なんか八坂真尋に憑依したらしいけど、ツッコミとか上手くフォーク投げるとか出来ないし、何より面倒だからそこら辺は本人に任せて俺はボケに回ることにした 作:姉川春翠
夢を見た。俺が丁度物心がついた頃の、確か誕生日のひと月前八月末に母親と話した時の記憶を。
それを謎の空間で画面の外から見ている。まるで思い出ビデオ鑑賞でもしているかのような気分だ。
『ねぇ、ママ。どうして――は――て名前なの?』
この時俺は自分の名前の由来を聞いた。
実を言うと、今の俺は自分の名前も思い出せなくなっている。
自分が何者か、どうして真尋に憑依してしまったのか。その辺ははっきりと分かるのに、両親から貰った大切な名前はどうしてか思い出せない。理由も未だに分かっていない。
だからとりあえず真尋には嘘の名前を教えている。
真逆真尋――唯一覚えている苗字である「マサカ」に適当に思いついた文字を当てたものだ。真尋の名前はそのままアイツに寄せた。
「そうねぇ……知りたい?」
母親は俺の問いに、唇に人差し指を当てながらどこか悪戯な笑みを浮かべている。その隣には父親も座っていて、この夫婦はかなり仲が良いのが見て取れる。
実際ところ構わず、人の目も気にせずイチャつくような夫婦だったはずだ。けどその顔は黒塗りになっている。
ああそうか、俺は両親のことを忘れちまったのか。と少し落胆する。
「うん、知りたい!」
小さな俺は目を輝かせながら答える。
なんでこの時名前の由来を知りたいって思ったんだっけか。ああ、そうだ。確かあの姉妹に聞かれたんだっけ。
「うーん……どうしても?」
今度は父親の方が聞いて来た。やたら渋っている。何かやましいことでもあるのだろうか。
実際は違う。ただ単に二人は俺の初々しい反応を見て楽しんでいただけだ。きっと微笑ましくて、そして名前の意味を聞かれたのが嬉しかったのだろう。
「どうしても!」
焦らされる小さな俺は、待ちきれないと言わんばかりに母親に顔を近づけた。
すると母親は俺の体を強く抱き締めて、頬に軽いキスをしてから、「じゃあ教えちゃおっかな」と笑った。
「それはね、優しくて強くて――」
声が遠ざかる。なんて言ったのかは聞き取れない。
気づけば俺の体は画面から離れていた。かつての記憶の光景も小さくなっている。きっとこのまま夢から覚めて、意識を取り戻すのだろう。
名前の由来。それを思い出せれば、俺の本当の名前も分かるのだろうか。曖昧な記憶も思い出せるのだろうか。
はっきりと分かっているのは、今のままずっと真尋たちと一緒にいるわけにはいかないということ。帰るべき場所があるということ。
「元の世界に戻る方法……探さないとな」
一言小さく呟いて、俺は目を開けた。
視界に青空が広がる。風も心地いい。昨日も訪れた屋上にでもいるのだろうか。
身を起こして周囲を見渡すと、案の定屋上で昼休みの時間を過ごしているようだ。
昼食のパンを貪っていたクー子は俺に気がつくと、噛む速度を上げて飲み込んだ。
「……もう一人の少年……おはよう」
「おはよ。昨日みたいに急に寝ちまったか? 俺」
問いかけにクー子は頷く。
「そうか……」
なんとなくクー子が食っているパンに視線が行った。バナナに納豆という変わった組み合わせだが、これが意外といけるとかなんとか言ってたっけ。
「起きたのか真逆」
「おう、おはよう」
「ん。まあ急に消えたわけじゃないみたいだな」
昨日同様、急に動かなくなったのが真尋の反応から分かる。タイミング的には丁度余市と話し始めたあたりだろうか。
真尋の頭から下りて以降の記憶がないことからも間違いはないだろう。
「心配かけたか?」
「咄嗟に言い訳考えるの大変だったんだからな」
「言い訳……ああ、そうか。俺が眠ったら当然結界も消えるもんな。悪い悪い」
察するに二人のうちの誰かの物とでも咄嗟に言ったんだろうな。考えられるとすればクー子の方か。
「うん、まあ大丈夫そうでなによりだよ」
「真尋さんてばまた真逆さんのことばかり。なんなんですか。フォーリンラブなんですか」
「そんなわけないだろ。というかさっきまでシャンタッ君とはしゃいでたのに、急にどういうテンションなんだよお前」
