なんか八坂真尋に憑依したらしいけど、ツッコミとか上手くフォーク投げるとか出来ないし、何より面倒だからそこら辺は本人に任せて俺はボケに回ることにした 作:姉川春翠
「んー、おかしいですねぇ……ほんと何が何やら」
僕が朝起きてリビングに行くと、ニャル子が周囲をキョロキョロと見渡している場面に出くわした。
特に背後を気にしているらしく、その動きは自分の尻尾を追いかけてぐるぐると回る犬みたいに見えなくもない。
「どうしたんだよ朝っぱらから。騒々しい」
朝の挨拶がわりに聞いてみる。
「あ、おはようございます真尋さん。いえ、昨日からずっと誰かに見られているような感覚が抜けなくて。なんですかねこれ? これじゃ、おちおち真尋さんにモーニングコールも出来ないじゃないですか」
なるほど。出会ってここに居着くようになってから毎朝のように部屋に侵入してきてたのに、今朝はやけに静かだったのはそれが原因か。
「なんだ真尋、期待してんのか?」
「してない。あとしれっと心読むな真逆」
足元で茶化すように言ってくる小動物を右足で軽く小突きながら、ニャル子の言う視線の正体を探ってみる。
「なぁニャル子。もしかしてあれじゃないか?」
「ん? なんです?」
僕が指差した先をニャル子は確認する。
「……ニャル子……ああ、今日も素敵。抱きしめたい……抱きしめてほしい……」
「あーなるほど……クー子……ですか……」
指し示した先ではクー子が燃えて貫通しそうなほどの熱い視線をニャル子に送っていた。
気がついたニャル子は頬を引き攣って、熱い視線を送るクトゥグアに今にも殴りかかりそうな雰囲気を漂わせる。
「そういえばゆうべはおたのしみでしたね」
「その言い方やめてもらっていいですかね真尋さん」
昨夜、つまりは大首領の一件が終わった後、結局僕たちは桃鉄(決して太もも太郎電鉄ではない)をして遊んだ。
序盤は平和なゲーム進行だったが、お邪魔系のカードが手に入り始めてからはカオスな状況に陥った。
クー子がニャル子にゴール地点から最も遠い地点に飛ばすカードを使ったことがすべての始まりで、そこからはお互いに邪魔系カードを手に入れては使いの応酬が繰り返された。
二人のゴールそっちのけの応酬がヒートアップする一方で、僕と真逆は実に平和な電車の旅を送った。
結果は僅差で僕が一位、二位に真逆、三位にニャル子、四位にクー子で終わった。
「まったく……大体真尋さんのせいでもあるんですよ? 私の体を使ってあんな誓約書を作るから」
「それを言ったらお前だって勝手に僕の体使って、朝礼中に愛の告白をしただろうが。今から学校に行くのが不安で仕方ないんだからそれでおあいこだろ」
「仲良いなお前ら」
僕とニャル子は同時に足元を見下ろす。
今日も今日とて、真逆は不可思議な猫のようなぬいぐるみの体で活動しているわけだが。
そういえばこいつ魂は人間の見た目してるんだから、多分元の体は人間かニャル子みたいに人の見た目をしているかなんだろうな。となんとなく思ってみる。
「んだよ? 俺は思ったことを口にしたまでだぞ?」
「いや……そういえばふと思ったんですけど真尋さん」
「なんだよ?」
「今真逆さんが使ってる体って、真尋さんのお母様から送られてきたものでしたよね?」
「まあそうだな」
「この体ぬいぐるみなのにやけに頑丈というか、真逆さんが言ってましたが、本来代償として全身火傷を覆うほどの形態でさえ無傷だったんですよね?」
「まあ、うん。そう言ってた」
「これ……邪神の素材で出来てるなんてことないですよね?」
「あーそれ俺もずっと思ってた」
なんとなくこの二人が言わんとしていることは分かる。要するに「お前の母親は一体何者なんだ」ということだろう。
「別に普通の一般的な主婦だぞ」
「……実は真尋さんのお母様は邪神ハンターという設定なのでは」
「なんだよ設定って。そんなわけないだろ」
確かに僕でさえ母さんの年齢は知らないし、星座も干支も分からない。それに高校生の息子がいるような年齢にも見えないくらいの若さを持っているけど普通の人のはずだ。そのはずなんだ。
それに今更になって「私たち今まで腹違いの子供として育てられたけど、実は血のつながった本当の姉妹だったの」みたいなノリで、邪神の類と子供の頃から浅からぬ縁があったことをカミングアウトされても反応に困る。
「大体真逆、お前だって僕の母さんが普通の人なのは知ってるだろ?」
「いや俺お前が両親と過ごしてる間は心の奥底に引っ込んでたからよく知らんぞ」
「そうだったか?」
「そうだぞ」
そう言われてみると確かにそうだったかもしれない。
「だから普通かどうか聞かれてもよく知らないんだが……まあ、多分……」
