なんか八坂真尋に憑依したらしいけど、ツッコミとか上手くフォーク投げるとか出来ないし、何より面倒だからそこら辺は本人に任せて俺はボケに回ることにした 作:姉川春翠
真逆と謎の女ニャル美は静かに対峙する。
どちらもどことなくヒーロー然とした見た目のボディスーツを身に纏っていることから、側から見れば特撮の撮影でも行っているかのようだ。
だが実際は違う。本気の真剣勝負。その威圧感が周囲に伝搬している。
真尋、ニャル子、クー子の三人は二人を静かに見守っていた。
ふと、傷を負ったニャル子が口を開く。
「真尋さん。なんでこんなガチバトル漫画的な展開になってるんですかね?」
《そんなこと僕に聞くなよ》
「街のセットとか出した方がいい?」
《一体なんの撮影をするつもりだよ》
「光の巨人?」
置かれている状況にも関わらず、三人はやけに緊張感がない。
まるで二人と三人の間に、空気の境界線があると言えばいいのだろうか。
円を描くようにじりじりと歩を進めながら、真逆とニャル美は睨み合う。
最初に動いたのは女の方だった。
足に力を入れると、衝撃で地面が砕ける。まさに一瞬とも言うべき速さで真逆との距離を間近にすると、拳を握り、顔面に向けてありったけの力を放った。その放たれた速度と力は、人間が反応するのは不可能なレベルだ。
だが真逆は、繰り出されたパンチを容易く受け止めた。
「どうした? 前にやり合った時よりも随分遅いじゃないか」
真逆は仮面の下で笑みを浮かべる。
「黙れ! 誰のせいだと思っている!」
女は怒りのままに二撃目を放つ。
これも真逆は簡単に受け止めた。
女が繰り出した拳はどちらも凄まじい力が込められていた。真逆が受け止めた際には、強い衝撃波となって周囲に広がっている。
空気の振動を感じ、真尋は微かに息を飲んだ。
「うん、まあ俺のせいだよな」
嘲ると真逆は女の腕を掴み、背負い投げで地面に叩きつけた。
「がっ……!?」
女の体が地面に触れた瞬間、地面にクレーターのような大きな窪みができる。
ゴフっと、女の口からえづく声が漏れる。
「まだ万全の力じゃないなお前。馴染んでないんだろう? 分かる分かる」
「黙れぇー!!」
女は起き上がる際、腕に力を込めて地面を叩く。その反動を利用して、真逆に飛び蹴りを繰り出した。
真逆はそれを躱すことなく受け、石ころのように背後の壁まで飛ばされた。壁が瓦解し、砂埃が発生する。
「妾はお前のために力を尽くそうとした! それをお前は、あの下賤なモノどもと手を組み、妾を滅ぼした! なぜだ!」
煙の中から真逆が姿を現す。あれだけの衝撃を受けて傷ひとつ付いていない。
「んなもん、お前が自分の勝手で他人様に迷惑かけようとしたからだろ。俺以外のやつを全員殺そうとしてさ」
「それはお前のためだ! お前は他者のために身を捧げた。だというのにその捧げられた他者と来たら、お前を蔑み、罵り、挙句お前の優しさにつけ込んで多くのことに利用してきた!」
女が大きく跳躍する。まるで打ち上げられたミサイルのように放物線を描き、真逆目掛けて落下していく。
真逆が一歩下がると、その場所に女の拳が突き刺さった。
「私は! お前が平穏な日々を過ごせるようにしたかっただけだ!」
「その気持ちは有り難かったし、感謝もしているよ。けどその他大勢を犠牲にするのはナンセンスだ」
女は怒り任せに拳を振るう。目にも止まらぬ怒涛のラッシュが真逆を襲う。一発一発が暴風を起こすほどの力だ。
それを真逆は一歩も動かず、無言ですべて往なす。
どちらも常軌を逸した速さだ。一般人である真尋は目で追うことさえままならない。
《これが真逆の力なのか?》
こんな化け物を自分は身に宿していたのか。そう思うと身震いさえ覚える。
真尋はこれまで考えもしなかったことを口にした。
《一体なんなんだよ……真逆って……》
ただの五月蝿い隣人程度に考えていた真尋にとって、目の前で繰り広げられている光景は一抹の恐怖を与えるのに十分だった。
「まったく、私の出番を食いかねませんよ。これは」
ニャル子は額に汗を滲ませる。
これだけの戦闘力、生半可なものではない。もし真逆が惑星保護機構に属していたとするならば、その名を世に轟かせていなければおかしいほどだ。
それはそれとしてだ。ニャル子はひとつ疑問に思うことがあった。
「ところで真尋さん」
《なんだよ?》
「あの摩訶不思議なニャルラトホテプの話を聞く限りですと、彼女真逆さんのこと好きすぎでは?」
《あ、うん。それは僕も思った》