どうやらニャル子は俺に嫉妬しているらしい。真尋が気にかけているからなんだろうが。
ここで「なんだかんだ真尋はお前のこと結構気にしてるぞ」とか言いたいけど、照れ隠しのフォークが飛んできそうだから口にしないでおく。
「そいやニャル子、お前昨日から誰かに見られてる気がするとか今朝言ってたよな」
代わりに気になっていた話題を投げかけてみる。
「あれからその視線とやらは無くなったか?」
「それが一向に無くならないんですよ。まさかその辺に光学迷彩機能搭載のカメラが飛んでる……なんてことないですよねー」
ニャル子は口を尖らせながら周囲を威嚇するように見回す。
俺も一緒に周りを見てみるが、特にそれらしき姿も無ければ音も感じない。気配には敏感な方の俺でも捉えることが出来ないとなると相当な技術が使われている。
「なにか心当たりでも?」
ニャル子の問いに俺は首を横に振る。
二つ可能性を考えはした。
ひとつ目は昨日俺を障壁で阻んだ正体不明の謎の人物。大首領に力添えをしていた存在だ。そいつが何かしらの術でも使って俺たちを監視している可能性だ。
そしてもう一つの可能性は――。
「まさか成子か……?」
「ん? 何か呼びました?」
「あ、いや。すまん。独り言だ、気にしないでくれ」
おっといけね。つい口にしてたか。
でも、もしあいつが作った何かがこの周りを飛んでるんだとしたら、俺の居場所を特定出来てるってことになる。
あいつ天才だし、初めての機械でも見た瞬間に構造やら材質やら操作方法を把握するようなやつだし、それくらい出来ても不思議じゃないが。
「で、真逆さん。実際のところどうなんですか?」
「あ? なにが?」
「なにが? じゃなくて、もしかして聞いてなかったんです?」
「すまん。考え事してたから」
「……昨日真尋さんが言ったセリフと同じこと言いそうになりましたよ」
「僕がなんか言ったか?」
「ほら……そんなに外界をシャットアウトがどうのって」
「あー、そういえばなんか言われた気がする。で、なんて?」
ニャル子は食べかけのパンを平らげると、真剣な表情で俺と面向かう。
これだけの雰囲気をニャル子が放つのは珍しい。一体どれほど重要な内容なのだろうか。
流れ的に俺に関することか?
「真逆さん……」
「お、おう……」
妙な緊張感に俺は生唾を飲み込む。なんてことは出来なく、緊迫した空気に冷や汗を掻くことも出来ずに、とりあえず話が始まるのを待った。
「……ズバリ!」
「うむ……?」
「なんと!」
「…………」
「なんと!」
なんでこんなに焦らすのだろう。
「真逆さんの正体は……!」
「……っ!?」
「なんなのでしょうね?」
「あーうん、なんかそんな気がしてた」
よもや俺の正体に気がつき、ここで公言するつもりかとも思ったが、なんてことなかった。
いや多分こいつはこいつなりに何か勘づいているのだろうが、実際に口にするかは迷っているんだろうな。
「ん? どうしたんですか真尋さん? まるで絵に描いたようにズッコケて」
「誰のせいだ誰の」
「あ、ホットドッグ食べます?」
「急だなおい。それの正式名称は?」
「ティンダロスドッグです!」
「時間の角に頭ぶつけてこい!」
ん? ていうか今更だけど実は会話内容違うんじゃなかろうか。
「そこに気がつくとは、流石は真逆さん」
「あれ、お前真尋の体にいるわけじゃないのに俺の心読めんの? こわっ。サイコホラー展開は勘弁だぞニャル子」
「だまらっしゃい。真面目な話ですよ真逆さん。今あなたはどういう状態なのですか?」
「どういうって……」
質問の内容がいまいちピンと来ず、俺は腕を組んで唸る。
今の俺の状態? 今の俺の状態……今の俺の体はそう。
「えーと……ぬいぐるみ?」
「なんでこの人さっきまでシリアスムードだったくせに今はこうしてボケるんですかね?」
「さあ? バッドかなんかで頭殴ったら大事なネジでも飛んだんじゃないか?」
「別に俺は酒瓶で頭殴ってないけど。いやすまん質問の意味が分からなくて」
ニャル子が何を聞かんとしてるのかが分からず、俺は両手のひらで分からないというジェスチャーをして首を傾げる。