「ん?」
「いやなんでもない。それよかお前ら早く支度しろよ。遅刻するぞ?」
「それと真逆さん」
「あ?」
「私と真尋さんはそれはもうお互い深く深く愛し合ってるのですから、仲良いのは当たり前じゃないですか」
「いやなんでこのタイミングで、仲良いなお前ら、の返答が来るんだよ」
あと深く愛し合ってなんかいないからな。とツッコミを入れたかったが、それを言うとニャル子が余計に切り込んできて長くなりそうだったから口には出さないでおいた。
「さて、では朝ごはんの支度をしますかね」
「おい待て」
「なんですか? あ! もしかして私の愛妻料理が待ちきれないてことですか? やだなもう真尋さんたら。すぐに用意しますから、先にお風呂に行っててください。」
「違うそうじゃない。あと朝から風呂に入るつもりはない」
「じゃあなんですか?」
「大人しく席で待ってろ。お前を台所に立たせるつもりはない」
僕の発言にニャル子はまるでガラスが砕けた音が聞こえるかのような、あんぐりと口を開けた顔で静止する。
「え、なぜです?」
「お前僕になんの相談もなく勝手に冷蔵庫に食材入れただろ。あれを使うつもりか?」
「な、なな、なんのことやら」
ニャル子はそう言うと、しばし間があってから顔を逸らして口笛を吹く。わざとなのか知らないが音が鳴っていない。
「ちなみにあれはどこから仕入れたやつなんだ?」
「そ、その辺のスーパーで買って来たんですよ。なにを疑って」
「いつ?」
「えーとその……つい最近」
「なんて名前のスーパーだ?」
「ほ、ほら! き、近所にサンチェックというスーパーがあるじゃないですか!」
「へー、初めて聞いたな。ところで邪魔になりそうだし幾つか捨ててもいいよな?」
「ま、待ってください! あれはSAN値直送の高級な食材ばかりで!」
「大体分かった。全部捨てる」
「どうか! どうかお慈悲を!」
「なにこれ時代劇でもやってんの?」
こんな意味のわからない時代劇があってたまるかと真逆に言いたかったが、今はそれどころではない。
このままでは僕の胃袋に得体の知れない食物が入ってしまう。阻止しなければならない事態だ。
一方ニャル子は涙目を通り越して号泣してまで懇願してくる。顔立ち故に同情してしまいそうにもなるが、ここで躊躇してしまえばこっちがやられる。心を鬼にしないと。
「そ、そうだ! せめて全部真逆さんに食べさせるくらいにしていただければ」
「お前なぁ、いくら真逆でもそんなこと了承するわけが」
「ん? 別にいいぞ?」
「……何……だと……?」
今のは僕の聞き間違いだろうか。というかなんで提案したニャル子も僕と同時に同じ台詞を言ってるんだ。
「俺はその手の肉とかたまに食ってたからそこまで拒否感もないし。つってもまあ進んで食いたいわけでもないが、捨てるくらいなら別に食ってやってもいいぞ?」
「お、おう。そうか」
「あーでもこの体消化できないみたいだし、昨日みたいに吐いたら嫌だなぁ」
「真逆さん……恐ろしい子!」
「えっ? いやお前の提案じゃなかったっけ?」
そうか、真逆はそういった異形の肉も食おうと思えば食えるのか。僕は死んでもごめんだが。
「……少年……朝ごはんまだ?」
ふと背中を突かれて振り返ると、クー子が人差し指を咥えながら立っていた。余程空腹なんだろうか。
「あー、ごめんな。今作るから」
「……少年が作る美味しいごはん……早く食べたい」
「はいはい。少し待っててな」
「……もう一人の少年はこっち……」
「え、あ、はい」
今更ながらになんでこいつら平然とうちで飯食ってんだろうかと思わないでもないが、まあ美味しいと言ってくれるのは悪い気分じゃない。
とりあえずニャル子が仕入れた食材のことは一旦忘れて、昨日の晩御飯の余り物で朝ごはんの支度をするとしよう。
「……いや、なんでお前も台所に立ってんの?」
「時間も時間ですし、共同で作業した方が効率も良いかと思いまして」
「本音は?」
「こうして一緒に台所に立つとまるで熟年の夫婦みたいですね真尋さん!」
「どうせそんなことだろうと思ったよ」
ため息と共に項垂れると、ニャル子との共同作業に取り掛かった。
◇
「……もう一人の少年に聞きたいことがある」
ソファーに座り、俺を膝に乗せたままクー子は真剣な表情を向けてくる。
「どうしたんだよ藪から棒に」
「……昨日使った治癒の魔術……その代償を知りたい」
「代償……ねぇ……」
俺は言い淀む。代償は記憶なんて言ったら、こいつがどんな反応するかは想像に難くない。ここははぐらかすか。
「俺の中にある魔力がちょっと減ったくらいだ。すぐに回復するよ」
「……ほんとに?」
「ああ、ほんとだ」
