なんか八坂真尋に憑依したらしいけど、ツッコミとか上手くフォーク投げるとか出来ないし、何より面倒だからそこら辺は本人に任せて俺はボケに回ることにした 作:姉川春翠
「久しぶりだな、ニャル子」
「ニャル夫……兄さん……」
再会を果たしたニャルラトホテプ星人の兄妹。ニャル子に兄がいたというのは、正直僕にとって心底どうでもいいことなのだが。
それはそれとしてどうやら今回の事件の発端はこの兄にあるらしい。状況を見ればそうとしか考えられない。
けど事件の全貌が明らかになるという本来なら重い空気が漂うはずなのに、僕にとってはただただ頭が痛かった。
何が言いたいかっていうと、どうせ無駄に宇宙規模などうでもいい理由なんだろうなって。
「真尋さん、私には兄がいたんです」
《わざとらしくこっちに振ってくるな。お前らだけで勝手にやっててくれ》
「えっ? いや真尋さんが話に入らなかったら話が進まないでしょう?」
《いやもう兄妹喧嘩するなりなんなり勝手にやっててくれ》
もうこんなことに首を突っ込むのは真っ平ごめんだ。
身内が出てきた時点で今回の責任は全部ニャル子にある。僕はまったくの無関係。つまりそういうことだ。
「いやもっと危機感持ちましょうよ。幻夢郷に何かあったら困るのは真尋さんなんですよ」
《それを言われると確かに、他人事ではない気もするな》
「でしょう?」
《でもやっぱり僕は放っておいてくれ》
「いやいやいや」
僕はもう熱りが冷めるまでじっとしていたい。していたいが、このままでは話が全く進まないのは明白だ。
《わかった。わかったよ。で、あいつは誰なんだよ?》
「だからあの人は私の兄であるニャル夫だって言ったじゃないですか」
《その兄がなんでここにいるんだよ?》
「なんででしょう?」
よし、ボケたからフォーク刺し一回追加だな。
「いやいやいや! 本当にわからないんですって! 兄さんってば家出してからそれっきりで!」
《あーなるほど。じゃあ一回は取り消す》
ニャル子がホッと胸を撫で下ろす。どうやら余程フォークで刺されるのが嫌らしい。
「どこの誰がフォークで刺されたい人間がいるんですかね。いや私邪神ですけど」
《で、話戻すけどなんでお前の兄がここにいるんだよ?》
「そうですよ。なんで兄さんがここに」
ようやく話を振られて安心したのか、兄貴が「あ、やっときた」と呟いていたが気にしないでおく。
それにしても理由がわからない。家出したやつがわざわざこんなところまで来て悪さをするには、何か大きな理由が――いや、どうしよう。なんとなく想像ができてしまった。
とりあえず話進まなくなるだろうから黙って聞いていよう。
「なぜ、か。ふん、理由はお前だよニャル子」
「なんですと?」
全く心当たりが無い様子のニャル子は首を捻った。
「そうだ。すべてはお前が招いたことだニャル子」
「どうしてです! 私が何をしたって言うんですか兄さん!」
まるで昼ドラか何かを見せられている気分だ。なんて下らないことを思いながら僕は静かに見守る。
僕の胃に対する予防線だ。極力関わらないでいようと思う。
「お前のせいで私がどれだけ惨めな思いをしたと思っている!」
兄貴が怒りを露わにする。実に嘆かわしく、そして馬鹿馬鹿しくなる台詞だ。
そしてどうやら僕の予想は的中したらしい。まだ全貌がわからないからあれだけど、どうせろくでもない理由に違いない。
「私は常にお前と比較され続けてきた! 気がつけば私の居場所はどこにも無かったのだ!」
もういやだ、耳を塞ぎたい。
そんな思いの僕を他所に、ニャル子は兄に食ってかかる。もう別のところで、僕の見えないところでやってほしい。
「そんな、私が何をしたっていうんですか兄さん!」
「その無自覚さが罪なのだニャル子!」
「そんなこと言われても私にはわかりません! あれですか、兄さんが私立高にギリギリで入ったのに、私は名門の国立高校に特待生で入ったことを根に持っているんですか!?」
そういえば、いつだったかクー子との関係は宇宙幼稚園からだとかなんとか言ってたけど、やっぱりこいつらの世界にも高校はあるんだな。
