カントー地方出身のベテラントレーナー、サクモ。次回のシンオウリーグにて40年を超えるキャリアに終止符を打つのも意識に入れていた時分に、彼の手持ちの中では新入りにあたるサイドンがある病を患った。

 老戦士たちと夢の舞台で最期を求めるサイドンの奮闘が始まる。

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 本作は今年のポケモン映画を見た作者が衝動的に作った作品です。寿命や病気、ケガといった要素を含んでいるので、作者の文章力も合わさって苦手な人はとことん合わない仕上がりになっています。

 受け付けないと感じたなら即座にブラウザバックすることを強くお勧めします。



ベテラントレーナーと豊かな仲間たち

 

 老クロバットとベテラントレーナー・サクモの付き合いはもう50年程になる。なにせ生まれた時からの長い付き合いなので、お互いがお互いを知り尽くしたこれ以上ない相棒である。

 

「それじゃクロバット、先生の所にいるサイドンの様子を見に行こうか?」

 

「クロッ!」

 

 バトルの実力はともかく、年老いたクロバットの膂力は間違いなく低下していた。10年前なら「そらをとぶ」でひとっ飛びだったろうが、今は互いに老いぼれである。目的地のマサゴタウンへの距離はそれほどでもないが、クロバットに掴まりながらの空の旅は、正直に言って体力的にキツいものがあった。もちろん、サクモとクロバットの両方に言える話である。

 

 共に旅立ち、今日に至るまで歩んできたパートナーの頼みを、老クロバットは嬉しそうに快諾する。平日の昼下がり、客も疎らなカフェのカウンターで、サクモと老クロバットは午後の都合を話し合っていた。

 

 カウンター席に座る一人と一匹は、もうこの店では馴染みらしく、モンスターボールに収まりたがらない体の大きいクロバットが来店しても、大きな反応はない。

 

 大きな四枚羽をぺタリと体に張り付かせて椅子の上を転がるクロバットの姿は、さながら紫色の毛玉のようだ。ちなみにクロバットの体毛はよく手入れされているらしく、フワフワで手触りが良い。サクモの手によるものである。

 

 シンオウ地方、コトブキシティの裏路地。今の店主がトレーナーだった頃に友誼を結んでいた縁で、サクモたちは度々このカフェを訪れていた。

 

「さ、そろそろお暇しよう」

 

「くろー」

 

 ポケモン用、特に老クロバットのために店主がブレンドしたコーヒー。それを器用に羽で掴んで飲み終えたクロバット。至福といった感じで寛いでいたが、実は椅子をまとめて2つも使って座っている。いつもの事ではあるものの、カウンター席というのもあって、サクモとしてはあまり長居するのも気が引ける思いだった。

 

 もっとも、店主はクロバットの喜んでいる様子をいたく気に入っているらしく、引き止められることもある。そんな時はサクモも恐縮ながらクロバットを好きにさせている。

 

「ほら、あまりサイドンと先生を待たせるのも悪い。そろそろ行かなくては」

 

「クロ!」

 

 老クロバットは楽しそうな顔をしている。サイドンに会えるのが嬉しいのだろう。この無邪気な性格は生来のもので、年老いた今もぶれる様子がない。年をとれば多少は落ち着くものと昔は思っていたが、まったくそんなことはなかった。まぁ、その、そこに暖かな安らぎを覚えるのも確かである。

 

 ちょっと悪い気もするが、今日は特別な日だ。少し早く向かいたい思いがあった。

 

 

 

 コトブキシティからマサゴタウンまでを歩くのは、最近の通例である。

 

 街の間を繋ぐ202番道路は、ムックルやビッパの他にもコリンクやコロボーシといった小型ポケモンたちの群生地として知られている。

 

 シンオウ地方の中では比較的温暖な気候であることも、彼らがこの場所で多くの群れを形成していることに関係しているのだろう。

 

 季節によっては他の地方で見かけるポケモンたちが大量発生という形で群れをなしていることもあり、一ヶ月に一度マサゴタウンのナナカマド研究所に通っているここ数年は飽きることがなかった。

 

「おや、ムックルの群れ……にしては少ないな。どうしたんだろう?」

 

「クロ?」

 

 目についたのは、低空を一塊になって飛んでいるムックルたちである。

 