「……ニャル子は多分、もう一人の少年が昨日に引き続き急に眠ってしまったことについて聞きたいんだと思う」
「そういうことです。クー子にフォロー入れられたのはちょっと癪ですが……」
「あー、そういうことか」
原因はなんとなく分かっている。だがそれを口にするべきかどうか少し悩ましい。
下手に心配させても良い方向に行くとは思えないし……けど。
三人の顔を見てみる。三人とも真剣にこっちを見ている。
ったく……いつもは面白おかしなことで騒がしいくらいに賑やかなのに、なんでこう重い空気になるかね。
「原因は多分……俺の記憶にまた綻びが出たからだろうな」
「それはいつからですか?」
「幻夢境でアイツを……ニャル美を倒してからだな」
敢えてその場では何も言わなかったが、幻夢境で小さな灯となったニャル美を握り潰した時、妙な違和感があった。
「自分の魂の一部が欠けた感覚……とでも言えばいいのか。口では説明しづらいが、何かが抜け落ちたような感じというか。自分の中にある何かも一緒に潰してしまったような」
加えて昨日治癒魔術の代償により、俺の記憶はより不完全なものになった。
記憶とは人格を形成する上で大事な要素。欠けていれば当然なんらかの支障が出るに決まっている。
まして魂だけで本来の肉体が無いともなれば、個の存在維持が難しくなってもおかしくはない。
「とにかく何かが足りない感覚なんだよ」
「なるほど。おそらくですが、今の真逆さんは魂を維持するために必要なエネルギーが増えてしまっているのではないですかね?」
「どういうことだよそれ?」
ニャル子の推測に真尋が首を傾げる。
「考えてもみてくださいよ真尋さん。魂とは本来肉体があってこそ維持できるものです。ですが今の真逆さんは魂だけの存在。加えて魂に刻まれた力も行使している。入っているのが仮初めの肉体で食事も出来ないともなれば、エネルギーが消費されてしまうのは当然ではないですか?」
「急に哲学的なこと言い出すなお前は。いや言わんとしてることは分かるけど」
つまりニャル子はこう言いたいわけだ。お前はただでさえ存在を維持するだけでエネルギーを使うのに、ほいほいと力を使ってるせいでさらにエネルギーを消費していると。
「つまり真逆なりにエネルギーの補給が必要ってことか」
「そういうことですね。真尋さんの体にいた時は、真尋さんが食事をして得たエネルギーの一部を無意識に活用していたと考えれば、今の状態で急に意識を失ったりするのも納得できるかと」
「で、意識を失ってしまうのは魂が本能的にエネルギーを求めて体を休ませようとしていたせいってことか」
「どうです? 結構辻褄が合うでしょう?」
確かに一理ある考えだ。というかほぼほぼそれが答えに近い気がする。
「じゃあエネルギーを補給できれば意識を失う頻度も下がるということか」
「でも今の真逆の体は物を食っても消化されないから、食事によるエネルギー補給はできないんじゃないか?」
「ええ。ですから今ひとつだけ方法を思いついたんですよ」
「方法? どんな?」
俺が問いかけると、ニャル子は一瞬ニンマリと笑ってから、真尋の方に手を差し出した。
その仕草だけではニャル子が何を言わんとしているのか分からず、俺と真尋は顔を見合わせる。
「真逆にまた僕の体に戻れって言うのか?」
「けど俺いまだにこの体から出る方法分からねぇし」
「あーもうなんでこういう時だけ察しが悪いんですかお二人は。違いますよ。真尋さんあれ出してくださいあれ」
「あれ?」
「そう! 白くてどろどろの液体を私n、ギャプラン!?」
久々に真尋のフォークがニャル子に炸裂した。あれは痛そうだ。
刺された手のひらを涙目でさすりながら、もう一度手のひらを真尋の方に差し出す。
「今度は何を言うつもりだ?」
「うぅ……真面目に言いますよぅ。シャンタッ君が今朝持ってきてくれたていうアレですよ」
「シャンタッ君が……? あー、アレか」
真尋は胸ポケットの中に指先を突っ込み、黒い結晶体を取り出した。ニャル子が真尋に渡したという多面体の形状の何かだ。
そいや正式名称聞いたことなかったけど、多分あれなんだろうな。輝く云々。
