なんか八坂真尋に憑依したらしいけど、ツッコミとか上手くフォーク投げるとか出来ないし、何より面倒だからそこら辺は本人に任せて俺はボケに回ることにした 作:姉川春翠
「で結局どうしてこうなるんだよ!」
登校の道を走りながら僕は叫ぶ。
視界の前方には我先にと張り合うニャル子とクー子の姿がある。二人とも全力疾走だ。
「そりゃ俺が忠告したのになお支度が滞ってたからだなぁ。うん」
「そしてお前はなんで頭の上に乗ってんだよ! 降りろよ!」
「だってクー子が置いてったんだもん。ぷんすか」
今度は頭の上で座っている真逆に叫ぶ。
別に重いというわけじゃないけど、どうもその感触が気になって仕方ない。あと今の反応は少しイラッときた。
ちなみに真逆が言っている通り、当初の予定では余裕をもって登校するはずだったのだが、今はこうして慌てている。
それもこれも全部、ニャル子とクー子がいつまでも真逆に作ったおにぎり(大きい方)を巡って争っていたせいなのだが、当人たちは我存ぜぬといった様子で僕を置いて疾走している。
「だからあんたが持ってる誓約書こっちに寄越しなさいって言ってんですよ!」
「これは永遠に私のもの。絶対に誰にも渡さない」
そして途中から誓約書の話になったらしい。遠くから聞こえてくる会話の内容がそう物語っている。
「あーもう! なんで毎朝こんな慌てて登校しなきゃいけないんだよ!」
「多分これは曲がり角で新たなヒロインとぶつかって、いった私のフィーリン! な展開になるフラグだな」
「そんなフラグがあって、うわっと!」
「ひゃうっ!」
真逆の発言に気を取られていると、十字路に差し掛かったあたりで誰かとぶつかった。
相手の方が体重が軽いのか、僕は特に転ぶことも無かったが、ぶつかってしまった相手は尻餅をついて座り込んでいた。
見てみると相手は金髪の少女だった。身の丈は小さく、ぱっと見中学生かそのあたりに見える。
「あーもうほら前方不注意だから……」
真逆が呆れたような、或いはどこか心配したような口調で言う。
一体誰のせいでと言いたいが、少女がいる手前口にすることは避けた。事実、僕の前方不注意だったのは間違ってもいないし。
「あっと、ごめんな。大丈夫?」
少女はしばし呆然とこちらを見上げていたが、ハッとしていそいそと立ち上がると、頭を深々と下げた。
「ご、ごめんね!」
「あ、いやこっちが前を見てなかったからさ。怪我とかしてないか?」
「うん大丈夫。その……こっちも前を見てなかったから」
尻についた埃を払いながら、少女はまたこちらを呆然と見上げる。その様子はどこか物珍しいものを見ているかのような、そんな感じだ。
視線の先に映るものが何か察して、頭の上にいる真逆を手に取った。
「えーと、これが気になるのかな?」
今にして思えば迂闊だった。
真逆は今、他者にも見える実体を持った状態。しかしその体がぬいぐるみとなれば、周囲から奇異な目で見られてもおかしくはない。
そして同時にそれを連れ歩いている僕にも同様な目で見られるということに、今さら気がつくなんて。
「やあこんにちは。僕の名前はまっさん。ここにいる優しそうに見えて実はかなりおっかないお兄さんはやっさん。僕たち二人合わせて山本さんて名乗っているんだ」
「おい待て。急にわけのわからないこと言い始めるな」
「何を言うんだやっさん。僕たちのコンビ名を教えてあげているだけじゃないか」
「だったらどっから本が出てきたんだよ。図書館から借りてきたのかよ」
「おぉ、なかなかキレのあるようでちょっとよくわからないツッコミをありがとう」
「……お兄ちゃんはその……おわらいげいにんさん?」
この世のどこに頭にぬいぐるみを乗せて走る高校生のお笑い芸人がいると言うのだろうか。いや絵面的には面白いのかもしれないけど。
「えと、これはその。そうなんだ。ちょっと腹話術の練習してて」
とりあえずこの場を切り抜けるために、真逆の変なノリに乗っかって嘘を並べることにする。そうすれば変な噂も広まることはないだろう。多分。
