なんか八坂真尋に憑依したらしいけど、ツッコミとか上手くフォーク投げるとか出来ないし、何より面倒だからそこら辺は本人に任せて俺はボケに回ることにした   作:姉川春翠

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第十二話 ヒーローは遅れてやってくるものだろ?

 

《なんだよ……あれ……》

 

 黒い光の中から現れたのはヒーロー然としたボディスーツだった。漆黒の闇を纏っているため、見た目の反面、禍々しさを発している。

 スーツであるためボディラインがはっきりと出ているのだが、ニャル子の兄貴は男の姿をしていたはず。であるのに、ボディラインは女性のものとなっていた。まるで性別が文字通り変わってしまったかのようだ。

 僕でもこれははっきりと分かる。目の前にいるのはニャル子の兄貴じゃない。別の誰かだと。

 

「ふむ……思っていたよりも馴染まないな……」

 

 ボディスーツの女は手のひらを握ったり開いたりと、まるで自分の状態を確かめるようにしている。

 いやに張り詰める空気。感じたことのない威圧感に僕は生唾を飲み込んだ。

 

《おいニャル子……》

 

 ニャル子の様子を見るべく視線を向けた。

 当のニャル子も直感で何かを感じているのか、すでに臨戦態勢に入っている。

 

「これは……ちょっとヤバイかもですねぇ」

 

 口元に笑みを浮かべているが、表情からはいつもの余裕が見られない。それだけ目の前に現れた女がヤバイ存在なのだと理解できる。

 

《おいニャル子、一体なにが起きたんだよ》

 

 この現象に心当たりはないのか聞いてみる。

 

「正直私にも分からないんですよねぇ。似たような事例は聞いたこともありますが、どうやら兄は何者かに体を乗っ取られてしまったようです」

《お前たちの世界じゃよくあることなんだよな?》

 

 そうだと答えてほしい。そんな思いを汲んだのか、ニャル子は笑って答えた。

 

「まあ、無いこともないですがこれはかなり珍しいパターンですよ。なにせ」

《なにせ?》

「ニャルラトホテプがニャルラトホテプに憑依しているんですから」

 

 ニャル子の声のトーンで、どれだけの事態か把握することができた。要するに、かなり珍しいケースのようだ。

 

「あなた何者です! 私の大切な兄をどうするつもりですか!」

 

 一体どの口がそれを言うのかとツッコミたくなったが、今はその軽口が頼もしく思える。

 ニャル子の問いに女は答えなかった。ただ自分の手のひらを見つめて、無言で立っている。

 

「もう一度聞きます。あなたは一体――」

 

 ニャル子がもう一度問い詰めようとした時だった。

 一瞬、女の姿が消えた。かと思えば、ニャル子の眼前に姿を現し、彼女の腹部に拳を突き入れていた。

 

「ぐぁ……ッ!?」

 

 ニャル子が膝をついて微量の血を吐き出す。

 

《ニャル子!》

 

 僕は堪らず叫んだ。

 

「ふむ……まだ力の半分でさえ使えぬか。それにしても……」

 

 謎の女は膝をついて咳き込んでいるニャル子の顔を、じっくりと眺め始めた。

 対するニャル子は負けじと顔を上げて女を睨んでいる。

 

「忌々しい。実に忌々しい顔だ」

「私はあなたのことなんてこれっぽっちも知らないんですけどね」

 

 まだ余裕があるのか、それともただの痩せ我慢か。ニャル子は笑ってそう言うと、ふらふらと立ち上がった。

 

「その減らず口も変わらぬな……妾の神経を逆撫でするその態度、実に気に入らん」

「これくらいで怒るなんて、沸点低くないですか? ちゃんとカルシウム取ってます?」

 

 ニャル子はそう吐き捨てるように言うと、どこからかともなくバールのような何かを取り出し、女に殴りかかった。

 女はそれを容易く受け止める。

 力任せに押し込もうとするニャル子だが、彼女の腕が震えるばかりで向こうは微動だにしない。力の差が表れているように思えた。

 

「ところであなた誰なのか教えてもらえますか? 私、あなたみたいな人と出会った覚えがないんですよ」

「そうだろうな。だが妾は知っている。貴様の名前も、貴様の力のほども」

「それ人違いならぬ、邪神違いじゃないですかねぇ」

 

