なんか八坂真尋に憑依したらしいけど、ツッコミとか上手くフォーク投げるとか出来ないし、何より面倒だからそこら辺は本人に任せて俺はボケに回ることにした 作:姉川春翠
《ぶるぅーぁえーっくしょーん!》
幻夢境から帰るなり真逆が突然豪快なくしゃみをした。
どこから出したのかも分からない低く渋い声とともに出たくしゃみに、まだ微睡みの中だった僕を含め三人が一斉に顔を向ける。
「なんだ真逆。お前風邪でもひいたのか?」
《いや霊体の俺が風邪ひくわけないだろ》
「もう一人の少年大丈夫? 私が温める?」
《いやお前に温められると下手すりゃ焼け死ぬだろ。てか風邪じゃねぇての》
「真逆さんお薬出しますか?」
《寄ってたかってなにお前ら。共謀してんの?》
全員が全員それぞれ真逆に心配の言葉を掛ける。いや本当に心配してるのかと問われると、おそらくここにいる誰一人として心配していないのだが。何せ今しがたこいつの化け物じみた強さを見たばかりだし。
しかしどうやら今日の真逆はツッコミモードらしい。これで僕も楽ができるってもんだ。
《いやなんだよツッコミモードって》
「ほら今もツッコミを入れた。今日はそういう日なんだよ諦めろよ。あと心読むな」
《ええいなんか調子狂うな。あれか? 幻夢境旅行のせいか?》
あれのどこが旅行だったのか甚だ疑問だ。旅行ならもっと楽しいはずだが、僕は欠片も楽しくはなかったのだからあれは違う。断じて。
というか、何か違和感がある。
「やっぱり風邪ひいたんですよ真逆さん。どれ、とりあえずバカにつける薬でも注射しときます?」
《あーなるほどな。バカは風邪ひかないって言うもんな。あれ? じゃあ風邪ひいている俺はバカじゃないんじゃないか?》
「いやバカだろ。お前の場合風邪をひいても気づかないタイプのバカだろ」
《酷い言われよう。え、今回はそういう流れなん?》
困惑する真逆。確かにこいつがここまで弄られているのは初めて見る。
まあこいつ実体無いし、僕やニャル子たち以外には見えない存在だからそもそもそんな場面に遭遇しなかっただけだけど。
《お前たちなぁ。鋼のメンタルを持つ俺でも傷つくんだぞ。しまいにはお前ら連れて傷心旅行に行くんだぞ》
「そんなことよりお前、また姿形が変わってることについて説明しろよ」
《そんなことで済まされた》
違和感の正体に気づき、僕は真逆の抗議を無視して追求する。
今の真逆は、セミロングくらいの長さだった髪が膝裏まで伸び、顔立ちも以前よりも女性のような面持ちになっている。加えて片目を隠していた長い前髪は短くなり、そこから見える瞳が碧と真紅のオッドアイに変わっている。
幻夢境の中にいた時ともかけ離れているのだから不思議に思って当然だ。この短時間で姿形が変わるなんて、こいつはアメーバか何かなのだろうか。
《誰が単細胞生物かよ。まあもしかしなくても幻夢境でさらなる力を使っちまった影響だろうなぁ》
さらなる力。そう言われてふと思い返してみる。
以前、真逆は言っていた。自分は人間とニャルラトホテプのハーフかもしれないと。
だが幻夢境ではクー子が持つ力――つまりはクトゥグアの力も使っていたのだ。そうなると真逆の以前の発言に信憑性がなくなる。
「おいそれって大丈夫なのかよ」
《んー、多分お前に関しては大丈夫だろうが、ぶっちゃけると俺のほうがまずいかもしれん》
「は? それってどういう?」
追求しようとしたその時僕の携帯が着信音を響かせた。
「おいおいまさか――」
《ん? 呼んだ?》
「いや呼んでない。てかお前ならこの着信音で分かるだろ」
《ああ、まあ、うん》
僕が言わんとしていることを察したのか真逆が目を逸らして乾いた笑みを溢す。やけに大人しい。やはりこいつがボケないと幾分か楽だ。
それはそれとして僕は携帯を取り出し、通知画面に書かれている発信者を見て冷や汗を滲ませる。
「真尋さん、誰からです?」
「よしお前らこれから一言も喋るなよ。絶対にだ。ビークワイエットプリーズ」
「少年。そう言われると逆のことをしたくなる。これが人間の性」
「お前は人間じゃないだろいいから黙れ、シャラップ」
なんてタイミングで掛けてくるんだと僕は口をへの字にする。
ひとつ深呼吸をして意を決するとおそるおそる電話に出た。
「もしもし」
『あ、やっと出た。もう出ないかと思ったじゃないのよ』
電話の相手は母さんだった。
まだそう長いこと会っていないわけでもないのに、数年ぶりに母親の声を聞いているかのような不思議な感覚だ。それだけこの短期間で色んなことが立て続けに起こったということなのだろう。実際そうだ。