 彼らは最低でも20羽ほどの群れで動くのが一般的で、それより少ない場合は木々や草むらに隠れ住んでいることが多い。しかし、そもそも群れの数が少ないことはほとんどありえないと言っていい。

 

 彼らは基本的には臆病で、ある程度のまとまった数でいないとパニックを起こすこともあるほど気が弱い。その習性から、ムクホークなどの強力なリーダーが強い統制をしいていない限りは、自分たちとは関係のないグループも受け入れることが多いとされている。

 

 野生で、更に群れをなすポケモンの中では非常に珍しい特徴である。

 

「むう、どうしたことだろうか。クロバット、彼らに話を聞くことは出来るかな?」

 

「クロ……、クロぉ」

 

「そうか。確かに、難しいな」

 

 ムックルたちの小群は、既に遠くである。もう点の群れにしか見えない。それでも追いつくことは出来る。そこはクロバットの高いすばやさが証明している。瞬く間に横並びどころか追い抜くことすら出来るだろう。

 

 しかし、数の少ない群れに体の大きなクロバットが突っ込んでいけば、たちまちパニックが起きて散り散りになってしまうだろう。話を聞いてもらうどころではない。

 

 仕方ない、とサクモたちはムックルの群れを見送ることにした。余計な混乱を招くものではないし、彼らも野生に暮らす生き物。生き死には彼らの自己責任だ。無闇に手を出すものではない。

 

 もっとも、マサゴタウンについたら一応ジョーイさんに耳打ちしておこうと算段は立てているのだが。

 

「メタモンを連れてきていれば、事情を聞けたかもしれないな」

 

 今は知り合いに預けている見栄っ張りなメタモンのことを考える。

 

 「へんしん」のスペシャリストとして、トレーナー界隈でも噂のトリックスターとして名高いそいつは、最近ポケモンコンテストの方にも手を出し始めたらしく、知り合いと一緒に切磋琢磨しているとか。あれならムクバードあたりに変身して話を聞くくらいは出来ただろう。

 

 この間は雑誌に特集が組まれていたのを思い出す。さて、"キメラ"の次はどんな異名を取るだろうか。今から楽しみである。

 

「さ、マサゴタウンまで後20分くらいだ。今すこし踏ん張ろう」

 

「クロッ!」

 

 

 

 マサゴタウンは、実は最近まで縁のない町だった。

 

 サクモはカントー地方の出身で、若い頃にリーグ挑戦のために各地方を回っていた。だが、シンオウ地方最大の都市であるコトブキシティからに先に足を踏み入れたことがなかったのである。なにせポケモンジムがないのだから、その理由がない。精々がミオシティぐらいで、それもミオのポケモンジムが目的だった。

 

 そんなサクモが月に一度マサゴタウンに通うようになったのは、六年前に手に入れたあるポケモンが原因だった。

 

「サイドン、元気かねぇ」

 

「クロッ!クロッ!」

 

 一週間前、ポケモンセンターのテレビ電話でも話したサイドン。彼はある病を患って、その治療と研究を目的としてマサゴタウンのポケモン研究所に預けられている。

 

 ポケモンの進化に関する研究で世界に知られる権威、ナナカマド博士が直々にチームを設立して取り組むほどの希少な難病である。サイドンが罹った症例は、命の危険は少ないとされるが、心配なことに変わりはない。

 

 トレーナーとして長いことポケモンに関わってきたサクモも、サイドンの罹った病は見たことも聞いたこともなかった。症例の報告は、世界でも三つ。サイドンはそのうちの一匹だった。

 

 今現在は特殊な持ち物を持たせることで進化するポケモンにのみ発症するとされているその病。名前を『遺伝性進化不全症候群』という。染色体異常症の一種とされ、進化不全の名の通りポケモンの進化を中途半端な形で止めてしまう奇病である。同時に、関節痛などの炎症も起こしているという。

 

「サイドンが罹患してからもう四年か」

 

「クロー……」

 

 サイドンとの出会いはハードマウンテンの麓で、草むらを探索していた時に出くわしたのが始めだった。

 