 それにしても、今時妾なんて言うのはじめて聞いた。

 などと、恐怖心を和らげるために下らないことを考えてみる。

 さっきから異様な寒気がまとわりついて仕方がない。

 

「いいだろう。ならば冥途の土産に教えてやる。妾の名はニャル美。かつてある女どもに倒され、その無念さゆえに怨念となったニャルラトホテプ星人だ」

 

 怨念。それでさっきは怨嗟だのなんだの言っていたのか。

 つまりこの女は、ニャル子の兄貴が持つ恨みや怨嗟の声に惹かれてやってきた、ということだろうか。

 妙に納得しながらも、僕にはなぜかこの女の名前〝ニャル美〟に聞き覚えがあった。

 

 突然僕の脳裏にある光景が浮かぶ。

 月明かりのような白銀の髪をした少女。燃え盛る炎のような赤い髪をした少女。風を纏い長い金の髪を靡かせる少女。その三人とともに。ヒーロー然とした黒いボディスーツに身を包んだ誰か。

 四人が束になって、今し方目の前に姿を現した謎の女ニャル美に向かって行く、なんとも不思議な光景が。

 

 明らかに僕の記憶ではない。だとすれば、これはもしかして真逆の記憶なのか?

 

「ニャル美……ありそうな名前ですけど、生憎記憶にないですねそんな名前は」

 

 そして一瞬浮かんだ光景の中にいた銀髪の少女。身長は小さかったがその顔立ちはニャル子に瓜二つだった。

 

「だろうな。当然だ」

「何か理由を知っている様子ですねぇ」

「ああ。だがそれを貴様が知ることはない」

 

 女はそういうと、掴んでいたニャル子の得物を強く引っ張った。

 

「わわっ、ちょ!?」

 

 力負けしたニャル子は慌てて手を離す。

 するとその隙をついて女は、奪った得物を振りかざし、ニャル子に一撃を放った。

 

「ぐっ……!」

 

 咄嗟に両腕を交差してガードするも、ニャル子の体はまるで石ころのように弾き飛ばされた。

 

「ぎゃぅ……!?」

《ニャル子!?》

 

 彼女らしからぬくぐもった悲鳴が漏れ出る。

 慌ててニャル子に駆け寄ると、防いだはずの攻撃を防ぎ切れていなかったのか腕があらぬ方向に向いている。

 

《おいニャル子! しっかりしろって!》

「あ……真尋さんのデレ期来ました? 危ない橋を渡ると……結ばれるって言います……もんね」

 

 ダメージが大きいようで、ニャル子は掠れるような声を発した。

 

《馬鹿なこと言ってないで早く逃げるぞ!》

「逃げるって言ったって、多分すぐに追いつかれますよ」

《そうかもしれないけど!》

 

 僕はハッとした。

 影だ。地面に映る影がゆっくりと近づいている。誰のものかなんて考えるまでもない。あの女のものだ。

 恐る恐る顔を上げると、謎の女がこちらを見下ろしていた。

 

「真尋さんだけでも逃げてください。こいつは私がなんとかします」

《お前、こんな体でどうするっていうんだ!》

「大丈夫ですよ。私、これでも全然平気――ぐぅ……!」

 

 明らかに無理をしている。例え立ち向かう力が残っていたとしても、このままでは返り討ちにあってしまう。

 それじゃダメだ。こいつには帰ったら色々と文句を言いたいんだ。こんなところで死なせるわけにはいかない。

 どうすればいい。どうすればこの状況を切り抜けられる。

 

《真逆! 頼む、真逆! 来てくれ!》

 

 頼れるのはもう、あいつらしかいなかった。

 なによりおそらく、この女は真逆の関係者だ。なんとなく、そんな気がする。

 

《真逆! おい、真逆!》

 

 僕の叫びは、ただ虚しく響き渡る。

 女の魔の手がこちらに伸びてきた。もうダメだ。間に合わない。

 そう思った時だった。

 

「む? なんだ?」

 

 女が動きを止め、天井を見上げた。

 耳を澄ませる。音だ。何かがぶつかる音が、天井から聞こえてくる。

 音は近づくにつれて大きくなり、地面を振動させた。そして。

 

――ズドガァン!

