の侵害だと思うのは俺だけか?

 

 

 もしかしたらば、これも第二魔法の弊害で異界の知識が流れ込んだ結果なのでは―――などなど考えつつもwikiでは分からない漫画の方は結構、描写がすごくて面白かった。

 

 だが、何となくの予感で、この『リーナスター』と『アイリス・エクレア』のような戦いが、身近にいずれ起こるのではないかと戦々恐々する。

 

 

「ジャイアント・バベッジの開発をいそがねば……!」

 

「突拍子もないことを言うな……とはいえ、巨大ロボか……胸が躍るのも事実だ」

 

「ロケットパンチは?」

 

「標準装備だ」

 

 

 技術者同士、変な意気投合しつつも『リーナスター』と『アイリス・エクレア』を止めるべく、刹那と達也が止めに入る。

 

 しかし大人げないことを悟ったリーナが少し膨れながらも、一色愛梨に謝罪したことで場は収まる。問題の元凶となった伊里谷リズも年上として申しわけなかったとした。

 

 

「遠い『親戚』だから色々とアナタの彼氏を不愉快にさせちゃったのよ。ごめんなさいね。けれど―――これだけは覚えておいて」

 

 手を合わせて謝罪してくる伊里谷リズは、一拍置いてから言葉を放つ。

 

 

「やっぱり私はセツナの『お姉ちゃん』だから、それなりに思う所はあるのよ―――それだけ」

 

「……落ち着いた時に話せばいいんでしょう。分かりましたよ。『姉さん』……」

 

 

 そのどこかバツの悪そうな刹那の表情は、自分も大人げなかったことを思い出しての事なのだろうと気付いた達也であった。

 

 そうして色んな人間を集めた体技場のことは、諸々の片付けの解散をしたあとに、上役である会長と会頭と風紀委員長にバレて―――。

 

 

『『『なぜ私(俺)たちも呼んでくれなかった?』』』

 

 

 どうやらそんな面白いイベントに除け者にされたことを少しばかり怒っている様子だった。しかし正座の刑を一時間とは前時代的な。結構痛かったです。

 

 ……そうして本戦三日目の前哨戦はそんな風に終わりを告げた。

 

 

 夜が更けて三日目の本戦―――順当に勝ち抜いていき、危なげなく勝ち抜き―――決勝へとたどり着いたピラーズの男女。

 

 黒い大柄な胴着を着込み『樫杖』を持って、剣豪退治ならぬ『竜退治』に赴く修験者のような恰好に『仁王』『不動明王』を思わせる十文字克人。

 

 赤を基調にして黒をアクセントとした友禅染の着物という『霊衣』を着込んで、腰に『刀杖』を差した外連味たっぷりな女剣客の姿の壬生紗耶香。

 

 

 両者の相対する相手も通常ではあり得ぬ強敵―――そんな熱狂極まるピラーズ本戦の裏で―――。

 

 『優勝』を狙えると思っていた渡辺摩利の『女子バトル・ボード』の結果は三位となり、それもレース中のアクシデントでの大きな怪我をおしてのゴールであったことが、更なる暗雲を一高に齎すのであった。

 

 


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