「あ……うん、ごめん。お花摘みにいってて」
『あらヒロくんお上品』
我ながら母親に向かって何を言っているんだとツッコミたくなる。
『どう? 母さんたちがいなくても変わりない?』
今しがた大きな変貌を遂げている絶賛息子に憑依中の謎の存在について言及しようとしていたところです。あと横で宇宙人たちがこの会話を盗聴しようとしています。今しばらくお待ちください。などと口が裂けても言えない。
「ごめん母さん。ちょっと待ってほしい」
『えっ? あ、うん』
マイク部を抑えて僕は隣で聞き耳を立てているニャル子に裏拳をかました。
「ごめん。えっと、なんだっけ?」
『特に変わりないはないかなって』
「あーそうだった。大丈夫、なにも変わりないよ」
『ほんとに? なんか変な声が聞こえた気がするんだけど』
それはおそらく痛みに悶えているニャル子の声だろう。ここはそれとなくはぐらかすのが正解だ。
「ちょうどアニメ見ようとしてたところで流しっぱなしなんだよ」
『そうなの?』
「うん。それより急に掛けてきてどうしたのさ」
『しばらくヒロくんの声が聞けてないのが寂しくってつい』
そう言われると少しむず痒いものがある。声を聞いたらなんだか恋しくなってきたあたり、なんだかんだ両親のことが好きなんだなと再認識する。
「母さんたちはどうなのさ。特に変わったことないの?」
『えっ? あー、うん。母さんたちも変わりないわよ』
一瞬返事に困ったように聞こえたのは気のせいだろうか。
『それよりヒロくん、特に変わりないのよね?』
「あ、うん。大丈夫だよ」
『そっか! じゃあもう少し日程が伸びても安心よね!』
ん? 今なにか良くない言葉を聞いた気がする。きっと幻夢境から帰ってきたばかりだから寝ぼけてるんだそうに違いない。
「今なんて?」
『だから、母さんたちもう少し日程が伸びそうなのよ。思ったよりてこず――じゃない、えーとそう! お父さんが風邪をひいちゃって。重い病気じゃないんだけど、大事を取って入院してるのよ』
なんか今適当な理由をでっちあげたようにも聞こえたけど、それはそれとして。
「ごめん、もっかい言って。なんて?」
『だから、母さんたちあと一週間は戻れそうにないのよ。ごめんね?』
どうやら悪夢はまだ続いているらしい。
両親が帰ってくるともなれば、あの宇宙人たちを否応なしに追い出す理由にもなるのだが、少なくともあと一週間僕はこの酷い日常を耐え抜かなければいけないらしい。
嘘ついて無理矢理追い出すことも一瞬考えたけど、どうせこいつらのことだ。嘘発見器とかなんかそういうの取り出して見抜かれるに決まっている。
真逆という非日常的存在がいるせいでイヤに冷静な自分が憎い。ほんとに。あいつのせいでなんか変に鍛えられてしまっている。嬉しくない。
『てわけだから大人しくお留守番してるのよ?』
「あ、うん。母さんも気をつけてね」
『ヒロくん……! ありがとう。母さん今なら阿修羅をも凌駕できるかも』
「いやそんなもの凌駕しなくていいから」
一体この母親は何と戦うつもりなのだろうか。勿論ただの比喩なんだろうけど。
『あ、そうそう。送っておいた荷物今日届くはずだから。ちゃんと受け取ってね?』
「荷物?」
『きっと何かの役に立つと思って手に入れたの。良かったら使って頂戴』
「役に立つもの?」
この僕の状況で役に立つものというと、悩みの種である邪神宇宙人たちを追い出して平穏な日々を送れる道具とかだろうか。まあそんなわけないよな。
『そんなわけだからあと一週間お留守番よろしくね。愛してるよー、んちゅ』
僕の問いかけには答えず、母さんは半ば一方的に通話を切った。
携帯をしまうと思わずため息が漏れる。とりあえずこの宇宙人たちのことは悟られずに済んだようだ。それはそれとして。
「ほうほう、なるほど」
「もう面倒だったから特に何もしなかったけど、お前僕のプライバシーはどうしたんだよ?」
「私がなにかしましたか?」
イヤホンを取ってニャル子がわざとらしく首を傾げる。
先ほどの電話中こいつはクー子と一緒になって何やら機械を弄ってイヤホンで聞いていた。もしかしなくてもそういうことだろう。
「盗聴してただろ? 盗聴。一回止めたよな? なのにお前、その後も継続して聞いてたよな?」
「いやいやいやなんのことか。私たちは音楽を堪能していただけですよー?」
「そうそう。ゲーム音楽を聴いていただけ。別に少年の両親の帰りが一週間延期になったことなんて知らない」