「ウシくんとカエルくんに憧れたの?」
「なんか昔そんなのあったね。うん、違うけどそういうことにしておこう」
「あ、それともあれかな。ひょうたんみたいな形の島で漂流するお話の」
「いやそれは流石にだいぶ違う気がする」
それになんでこの子はそんな古い番組を知っているんだろうか。いや僕も大概だけど。
「と、急がないと遅刻しちゃうぞまっさん」
「僕はやっさんじゃないのかよ」
「俺もお前も名前はまっさんだろ?」
「じゃあコンビ名は何になるんだよ」
「まぁつぼっくりぃ……」
「お前それただ言いたいだけだろ」
「……ふ、ふふふ……」
ふと少女が笑った。
「あ、ごめんね。面白かったからつい」
果たして面白い要素があっただろうか。
「と僕はこれで。ほんとごめんな?」
「ううん。僕も前向いてなかったから……ごめんね」
「じゃあおあいこってことで」
僕の言葉に少女はしばし間を置いてから「うん」とはにかんで、手を振りながら走り去っていった。
「ほら、呆けてないで早く行かないと」
「ったく……てかお前このまま学校に行くつもりかよ」
「おう。一応人間には見えないよう、認識を阻害する結界みたいなもん使ってるから大丈夫だ。ちなみにさっきの子がいた時も使ってた」
「そうか、ならいいんだが」
それなら最初からあの子に見つからないよう結界を使っていてほしかったところだが。
ん? いや待て。
「お前今なんて言った?」
「急がないと遅刻しちゃうぞまっさん」
「いやそうだけどちげぇよ。戻りすぎだろ。お前さっきあの子がいる時になんて」
「ああ。さっきの子がいる時も結界使ってたぞ」
「じゃあなんであの子は見えてたんだよ」
「そりゃ人間には見えなくするってだけで、人間以外には見えるってことだからな」
「それってつまり……」
「まあニャル子やクー子みたいな存在てことじゃないかな」
それを聞いて僕は言いようのない不安が過ぎる。具体的にはさっきの子がニャル子やクー子と近しい存在で、今日この後何か事件が起きたりするんじゃないだろうかていうそんな予感が。
「いった私のフィーリン展開になりそうだな真尋」
「勘弁してくれ……」
この不安がただの杞憂であることを切に願う。
それはそれとして、今はそんなことを考えている場合じゃない。このままだと本当に遅刻するかもしれない。
「よせ真尋、立ち止まるなー!」
「だからうるさいって! 走ってるだろ! お前ニャル子と会う前のノリで話しかけるなよ!」
「今度は酸素ボンベが必要ですか? 地球温暖化対策として」
「それ以上喋ると振り落として置き去りに……てあいつらなにやってんだ?」
「ん? ああ、あれは……なんだろね」
全力疾走の後、ようやく見えてきた校門。まだ登校してきている生徒の姿もちらほらと見える。これなら問題なく間に合いそうだ。
そう思っていたとき校門の前でニャル子とクー子の二人が何やらポーズを取って対峙していた。あと、どっちもなんか特撮ヒーローの玩具らしき物を腰につけている。
「クー子……その命……もとい誓約書……神に返しなさい」
「……ニャル子はもっと遊び心を持つべき」
「公衆の面前でなにやってんだお前ら。てかその腰につけたベルトはなんだよ」
「しかもお揃いとは仲がいいな、うん」
今にもバトルが勃発しそうな二人を尻目に、極力関わらないよう足早に教室へと向かった。
教室に入り、自分の席に着くと大きなため息とともに机に突っ伏す。
「やあ、八坂くん。朝からお疲れのようだね」
「ああ、余市。おはよう」
顔を上げると、前の席に座る余市の姿があった。昨日のことを思い出して、どうやら何事もないようだと少し安心する。
「いや……色々あって遅刻しそうな時間になってさ。慌てて走ってきたんだよ」
「へぇ、八坂くんが遅刻しそうになるなんて珍しい」
「ははは……早く平和な日々に戻ってほしいよ」
「ん?」
「いやなんでもない」