 

 と、大きな破壊音とともに、何かが天井を貫いて地面に刺さった。

 もんもんと立ち上る砂煙。

 近くにいた女の姿は無く、代わりに煙の中から出てきたのは――僕の体を操る真逆だった。

 

「よう真尋。待たせたな」

《待たせたな――じゃねぇよ! なに人の体を勝手に使っておいて、挙句天井突き破って来てんだよ! 何考えてんだよお前は!》

「えー。間に合ったのに罵倒されるんかい」

《当たり前だ! この! この……!》

 

 これ以上はなにも言えなかった。

 

「ニャル子!」

 

 真逆に遅れて、クー子も合流した。

 ダメージを負ったニャル子を見るなり、駆け寄ってくる。

 

「クー子、すいません。ちょっと油断してしまいました」

「よくもニャル子を……!」

 

 クー子の怒りに呼応して赤い髪が逆立つ。周囲を焦がすような炎が燃え盛る。

 ていうか。

 

「熱! あっつ! ちょっとクー子! 近くでそんなメラメラしないでもらえます!?」

 

 その炎のせいでニャル子の服が若干燃えていた。

 

「あいつ絶対に殺す……」

「だから熱いって言ってんでしょうが!」

《なんだよニャル子、お前けっこー元気じゃないか》

「いや元気ってあーた、これでも結構ダメージ抱えてるんですよ? なんかパワーも吸い取られましたし」

 

 なんていうか、真逆とクー子が来た途端緊張の糸がほぐれていた。

 重かった空気が、まるで別空間にでもなったかのように軽くなっている。不思議と先ほどまで抱いていた恐怖も無くなっていた。

 

「おいクー子」

 

 ふと真逆が背中を向けながらクー子に呼びかける。

 

「悪いがこいつは俺一人でやらせてくれ」

 

 するとクー子の炎が瞬時に鎮火した。クー子はしばし真逆の背中を見つめる。

 

「分かった。ここはもう一人の少年に任せる」

「悪いな」

 

 この二人のやり取りを見てなんとなく思った。きっとクー子は、真逆の正体を知ったのだろうと。宿主である僕を差し置いて。

 

「真尋、悪いがちと無茶するかもしれん。まあ痛みは残らないだろうから安心しろ」

 

 なにか少し不安になる台詞だ。

 

《別にいいけど、倒せるのか?》

「ああ。倒せる」

 

 自信に満ちた一言。今はそれが実に頼もしかった。

 

「さて、なんか感じたことある気配だと思ったがやっぱりお前かニャル美」

「誰だ貴様は。いや、この感じ……まさか……?」

「おうそうだ。お前のよく知るマサカ様だぜ」

 

 名乗り口上とともに、漆黒の柱が真逆を包み込んだ。

 そういえばルルイエランドの時、何か黒いモノに包まれる瞬間を見た気がするが、こういう風になっていたのか。

 漆黒の柱が弾けると、中から僕が見た光景の中にいた黒いボディスーツが現れた。

 

「あれは私のフルフォースフォーム!?」

 

 ニャル子が驚いているのを見る限り、どうやらこれはニャルラトホテプの力のようだ。

 先日真逆は言っていた。人間とニャルラトホテプのハーフだと。それが嘘ではなかったらしい。

 

「タイプ・ナイアルラト……」

 

 真逆が何かを呟く。

 静かな立ち振る舞い。威厳のあるその姿は、まさに特撮でよく目にするヒーローと言ったところだろうか。真っ黒な見た目の反面、謎の女が放つような禍々しさは無い。

 

「その姿、やはりお前は!」

 

 女は真逆の纏った姿に見覚えがある様子だ。

 真逆は拳を構えると、軽快なステップを踏んではっきりと宣言した。

 

「んじゃまあ、悪いがお前を止めさせてもらうぞ」

 

 

 





 真逆のかっこいい戦闘に入れると思ったら、文字数的に増え兼ねないので諦める私なのでした。

 どうも、姉川です。この作品を読んでいただきありがとうございます。
 真逆の正体のヒントがちらりと出ましたね。果たしてこの時点で分かった人はいるのかな? 答えは言えないけど感想でこうじゃないかみたいなのがあれば言ってみてください。

 そして次回こそ、真逆のかっこいい一面が見れるはず。多分!←

 そんなわけですので、次回もどうぞお楽しみに。それではまた次回でお会いしましょう。
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