 既に他のトレーナーと戦闘に入っていて、そのトレーナーのバンギラスと相撲のように組み合っていたのが印象的だった。しかも、双方共に頭突き合いながらぶつかり合っていたので、周囲には轟音が響き渡っていたものだから、物理的に耳が痛い。バンギラスに指示を出すトレーナーはもうグロッキーでほとほと疲れ果てていた。

 

 ぶつかり合いが10分ほど続いた後、これ以上は付き合っていられないとバンギラスのトレーナーが逃げ出したのを見て、サイドンが勝鬨を上げる。バンギラスはまだバトルを続けたかったのか、トレーナーに付いていく姿は実に不満そうだった。

 

 ふと、なんだか気が合いそうな感じがして。それで、草むらからゆっくり歩き出て、サイドンに話しかけた。

 

 怪訝な表情を浮かべる彼にメタモン(当時はまだ私の手持ちとして活躍していた)を介して会話をすると、どうやらバトルとトレーニングが大好きらしく、ハードマウンテンの麓で修行にやってくるトレーナーたちと鎬を削っているのだという。

 

 話している内に仲良くなった私達は、彼をゲットして共に行くことになった。

 

「ついこの間のことだけど、なんだか懐かしいね。バトルの才能で言うなら一番だったからなぁ」

 

「クロックロ!」

 

 クロバットが朗らかに笑う。実は、クロバットとサイドンは手持ちの中でも特に仲がいい。なんというか、クロバットはサイドンのことを息子のように思っているらしく、意外なことにサイドンもまたそれを受け入れているようだった。

 

 ポケモンの親子関係については未だに多くの謎があるが、タイプどころかそもそもタマゴグループ(ポケモンのタマゴが生まれる条件であろうと予測、分類されている種類種別のこと)が違うポケモンが親子のような関係を持つことは珍しいとされ、彼らはその稀有な例の一つだった。

 

「秋のシンオウリーグ、どうやらサイドンは無理をしてでも出るつもりらしい」

 

「クロぉ」

 

 テレビ電話でのことである。ナナカマド博士の横で獰猛な笑顔を浮かべていたサイドンの後ろには、愛用のトレーニング器具が散見された。ナナカマド博士に仔細を尋ねると、どうやら止めるように言っても聞かないのだという。しょうがなしにトレーニングを最小限にさせてリハビリの体をとっているのだとか。

 

 トレーニングが終わると、熱を持った体をアイシングしてやらないと、炎症が酷くなってしまうという。本音を言うなら今すぐにでも休んで欲しいが、強情な彼のことだ。人の目を盗んでまたトレーニングを始めるだろう。抑えつけようにも、あのドサイドンにも劣らぬ怪力だ。どうにもならない。

 

 最近はトレーニングの後に水風呂に入らせているとか。ちなみに、いわ・じめんタイプのサイドンは基本的に弱点である水を恐れる習性がある。サイドンだけでなく、いわタイプのポケモン全般に言えることだ。

 

 しかし、ここで遺伝性進化不全症候群の数少ない利点が現れた。特性『ハードロック』───弱点によるダメージを軽減するその特殊性は、中途半端に進化をしたサイドン……言い方が悪くなるが、ドサイドンのなりかけ(・・・・)である彼にも発現していたのである。

 

 水に対する苦手意識をある程度克服したサイドンは、自分から水風呂に浸かるようになったという。

 

 そして、ある程度炎症を抑える(すべ)を知ったサイドンは、更にトレーニングを重ねているらしい。

 

 今回の訪問はいつものとは違って、サイドンにトレーニングを抑えるよう頼んで欲しいという治療チームからの要請も兼ねていた、という次第なのである。

 

「……そろそろマサゴタウンだ。サイドンには、ちゃんと言うべきなんだろうな」

 

「クロ」

 

 その言葉が、彼のリーグ戦の夢を閉ざすことになるだろうことは、よくよく分かっていた。

 

 

 

「こんにちは。待ってましたよ、サクモさん」

 

「先生、この間の電話ぶりですね」

 

「クロー!」

 

「クロバットくんも、こんにちは」

 

 ナナカマド博士は、相変わらずシャキッとした印象を抱かせる背筋のまっすぐとした方だ。ポケモン進化学の権威として世界を牽引する英傑は、未だに衰えを感じさせない。

 

「ところで先生。今年のサマースクールは、お手伝い出来ないかもしれません」

 

 もちろん、その理由はサイドンの件である。

 