言っても伝わらないだろうてことで、僕はまた机に突っ伏す。
「ねぇねぇ八坂くん」
「んー?」
突っ伏してすぐ聞き覚えのある声に呼びかけられた。
気怠げに顔を上げて声の方を向いてみると、暮井が不思議そうにこちらを見ている。
暮井も見た感じ特に問題はないようだ。あのイス香がちゃんと記憶を消せていれば、の話だけど。
「どうしたんだよ暮井」
「八坂くんの机に置かれてるその白い猫みたいなぬいぐるみどうしたのかなって」
「ああ、そういえばなんか置いてあるね」
「白い猫みたいなぬいぐるみ?」
言われて机を見てみると、真逆が机で横になっているのが目に入った。
「これは……えーと?」
どうやら二人にも真逆の姿が見えているらしかった。
登校中に聞いた話では、人間以外には見えなくなる結界がどうの言ってたはずだが。
「なんか変わったぬいぐるみだね。八坂くんの趣味?」
「いや、これはえーと」
とりあえず今はこの場を切り抜けなければ。
「ほ、ほら、クー子のやつでさ」
「クー子ちゃんの?」
「そ、そう。なんかやけに気に入ったらしくて、学校に持っていこうとしていたのを取り上げたんだけど、その、遅刻しそうなことに気がついて慌てて出たからつい」
とりあえず思いついた内容を口にする。実に苦しい言い訳だ。そもそも当のクー子は未だに教室に来ていない。校門の前でバトルしてるのか、あるいは教師の誰かに見つかってニャル子共々説教を受けているのかのどちらかだろう。
「ふーん、そうなんだ」
「あは、あはははは……」
乾いた笑みを浮かべながら、とりあえず鞄の中に真逆を入れようとする。入れようとして、何かが僕の手に触れた。
「…………」
鞄の中を見て、絶句する。
「どうしたんだい? 八坂くん?」
僕の反応を見て気になったのか、余市も鞄の中を覗き込もうとした。まずい。
「だ、大丈夫! その、ちょっとトイレに行ってくるから!」
慌てて鞄を抱え込むと、一目散に逃げるように教室から飛び出した。周囲からの何事だという視線を感じたが、今はそれどころではない。
「あんたのせいで私の大事なイクーサなベルトが没収されたんですけど、どーしてくれるんですか」
「……別に私は悪くない。それに私も没収されたから問題ない」
「いや、てかなんであんたもあれ持ってんですか」
前方にニャル子とクー子が歩く姿が見える。会話の内容から察するに、教師の誰かに見つかったらしい。
が、今はそんなことを気にしている場合じゃない。とにかく一刻も早くトイレに駆け込まないと。
状況が状況だからこいつらも一緒に屋上なりにでも行くことを一瞬だけ考えたけど、クラスメイトや教師に変に怪しまれるよりかはまだ幾分かマシだ。
「あ、真尋さん」
「悪い! すごくお腹痛いからトイレに行く! 先生にはよろしく伝えておいてくれ!」
「えっ? あっ? えっ? あ、はい」
男子トイレの個室に駆け込み、鍵を閉めてからありったけのため息を吐く。朝からどうしてこんなにも走らないといけないのだろう。
それよりもだ。
「で、なんでお前までいるんだよ?」
鞄の中を覗いてみると、そこにニャル子のペットであるシャンタッ君が入っていた。
真逆を鞄の中に入れようとした際にした感触は、このペットの体に触れたものだったというわけだ。
「どうしたんだよ」
シャンタッ君はひと鳴きすると、口の中を動かした。一体何をしようとしているのか。
見守っていると、開いた口の中から見覚えのある結晶体が出てきた。昨日はこれを巡って一悶着あったんだったか。ニャル子に渡されたよく分からない存在だが。
「……もしかしてこれを僕に渡すために?」
シャンタッ君は頷く。
「そっか、ありがと」
シャンタッ君の唾液がついているそれを、トイレットペーパーで包むように受け取る。
役に立つものなんだろうが、そんな肌身離さず持つ必要があるのだろうか。と思わないでもない。
「でも次からもう忍び込むんじゃないぞ。真逆に加えてお前の言い訳までどうするかで一瞬焦ったんだからな?」