「それとも兄さんが地方の四流大に一浪した挙句、単位が足りなくて中退したのに、私は宇宙MARCHの一つに現役首席で卒業したことですか!」
あと兄貴。多分こいつ色々と自覚してる部分もあるんだと思う。てかなんだ宇宙MARCHって。
僕の横でニャル子は思い当たることを次々と羅列していく。その内容はどれも酷いもので、兄貴のことが可哀想に思えるくらいだった。
「この屈辱を晴らすために私はここまでやってきた。お前の人生をどん底に突き落とすために。だからここの神を皆殺しにしてやったのだ!」
そして事件の真相はこの兄貴の台詞の通りである。
この兄貴は出来のいい妹に嫉妬し、恨みを募らせていった。
別にそれ自体はいい。実際聞いていた限り、そういう思いを持ってしまうのも仕方ないのかもしれない。
ただこれだけは言いたい。言わなければならない。はっきりと。
「そして証明してやるのだ! 兄より優れた妹などいないのだとな!」
《いや、お前ら兄妹の喧嘩に地球を巻き込むなよ》
全くたまったもんじゃない。なんでこんなことに地球が、延いては僕まで巻き添えを喰らわなきゃいけないんだ。
《というか、なあニャル子の兄貴》
「なんだ、脆弱な地球人よりもさらに脆弱そうな透き通った地球人よ」
なんだその周りくどい言い方は。
《いやさ、ニャル子に嫌がらせなら現実でやれば良かったんじゃないのか? なんで幻夢境なんだよ》
「それは、現実で地球人に迷惑かけるわけにもいかないだろう」
《いやどっちにしろ迷惑だろ……》
突っ込まないつもりだったのに突っ込まざるを得ない状況だった。
頭が痛い。あと胃も痛い。早く帰りたい。
「実体がない真尋さんが痛みを感じるわけないでしょうに」
《うるさいよお前。あと何度も何度も言うけど、僕の心を読むな》
ニャル子に至っては危機感がなさすぎる。もうちょっとこう、地球や僕に対して危機感というものは持ち合わせていないのだろうか。
「それにだ、地球人の小僧。ひ弱な地球の大地が私の全力に耐えられないと思ったからな」
《は?》
僕が理解するよりも先に、ニャル子の兄貴は動き出した。両手の拳を握り、眼前で交差させている。まるで何かの変身ポーズみたいだ。
「見せてやろう。私のフルフォースフォームを!」
なんだっけそれ。僕知らないんだけど。
何も知らない僕を他所に、ニャル子の兄貴は気合を込める。
呼応したように地鳴りとともに、足元に振動が走る。迷宮の壁が剥がれたりと、物凄い力とプレッシャーを感じる。
けど何故だろう。僕は不思議と落ち着いていた。どうやら感覚が麻痺してしまったらしい。それもこれも全部真逆のせいだ。多分。
《おい、ニャル子、これ――》
何はともあれ、ニャル子はどう対処する気でいるのか。そう思い話しかけようとして目を向けたとき、視線の先にはいたはずのニャル子の姿がなかった。
《まさか……》
視線を兄貴の方に向けると、そいつはいた。
「どっせい」
いやに冷め切った声のトーンで言うと、一瞬にして距離を詰めていたニャル子は、兄貴の顔面に一発拳を入れた。
「ごぼぁ!?」
力一杯の拳を受けて、兄貴の体が宙に浮く。
そこへ追い討ちを掛けるように、ニャル子は幾千もの拳を素早く叩き込む。言うなれば格ゲーの空中コンボと言ったところか。
「せめて痛みを知らずに安らかに死んでください」
《いやどう考えても痛みを感じてるだろそれ。あと兄貴殺す気かよ》
もはや一方的とも言える殴打の連続。空中で制止しながら殴ったり、下段蹴りみたいなことしたりと、物理法則を無視したようなことも平然とやっている。やりたい放題だ。
そして最後にと言わんばかりに全力のアッパーを振るい、ニャル子の兄貴は天井に激突した。
「ガ……ガ……ギ……ゴ……」
容赦ない攻撃に、兄貴は虫の息だ。
《お前、血も涙もないな》
「何言ってるんですか。兄さんがやったことは許されることじゃないんですよ? 当然それ相応の罰を受けないと」