 サイドンの発症をきっかけにナナカマド博士と付き合いを持つようになったサクモは、夏に開かれるナナカマド博士のサマースクールにボランティアスタッフとして参加している。

 

 ポケモンとの触れ合い方を教える役割を担うサクモは、多くの実績を持つ現役のポケモントレーナーという貴重な人員としてサマースクールでも活躍していたが、今年はサイドンの側に居てやりたいという思いが強かった。

 

 才気溢れる戦士が、道を閉ざすかもしれないのだ。トレーナーとして、責任を果たさなければならない。

 

 これは、ナナカマド博士も承知のことだった。この間のテレビ電話で、むしろ側に居てやって欲しいと背中を押されたのは記憶に新しい。

 

「ははは、サイドンも我々に見せようとしないだけで本当は不安でしょうから、無理をしないで側にいてあげるのがいいでしょう」

 

 微かに口惜しさを滲ませた苦笑は、どうも先生には似つかわしくないように感じられた。

 

 先生は医者ではない。ポケモンの進化という遺伝子の不思議を探求する関係で、常人よりも遥かに多くの知識を修めているが、それは決して医学の専門家に勝るものではない。研究班と治療班とを分けたのは、専門の異なる部分に手を出して、サイドンの病状を悪化させないためだった。

 

 悔しいのだろう。先生が出来た人であるのはこれまでの付き合いからよく知っていた。だからこそ、苦しむサイドンに対して何も出来ない無力を噛み締めている内心がなんとなく伝わってくる。

 

 本当に、自分の迷いを告げるべきか。先生は、純粋にサイドンのことを助けたいと考えていらっしゃる。もちろん、治療過程においてリハビリという名のトレーニングをさせているのも、本当はすぐにでも止めさせたいはずだ。

 

 私は、トレーナーとしておかしなことを随分考え込んでいた。それは、長年を直にポケモンと関わってきた人間としての直感のようなものだった。

 

 サイドンは、恐らく長くない。

 

 満足に動けるのは、今年の冬が限度になるだろうと予測していた。

 

 だから、無理を押してでもサイドンはトレーニングを再開した。最後の、最期の一花を咲かせるために。そう思えてならないのだ。あの獰猛な笑みは、そういうことなのだ、と。

 

 だから、私は先生に告げるのだ。たとえ、先生と袂を分かつことになるとしても、一人の人間としてサイドンの願いを果たさせる。

 

 名声も名誉も要らないと思ったのは、久しぶりだった。

 

「……先生。私は、サイドンに本懐を果たさせてやりたいと思ってしまう時があるのです」

 

 先生の表情が、苦々しく歪んだ。

 

「どうして、と問うべきではないのでしょうな」

 

 苦楽を共にしたポケモンとトレーナーにしか分からない感覚がある、というのを先生は知っている。実際に、ポケモンとトレーナー両者の精神共鳴による擬似的な進化例が実在するし、ルカリオなどが扱う波導の力はその代表例だ。

 

 私は、ベテラントレーナーである。精神の同調や共鳴については自覚しているレベルの経験が多くある。それは、先生も承知していた。

 

「多分、あいつは長くない。なんとなく、分かるんですよ」

 

「その道を選べば、サイドンだけでなく貴方も苦しむことになるでしょう。そもそも、サイドンが生きながらえる可能性は十分にあるんですよ!」

 

 多分、それが先生の、精一杯の抵抗だったのだろう。あくまでも、彼はサイドンの治療に拘っている。当然だろう。どうしてあの高潔な先生が、サイドンの寿命を縮めさせるようなことを認められるのか。認められるわけがない。

 

 それでも、押し通さなければならない情があった。

 

「───速くても来年には、満足に動けなくなる」

 

「っ!」

 

「病にせよ、老いにせよ、そういうのはたくさん見てきましたから分かるんです」

 

 野生のポケモンだけではない。同期のトレーナーの手持ちが病や老衰で死んでいくのを見たことも少なくないし、その中では満足に逝った者もあれば、無念に沈んだ者もある。

 

 ならば。死ぬなら、せめて。

 

「サイドンを、あのバカ者をせめて戦士として死なせてやりたい」

 

 あのシンオウリーグの舞台で。長くも短い夢の果てで。


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