真っ直ぐ顔を見て俺は答える。つっても俺の顔ぬいぐるみだから表情とか何も出ないんだろうけど。
「てかなんでそう思ったんだよ」
「なんとなく……そう思っただけ……」
なんとなくねぇ。
「別に大丈夫だ。大したもんじゃない」
「……そう……もう一人の少年がそう言うなら信じる」
目を伏せてクー子は答える。薄々だが俺が嘘をついていると思っているのかもしれない。
「……もう一人の少年……少し元気ない」
「そうか? 別にいつも通りだろ」
そう答えつつも、なかなかに鋭いなと感心する。
今朝になって何か大事なことを忘れているような、そんな感覚に見舞われた。魔術の行使の際に消えた記憶が原因なのは分かっている。
何を忘れたのかわからなくて、自分の覚えている記憶から紐づけて探し出そうとした。けどそもそも記憶なんて曖昧なもの、そう簡単に分かるはずもなかった。
それに代償として失った記憶は二度と戻らない。探したところできっと気づきもしないだろう。
「お前俺のことよく見てるんだな」
「……もう一人の少年は……大事な友達だから……」
「そうか。うん。ありがとな」
「ほうほう。なにやらラブラブですねぇお二人。お似合いなのでそのままゴールインしてくれたら私も平和になって歓喜なんですけど」
クー子の優しさに笑っていると、背後でニャル子の茶化す声が聞こえた。
するとクー子は俺をソファーに座らせてから立ち上がった。顔を見てみるとまるでサウナにでも入った後のように蒸気している。
「ん。大丈夫、安心して。もう一人の少年へのこの感情はライクの方。ラブはニャル子に取ってある」
「そんな感情そこらのティンダロスくんに食わせてしまえってんですよ」
抱きつこうとするクー子を、ニャル子は不機嫌そうに両手で阻んでいる。当人たちはどう思っているかは知らないが、俺にとっては微笑ましい光景だ。
「バカやってないで朝ごはんの用意できたぞ」
「飯よりニャル子」
「分かった。じゃあクー子の分食べていいぞ真逆」
「……それは困る」
クー子の腹の虫が丁度鳴り響く。待たされた分も相まって余程の空腹らしい。
「一応お前の分もあるけど食うか?」
「俺の?」
テーブルの上を見てみると確かに一人分多く用意されていた。
どうやら気を遣わせてしまったらしい。
メニューは昨晩作っていた豚汁とおにぎりという簡素なものだが、見ただけで美味さが伝わってくる。
と同時に冷蔵庫の中の食材は使いたくないという真尋の固い意志も見てとれた。
「あーいいよ。どうせ味しないことは昨日ので分かったし。クー子食べていいぞ」
「あ! ズルい! 私も欲しいです!」
「……私はとても空腹。こればかりはニャル子でも譲れない」
「あんたさっき飯よりどうの言ってたじゃないですか。いいから大きい方寄越しなさいっての!」
どっちが大きいおにぎりを食べるかで取っ組み合うニャル子とクー子。
「お前らなぁ、ご飯の時くらい静かにしろよ」
自分の分を食べ進めながら真尋は呆れた口調で言う。
ふと、ここにはいない大切な仲間たちのことを思い出す。
あいつらは今頃どうしているんだろうか。飯ちゃんと食えてるかな。
取り止めのないことを考えながら、三人の様子を眺める。毎日のように経験したものと変わらない、当たり前の日常の風景を。
「みー?」
仲間に思いを馳せていると、シャンタッ君が心配した表情で顔を覗き込んできた。
「おう、どうした? シャンタッ君」
「みー、みー?」
「んだよ。お前まで俺が元気ないみたいに思ってんのかよ」
「みぃ…………」
シャンタッ君は頷いて肯定する。
ぬいぐるみの体で、別に顔に出てもいないだろうに何がそう思わせるのやら。
「ったく。別に俺はいつも通りだっての」
ああ、でも確かに。今の俺はいつもより少し口数が少ないかもしれない。と内心笑い、ため息混じりにそう言った。
どうも、その姉川です。
この作品もいよいよ原作第4巻に相当する新たな章に突入しました。
その冒頭にあたる第二十六話を読んでお気づきかもしれませんが、この章では真尋と真逆の視点が混在して進行していきます。
一応どっちがどっちの視点か分かるように工夫しているつもりですが、もし読みづらかったらすみません。
あとサブタイのネタが尽きたので、悩みに悩んだ結果、ちょっとしたパロディを話にあった内容で入れ始めました。二十四話のサブタイから取り入れてます。
まあカンニングして付けてるのであまり褒められたものじゃないのですが、案外何が元になっているのか探すなりしてみても面白いかもしれません。どうするかは皆様にお任せします。
新章が終わるまで、またまた後書きはお休みです。
新たな展開も織り交ぜた新章をどうぞお楽しみに。ではでは。