真逆と女の口論(どちらかと言うと女の一方的なもの)は、側からするとただの痴話喧嘩にしか見えなかった。
言ってしまえば、あの怨念となったニャルラトホテプは、一人の男に陶酔したばかりに狂ってしまったとなるのだろう。
《お前、せめてあんなのにはなるなよ?》
「それは真尋さん次第ですねぇ」
《分かった。帰ったらフォークを刺してやるよ》
「なんで!?」
凄まじい攻防を繰り広げていた両者だったが、ふと女が動きを止めた。疲労しているのか、肩で息をしている。
「これくらいで息があがるなんて、ほんと弱くなったなお前」
「だから、誰のせいだと……!」
「ああ、俺のせいだな。だが謝るつもりはない」
女が膝から崩れ落ちた。仮面の隙間からどういうわけか涙が流れている。
「何故だ。何故お前は妾の愛を拒むのだ。妾はこんなにもお前を愛しているというのに」
「うわ、あの女ついに愛していると言いましたよ真尋さん」
『はいはい、黙っていようなお前』
ニャル子の野次はどこ吹く風。女は言葉を続けた。
「妾はお前が苦しむ姿が見たくなかっただけだ」
「別に俺は苦しんでないさ」
「嘘をつくな。偽るな。お前は苦しんでいたはずだ」
「それはお前の勝手な思い込みだろう」
「違う! お前は常に戦いの渦中にいた! どんな時も常に!」
「それが俺に与えられた役目だからな」
真逆の口から出る冷たい声。
女はわなわなと肩を震わせた。小さな声で何度も「ふざけるな」と繰り返している。声量が次第に大きくなるにつれ、女はゆっくりと立ち上がる。
そして。
「ふざけるなーッ!!」
悲鳴に近い叫びとともに、真逆に向かっていった。
「タイプ……クトゥグア……」
突如、真逆の体が青き炎に包まれた。轟々と燃え盛る炎は空気を焦がし、周囲を焼き尽くさんと天高く舞い上がる。舞い上がった炎は、突き抜けた天井の穴から吹き出す。
「あっ――」
女は何かを察したように声を発した。
炎の中から、青のラインが入った黒のボディスーツが現れる。周囲には砲塔のついた飛翔体が、六つ飛び交っている。
「浄化の炎よ、すべての怨念を焼き尽くせ」
六つの砲塔が女に照準を合わせる。
対し女は立ち尽くすばかりで、回避する素振りさえ見せない。
「プリフィケーション・プロミネンス……ファイア……」
六つの砲塔が一斉に熱線を照射した。熱線はすべて一点に収束し、女の体を焼き始める。
「ぎゃああぁあーッ!!」
女は青い炎に包まれ身悶えする。悲痛な叫びが響き渡る。
炎は外殻を砕き、女の姿を露わにした。
その正体を見て、真尋は息を呑む。それは他の二人も同様だった。何せ中から現れた女の姿は――
「あれは……ニャル子……?」
多少老けているが、その顔はニャル子に瓜二つだったのだから。
燃え盛る青い炎の中から、黒い何かが出ていく。黒い何かが増えていくに連れて、女の体が男の体に変貌していく。
不可思議な現象はしばらく続き、炎が収まった時には元のニャル夫の姿に戻っていた。
彼の体がその場に倒れ伏す。見たところ深い傷はない――とは言い切れない(主にニャル子が与えた傷が残っている)が死んでいるわけではなさそうだ。
黒い何かが集まり、空中に漂う。
『何故……だ……』
黒い何かから声が響く。あの女の声だ。
真逆は変身を解いて、黒い何かに近づいていく。
『妾は……お前を……お前のために……』
真逆は右手で優しく撫でるように、黒い何かに触れる。
「そうだな。お前は俺のために動いてくれていた。それだけは認めるよ」
『ならば……何故……何故受け入れぬのだ……妾の愛を……』
「そんなの決まってんだろ?」
真逆は右手で黒い何かを握り潰す。黒い何かはまるでガラス細工のように割れ、粒子となって霧散した。
『や…………ひ……ろ……』
絶望の声かそれとも悲哀の声か。女は微かに涙ぐんだ声を漏らす。
「お前の愛が重すぎるんだよ」
黒い何かがいた場所を見つめて、真逆は静かにそう吐き捨てた。
サブタイトルの割に重い話なのであった。
どうも、作者の姉川です。まずは読んでいただきありがとうございます。
さて、これでシリアスなお話は終わり。また真尋の胃が痛くなるような、ボケの多い日常に戻ります。でもその前に、次回は事件後のよくあるエピローグな話。果たして真逆は自分の正体を語るのでしょうか?
ちなみに真逆が変身した姿のイメージは、某光の巨人なボディアーマーの漫画に出てくる〝始まりの敵〟さんです。かっこいいよね、あれ。
ではでは、次回でまたお会いしましょう。