「なるほどな。つまり僕の杞憂だったというわけか」
「そりゃそうですよ。そんな真尋さんのプライバシーを侵害するなんてことを私が――ヒルドルブっ!?」
どう考えても嘘をついているニャル子の脳天に僕はフォークを突き刺す。
そう言えば幻夢境で帰ったら刺すと言っていた気がする。その分もついでに刺しておこう。
「ちょま、真尋さんさすがに二連続はどうかお慈悲を」
「問答無用!」
「イボンコっ!?」
ニャル子のわけのわからない断末魔と同時に、まるで見計らったかのように「ピンポーン」と音が鳴った。
「少年、どうやら荷物が届いたみたい」
「うん、そうか。やっぱり聞いてたんだな」
クー子が「しまった」と言いながら口に手を当てる。語るに落ちるとはまさにこの事である。
《取り込んでるなら俺が出て引き取るか?》
「お前が出たら配達の人がびっくりして失神するだろ」
《あーそれもそうか》
わざとらしくポンと効果音を口にしてまで手を鳴らす真逆に対し、僕は額に手を当てながら項垂れる。
すると急かすようにもう一度チャイムが鳴った。
「あーもうはいはい。今出ます今出ます!」
僕は慌てて玄関に向かい扉を開けると、目の前に大きな段ボールを持った配達員が待っていた。その大きさや据え置きのゲーム機のひとつやふたつ入っていてもおかしくはない大きさだ。
「うぇ……?」
予想外の大きさに僕は思わず素っ頓狂な声を漏らす。
「八坂さんのお宅でお間違いないですか?」
「あ、はい」
「ここにサインお願いします」
「あ、はい」
困惑しながらも僕は伝票にサインを書く。伝票の送り主の名前には確かに電話で聞いていた通り母さんの名前が書いてある。
「ありがとうございます。これお荷物です」
「あ、はい」
こんな大きな箱に入っているのだから中身はさぞ重いのだろう。そう身構えている僕を他所に、大きさの割にはやけに軽い荷物が手渡された。
なるほど。配達員が気味の悪い物に触れでもしたかのように急いでいるのも頷ける。
「おやおや。大きな荷物ですねぇ」
荷物を持って部屋に戻ると、復活したニャル子が感心したように呟いた。
「少年、何が入っているのか気になる。新作ゲーム? 新作のゲーム機?」
何を期待しているのか、クー子がそう言って無表情ながらも目を輝かせている。
「い、いや。なんか大きさの割にやけに軽いんだけど」
段ボールを床に置き、ガムテープの封を剥がした。
あの母親のことだから変な物は入っていないだろうが、大きさに対して異様に軽いせいでやけに緊張している。
「じ、じゃあ開けるぞ」
フラップを開けると中には衝撃吸収材がこれでもかと入れられていた。
一体なにをこんなにも厳重な梱包で送ってきたのか。おそるおそる取り出し、巻きつけられたぷちぷちを取り除く。
「これはぬい……ぐるみ?」
厳重な梱包から顔を出したのは変わったぬいぐるみだった。その見た目は白い猫のような形をしているが、手には「酒」と書かれた瓶のような物を持っている。
「これ……大丈夫なやつだよな?」
およそこの謎のぬいぐるみの正体を知っている僕は半ば困惑する。
確かこれはネットなどで大騒ぎになったキャラクターのはずだ。そんなキャラのぬいぐるみを何故厳重な梱包で、かつ電話で「役に立つもの」と言っていたのか疑問を持ってしまう。
それにこんな大きな箱にこれだけが入っていたらそりゃ軽いし、配達員も気味悪がるのも当然だ。
《へぇー、なにこれ。結構可愛いじゃん?》
なぜか真逆が食いついている。もしかしてこいつ可愛いぬいぐるみとか好きなんだろうか。
「母さんからの荷物。ただなんでこんな物が送られてきたのか」
《母親は電話でなんて?》
「役に立つと思うから良かったら使って頂戴って。でもこんなのがなんの役に立つのか」
《役に立つ……ねぇ……》
もう一度こっちから電話を掛けて問い質してみようか。
そんなことを考える僕を他所に、真逆は気に入ったのかぬいぐるみをまじまじと観察し始めた。
そしてしばらくして、
《あっ……》
と何か思い出したかのように手を叩いた。
どうも姉川です。久々に筆が乗りました。
ラストに出てきたキャラクターが何か分かる人は果たしているのだろうか。というかボカしているとはいえ出して大丈夫だろうか。そんなことを思いながら当初から予定していた存在を出しました。
ぬいぐるみに反応する真逆ときて、次回なにが起きるか想像できている人もきっといるはず。そう、あれがこうなってあーなります。
てわけですのでどうぞ次回もお楽しみに!