「これをどうする気なんだよ」
「真逆さんに食べてもらいます」
「……………………は?」
あまりに突飛な発言に俺は言葉を失う。
「これエネルギー供給にも役立つっていうのは話しましたよね?」
「そんな話したっけ?」
「しましたよ! まあそんなわけでこれを食べれば多少なりともエネルギーの消費を抑えられるのではと思ったのですよ」
確かにその結晶はエネルギーが凝縮された物だ。この体の中に入れれば、エネルギーの供給はされるだろうが……。
「正直あまりやりたくはない、もとい真尋さんの手元から離れるのは不安で仕方ないですが」
「どういうことだよそれ」
「いやだって真尋さんなにかとピンチに陥りやすい雰囲気というか、どちらかというとお城から攫われて助けられるお姫様枠的な存在じゃないですか」
「お前がイメージしてるだろうそのお姫様は結構戦えるんだけどな」
「あのお姫様実は最強なのでは説ありますからね……」
急になんの話をしてるんだろうかこいつらは。
「で、どうですか真逆さん。この結晶と相乗りする勇気はありますか?」
「いやどうって言われても。いいのかよそれ、大事な物だろ?」
「ええ大事ですよ。でも乗り掛かった船もなんとやら、真逆さんがこのまま消えてしまうのはそれはそれで嫌なんですよ私は」
「ニャル子……お前……」
確かにこのままでは俺の存在が消える可能性は大いにある。事実、突然眠りにつくなんてことはこれまで無かったことだ。
俺自身その可能性を感じ始めている。下手するとこのまま日数を重ねれば、数日後には消滅なんてこともあり得る。
「……少し待ってほしい」
と、ニャル子の提案を受けるかどうか悩んでいた時、ずっと黙っていたクー子が口を開いた。
「……ニャル子、その方法は安全なの?」
「なんですか急にあんた。別に取り込むわけじゃなくて、あくまで今の体のお腹の中に入れるてだけですよ?」
「……でも安全という保証はない。もう一人の少年が結晶と悪魔融合して危険に陥る可能性だってある」
「あんた急にどうしたんですか。らしくもない。いつものあんたなら『ニャル子の結晶と……合体……はぁはぁ……』てな具合に変態度MAXな発言するでしょうに」
どちらかと言うと偏見が入っていそうなニャル子の人真似を意に介さず、クー子は無言で俺の方を見ている。どうやら警告を促しているらしい。
クー子の言い分も理解できる。こいつには俺の特性を多少だが教えている。確かにその懸念も考えられた。
「クー子は俺たちより真逆のこと知ってるから、心配事があるんじゃないか?」
剣呑な雰囲気になりつつある中、真尋がフォローを入れる。
それを聞いてニャル子はため息と共に諭すような声で言った。
「あんたの気持ちもわかります。ですがこのままだと明日の朝突然消えているなんてこともあり得るのですよ? それでもいいんですか?」
「……それは……嫌……」
ニャル子の指摘に今度は俺から顔を逸らすクー子。出来るだけ早く対処した方がいいという思いもあるようだ。
「別に融合させようとしてるわけじゃないんです。もし何か危険の予兆があればすぐに吐き出させますし、別の対処法も考えます。逆にエネルギーの供給すら行われないことだってあるでしょう。ただ現状それ以外に思いつかないだけなんですから」
「……分かった……どうするかはもう一人の少年に任せる」
決断を委ねられる。まあ当然なのだが。
色々なリスクもあるし、逆に何も起きない可能性もある。少し考えればすぐに出てくる懸念点だ。
それを踏まえても、俺は試す価値はあると思った。
「悪いなニャル子……ちょっとだけ借りるぞ」
「ええ。さあさあどうぞ。トン! クッ! と行ってください」
「いや度の強い酒飲むわけじゃないんだから」
両手で結晶体を受け取ると、まじまじと見つめる。
そういえばアイツもこれと似た物を飲み込んだんだったな。あの時はビックリしたもんだが、まさか同じことをする日が来るとは。
自然と笑みが溢れる。なんとなくぬいぐるみの口角も上がっているような感覚がする。
「真逆さん?」
「いや、数奇なもんだなと思ってな」
俺は意を決すると、結晶体を口に放り込んで一気に飲み込んだ。