果たしてこいつらの世界に裁判というものは存在するのだろうか。と思ってしまう。
それにこの兄貴には同情せざるを得ない。元を正せば、今し方ボコボコに殴っていた妹に原因があるわけで、要はこいつが悪いも同義だ。
「さてと、それじゃあ死なない程度にボコボコにしましたし、あとは惑星保護機構に引き渡せば――」
おそらく一件落着、そう言いかけたのだろう。
けどニャル子は思わず言葉を途切らせた。というのも。
〝――憎いか?〟
などという、女性の声がどこからかともなく響いてきたからである。
〝――憎いか? ニャル夫……〟
声音はどこかニャル子に似ているような気がする。こいつの声を一際低くしたような、そんな声だ。
〝――憎いか?〟
同じ言葉を謎の声は何度も言う。
「なんですかこれ? 校内放送? ラジカセの録音再生?」
《今時少ないだろそういうの。あれじゃないか、呆気なくやられたラスボスに語りかける本物のボス的なやつ》
ニャル子のボケに合わせて、僕もボケてみる。
ただ僕は声を震わせて、額に冷や汗を滲ませていた。声の裏に潜む、ドス黒い何かを感じているからだ。
ヤバイ。そう本能が告げている。
〝――憎いか? ニャル夫〟
「に……憎い……!」
謎の声に応えて、ニャル子の兄貴が口を開く。
「憎い……私は……ニャル子が……憎い……!」
奇妙な状況に、あのニャル子でさえ言葉を失っている。
〝――そうだ。憎め……もっと憎め……〟
「憎い……忌々しい妹が……憎い……!」
怒りで我を忘れているのか、ニャル子の兄貴は気にも留めずぶつぶつと呟いている。
〝――その憎しみが、その怨嗟の声が……妾と貴様を強く結びつける……!〟
ふらふらと兄貴が立ち上がる。黒いモヤのような物が彼の身に集まっている。
「憎い! 憎い憎い憎い! 私は憎い!」
〝――そうだ、叫べ! もっと叫べ!〟
「私は!」
そして――。
「憎イィィーッ!!」
叫び声とともに、ニャル子の兄貴は漆黒の光に包まれた。
◇
凍てつく荒野の中を、クー子と真尋の体を使う真逆は走っていた。向かう先は山の上、幻夢境を統括する城だ。
走りながら、ふとクー子の眉がぴくりと動く。
「ニャル子が……危ない……」
一体全体どうやって感じたのか、クー子はニャル子の危険を察知していた。
クー子は後ろを走る真逆に話しかけようと振り向く。
「もう一人の少年、ニャル子が……少年?」
振り向いて、クー子は立ち止まる。
真逆が山の向こうを見つめて、動きを止めていた。
山の方を鋭い目で見つめる真逆。よもや真尋にこんな表情ができるのかと感心するクー子だったが、彼の異変とニャル子の危険の前には心底どうでも良かった。
「もう一人の少年、どうしたの?」
クー子は問いかける。
すると真逆は微かに口を開いた。
「この感じ……まさかニャル美か……?」
ニャル美。ありそうで聞き慣れない名前に、クー子は首を傾げる。
「クー子、急ぐぞ。真尋たちが危ない」
疑問を呈しているクー子に気にも止めず、真逆は幻夢境の大地を強く蹴り、天高く飛び上がる。その速度はおよそ人が出していいものではない。
「少年、ちょっと待って」
呼び止めようとしても、すでに真逆の姿は見えなくなっていた。
クー子は深いため息を吐く。正直、真逆に告げられた彼の真実のせいで、頭の整理が追いついていない。
「ニャル子が……危ない……」
同じように危険を知らせたのに。そう思いながら、クー子は己の移動手段を呼び出すのだった。
どうも姉川です。お待たせしてすいません。
そしてこの作品を読んでいただきありがとうございます。
この作品では、原作とは違う台詞であったり違う表現をしていたりするので、その辺も楽しんで頂けたらなって思います。
そして次回、ちょっとしたオリ展開になります。これを読んだあなたはきっとこう言ってくれるはず。「あれ?この真逆かっこよくね?」と。
そして同時に、真逆の正体がまた分からなくなるかも? あるいは確信を持ってしまう人もいるかもしれませんね。
どうぞ次回もお楽しみに。
次回は早めに上げます……。