「みー」
「それにもし見つかったら解剖されたりして酷い目に遭うかもしれないんだからな。そんなの嫌だろ?」
「みー」
どうやら納得してくれたらしい。
「じゃあとりあえず鞄の中で大人しく」
「みー?」
「ん? どうかしたのか?」
シャンタッ君はどこか心配したような表情で何かを見ている。
その先を見て、そういえばと思い出す。
真逆のやつさっきからやけに静かだ。まるで屍のようにぴくりとも動かない。
「おい真逆。お前結界がどうの言ってたよな。なんで余市と暮井が……」
話しかけるが返事がない。嫌な予感がした。
「おい真逆?」
「……少年……もう一人の少年がどうかしたの?」
「うぉわぁ!?」
不意に声がして僕もシャンタッ君も飛び上がる。
声の主はクー子だった。
男子トイレに入って、隣の個室から覗くようにしている。一体どこによじ登っているんだろうか。
「ちょっとクー子……なんで私が下なんですか。あんたが下に行きなさいよ」
「お前まで来たのかよニャル子」
姿は見えないがニャル子の声も聞こえた。どうやら肩車しているらしい。
「お前らもう朝礼始まってるだろうが」
「腹痛で保健室に行くと私が言った。ニャル子はその付き添い」
「ていうか早く降りなさいよクー子。もう十分でしょうが」
本来付き添いは保健委員の仕事だろうに。それに僕に加えてもう一人腹痛を訴えたら、八坂家の食卓に何か良くない物が出たと疑われないか少し心配だ。
「それでもう一人の少年はどうしたの?」
とりあえず個室の鍵を開けて外に出てみる。
「あれ? シャンタッ君までどうして」
「ニャル子、その話は後。それでどうしたの?」
「あ、と……それがさっきから全然反応が無くて」
軽く叩いたりしてみてるが反応がない。何か呼吸をしている様子もないし、真逆のやつ、もしかして消滅してしまったとか?
「……ちょっと見せて」
「ああ、うん。でもお前見て分かるのか?」
クー子に真逆を手渡してみる。
するとクー子は何度か見せていた、抱きつくような持ち方をしてみる。
「……多分大丈夫。重さは変わってないから、もう一人の少年はこの中にいる」
「え、重さで分かるのか?」
「魂が消えていればその分の重さで多少変わるはず。でもそれを感じないなら多分」
「えっと、それは……」
それって確か学術的にも信憑性が薄い話だったような。でも色々と地球より進歩している世界にいるコイツが言うのなら正しいのか?
「……というのは冗談で……強く抱き締めた時反発しようとする力が加わった。普通のぬいぐるみならここまで反発しようとする力は加わらないはず」
「ああ、なるほど」
納得したような、あまり納得できないような説明だ。
「真尋さん、昨日のこと覚えてます?」
「昨日?」
「ほら、真逆さんが突然気絶したように眠ってしまったこと」
言われてみると確かにそんなことがあった。
てことはその時と同じ現象が今起きているってことか。
「でもなんで急に」
「もしかしたら真尋さんの体から離れたことで彼に何か起きているのかもしれませんね」
結局のところ推測以外に出来ることはなかった。今のところクー子の話を信じるならば、ただ気絶しているだけということになるが。
「……とりあえずもう一人の少年は私が預かる」
「あ、ああ……」
真逆の正体を知っているのはクー子だけだ。そうなれば自然と彼女に任せることになってしまう。
実際僕に出来ることは何もない。ニャル子にもクー子にも、きっと真逆に何かあってもどうすることも出来ないだろう。
それを痛感して、どこかもどかしい感覚が纏わりつく。まるで自分のことなのに、自分では何も出来ないような感覚だ。
「もうすぐ朝礼が終わりますね。とりあえず教室に戻りましょうか真尋さん」
「ん? ああ、うん……」
「真尋さんの食卓に変な物が出た、と噂になられても困りますしね」
「ははは……そうだな」
今はなんとなく、ニャル子の何気ない冗談が有り難く思えた。